「柚子、ようやく仕事がひと段落したから約束していた衣装を見に行くか?」
 ようやくそんな話が玲夜から出て、柚子のテンションは一気にあがる。
 最近は玲夜の忙しさはこれまでで一番といってもいいぐらいだった。
 玲夜との時間も思うように取れず、寂しさを必死で押し殺していた柚子にとっては、やっと終わりが見えた瞬間でもあった。
 自然と柚子に笑顔が零れる。
「本当に!?」
「ああ。待たせてすまなかったな」
「全然いいの」
 柚子は嬉しさを抑えきれないというように玲夜に抱き付けば、玲夜はしっかりと柚子を受け止め、柚子の髪を優しく梳いて手に乗せたひと房の髪にキスを落とす。
「週末予約を入れておいた。問題ないか?」
「うん。楽しみ」

 そうして最初に訪れたのはオーダーメイドのドレスを扱っているお店。
 ここはドレスしか取り扱っていないので、和装の衣装はまた別で行くことになる。
 入り口の正面には純白のウェディングドレスとタキシードが飾ってあり、柚子の込み上げてくる嬉しさをぎゅっと噛みしめる。
「柚子、なにをしてるんだ?」
「嬉しすぎて浸ってた」
 ニコリとすれば、玲夜もまた笑い返してくれる。そんな他愛ないことが幸せで、それだけで心が温かくなる。
「いらっしゃいませ!」
 出迎えてくれた店員は全員女性で、店内には色とりどりの華やかなドレスがたくさん並んでいた。
 席に案内されてしばらく待つと、柚子よりも少し上ぐらいのまだ若い女性が対応してくれる。
「ようこそお越しくださいました。担当させていただく相田です」
「よ、よろしくお願いします」
 緊張でガチガチの柚子に、相田はにっこりと優しい微笑みで「緊張なさらないでリラックスしていきましょう」と言ってくれる。
「フルオーダーメイドのウェディングドレスにカラードレスをご希望とのことでよろしいですか?」
 柚子は玲夜と一瞬目を合わせてから「はい!」と頷いた。
「オーダーメイドの手順としましては、まずデザインを決めたいきたいと思いますが、イメージはありますか?」
「それが……。いろんなパンフレットを見たりしたんですけど、どんなのが自分に似合ってるのかとか分からなくて」
 柚子は困ったように眉を下げる。
 相田は「大丈夫ですよ」と安心させるような笑みを浮かべる。
「皆様最初はそんな感じで来られます。ウェディングドレスなんて普段着るものではありませんからね。ゆっくりと理想のドレスを一緒に作っていきましょう」
「はい」
 優しく、話しやすそうな人で柚子は安心した。
「まだイメージがつかめていないということですので、店内にあるサンプルをご試着していきましょうか?」
「いいんですか?」
「ええ、もちろんです。ご試着することで、ここをこうしたいああしたいとご要望も出てくると思いますので」
「ぜひ」
 かまわないかと玲夜をうかがえば、こくりと頷いてくれたので、柚子はドキドキしながら店内に飾られていたドレスを選ぶ。
「とりあえずは形を見ていきましょうか。Aラインにプリンセスライン、マーメイドラインと、スカートの形だけでもたくさんあるんですよ」
「綺麗……」
 あまりにも綺麗なドレスがたくさんあって目移りしてしまう。
 とりあえず店員おすすめのドレスを持って試着室へと向かう。
 手伝ってもらいながら着て、簡単に髪をアップにして髪飾りをつけてもらう。
 そしてカーテンを開けて玲夜の前におずおず姿を見せる。
「玲夜、どうかな?」
 気恥ずかしそうにする柚子のドレス姿に、玲夜は目を細めて微笑む。
「綺麗だ」
「あいあい」
「あーい!」
『うむうむ。さすが柚子。よく似合っておる』
 玲夜だけでなく、子鬼や龍にも好評のようだ。
 初めて着た純白のウェディングドレス。
 もう後一年したら結婚式なのだと、ドレスを着たことで実感してくる。
 玲夜が柚子の元にゆっくりと歩いてきて、じっくり観察するように見つめてくる。
「玲夜、そんなに見られたら恥ずかしい……」
「綺麗な姿を目に焼き付けておかないとな。だが、そのドレスは少し肌が見えすぎではないか?」
