「えーっと、夏休みエンジョイしてますかー。えーそうですね、先生は登校日なんてもんは作るんじゃねえぞと抗議したい気持ちで今、みんなの前に立っていまーす。ちなみにエンジョイしてる派は今すぐ先生の前にきなさい。この前無理矢理聞かされた眠れなくなる怖い話を耳元で囁いてあげます」

 なんとも気怠そうに、それでいてやる気のなさというのがここぞとばかりに浮き彫りになった担任は、心の底から登校日を恨んでいるのだろう。

「先生だってねえ、休みぐらいほしいんですよ。でもね、登校したのでね、どうか先生を褒めてくださいよ」

 俺は三十路なんだ、と。何かと理由をつけるこの男は、調子のいいことばかり言っては生徒の心を上手く掴んでいく。
 親しみやすい先生。若くて、白髪が時折光沢を放つように輝いて、それを指摘すれば「もがいて生きてる証なんだ」と答えてくる。その証を、ぶちっと、簡単に引っこ抜いてしまうのはどうなのかといつも思うけれど。
 別に登校日なんて、普段なら登校しなかった。けれど、たまたま今日が吉瀬と約束している日だったから。あの特別な教室で、彼女と過ごす大事な時間を与えてもらえるから。だから、このくそ暑い日差しの中でも、俺は男なのに日傘をさして登校する。恥ずかしい云々はもう、今更だ。

「で、お前のこれは白紙でいいんだな?」

 また白髪、と、ぎらぎら光るそれを見つけたタイミングで声をかけられ「あ、はい」と芯のないような返事が出ていった。
 短いHRが終わり、登校日に出席した勇者が帰っていく中で、俺は職員室に呼ばれていた。あの三十路担任に呼ばれて。

「いや、まあ、お前の事情を知らないわけじゃねえよ?」

 そう言って、ひらひらと手元で煽るのは、夏休み前に提出した進路希望調査用紙。
 各々で進みたい大学や、就職先を記入していく中で、俺のものは最初からまっさらだった。
 
「でもさ、白紙は白紙で、なんかなあ」

 その提出内容がどうも納得いかなかったようで、三十路先生こと松浦は頭を豪快にかく。黒髪の中で白髪が踊った。