「適当でいいよ」
「適当じゃだめなの」
俺を描くことになった吉瀬は、今まで出会ってきた人の中でも少し変わっていた。
対等に、変に気を使ったりしなければ、俺と一緒にいることを拒んだりすることもない。事実、俺を描けなんて、ほかの生徒だったらげんなりしていたことだろう。
「呉野くんは上手いからさ、プレッシャーっていうか」
「俺、へのへのもへじとかでもいいけど」
「へのへのもへじって」
くすっと肩を竦める彼女の笑い方は、どうしてだか安心を覚えてしまうような顔をする。
「あ、そう言えば音楽の方は今日大変みたいだね」
思い出したように言った吉瀬の言葉に高岡の存在を思い出した。
昨日、合唱という案に見事にのっかったあいつは、今頃どうしているだろうか。昨日の体育が終わった時点で、すぐに職員室に走って行ったみたいだけど、本当に合唱という提案は通ってしまったのだろうか。
「一人で歌うって勇気いるよね」
苦笑する彼女の綺麗な黒髪が控え目に揺れた。毛先を眺めながら「そうだね」と同調する。
もし俺だったら、さすがに休んでいたかもしれない。診察以外休まないようにしている俺でも、さすがに一人で歌うというのは嫌で嫌でしょうがない。だから、高岡の意見はごもっともで、ボイコットしたい気持ちも分からなくはない。でも本当にボイコットするような奴がいるとは思わなかった。
「そういえば、呉野くんって、高岡くんと仲がいいの?」
「え?」
赤髪がちらちらと浮かんでいた男の名前を彼女が口にしたものだから驚いた。それでいて、仲がいいのかと問われたことにも驚いた。
「いや……特別仲がいいわけでも……」
最近はなにかと絡まれることも多いけど、それでも友達という関係ではない。そもそもそんな関係性を築いた記憶もない。
「そうなんだ? なんか購買で二人を見てさ、すごい仲良しだなあって思って」
「……それって、あいつが男を好きとかなんとか?」
あいつと購買で一緒にいたのはあの日だけ。聞かなくとも分かってはいたが、それでも彼女に投げかけていた。
「あ、うん。なんかそう聞こえてた」
笑みを浮かべた彼女は「高岡くんって面白いよね」と楽しそうにしている。
「呉野くん、あんまり人と話してるイメージなかったからなんか意外で。しかも高岡くんだから、変わった組み合わせだなあって」
「俺も出来れば避けたいけど」
「そうなの?」
くすり、また可愛らしく笑う彼女に、少しだけ胸がちくりと痛んだ。
高岡は、その場に本人がいなくとも、場を和らげてしまう力を発揮するらしい。だからこそ、俺は嫉妬を覚えてしまったのかもしれない。――俺は、高岡みたいにはなれないから。
誰かを笑顔にすることも出来なければ、その場にいなくとも場を華やかにするなんてことも出来ない。
それを高岡はやってのけてしまう。羨ましいと、思ってしまうことが高岡には多い。
「高岡くんのことだから、今日のテストも皆を盛り上げているんだろうね」
そう言った彼女は、きっと高岡を思い浮かべて笑っているんだろうなと思った。
また、胸が、心が、ちくりと燃えた気がした。
「適当じゃだめなの」
俺を描くことになった吉瀬は、今まで出会ってきた人の中でも少し変わっていた。
対等に、変に気を使ったりしなければ、俺と一緒にいることを拒んだりすることもない。事実、俺を描けなんて、ほかの生徒だったらげんなりしていたことだろう。
「呉野くんは上手いからさ、プレッシャーっていうか」
「俺、へのへのもへじとかでもいいけど」
「へのへのもへじって」
くすっと肩を竦める彼女の笑い方は、どうしてだか安心を覚えてしまうような顔をする。
「あ、そう言えば音楽の方は今日大変みたいだね」
思い出したように言った吉瀬の言葉に高岡の存在を思い出した。
昨日、合唱という案に見事にのっかったあいつは、今頃どうしているだろうか。昨日の体育が終わった時点で、すぐに職員室に走って行ったみたいだけど、本当に合唱という提案は通ってしまったのだろうか。
「一人で歌うって勇気いるよね」
苦笑する彼女の綺麗な黒髪が控え目に揺れた。毛先を眺めながら「そうだね」と同調する。
もし俺だったら、さすがに休んでいたかもしれない。診察以外休まないようにしている俺でも、さすがに一人で歌うというのは嫌で嫌でしょうがない。だから、高岡の意見はごもっともで、ボイコットしたい気持ちも分からなくはない。でも本当にボイコットするような奴がいるとは思わなかった。
「そういえば、呉野くんって、高岡くんと仲がいいの?」
「え?」
赤髪がちらちらと浮かんでいた男の名前を彼女が口にしたものだから驚いた。それでいて、仲がいいのかと問われたことにも驚いた。
「いや……特別仲がいいわけでも……」
最近はなにかと絡まれることも多いけど、それでも友達という関係ではない。そもそもそんな関係性を築いた記憶もない。
「そうなんだ? なんか購買で二人を見てさ、すごい仲良しだなあって思って」
「……それって、あいつが男を好きとかなんとか?」
あいつと購買で一緒にいたのはあの日だけ。聞かなくとも分かってはいたが、それでも彼女に投げかけていた。
「あ、うん。なんかそう聞こえてた」
笑みを浮かべた彼女は「高岡くんって面白いよね」と楽しそうにしている。
「呉野くん、あんまり人と話してるイメージなかったからなんか意外で。しかも高岡くんだから、変わった組み合わせだなあって」
「俺も出来れば避けたいけど」
「そうなの?」
くすり、また可愛らしく笑う彼女に、少しだけ胸がちくりと痛んだ。
高岡は、その場に本人がいなくとも、場を和らげてしまう力を発揮するらしい。だからこそ、俺は嫉妬を覚えてしまったのかもしれない。――俺は、高岡みたいにはなれないから。
誰かを笑顔にすることも出来なければ、その場にいなくとも場を華やかにするなんてことも出来ない。
それを高岡はやってのけてしまう。羨ましいと、思ってしまうことが高岡には多い。
「高岡くんのことだから、今日のテストも皆を盛り上げているんだろうね」
そう言った彼女は、きっと高岡を思い浮かべて笑っているんだろうなと思った。
また、胸が、心が、ちくりと燃えた気がした。