 玲夜が少し不服そうに眉をあげる。
 柚子が今着ているのは上がビスチェになっているので、肩も胸元も出てしまっている。
 確かに着慣れていないと恥ずかしいかもしれない。
 すると、すかさず担当の相田が入ってくる。
「肩や胸元はレースでほどよく隠すこともできますよ。露出が気になるようでしたら、袖をつけることも可能です」
「それがいいな」
「カラードレスの方も露出は少なめの方がよろしいですか?」
「そうだな」
 なにやら柚子を置いて話を進めているようだが、着るのは柚子である。
「玲夜、勝手に決めないでよ」
「デザインは柚子の好きにしたらいいが、これは譲れない。他の男の前で肌を見せるなど言語道断だ」
「別に水着で出るわけじゃないんだから」
「露出は必要最低限だ」
 こうなってしまっては玲夜は頑固だ。
 柚子は諦めるしかない。
 この程度の露出でやきもちを焼くとは、花嫁を持つあやかしは花嫁のことになると狭量である。
「すみません。袖があって胸元の隠れるドレスを試着してみていいですか?」
「ええ、ただいまお持ちしますね」
 そして持ってきてもらった袖ありのドレスを試着してみる。
 手首までがレースで作られたドレスは上品な上に肌の露出も最小限だったことから一番玲夜の反応がよかった。
 しかし、その後に着た、袖をふわっと膨らませたパフスリーブのドレスはかわいらしさがあって柚子の好みど真ん中だった。
 鬼龍院の次期当主の妻としては上品さを優先させた方がいいのかもしれないが、かわいさも捨てがたい。
 うーんとうなりながらなかなか決められずにいる柚子の前に、タキシード姿の玲夜が現れる。
 その人外の美しさに、見慣れているはずの柚子ですら時が止まったかのように見惚れてしまった。
 玲夜に免疫がない店員たちは言わずもがなである。
 これは後世に残さねばならないものだと判断した柚子はすぐさまスマホで写真を撮った。
 そしてこの興奮と感動を共有すべく、透子や高校時代の友人たちに送信した。
 そしたらすぐに返信が。
『いやぁぁ、イケメンすぎて死ぬ!!』
『結婚してぇぇ!』
『柚子の幸せ者め。こんちくしょー!』
『これは国宝……いや、世界の宝よ! 保護しなければ!』
 などなど、次から次へと通知が鳴りやまない。
 柚子の抑えきれぬ感情は皆にも伝わったようだ。
「どうした、柚子?」
「なんでもない。玲夜が格好よすぎてみとれてた」
 そして、柚子は小さく笑う。
「なんか、本当に結婚するんだね、私たち」
「当たり前だ。なにを今さら」
 確かに今さらなのだが、幸せすぎて、まるで夢の中にいるかのようにふわふわとした気持ちでいる。
 夢なら覚めないでほしいと願ってしまう。
 その後、玲夜のタキシードはだいたい決まったのだが、柚子のドレスはなかなか決まらず、予定も詰まっていることから次回に持ち越しとなった。
 お土産にたくさんのパンフレットをもらい、店を後にした。

 続いて向かったのは、高道と桜子の結婚式の際にも着物を購入したことのある呉服店。
 ここは玲夜の両親や玲夜自身も行きつけの信頼できるお店である。
 ここで白無垢と色打ち掛けを仕立ててもらう予定なのだ。
 以前にも対応してくれた妙齢の女性がにこやかに出迎えてくれる。
「お待ちしておりました。このたびは結婚式のご衣装をお任せいただけるとのことでありがとうございます。お部屋の方で準備は整っておりますので、どうぞ」
 個室に案内されれば、目にも鮮やかな着物や生地の数々。
 玲夜には黒の紋付き羽織袴が用意されていた。
 どうやらこれが最も格式が高いもののようなので、玲夜は黒紋付きの羽織袴一択のようだ。
 サイズも普段からこの店で仕立てているためにはかる必要もなく、玲夜はもう決まったようなものだった。
 なので、ここでも頭を悩ませる必要があるのは柚子で、
 白無垢と一概に言っても、その種類はたくさんあり、柄や生地の違いがあったりと簡単には決められない。
 白無垢は白無垢だろうと思っていた柚子は、めまいがしそうだった。
