俺が小学生の頃にハマっていたアニメだ。昔と言われるほど時間が経ってるとは思えないが、拓哉の世代からすれば生まれた時ぐらいの作品になるのだから仕方がない。
「見てみたいんだけど、DVD見れないんだ。デッキ壊れてて。理子もね、諦めろって言うんだけど、そんな面白いなら見てみたいじゃん?」
 理子は今年中学生になった拓哉の姉であり、過去に何度か面識はあった。肩で切りそろえられた髪と、ツンとした態度が印象的。周りが全員敵に見えているような、冷たさを感じるが、拓哉の前で違う。弟思いの心優しい姉。
「あ、今日もね、理子が来てくれるんだ。だからゲームしながら待ってようと思ってたんだ」
「早く来るといいな」
「うん」
 元気に、明るく。それが彼のモットーなんだと、この前教えてくれた台詞が蘇る。
 悲しませたくないと言っていた顔はどこまでも純粋な色で、綺麗に澄んでいた。
「拓哉」
 後方で聞こえたその声に、肩越しで振り返れば、ちょうど話題にあがっていた理子が白のセーラー服を身に纏って立っている。俺がいる事で、彼女の放つ雰囲気がピリピリしているように見えた。
「あ、理子。早かったね」
「まあね……ねえ、どっちが先に病室行けるか競争しようよ」
「俺がエレベーターで理子が階段?」
「そ。拓哉が勝ったらね、好きなお菓子買ってきてあげる」
「ほんと? 分かった、やる」
「うん、レディー……」
 その言葉が理子の口から言い終わる前に、拓哉が車椅子のタイヤに手をかけ勢いよく回していく。
「あ、拓哉ずるいよ!」
「いいの!」
 そう言ってにこにこ微笑む姿は、どこからどう見ても小学生の顔つきで、その無邪気さが廊下の角を曲がり消えていく。
「ゆっくりね! ゆっくりでいいんだから!」
 理子の声だけが、言葉の矛先である人物を失った廊下で響いていた。
 しん、と静まった時間が一瞬訪れ、彼女は「あの」とさっきまで拓哉に向けていた声色よりぐっと低くして話を切り出す。
「弟に近付かないでくださいって、前に言いましたよね」
 視線は拓哉の消えた場所で止まっている。俺を見ることなく、容赦ない一撃が放たれることは、一瞬訪れたあの静寂でなんとなく予感はしていた。
「たまたま会っただけだよ」
「それでも、すぐ離れてください。弟はあなたを好いてるようですけど、あの子にとってあなたは毒です。これ以上、近付かないでください」
 躊躇いがないその言葉は、以前言われた時よりも静かな憤りを感じた。ふつふつと、彼女の心で煮えているその感情は、いつ爆発してもおかしくないような泡立ちが見える。