空き教室で吉瀬と二人。しかも彼女にとって特別な時間をもらうなんて、やっぱり迷惑だっただろうかと後悔したのは、美術の時間が終わってから。じわじわと押し寄せる後悔の念は強くなり、何度か「やっぱりあの時言ったことは忘れて」と言いに行こうとしたけれど、彼女に話しかけるという行為はなかなか出来なかった。美術の時間みたいに、必然的に会話が生まれるような状況じゃないと彼女と話せないなんて、どこまでも情けない。
「でもびっくりしたよ。わたしの夕方がほしいなんて人、呉野くんぐらいだから」
 結局放課後を迎えてしまい、彼女は約束を果たしてくれた。
「そうなの?」
「そりゃあそうだよ。だって遊んでも、次の日には忘れてるんだよ? そんな子と一緒にいるのって嫌じゃない?」
 笑いながら、簡単にそう言ってのけてしまう彼女は、きっと今までも心ない言葉を言われてきたんじゃないだろうか。俺が、菌扱いされていた過去があるように、彼女もまた、傷付いてしまうような過去があったんじゃ――
「だからね、嬉しかったんだ。夕方ちょうだいなんて言ってもらえて。思わずお母さんにもさっき電話で話しちゃった」
「え……お母さんに言ったの?」
「うん、言ったよ。あ、わたしね、家族から直帰命令下されてるからさ、学校終わったらそのまま帰らないといけないの。ほら、何しでかしてるか分からないでしょ? 何かあっても忘れちゃってるから。あ、だめだった?」
「いや……だめじゃ、ないけど」
 確かにそうなのか、と腑に落ちる点もあれば、なんだかそんな彼女をこうして残らせてしまった罪悪感が湧いてくる。
「いいの? 直帰命令下されてるのに」
「いいのいいの。たまにはこうして放課後を楽しみたいし」
 吉瀬の大事なこの時間を、俺はあまり深く考えずにもらってしまった。本当は俺なんかといるのは迷惑だろうに、吉瀬はそれを顔に出さない。
「あのさ、いつでも帰ってくれていいから。やっぱり、吉瀬にとってこの時間って大事だし」
「もう、そんな大袈裟に考えないでいいのに。クラスメイトの安全に一役買ってくれればいいだけなの」
「安全って……」
 むしろ、こんな頼りない俺なんかと一緒にいることの、どこが安全なのだろうか。
「この時間にね、家族以外と一緒にいることに意味があるんだよ。一人よりも安心でしょ? わたしがなにしてたか呉野くんが証言してくれるし」
「でも吉瀬の安全が俺に託されていいのかどうか……」
 ましてや、吉瀬だ。他の人とはまた事情が違う。吉瀬の家族だって、吉瀬のことが心配だろうに、その心配を俺が背負ってしまってもいいのか。