思ってもいなかった組み合わせに、心臓が変に音を立てて鳴りだす。まだ、ひたすらりんごを睨んでいた方がよかったし、ラボルトと友達になるぐらい見つめ合った方がよかった。まさか、デッサンの相手があの吉瀬になるとは思ってもいなかった。
 絵が得意だから美術を選んだわけじゃない。音楽を取ると、歌わないといけなくなることを考慮し、なくなく苦手な絵の方に逃げてきただの話。だから、今回のこの課題は、まるで俺に突破できない壁を設けられたような気分だった。
 クラスメイトの女子を描くなんて、そんなもの高校生の授業にぶっこんでこないでほしい。思春期は、異性の顔ですらまともに見られない現実があることを、大人は忘れてしまったのだろうか。たえちゃんぐらいになると、もう遠い記憶の果てに置いていかれてしまったのだろうか。
 周囲は未だに、この状況を受け入れられていないようで、照れ、恥ずかしさ、戸惑いが室内に色濃く充満していた。その中に、俺もしっかりと含まれている。
 イーゼル越しに目の前の彼女へと視線を滑らせる。睫毛を下に落としたその目には、綺麗な翳りが存在している。その奥にある綺麗な瞳と目が合い、一瞬息が止まった。
 視線がかちとはまり、彼女は苦笑を浮かべた。
「なんか……照れくさいよね」
 ぎこちなく上がった口角に、同様のものを返した。「うん」とか「ね」とか、そんな単調としたものしか返せなくて、それはつまり、普段いかに人とコミュニケーションを取ることを避けているかという事実が露骨に証明されているような時間だった。
 さらり、胸元まである吉瀬の髪が揺れる。目の上で綺麗に一直線に揃えられた前髪は、彼女の瞳の大きさをより強調させているように見えて、すぐ下でくるんと上がった艶っぽい睫毛に目を奪われる。色白だと言われる俺だけれど、俺の白さとはまた別の透明度の高い肌。くわえて、ほんのりと淡い桃色に染まった唇は色づきのリップかなにかをしているのだろうか。
 それからもう一度、彼女の大きな二重の目に戻る。色素の薄い瞳の色は、蜂蜜色のような輝きを放つ。――ああ、綺麗だな。
 同年代の女子を見て、そんな感情を抱くことは初めてだった。可愛いとか、そんな形容詞では補えないような品の良さが現れている。他の女子とは群を抜いて際立つその存在感を目の当たりにすると、思わず見入ってしまうだけの威力があった。
 この子を描くのかと思うと肩におかしな力が入ったような気がして、余計に緊張感が増す。