昔は、よく窓に張り付いて外の景色を見ていた。そうしたら、決まって母さんが俺を窓から剥がしにくるんだ。「家の中にいても紫外線から逃れられないの」そう言っていたのを覚えてる。
 窓には紫外線をカットする特別なシールが貼られていることを知っていたし、大丈夫だよと俺は言ったけど、子供の大丈夫は大人からするとアテにしてもらえない。
 俺のせいで家族の在り方が変わってしまったんだと思う。両親は早くに離婚して、俺は母親に引き取られたけれど、生活は決して裕福ではなかった。くわえて俺の治療費はばかにならなかったと思う。
 生まれてすぐに症状が発覚した俺は、普通に生きることを許してもらえなかった。けれど、許さなかったのは、一体誰なのだろうか。病院? 親? それとも神? 俺はどうして、普通ではだめだったのだろう。普通を手に入れることが出来なかったのだろう。
『どうしてですか……! この子は窓から差し込む光だけでも危ないんですよ!』
 母さんはよく学校と揉めていた。学校の全部の窓にも紫外線をカットするシールを貼れとよく抗議の電話をしていたし、それらは見事に突っぱねられていた。少しでも普通の子と同じようにと、学校は支援学校ではない場所に通っていた。親にとっては、そこに通うことが一番の不安要素だったと思うけど、それでも俺のため、俺のためと、普通の学校に通わせた。
 俺が本当はいじめられていたことなんて知らないし、どういう扱いを受けていたのかも知らない。俺が我慢すればいいだけと踏ん張っていたが、今になって思う。ーーああ、逃げたら良かったなって。
 通いたくないと駄々をこねれば良かったし、本当の事を母親に打ち明けたら良かった。たしかにその事実に傷付けてしまったかもしれないけど、俺のためだと言うのなら、俺はもう少しわがままを言っても許されたはずだ。
 普通の学校に通うということは、俺が普通ではないということを証明されることだ。
 外に出るときは必ず耳まであるようなださい帽子を被り、腕にはおばさんがよくしてるような日焼け予防の布を装着しなければいけなかった。外の授業はもちろん見学だし、どれだけ暑くてもプールに入ることは許さなかった。あれは一瞬で俺の肌がだめになる。
 周りが羨ましかった。太陽に当たっても健康体でいられることが羨ましくて、サッカーも野球も鬼ごっこもしてみたかった。一度も叶うことはなかったけれど。
 それでも俺は中学も、それから高校も、普通の学校に通い続けた。高校は地元から少し離れた場所にした。馴染みがないわけではなく、いつも世話になっている病院から一番近い高校を選んだ。なにかあったら困るからと、母親が決めた高校だったけれど。
 そのおかげもあって、俺の病気を詳しく知る人はいない。――元々、詳しく知った人なんていなかったように思うけど。

「んー、やっぱり呉野くんを描くって難しいよ」
 吉瀬の大きな溜息が美術室に溶けていく。夏休み明けには仕上げましょうと言っていた、たえちゃんの話が静かな警告を鳴らしている。どうにも間に合わない。