「吉瀬さん、よね?」
 背中に呉野くんのお母さんの手が添えられ、はっとした。
「あ……はい、……すみません」
 咄嗟に謝るものの、油断してしまうと涙が出てきそうだった。ここで泣くわけにはいかないとわかっているのに、薄らと涙が滲んでしまって。
「幸人、うれしいと思う」
 そう微笑んだ顔が、呉野くんの笑い方とそっくりで、堪えたはずの涙がぶわっと溢れてしまった。
「ご、ごめんなさい……っ、ごめんなさい」
 頬をごしごしと手で拭うが、とめどなく溢れてくる涙が止めることが出来ない。
 目の前に現実を突きつけられたみたいだった。どこかで、まだ呉野くんの死を受け止めることが出来ていなくて、ふわふわとしていて。けれど、こうして仏前に呉野くんがいると、受け止めるしかなくて、でも受け止められなくて。
「……くれ──幸人くんに、挨拶してもいいですか?」
 高岡くんが、隣に来て仏壇に視線と落とした。その横顔は、悲しみに暮れながらも、どこか芯の強さを感じる。「もちろん」と頷いた呉野くんのお母さんに、小さく頭を下げ、写真の前に座った。
 線香がじりじりと焼けていく。独特な香りが室内に充満する中で、ただ静かに手を合わせた。
 こんなとき、なにを思ったらいいのかわからなくて、手を合わすことしか出来ない。
 呉野くんと過ごした時間は、美術のでお互いをデッサンしたときの思い出だけ。夕方は、日記の中で静かにねむっている。
 そっと目を開け両手を離すと、高岡くんはまだ手を合わせていた。その横顔は、なにかを願っているようにも見える。

「ありがとう、幸人のこと覚えてくれて」
 用意してもらった温かい緑茶を口にふくむと、呉野くんのお母さんはどこかやつれた笑顔を見せた。
「忘れないです、友達だったので」
 高岡くんははっきりとそう口にする。学校で見せる顔とはまた違う、別人のようなその顔に、こっちまで心が引き締まる。
「……そう、あの子にも友達がいたのね」
 仏壇に視線を移したお母さんは、ぽつりぽつりと、言葉をこぼしていく。
「わたしね、あの子に後悔しかしてないの」
 吐き出されるその言葉は、力がなく、空気のように軽いのに、ずしんとどこか重くて。
「あの、俺──幸人くんがうらやましかったです」
 高岡くんが発した言葉があまりにも意外な言葉。
「あいつ、学校でわざと一人になろうとするんですけど、本当はみんな、あいつと関わりたかったんですよ。友達になりたかったやつ、多かったと思います。だって、かっこよかったですもん。顔もそうですけど、あいつから放たれる全部が、どこか大人びてて、全然違うところ見てて。俺が困ってるときも、なんだかんだ言いながら助けてくれて。あいつだけです、俺のこと、馬鹿にしなかったの」
 語られる呉野くんとの思い出に、お母さんはうれしそうに聞いていた。