「うん、前回とはあまり変わったところはなさそうだね」
 白衣を身に纏った温厚そうな男が、手元の検査結果に視線を落とす。落ち着いたその声と柔らかな雰囲気はいつだって狂うことなく保たれている。
「体調や食欲はどう?」
「変わらないです、前と同じで」
「そっか、うん、今のところ問題はなさそうだね」
 爽やかな印象と、にこりと微笑むその顔には、おばあちゃん患者から絶大な人気を得ているらしい。四十代前半、まだまだ若い先生にも劣らないルックスの良さだ。
 ここに通い始めてからずっと、主治医はこの人から変わらない。先生と呼ばれることを嫌う、少し変わった医者。
「肌も変わらず綺麗だし、急激な体重の減りもない。しばらく来なくても、とは言いたいけど、ごめんね。定期的にまた来てもらわないと」
「いえ、大丈夫です……また来ます」
 劇的な変化はない。奇跡的に、本当に奇跡が重なって、俺は、俺の肌は、至って普通の人とそこまで変わらない色をしている。人より白いだろうけど、でも、まだ普通だ。俺はまだ、まだ――
「あ、ゆき兄ちゃん」
 診察室を出た廊下で、車椅子に乗った少年が少し先で俺を呼んだ。幸人を「ゆき兄ちゃん」と呼んでくれるのはこの少年ぐらいだ。
「今日、診察日?」
「そう、今終わった」
 にこにこと、いつだって笑っている彼を見ると、何故だか目を逸らしてしまいたくなる。ヒリヒリと、胸の奥が痛い。この目は、この笑顔は、吉瀬によく似ている。眩しいぐらい真っ直ぐな顔が、どうしても重なってしまう。
 年齢の割に痩せている印象を受けるのは、患っている病気のせいだろう。そばかすが広がる顔は、以前会った時も増えているような気がする。
「何してた?」
「数字探し、この前ゆき兄ちゃんに教えてもらったやつ」
 一から百まで、廊下や看板などで数字を見つけるまでは病室に帰れないゲーム。前回、適当に考案したゲームを律儀に遊んでくれているらしい。
 長谷川拓哉、十歳。本来なら小学四年生だが、彼が学校に行けた日にちは一日もない。生まれた時からずっと、病院で過ごしている。それを彼は、あっけらかんと話してみせる。
「学校ではね、昔のアニメが流行ってるんだって。なんかね、いろんな人を助けられる魔法みたいなやつ。えっと、主人公がキオっていうね、なんだっけ……えっとね」
「……もしかして、それ、病気を治すやつ?」
「そう! それ! ゆき兄ちゃん知ってるの?」
「まあ……」