「は? なんで?」
「……嫌だろ、俺に触るのなんか」
 ぷつんと、声が途切れた。背中から重みが消える。高岡の頭が離れていったのだろう。
 嫌に決まってる。俺に触ると菌が移るって、病気になるって、そう刷り込まれるようにして育てられた俺の心は、今ではそう簡単に折れたりはしない。高岡がいざこうして離れていっても、それは仕方がないと割り切れる。
「お前あれか? 男に触られたくないとかぬかすんじゃねえよな?」
「……は?」
「なあ、俺が男だからそんなこと言うのか? あ? じゃあ女ならいいのかよ、女だったら背中貸すのかよ」
「いや……言ってる意味が分からないんだけど」
「そりゃあな、俺だって女子に背中貸してもらえてたら借りてるわ! 借りられねえからお前の背中で我慢してんだろうが」
「すっげえキレるじゃん……」
「当たり前だろ! お前が変なこと言うから」
 色落ちした髪が、太陽に透けて赤く燃えている。まるでこいつの怒りが髪に現れているように見える。
「変なことって……」
 俺はお前の為に――そう出てくる言葉はすぐに掻き消される。
「嫌とか嫌じゃないとか、俺のことを決めていいのは俺だけなんだよ。お前じゃない。いいか? 触りたいと思った触るし、んなもんべったべたに触ってやるよ。お前が嫌って言うぐらいとことんそれはもう」
「そろそろ黙ってほしいんだけど」
「は? …………え」
 ようやく事の事態を把握したのか、周囲から向けられる疑いの目に動揺がみるみる顔に出てくる。泳ぐ視線、定まらない口の形、気まずそうに揺れた頬、珍しく困惑の色を滲ませているのだから面白い。
「ち、違うからな……! 俺は別にこいつが好きとかそういう――おい、そこ! 写真撮ってんじゃねえよ! こら消せ!」
 騒がしい購買で、一際うるさい声が響き渡る。
 「高岡がキレたぞ」「逃げろ」とケラケラ笑ってるのは、高岡とよく一緒にいる男子生徒。友達の醜態をどうやらスマホにおさめたらしい。そこに俺もセットに映ってるのだとしたら、それはすぐにでも消したいもらいたいものだけど――
「すげえな……」
 気味悪がる人間ばかりを見てきたこの世界で、俺に触れたいと思ってくれる人間も、この世にはいるのかと知った。購買で。じろじろと注目を浴びながら。
 ものすごく勝手で、勢いしかない持論だったが、ああやって自分のことを肯定出来る人生は、俺の人生よりかは遥かに楽しいのだろう。楽しくなくとも、生きやすいのだろう。きっと。それは俺にとってとてつもなく羨ましいことで、手にいられないものだ。