「恥ずいわあ。そういうのってせめて小学生で終わりだよな? 高校生で歌えって……せめて得意なやつ歌わせろって話だろ? 卒業式で歌うような学校指定のもの出してくんじゃねえよって話なんだよ。なあ、呉野だってそう思うだろ?」
 さすがに同情を覚えざるを得ない。もしこれが自分だったらと考えると、いくら得意な歌だったとしても、クラスメイトの前では歌いたくはない。その点、クラスメイトを描けと言われた方が随分とまだ良い方だ。心から美術を選んでおいて良かったと救われるような気分。
「んでさ、嫌すぎてボイコットしようかと思ってんだよ」
 可哀想にと思っているところで、なんとも物騒な言葉が聞こえてきたことに耳を疑った。
「え……なに? ボイコット?」
「そ。他の奴らも全員嫌だって言っててさ。じゃあボイコットするっきゃねえなって」
「いやいやいや……」
 何それ。何考えてんだよ。さすがにそれは意味分からない。
「あ、しかも署名活動までしてんだよ。えらくね? 反対でーすって活動すんの」
 しかも変に本格的に動いてるし。何してんだよ、それはいくらなんでもやりすぎだ。
 高岡の話に思わず頭を抱えそうになる。さすがにこれは理解出来ない。頑張れよ。プライド捨てて歌ってこいよ……いや、まあ歌いたくない気持ちは嫌というほど分かるけど。
「ってことでさ、呉野も署名してよ」
 ポケットに忍ばせていたのか、すっと差し出されたその紙に目を見張る。
「本気の署名書じゃん……」
「おう、本気本気。ガチ中のガチ」
 どうやらお遊び半分でボイコットするわけではないらしい。つまるところ、高岡は俺にからからい目的で署名しろと言っているのではなく、理解者を募って授業に参加しないという真っ向からの戦い方で挑むらしい。……真っ向ではないかもしれないが。
 たった紙切れ一枚でどうにかしようとするところがすごいし、大人から見ればこれはやはりお遊びになってしまうのだろう。
 ペンならあるから、と準備万端の高岡に、俺は迷った挙句にその紙を受け取った。ペン先を用紙にくっつける前に、また再度躊躇いが生じ、それを振り払うように自分の名前を記入した。
 もしこれが自分に降りかかってる問題だとしたら、と考えると、名前を書かないという選択肢は取れなかった。いやそれはどうかと思う、とも思ったけれど、それは俺がすると偽善者のような気がしてしまって、向こうからすれば〝いや、他人事だからそんな事が言えんだよ〟と言われてもぐうの音も出ない。
「呉野なら分かってくれると思った」
 満足そうに微笑む高岡に、「そう」と素っ気ないものが出てくる。