「……できない」
 当たり前のように大人になることが、俺には出来なくて、当たり前のように、将来を選ぶことすら、俺には出来なかった。
 その現実に向き合うのがずっと怖かった。怖くて怖くて、ほんとうはたまらないことに、気付かれたくなくて、でも誰かと一緒にいたくて。
 沈黙が続いた。空気がぐっと重くなって、途端に後悔が押し寄せて、勢いよく吉瀬へと視線を戻した。
「ごめ――」
 その続きは、彼女の顔を見たら、止まってしまった。
 ぼろぼろと、その綺麗な瞳から、大きな涙が頬をつたっていたのを見て、息をのんだ。
 彼女も気付いたのか、はっとして、慌てて手の甲で涙を拭った。
「っ……ごめん……こんなこと聞いて……言いたくなかったよね……っ、言わせちゃって、ごめんね」
 その声が、あまりにも悲痛で、胸が痛んだ。
 悲しみと、悔しさと、後悔が、一度に表れているような、そんな表情で、俺は何も言えなかった。情けなく、ただ首を振ることしか出来なくて、それと同時に、自分の頬にも、彼女と同じものが流れていることに気付いて、初めて自分が泣いてるんだと知った。
「……吉瀬、ごめん」
 たったそれだけ、呟くことが精一杯だった。