それこそ恥ずかしくなって、俯きながら進んでいくと、今までとは違う特設コーナーのようなブースへと連れられた。
「ねえ慧子、ここって──」
 なにもない、と思ったところで、視線はとある一角のスペースで止まる。思わず通り過ぎてしまいそうなその空間には、壁で隔たれているものの、左右は人の出入りが出来るように空いている。中間だけ隔ててあるその壁の隙間を、ちらりと見て息が止まるかと思った。
「……なんで」
 壁一面に張られた絵。それらがすべて、わたしであることに目を瞠った。何枚も、同じ人物を描いたそこには、様々な表情を浮かべるわたしが描かれていて、その下には呉野幸人と名前がのっている。タイトルは──。
「〝夕暮れサーチライト〟って……変わったものつけたよね、呉野くん」
 慧子が隣に立ち、そのタイトルを口にする。
 忘れてしまった思い出が、ふわりと風にのせられてやってくるような気がして、けれどもなにも思い出せなくて。目の前にある絵が、呉野くんの前にいたわたしなんだと思うと、どうしてだか、胸がじわじわと熱くなって。
「わたしね、思うんだよ。わたしが描いた弥宵よりも、呉野くんが描いた弥宵の方が、ずっと弥宵らしいって」
 慧子が言ったその言葉が、決定的なものだった。
 たしかに慧子が描いてくれたものはわたしで、わたしの顔で、わたしが笑っていて。それはわかるのに、なんだか別人のような気がして、ふわふわしてしまって。
 それなのに、目の前に広がるわたしの絵は、ちゃんとわたしで、飾らないわたしで、誰がどう見てもわたしで。
「呉野くんの方が、ずっとずっと弥宵を見てたんだなって、この絵を見たときに思って正直震えた。うまいとかどうとか、そんなものはどうだってよくなるぐらい、呉野くんの絵描きとしての執念みたいなものを感じた。だって、これって、よっぽど弥宵を見てないと描けないよ」
 呉野くんが描いてくれたわたしは、どこまでもわたしだった。
 笑っていたり、眠そうな顔をしたり、どこかを見つめていたり。ひとつひとつの表情がとても細かくて丁寧で。
「サーチライトって、照明器具のことなんだって。強力な光を放つものってネットで書いてあるのを見て、ああ、呉野くんにとって弥宵はそう見えていたんじゃないかなって思った」
 壁に飾られている絵のど真ん中には、屈託なく笑うわたしが収められている。その右下には小さく〝俺が見た最期のきみ〟と、刻むように描かれていた。