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 美術の時間が終わり、教室に戻れば、音楽組の生徒がすでにチラホラ戻っていた。各々で浮かべている顔を見る限り、今日の授業は身を削られてしまうような思いをしなくて済んだということだろうか。
 気になりつつも、誰に話かけるわけでもなく自分の席へと腰をおろす。そのタイミングでひときわ声のでかいあいつも教室に戻ってきた。
 戦隊ごっこでもしているのか、友人と楽しそうにしている高岡と、不意に目が合った。
「あ! もう呉野~聞いてくれよ~」
 それがまるで合図だったかのように、戦隊ごっこを投げ捨て俺の元へと勢いをつけてやってくる。
 正直、今こいつの顔をあまり見たくはないのだが……。
 そう思う原因は、おそらく吉瀬が、高岡に好意を抱いているのだろうなということが分かってしまったから。
 それをなんと呼ぶのか、俺は気付きたくないし、出来ることならその感情に蓋をしておきたい。自分の気持ちを抑制するのには慣れている。
「結局全員で他校の合唱コンクールのDVD見せられたんだぜ? どう思う?」
 高岡から聞かされる予想外の結末に、思わず「は?」と素の反応が出ていった。
「だろ? は?って思うだろ?」
「昨日抗議かなんかしに行ってただろ。皆で歌うようにするとかなんとか」
「した! で結果的に、DVDだぜ? いやまあ歌うよりはいいけどさ、なんでDVD?」
「……俺が一番知りたいけど」
 個人で歌いましょうと言ったり、生徒からの抗議にDVDを見せたり、まあよく分からない先生だなと思う。まだたえちゃんの方がマシだと思うあたり、俺は運が良かったのかもしれない。
「ぜんっぜん意味がわかんねえ。俺の熱意が微塵も伝わってなかったってことだろ?」
 どうやらこいつは俺にただ愚痴りたいだけの様子。付き合わされてる身としてたまったものではない。出来ることなら避けたいと思うのは、俺だけではないはずだ。
「そう……」
 高岡鶴賀は、良い意味でも、悪い意味でも、その場をかき乱していく。
 この男の言動一つ一つが、周囲からすると華々しく見えてしまう。だからこそ、また湧き上がってこようとする感情が蓋からこぼれてようとしている。
 関わらないでほしい。そうすれば、俺はまた、静かに過ごしていける。なにごともなく、空気のように、正しい日常に戻っていける。