「そうだね、その方がいいね。踏まれちゃいそうだし」
 俺と同じような考えを見せるものだから、すこしだけ驚きを覚えるものの、その直後の行動に、更に驚きを強く覚えさせられた。
「せっかくだからお墓でも作ろうか」
 そう言った彼女は、躊躇いもなくコンクリートの上で転がっている蝉を手に取った。桜貝のような小さな爪と、白く細長い指で、ひょいっとつまんでしまったその光景に一瞬言葉を失ってしまう。それは、引いたとか、信じられないとか、そんなものじゃなくて、俺が出来なかったことをいとも簡単にやってのけてしまったという意味で。
 彼女は「あの辺がいいかな」と、等間隔で並んだ木の下へと歩いて行く。その背中に「あ、うん」と気後れしながらついて行く俺は、なんとも情けない。
 お詫びと言ってはなんだけれど、という意味も込めて土を掘った。彼女の桜色の爪を汚したくなかったという理由もあるけれど。
 浅く、けれども蝉一匹埋まるぐらいの穴を掘ると、彼女はゆっくりとその亡骸を置いた。
「早く生まれ変われるといいね」
 そんな綺麗な願い事を託して、そっと土をかぶせていくその姿に目が離せなかった。
 蝉にそんな言葉を使う人は初めて見たし、生まれ変わりを願ってあげられる人もまた、俺は初めて見た。こんな人が本当にいるんだという、まるで信じられないものを見てしまったという衝撃が、俺の心に強いインパクトを残していく。
「もしかして、蝉を見つける度にああやってお墓作ってるの?」
 埋め終わり、もっこりとした場所を見つめている彼女にそう問いかけると「ううん」と苦笑を滲ませる。
「蝉にお墓を作ったのは初めてかな。さすがに毎回してたら、この時期大変だから」
 そっか、と続けたあと、じゃあどうして今回はお墓を作ったのかということを聞こうとして、やめた。あまり会話を長引かせるのも申し訳ないし、早く帰りたいと思っているかもしれないと考えると、話を終わらせた方がいいと思った。
「でも、呉野くんがあまりにも可哀想な目をしてたから。こうしたら安心するかなって」
 けれど、そう続けた彼女に「え」と驚きが漏れていく。