吉瀬が作った蝉の墓が、二週間経ってもまだ残っていた。正確には、土がこんもりとしていた、という表現なのだろうけど。
 その墓を見るたびに、あれは俺が作りだした都合のいい夢ではないことを知る。
 それは、嬉しい半面、俺だけの記憶なんだという悲しさがわずかに募ってしまう。
「お前ら、夏休みだからって羽目を外すんじゃないぞ。いいか? 学生だってことと、受験生だってことを弁えて行動していけよ」
 担任が口酸っぱく注意事項を繰り返す。夜遊びは禁止とか、公園で花火はするなとか、俺を出動させるような問題行動だけはやめてくれとか。特に最後の、自分に関わるようなことだけは三回ぐらい生徒に唱えていたように思う。余程、自分の夏休みを邪魔されたくないらしい。
 明日から夏休みだからといって、浮かれなくなってしまったのは、きっとやることがないからだろうか。いや、でも今年は違う。秋のコンクールに向けて絵を描くという目標がある。
「うん、そのつもりだったよ。なんか、夕方は呉野くんと過ごすって日課になってて」
 毎日じゃなくても、夏休みの期間、数日だけ吉瀬の時間がほしいと頼んだら、彼女は快くそれを受け入れてくれた。
「いいの? しかも夕方だし」
「わたしの夕方をもらってくれるのは呉野くんぐらいなんだからいいんだよ」
 吉瀬はよく笑う。ふわり、人を安心させるような笑い方をする。
 だから甘えてしまうんだ。もらってしまっていんだと、不安が安堵に変わっていく。
 水曜日と金曜日の夕方。吉瀬は俺に時間をくれた。
 頭の中の吉瀬を書くことも出来たけど、やっぱりその日の、その夕方の吉瀬が書きたいと思うと、どうしても学校に来てもらわなければいけない。
 申し訳なさが消えたわけではない。吉瀬の夕方は、俺の夕方とは訳が違う。特別なのだ、彼女のその時間は。
 だからこそほしいと手を伸ばしてしまったのかもしれないなと思う。