「すっげえ泣いたわあ」
 呉野くんの家を出て、高岡くんはどこかすきっきりとした面持ちで両手を空へと伸ばした。ばんざいするようなその後ろ姿に、口元が自然とほころぶ。
「行くときとは大違いだね」
「やっぱ緊張するからな。伝えてもらってはいたけど、呉野の母さんに門前払いされたらどうしようとか思ってたし」
 あのとき、わたしたちを快く出迎えてくれた呉野くんのお母さんは、見送りのときまでずっと優しく微笑んでいてくれた。呉野くんの笑い方そっくりに、静かで、陽だまりのような笑顔。
「わたしね、好きだったんだ」
「え、なに、俺が?」
「違うよ、呉野くんが」
 特別な時間を過ごす前から、呉野くんになんとなく惹かれていた。話したこともなかったくせに、佇まいとか、雰囲気とか、そんなものが好きだった。
「美術の時間でペアになったときも、うれしかったんだ」
「うわ、青春じゃん。こっちはこっちでボイコットしようと必死になってたのに」
「ふふ、そうだったね」
 うれしかった。呉野くんとペアになって、ようやく話すきっかけが出来たと思った。
 実際に話してみると、呉野くんは話しやすくて、話すときは人の目を見て話をしてくれる人で、否定的な言葉を使わない人で。
「楽しかったんだと思うな……夕方の時間」
 忘れてしまった思い出の中には、呉野くんと過ごした大切な時間がたくさん詰まっていて。嫌いで嫌いで仕方なかった夕方が、日記の中ではいつも輝いて見えた。もちろん苦しい事実もあったし、今でも受け止め切れないけれど、それでも、呉野くんと過ごす前より、すごく充実していたのだと思う。
「好きだったなあ……呉野くんのこと」
 だいすきだった。もう想いを伝えることが出来ないなんて、今でも信じられない。
 だって、まだ呉野くんはどこかにいるような気がして。ふと、呉野くんのいない現実に気づいたとき、どうしようもなく苦しくなって、涙が止まらなくなる。
「呉野も、吉瀬のこと好きだったと思うよ」
 高岡くんが、呆れたように笑う。
「お前ら、どっからどう見ても両思いっぽかったし。吉瀬に話しかけると、あいつすっげえ睨んでくるし。そんだけ、吉瀬のこと、大事に思ってたと思う。つーか、あの絵は、告白してるようなもんだったけどな」