「やっぱ、太陽に当たるとやばいんかな」
 慧子の呟きに「どうなんだろうね」と小さく返す。
 黒い髪が一瞬揺れる。壁を見ている頭の下に腕を置き、本格的に寝る体勢を取っているらしい。その後ろ姿は、他の男子生徒よりも線が細いように見えて、実際、彼は細いのだと思う。あまり食べてるシーンを見ないし、動いてるようなところもあまり見ない。
 休み時間はああやって机に頭をつけてしまって、周囲と距離を遮断する。それは入学からあまり変わっていないスタイルだと思う。三年連続同じクラスなのに、話したことは最低限の会話ぐらい。
 だから彼の病気の詳細は知らないし、噂ぐらいにしか把握はしてない。
 太陽に当たると皮膚に悪いとかそんな程度の知識ぐらいしかないものだから、彼との距離の詰め方は皆分からないと思う。
「呉野くんってさ、顔はいいのにもったいないよね」
「もったいないって?」
「ほら、あんま人と喋ったりしないじゃん? あれである程度喋って、なおかつ普通だったら絶対モテてたよ」
「普通……」
 どうしても、彼には病気がつきまとう。見えない何かを恐れるように、彼との間に壁を作ってしまう。その中には当然わたしも含まれているのだけど。
 けれど、こうして彼の話題があがる度に、自分と重ねてしまう。
 〝わたしも普通には見えていなんだろうな〟と。
 夕方だけ記憶がなくなるなんて、そんな面倒な人間に関わりたくないだろうし、わたしの事情を話すと、その人の笑顔はみるみるうちに強張っていく。引きつるような愛想笑いを何度も見てきたし、実際、どう反応していいのかも分からないと思う。
 唯一、高校で知り合った慧子だけは、そんな事情も理解したうえで付き合ってくれている数少ない友達。
「あ、でもさ、結構美術の時間で呉野くんと話したりしてない?」
 思い出したかのような顔をする彼女に、ああ、と小さく頷く。
「もしかしてうるさい? 場所隣だもんね」
 美術部に所属する慧子にとって、あの時間は勝負と言っても過言ではなく、絵にとことんパワーを注ぐ。邪魔されるのは嫌いだから、場所は隣でも話しかけたことは一度もない。