「なんか不思議」
 ぽつり、そう溢した彼女に「え?」とイーゼル越しにのぞく。
「ほら、病院の話とか、あまりしないし。分かってもらえることも少ないからさ、こうして呉野くんが〝分かる気がする〟なんて言ってくれるのって、なんか不思議だなって」
 ほろほろと、緩むその頬になんとなく体の力が抜けていく気がした。
 別に力んでいたわけでもないし、気合を入れていたなんて話でもないけど、彼女が微笑むとこっちまで体の力が緩んでいく。ほっと、してしまうのだろう。彼女が笑みを作ると。白い肌が、眩しく見える。
 不意に過る、あの日の出来事。
 夕方、一緒に蝉の墓を作ったあの日。彼女の笑顔があまりにも輝いて見えて、きらきらと美しくて、見惚れてしまった時のことを。
 あんな風に笑うことは、彼女は知らないのだろう。世界が橙色に染まるその瞬間の彼女が、どれだけ綺麗なのか、きっと知らない。
「あのさ」
 体の力が抜けたように、俺の思考もゆるゆると芯のないようなものになってしまっていたのかもしれない。
 まるでここが異空間のように見えてしまって、どうしてそんな発想に辿り着いたのか自分でもよく分からないけれど――
「吉瀬の夕方の時間、少しもらえないかな」
 突発的な俺の願いに、彼女はひどく驚いた顔を見せていた。