「あの、さ」
 鉛筆を握りしめ、白紙をにらめっこすること数分。切り出し方に躓きを覚えながらも、恐る恐る彼女へと顔を向ける。
「俺、絵とか下手で……上手く描けないと思うから、その、先に謝っとく」
 絞り出すように出てきた言葉たちは、あとあとの保険。先にこうしてかけておいた方がいいだろうという弱さから見せた、彼女への謝罪。けれど、謝っとくなんて言っておきながら「ごめん」の一言が続けられなかったのは、ちっぽけなプライドが邪魔をしたからだろう。
 情けさない俺の一言に、彼女はすこし驚いたような顔を滲ませ、それから困ったように眉を下げた。
「そんなこと言われたら、わたしも下手だよ。呉野くんのこと、上手く描けない自信しかない」
 だからおあいこだよ、と、親しみやすそうな笑みを浮かべた彼女にほっとした。
 別に否定的な言葉が返ってくるとは思わなかったけれど、きっと上手く会話が出来ているというところに安堵したのだと思う。
 彼女の印象はこうして会話をしても変わらなかった。気さくで、優しそうで、明るさが光のように放たれている。そして真面目だ。勉学に対しても、そして、人に対しても。目を見て人を話すことが出来る彼女の印象は、好印象のままだった。
 だからこそ、会話を続けることを躊躇った。
 人と話すのは極力避けている。病原菌扱いされると、なんだか本当に自分が菌そのものになってしまったような気がして、必要最低限の言葉だけを口にするようにしていた。求められれば話すけれど、求められない限りは話さないというスタンスを、ずっと守ってきたつもりだ。
 唾が飛んだから菌が移った、なんて騒がれたこともあった。
 遠い記憶が、ぐちゅりとした傷を抉っていく。何年経っても、消えることがなければ、古傷になることもない。痛みは、ありがた迷惑なことに、鮮度を保ち続けている。