 けれど、お店の人から柄の意味や生地の手触りなどを確認しながらなんとか白無垢にするための生地を選んだ。
 結婚式は春ということで、桜の刺繍が施されたものだ。
 そしてそれ以上に問題となる色打ち掛け。
 こちらは柄だけでなく色も決めなければならない。
 定番の赤から、ピンクに黄色、オレンジ、青、紫と、次から次に目の前に出されて目が回りそう。
「ねぇ、玲夜はどう思う?」
 困り果てて玲夜に助けを求める。
「柚子ならなんでも似合う」
「それ一番困る答えなんだけど……」
「一度お顔に合わせてみましょうか」
 お店の女性が柚子を鏡の前に案内し、肩に生地をかける。
 合わせては次、次と、自分の顔と着物の色とを比べながらうなり続けること一時間。
「やっぱり定番の赤色の生地が華やかでいいかも……です」
「では、赤のお色を中心に生地をお持ちしますね」
 赤と決めたものの、その赤い生地の種類もまた多い。
 大人っぽい落ち着いた色合いから、明るい印象の赤と様々だ。
 結婚式は嬉しいが、さすがに疲れてきてげんなりとしてきた柚子にそれが目にとまった。
 小ぶりの花のモチーフが多く描かれ、金箔を施されたかわいらしさと華やかさのある生地だ。
「これ、これがいいです!」
 まさに直感。ひと目ぼれだ。
「まあ、ご趣味がよろしいのですね。まだお若い花嫁様にはとてもお似合いになられると思いますよ」
「玲夜、これどう?」
「ああ、きっと華やかに柚子を飾ってくれるだろう」
 結局どんなものでも柚子を褒めるのだろうが、そう分かっていても嬉しいものだ。
「では、色打ち掛けの方はこちらの生地でお仕立てさせていただきますね」
「お願いします!」
「かしこまりました」
 柚子の前に色打ち掛けの生地と白無垢の生地が残された。
 その横には玲夜の黒の紋付き羽織袴がかけられている。
 それを見た柚子は思い出した。
「あの、これ写真に撮ってもいいですか?」
「ええ。かまいませんよ」
 許可を得たところで柚子は、スマホで二つの生地と玲夜の衣装を写真に撮り、その画像を元部長に送った。
「どうしたんだ?」
 玲夜が不思議そうに問いかけてくる。
「ほら、子鬼ちゃんたちの衣装を頼んでた人に画像を送ったの。私たちの衣装に合わせて作ってくれるんだって」
「ああ、そのことか」
 早速返事がきて、『了解したわ。腕によりをかけて、子鬼ちゃんたちの結婚式を成功させてみせる!』とメッセージが来た。
 子鬼の結婚式ではないともう一度釘を刺しておくべきか悩む。
 すると、柚子の腕に巻きついていた龍がなにやらモジモジとしている。
「どうしたの?」
「のう、衣装は童子だけなのか? 我にはないのか?」
「えっ、いるの? 前に自分の鱗の素晴らしさを語ってたじゃない」
「我だけ仲間はずれなど切ないではないか。我もほ~し~い~」
 駄々をこねる子供のように、うにょうにょうとのたうち回る。
 ここにまろとまるくがいたら、いいおもちゃになっていただろうに。
 でもそうか、確かに仲間はずれはかわいそうだ。
 かと言って、子鬼ふたり分の衣装を頼んでいる元部長に、これ以上の作業をお願いするのは気が引ける。
「どうしようか、玲夜?」
「そうだな……」
 玲夜は少し逡巡したのち、店の女性へと視線を向ける。
「頼めるか?」
 女性は頬に手を添えて困ったようにしていたが、龍が柚子から離れて女性の目の前で懇願の眼差しを向け続けたことで折れてくれた。
「かしこまりました。普段はそういうご要望はお引き受けしないのですが、お付き合いの長い鬼龍院様たってのお願いとあらば聞かぬわけには参りませんわね」
「助かる」
「おお~!」
 龍はうねうねと体を動かしながら喜んだ。
「では、少しサイズをお計りしてもよろしいですか?」
「うむ。存分に計ってくれ!」
 うへへへっと表情を崩してたいそう喜んでいる龍を、店の人は素早く採寸していく。
 その後は、龍がなにやら女性にいろいろと注文をつけていたが、『雄々しく』とか『神々しく派手に』などという単語が聞こえてきて不安に駆られた。果たしてどんなものを作る気なのやら。