「でも、呉野くんの方がよっぽど優しいよ」
「俺は全然……吉瀬に比べたら」
「こんな愚痴でさえ真剣に聞いてくれるでしょ? 適当に流してもいいのに、呉野くんは全部受け止めようとするよね」
「……そんないい奴じゃないけど」
「自分が見えてる部分と、人が見えてる部分は違うんだろうね」
 彼女の言う通り、きっと同じにはならない。人は、表面上に出てきているものでしか分からない。その中身がどうであろうと、心が読めない限り、分かるわけがないんだ。
 俺だって、吉瀬が言うように優しい人間ではないけど、でも、そう見えてくれているのなら、少しはマシな人間なんだって思える。
 ――自分が、綺麗な人間なように錯覚してしまう。
「きっと、呉野くんが優しいから、わたしも優しくなれるんだろうな」
 そう言った彼女は、とても綺麗な顔で笑っていた。
「あ、せっかくだから一緒に写真撮ろうよ」
「え……」
 彼女の突発的な提案に思わず心が不快な音を鳴らした。
 顔がひきつったのを見逃さなかったようで「あれ……だめだった?」と瞳を不安気に揺らしながら顔を覗き込まれる。
「あ……ごめん、写真は苦手なんだ」
「そうなの? どうして?」
 昔から写真は避けていた。自分の肌が残されることがこわくて、一番遠ざけたいもので。改めて写真で自分の姿を見てしまうと、病気を違う形で突きつけられるような気がする。
「……ごめん、だめなんだ」
「どうしても?」
「……どうしても」
 彼女はひどく残念そうな顔をする。その顔に申し訳なさが募って三度目の「ごめん」を口にすると、からりと笑う。
「そっか。ならしょうがないね」
 まるでオンとオフがあるみたいに、電気のスイッチのように切り替わった彼女の顔にほっとした。これ以上どう説明したらいいかわからなかったから。
「じゃあ、しっかりとわたしを見つめてくださいな」
「なんかそれ語弊があるな……」
「えーでも同じ意味でしょう?」
「まあ……そうなんけど」
「ほら、存分に書いてください」
 彼女がおちゃらけてくれて、場の空気を一気に柔らかくしてしまう。
 あまりにも幸せな時間だった。幸せ過ぎて、自分がいる世界が見えなくなってしまっていた。
 幸せな場所なんか、自分には似合わないということを忘れてしまっていたんだ。
 神様が許してくれるわけなどなかった。俺は、ずいぶんと自惚れていた。