「――自分を、治すことが出来ないんだ」
 誰をも治してしまうその魔法は、自分にかけることは出来なかった。少年に特別の力があったように、母親にも特別な力があった。
「未来を予知することが出来る力」
「未来……」
「予知して、そして少年が不治の病を患い、苦しんで死んでいく姿が見えた。だから、少年の母親は神様に頼むんだ。少年にかかる病をわたしに落としてくださいって」
 自分に病を落とし、煩わせてほしい。そう願った母親に神様は突っぱねた。これは決定事項だと。それでも母親は毎日頼んだ。
 ――わたしの大事な息子です。たくさんの人を助けてやれる特別な力を持ってます。そんな子がどうして病を患わなければいけないのですか。
 そう言った母親に、神様は言った。
 ――病をどうしてそんな悪いものに捉えるのだ、と。
「神様は、病は決して悪いものではないんだと言った。それは必要なものだったんだと言った。その必要なものを、母親に落とすことは出来ないと」
 決められているらしい。病を患える子は。特別で、神様に選ばれた子。
「でも母親があまりにも頼みこむものだから、神様が根負けしてしまうんだ。〝分かった。お前に落としてやる。でも、自分を救えないという力は継続させる。それが少年に必要なものだ〟って。その話を少女から聞いて、少年は泣いた。本当の事実を知って涙を流し、また人を救っていこうと前向きになっていく話」
 子供向けアニメの枠で放送されていたそのアニメは、当時世間でも相当な物議を醸していた。あんなの子供向けじゃないし、放送することが間違ってるとも言われていたらしい。
「ねえ、ゆき兄ちゃん」
 拓哉が、ぽつりと言った。
「……病気って、悪いものじゃないの?」
 その瞳が揺れているように見えて、一瞬言葉を失った。泣いてるような目じゃない。何かを確かめたい、信じたい、そんな強い眼差しに見えた。
「その神様は、必要で大切なことなんだよって言ってた。選ばれた子だけが病を患えるって」
 ――でも俺には分からない。必要だと、思えない。苦しい思いをして、毎日命が擦り減っていくような気がして、いつ死んでしまうかもわからない恐怖と戦って、そうしてやがて死んでいく。普通の人よりも痛みを伴ったり、好きなことが出来なかったり、思うように生きていけないことの何が大切なんだって。
 きれいごとを並べられて、はいそうですかと納得出来る話ではない。
「そっかぁ……特別かぁ」