夏休みに入って初めての病院だった。8月上旬。夏本番。月に一度でも、こうして病院で診てもらわなければいけない身体というのはどうも不便で仕方がない。
 今日だって、言われる言葉は決まっていて、変わりがないという結果をもらうだけだ。
 この時期に長袖を着ているせいで、周囲からジロジロと不信感を抱いたような視線が飛ばされる。
 夕方、日差しがずいぶんと減った時間だけれど、それでもやっぱり太陽は微かに残っている。
 ――ああ、吉瀬は今頃、なにをしてるのかな。
 大学にいくと言っていた吉瀬は、夏休みも勉強漬けらしく、塾にこもりっきりだという。
 それでも、勉強は夕方まで。その時間に勉強しても忘れちゃうからと、彼女は笑っていた。
 だから、彼女が今、どんな風に過ごしているのか気になってしまう。
 
 病院の中が、やたらと慌ただしいことに気付いたのは、受付を済ませ、ロビーで待っているときだった。
 人が行ったり来たり。その中には俺の主治医の先生も混じっていて、俺に気付かないまま通り過ぎていく。
 ――嫌な予感がする。
 昔から、病院に来ることが多くて、だからこそ、こういう雰囲気をいち早く察してしまう。
 エレベーターが到着した音に視線を向ければ、出てきたのは理子だった。
 冷静で、顔色一つ崩さないあの理子が、この世の終わりだと言わんばかりの顔で走っていく。
 途中、俺と目が合うと、その瞳は不安げに揺れて、唇を噛みしめていた。
「……もしかして、拓哉になにかあった?」
 そのまま通り過ぎて行こうとする理子の背中に問いかけると、その足はぴたりと止まった。
「……状態が悪化したって……今日が山場かもって」
 強気な理子の声が、震えていた。
 俺の顔を一瞥すると、大きく息を吸って、なにかを振り切るように走って行った。
 ――俺は、その後ろ姿を、ただ静かに見つめていることしか出来なかった。理子の背中を追いかけることも――拓哉に会いに行くことも、出来なかった。
 予約の時間になっても先生は現れず、看護師に「ごめんね、今日は診てもらえないかも」と声をかけられた。
「ああ……はい」と答えるので精一杯で、立ち上がることも出来ず、ただ静かにその場に座り続けた。周りがどんどん名前を呼ばれ、診察室に入っていく中、俺はただ一人、取り残されたように、その場から動けなかった。