*
夏なんて、季節で一番嫌いだった。灼熱地獄の世界をこの肌と戦っていかなければならないなんて、どんだけ重い十字架なんだよと、毎年毒づいて終わっていく。
今年も例年通り変わらない夏を過ごしていくんだと思っていた。変わることのないこの季節を、静かに待つだけだと。
「あ、やっぱり呉野くんに先越されちゃってたか」
いつも通り、空き教室で準備をしていると、少し遅れて吉瀬がやってきた。とは言っても約束の十分前だ。
「時間、気にしなくていいよ。吉瀬が来れるときに」
「だめだよ、だって、ここで呉野くんが待ってることには変わらないんだから」
「……そっか」
吉瀬は律儀だと思う。こうして時間はきっちりと守ってくれるし、人の大事にしてるような部分を土足で踏み荒らすようなこともしない。だから誰にでも好かれるような心を持っているんだろうなと納得する。
人を知ると、自分にないものが浮き彫りになって嫌になってしまう。特にここ最近は、醜い感情に苛まれることが増えた。彼女を知れば知る程、自分にはなかったはずの感情が小さく芽生え始め、そしてそれは次第に膨らんでいく。
「でも嬉しいなあ」
彼女はいつもの定位置へと座ると、頬をゆるゆると綻ばせた。
「嬉しい?」
「嬉しいよ、だって夕方にこうして出掛けるって、今までのわたしにはありえなかったからね」
夏休みに入って、まだ一週間も経っていない。それでも、こうして制服姿で現れた彼女を見ると、その期間がとてつもなく長かったように思う。ずいぶんと俺は彼女を待ちわびていたらしい。
「だからね、呉野くんとこうして過ごす夕方は特別だなあって思う」
「……大袈裟だよ」
俺なんかと一緒に過ごす時間なんて、なにもそんな特別なことではない。
彼女の時間を奪って、自分の目的を達成させるためだけにお願いしたようなものだ。
「吉瀬は……優しいね」
だから、その温かさが息苦しくなる。やめてと、言ってしまいそうになることが怖い。
「んー、そう見せてるだけなんだよ、ほんと」
「それ、前に似たようなこと言ってたね」
少し前も、彼女は、他人のイメージに沿って生きているようなことを言っていた。あのとき滲んでいた寂しさを、今でもはっきり思い出す。
夏なんて、季節で一番嫌いだった。灼熱地獄の世界をこの肌と戦っていかなければならないなんて、どんだけ重い十字架なんだよと、毎年毒づいて終わっていく。
今年も例年通り変わらない夏を過ごしていくんだと思っていた。変わることのないこの季節を、静かに待つだけだと。
「あ、やっぱり呉野くんに先越されちゃってたか」
いつも通り、空き教室で準備をしていると、少し遅れて吉瀬がやってきた。とは言っても約束の十分前だ。
「時間、気にしなくていいよ。吉瀬が来れるときに」
「だめだよ、だって、ここで呉野くんが待ってることには変わらないんだから」
「……そっか」
吉瀬は律儀だと思う。こうして時間はきっちりと守ってくれるし、人の大事にしてるような部分を土足で踏み荒らすようなこともしない。だから誰にでも好かれるような心を持っているんだろうなと納得する。
人を知ると、自分にないものが浮き彫りになって嫌になってしまう。特にここ最近は、醜い感情に苛まれることが増えた。彼女を知れば知る程、自分にはなかったはずの感情が小さく芽生え始め、そしてそれは次第に膨らんでいく。
「でも嬉しいなあ」
彼女はいつもの定位置へと座ると、頬をゆるゆると綻ばせた。
「嬉しい?」
「嬉しいよ、だって夕方にこうして出掛けるって、今までのわたしにはありえなかったからね」
夏休みに入って、まだ一週間も経っていない。それでも、こうして制服姿で現れた彼女を見ると、その期間がとてつもなく長かったように思う。ずいぶんと俺は彼女を待ちわびていたらしい。
「だからね、呉野くんとこうして過ごす夕方は特別だなあって思う」
「……大袈裟だよ」
俺なんかと一緒に過ごす時間なんて、なにもそんな特別なことではない。
彼女の時間を奪って、自分の目的を達成させるためだけにお願いしたようなものだ。
「吉瀬は……優しいね」
だから、その温かさが息苦しくなる。やめてと、言ってしまいそうになることが怖い。
「んー、そう見せてるだけなんだよ、ほんと」
「それ、前に似たようなこと言ってたね」
少し前も、彼女は、他人のイメージに沿って生きているようなことを言っていた。あのとき滲んでいた寂しさを、今でもはっきり思い出す。