正直、自分では向いてるのかどうか分からない。分からないけど、もし仮に向いていることが俺に一つでもあるのなら、真っ直ぐだった木から――道からそれてしまってもいいだろうかと思えた。そんなことを思うことは一度だってなかったのに。諦めることは得意だったのに。
 朝の学校へと向かう時間帯は、まだ太陽がのぼりきってなくて、涼しいとは言い難いが、それなりに過ごしやすい空気が漂っている。眠気をしっかりと背負いながら、各々で向かうべき道へと進んでいく。
 スーツを身にまとったサラリーマンも、制服に袖を通す学生も、子供を自分の後ろに乗せて自転車を漕ぐ母親も、皆、それぞれの戦闘服を来て、今日一日を頑張ろうとしている。
 なにかを頑張りたいと思えたのは、人生で初めてだったのかもしれないと、道行く人を見てぼんやりと思っていた。
 校舎へと近付くにつれて、声が賑わい始めた。朝から葬式に参列するような顔をしている人もいれば、朝からよくそんな声を出せるなと思えるような人もいた。思わずその声の主へと辿っていけばあの高岡で、なんだかむっとした。やたらとあいつの存在が朝からちらつく。迷惑だ。
 その存在を視界から消すように視線を戻すと、少し前を歩く後ろ姿にはっとする。白いシャツの上で躍るような漆黒色の髪がつやつやと光っている。一本一本がしっかりとした健康そうな髪質は、今日も今日とてさらりと軽やかな動きをつけていた。
 吉瀬だ、と気付くものの、追いかけて声をかけるようなことはしなかった。昨日の今日で、少しは距離が縮まったように思うのは、きっと俺だけかもしれないし、そもそもかけたところで、朝から迷惑じゃないだろうか、なんて考えると、歩くスピードが変わることはなかった。
 きっと吉瀬のことだから、なんてことはないような顔で受け入れてくれるのだろうし、迷惑そうな顔だってしないのだろうけど、それでもやっぱり人に話すというのは怖気づいてしまうところがある。それを振り払おうと思っても、振り払えるようなものじゃない。そんな簡単なシミなら、とっくの昔に拭ってるし洗い流してる。
 結局、彼女の背中を見ながら登校することになった。昇降口でも彼女が俺に気付かないように、ゆっくりと時間をかけ歩き、彼女が上履きに履き替え階段へと向かうタイミングでようやく校舎へと入った。
 コミュニケーション能力が低いとか、まあそれも関係してるのかもしれないが、一番はやはり、嫌われるということを恐れているのが大きな要因なのだろう。
 嫌われてきたから、自分から嫌われる行動を取りたくない。だからクラスメイトも見かけたって挨拶の一つも出来ないんだ。情けない。