「間に合わせないと、とは思ってる」
 慧子でもコンクールに関してはよく唸ったり、「逃げ出したい」と言ってるのに、彼はそこに経験なしで挑もうとしているのか。そう思うと、やっぱりわたしは「すごいなあ」なんて漠然とした言葉しか出てこなくて、彼は「そんなことないよ」と否定ばかりしていた。
 鉛筆をきゅっと握る。先週からなかなか捗らない呉野くんの絵は、描いては消して描いては消しての繰り返し。絵を描くというのがそもそも得意ではなかったし、出来ることならじっと座ってるんじゃなくて、動き回っていたいタイプだった。
「なんかさ、コツとかってあるのかな?」
「描くのに?」
「うん」
 廊下側に座る彼は、いつだって窓際には座らない。窓から差し込む紫外線に当たるのがまずいらしい。だから太陽から逃げるように、いつだって彼は光から遠ざかった場所にいる。
「どうだろ……俺も初心者だし」
「でも上手に描けてるよね? なんていうか、呉野くんは捉え方が天才的になのかな」
「いや、普通だよ、ほんと、普通」
「だから普通じゃないんだって」
 下手なわたしからすれば、呉野くんの感覚は普通ではない。
 さらりと、経験者の絵と匹敵してしまうような絵をいきなり描いてみせたんだ。
 たかがりんご、されどりんご、あれを描くのは難しいと、どうしたら彼に伝わってくれるのだろうか。
 この時期には珍しい長袖のシャツが、彼の腕を隠している。色白で、綺麗な肌。それをいつだって守るようにし曝け出そうとしない。曝け出せないの間違いかもしれないけれど。それでも、すっと細く伸びた白い指を見ていると、わたしより綺麗な指なんじゃないのかと思ってしまう。
「呉野くんってさ」
 いつからこんなにお喋りになったのか。集中しようとする彼の邪魔ばかりしてしまう。
「ん?」
 それでも彼は、律儀に反応してくれる。彼なりの優しさなんだろうか。
「呉野くんは……太陽の光を浴びると、その、だめなんだよね?」
「ああ、うん、そうだね」
「こんなこと聞いていいのか分からないんだけど、具体的にどうだめなの?」
 聞いていいのか分からないことを、ずけずけと聞くわたしは、彼に一体どう映っているのだろうか。デリカシーのない女? 無神経な? そんな失礼なクラスメイトに対し、彼は「んー」と言葉を探っているように見える。
「……普通の人なら日焼けで済むんだけど、俺の場合は火傷になるって感じ」