人のことを思いやる拓哉にとって、それはとても耐え難いものだったはずで。
「ぼくね……生まれてこない方がよかったのかなって……おもってたんだ……」
「そんなこと……っ」
「うん……そんなこと、ないんだって……ゆき兄ちゃんの話を聞いて、思ったよ。病気は悪いものじゃないって、神様が与えてくれたものだって……思ったら……ぼくは、特別になれてたんだって……思えるんだ……。ほかの人が……けいけん、できないこと……ぼくは、できてるんだって……これは、ちゃんと、意味があるんだって……」
 それは本心から出る言葉なのだろうか。それともまだ、自分に言い聞かす言葉だったのだろうか。
「ねえ……ゆき兄ちゃん……意味……あるんだよね? ぼくたちが……病気になる意味……ちゃんと……あるんだよね?」
 生まれてからずっと、抱えてきたそれは、自分の力ではどうすることも出来なくて、課せられたのか、はたまた科せられたのか、生きてる人間には分からないんだ。
 周りは、希望を持たす言葉ばかりを投げかける。でも、自分の身体は自分が一番よく知っていて、そんな希望がないことぐらい、本当は分かっているんだ。
 分かっていて、それでもやっぱり、その希望に縋っていたいと思ってしまう。
 たとえ根拠のない言葉でも、たとえただの励ましだったとしても、それを拒絶したくなる気持ちや、それを受け入れたい気持ちと常に戦わなければならない。
 この小さな身体で、一体どれだけの苦悩を背負って生きてきただろうか。
 いつも笑ってるその裏で、一体どれだけ泣いてきただろうか。
「……あるよ」
 病気は憎い。授かれてよかったなんて思えるはずもない。出来れば、健康体で生まれてきたかった。
「神様は、拓哉を選んだんだ。拓哉だから、特別に」
 でも、そんなこと、今の拓哉に言えるはずがない。そんな無慈悲な言葉なんて、衰弱していく拓哉に突きつけられるものじゃない。
 だから、どれだけでも嘘をつく。今だけは、どれだけでも。
「……そっかあ……そうなんだ……特別か」
 拓哉は笑っていた。最期まで。
 目を閉じて、それから、こう言った。
「生まれてこれて……よかったなあ……ぼく……しあわせ、だったなあ……」
 幸せだと、そう残した拓哉は、本当に幸せそうな顔で眠っていった。
 静かで、あまりにも穏やかな、そんな夜が、どうしようもなく怖くて、悲しかった。