放課後の教室は、とてつもなく落ち着く。静けさを取り戻したような時間の片隅で、パタパタと上履きが擦れる音が聞こえてくる。その音を認知した次の瞬間には、ガラガラと勢いよく扉がレールの上を走る音が響いた。
「遅くなってごめんね!」
 吉瀬の声はよく通る。ふわふわしているような印象だけれど、耳馴染みのいいような音をしている。
「いいのに、ゆっくりで」
 どうやら慌ててここまで走ってきてくれたらしい。気長に待ってるから、といった俺の台詞はどうやらあまり響いていなかったみたいだ。
「だめだよ、待たせちゃってるんだから。あ、ここに座ったらいいの?」
 提出忘れのプリントと、軽いお説教をくらいに行かなきゃいけないと言っていた彼女は、職員室帰りらしい。遅くなっちゃうかもしれないけど、と前置きしてくれた彼女に俺は「いつでもいい」とだけ答えた。
 美術の時間の俺の願いを、彼女は驚き、そして少し迷った色を浮かべては「今日呼び出しなの」と気まずそうに言っていた。もちろん、今日の放課後をもらおうなんて思っていなかった俺は、すぐさま自分の発言を思い出し、言葉足らずだったことを詫びた。
「あ、ごめん。別に今日とかじゃなくて……あの本当、吉瀬が都合良い時に」
 そもそも、気まずそうにした彼女の顔色を見て、てっきり時間をもらうことに迷惑しているのかと思えば、呼び出しをくらっていることに対して俺に申し訳ないといった心境だったらしい。
「ちょっと待たせちゃうかもだけど、それでもいいならいいよ。でも、何するの?」
 その問いかけに、俺はただ一言、こう答えた。
 ――夕方の吉瀬が描きたいんだ、と。
「この空き教室って何用?」
「美術部が使う準備室みたい。今は特別に貸してもらってる」
「あ、コンクール出るから? うわぁ、たえちゃんのお墨付きだね」
 準備していた椅子に座った彼女は、ぐるりと教室を見渡し「なんか変な感じだね」と肩を竦めた。