「ここって、もしかして慧子が参加したコンクール?」
受付を済ませた慧子に尋ねると「ああ、うん」と、ぎこちなく頷いている。そのまま「こっち」と手首をつかまれ、展示されている絵を素通りするように奥へ奥へと進んでいく。
「せっかくだから、ゆっくり見てみたいんだけど……」
そう言ったわたしに、「ごめん、でもこっちが先」と返されてしまう。よほど自分の絵を見てほしいのだろうか。そりゃあ、友人の絵なのだから見るに決まっているというのに。
様々なデッサンが描かれている絵に、ついこの前自分が描いた絵を思い出してしまう。
呉野くんを描いた絵は、あまりいい出来栄えではなかった。もともと絵が得意な方ではなかったし、きちんと呉野くんを捉えられていたかと聞かれると、正直首を傾げてしまう。
コンクールに出される絵だけあって、やはり素人のわたしが描くものよりも、断然にうまいわけで。それらをじっくり見せてもらうこともなく、慧子にずんずんと引っ張られていく。
ぴたりと、足を止めたのは、慧子がお目当てのものを見つけたとき。
「これ、見て」
壁にかけられたその絵を見て驚いた。描かれているのは、どこからどう見てもわたしだ。
「……わたし?」
「そう、弥宵を描いたの」
たしかに絵の下には、仲林慧子と名前が書かれている。その横には「ともだち」と、絵のタイトルだろうか。ひらがなでそう書かれているのを見ては、慧子へと視線を戻す。
「描いてくれたんだ……わたしを」
「どうしてもね、弥宵が描きたいと思って」
その絵には、わたしが微笑んでいる姿が切り取られていた。
まさかそれをコンクールに出すなんて思わず、照れくささのようなものが滲んでいく。
慧子にはこう見えているのかと思うと、なんだか自分がとても綺麗な人間になったように思えてしまって勘違いをしてしまいそうになる。
「この絵見てどう思った?」
慧子に尋ねられ、さらにはじっと見つめられるものだから、思わずうろたえてしまう。
「え……どうって……やっぱり慧子は絵がうまいなあとか」
「ほかには?」
「ほかにって……えっと、なんか恥ずかしいなとか」
慧子がこうして感想を求めてくるのは珍しいことだった。まるで突き詰めていくような迫り方に、言葉がするすると出てこない。
そんなわたしに、慧子は「ごめん、困らせて」と眉を下げて笑う。
「これ、夕方の弥宵なんだよ」
「え……」
「夕方に笑ってる弥宵をさ、描いてみたかったの」
自分の絵をまっすぐに見つめる慧子は「弥宵にも見てほしくて」とつけくわえた。
友人に描いてもらったわたしは、静かに、それでいて綺麗に笑うのだなと思った。率直で、本人にはとても言えたものじゃなかったけど、なんだかわたしだと思えなかった。
あまりにも綺麗に描かれすぎていて、別の人を見ているような感覚に近かったのだと思う。
「向こうにもね、絵があるの」
慧子はふたたび、わたしの足を動かすよう促した。
ちらちらと、視線を浴びてしまうのは、きっと慧子の絵を見た人が、わたしに気づいたのだと思う。