「弥宵がそう言ってくれるから嬉しいけどさあ……はあ、それでも呉野くんの絵は断然上手いんだよ」
 経験者を落ち込ませるだけの才能を持つ彼は、一体どんな人なんだろう。どうして絵があんなにも上手く描けるのだろう。どんな目をして、どんな世界を映し出しているんだろう。
「はあ……呉野くんもコンクールとか出ればすーぐ優秀作品とか選ばれるんだろうなあ。呉野くんの絵も見てみたいけど、あー……見たらより一層自信なくす」
「なんか矛盾してるね」
「矛盾してる、分かってる、わたしの情緒、今とんでもなく散らかってるから」
 ぐわんぐわんと悩む慧子は、本当に絵が好きなんだろうなと思う。描くことも見るのも好きだからこそ、呉野くんの本気の絵を見てみたいと心が掻き立てられるのだろうし、それを見たいようで見たくないという葛藤に襲われるのだろう。
「コンクールって、一般の人も出れるの?」
 もし出れるなら、呉野くんも出てみたらいいのに。あんなに上手いんだから、一度本気の絵でも描いてみたらいいんじゃないかと思う。
「出れるよ。出れるけど、出てほしくないよ。もうわたし負け確定だもん」
「慧子がそこまで自信なくすの珍しいね」
「そんだけ上手いんだよ」
 それだけ上手いのか。本当に呉野くんは初心者なのだろうか。本当に描いたことがないんだろうか。実は昔絵画教室に行ってたりしてんじゃないのかな。それか上手い人に教えてもらってたとか。わたしだって初心者だけど、初心者の絵には見えなかった。もし本当に初心者ならそれは本物の天才だ。でもそんな人いるんだろうか。本物の天才なんて人が、この世界にいるんだろうか。