「抜け出して、それから、吉瀬さんを描きに行ったんだと思う」
「──」
「美術の先生がね、呉野くんが描いた絵をコンクールに出したいんですって言われて。本人には伝えてあったみたいんだけど、いざ出展するときにはあの子いなかったから。それでね、呉野くんが残した絵を全部、出してあげたいって言われて、……あの子、絵が描けるなんて言わなかったから、コンクールであの子の絵を見たとき、わたしも涙しか出てこなかった。病院を抜け出してでも、太陽の下に出てでも、描きたかったんだなって。吉瀬さんのこと、残したかったんだなって」
壁一面に飾られた絵が蘇るように、頭の中で思い出されていく。
夕方のわたしを残してくれた呉野くんの絵は、どこまでも温かくて、ものすごく宝物に見えて。
「あの子……息を引き取るときにね、ごめん、ごめんって言ってたの。わたしにひどいこと言ったとか、悲しませてごめんとか。それにね」
お母さんの目が、高岡くんへと向けられる。
「高岡にごめんって言いたかったって。柳瀬から守ってもらったのに……ずっとうらやましかったって、あの子も同じこと言ってた」
はっと息をのむような音。隣の高岡くんは目を見開いて、それから視線を落とし、この日初めて泣いた姿を見せた。
「……っ」
ずっと、ずっと、我慢していたんだなって、そう伝わるぐらい、高岡くんは肩を震わせ泣いていた。
「あいつは俺の友達だったかもしれないって、静かに笑ってたわ」
「……っ、友達だわ、ばかやろ」
本当にばかだ、と、高岡くんはぼろぼろ泣いて、もらいなきしまってしまって。
お母さんの目が、今度はわたしを捉えて笑う。
「吉瀬さんのこと、あの子、ほんとうに好きだったみたい。夕方の吉瀬も、綺麗だったよって、だから残したかったって、そう言ってた」
わたしの知らない呉野くん。最期の呉野くん。
「最後に、ふたりにもう一度会いたかったって……だから、今、すごくうれしいと思う」
無理に笑いながら、時折声を詰まらせ、お母さんは呉野くんの最後に残した言葉を伝えてくれた。
──わたしも、会いたかったよ、呉野くんに。
呉野くんに会って、わたしの夕方を変えてくれてありがとうって──好きだったって、そう伝えたかった。