「冷てえなあ、呉野。もっと俺に優しくしてくれよ」
「しない。優しくしてくれるところに行け」
「わ、冷たい。極寒? ここ北極? あ、いや南極の方が本当は寒いんだっけ? ああ、だめだ、呉野が冷たすぎて、鶴賀くん泣いちゃう」
 やめてほしい。俺に、高岡の普通を与えないでほしい。誰にでもこうすることを、俺に与えないでくれたらいい。俺を見過ごしてくれていれば、それでいい。
「もっと仲良くやってこうぜ、俺ら」
 ――出来ない。俺は、人の普通なんて、いらない。



 病院に行くのは月に一度。進行が遅いからこそ、こういった奇跡は稀で、いつどうなるか分からないとの判断で顔を出すようにしている。だから、次は来月で良かった。一昨日来たばかりのここを、また訪れる必要はなかったのだが――
「あ、これかな?」
 受付の人から差し出だされた黒いアームカバーを受け取る。腕に時折つけているそれは、紫外線が一段と強い日には、長袖のシャツに下につけていることもある。それをどうやら、待合場所で忘れてしまったらしい。
「お大事に」
 優しそうな笑みで、いつもこうして送りだされる。お大事に、どう大事にすればいいのだろうかと、つい思ってしまう。どう自分の体を大事にすれば、俺は治るのだろう。治療法がないとされているこの病から、どう自分を守れば――そんなひねくれたことを考えてしまうのも、きっとこの病気のせい。俺の全てを邪魔するのは、この病気のせいだ。
「あ! 今日も会えた!」
 声変わりを知らない、少し高い声。この声で呼び止められると、思わず体に力が入るような気がする。何かを、突きつけられる準備のような、そんな得体の知れないもの。
「……また、うろちょろしてるのか」
「だって病室暇なんだもん」
 細い腕で、一生懸命タイヤを回す。拓哉が自力で歩けなくなって、もう二年が経とうとしている。