(……なんだ? ここは……どこだ?)
水沼耕介は意識を取り戻した途端、まともに身体が動かせないことに気付いて戸惑った。
考えてみれば、あのポンコツ女神は生まれ変わらせる。そう言っていた。つまり、今の自分は生まれたばかりの赤ん坊なのだろう。
耕介はあっさりとそう理解した。
やけに冷静なのは、耕介の元々の性格もあるが、精神が摩耗しきっていたこととは無関係ではないだろう。
「この子か?」
「あ、はい」
どこからかそんな声が聞こえてきて、耕介はゆっくりと目を開けてみる。
瞼が異常なほど重く感じる。
それでもなんとか目を開けてはみたのだけれど、視界はぼんやりとかすんでろくに見えやしない。
どうやら自分は、本当に生まれたばかりの赤ん坊らしい。
また最初からやり直しなのだと思うと、ゲームのセーブデータが消えた時のような絶望感を感じる。いや、違うか。記憶そのものはあるのだ。キャラを引き継いで別のゲームをやるようなものか。
そんなことを考えていると、目の前で何やら肌色の球体がゆらゆらと揺れていることに気付いた。
(なんだ……?)
必死に目を凝らしてみると、それは女の子の顔へと像を結んでいく。前の世界ではあり得ない、紅い瞳に長い黒髪。
(さっきの声はこの娘か。無茶苦茶かわいい女の子だけど、まさか母親ってことはないよな? 産後って雰囲気でもないし……)
そこまで考えて、耕介ははたと気づく。
(そういえば……言葉は通じるんだな。日本語って訳では無かったけれど、何を言っているのかははっきりと分かった。これはポンコツ女神のサービスってことかな。うん、気が利いている。とりあえずポンコツと呼ぶのは止めてあげてもいい。それにしても……)
耕介は目の前の女の子を再びじっと眺める。
やっぱりとんでもない美少女だ。同級生にいたらビビッて声はかけられず、遠くからずっとみているだけが精一杯だろう。
(こんな娘が恋人だったりしたら最高だろうな)
それは正直な感想でしかなかった。だがその瞬間、少女は突然、眉を顰めたかと思うと、急に声を上げた。
「なんですか、これは!」
耕介自身には何の自覚もないが、この瞬間、女神が仕込んだチートスキルが発動したのだ。
彼女の中にわずかに芽生えた「かわいらしい赤ん坊」というプラスの感情と、耕介が彼女に対して抱いた淡い好意がぶつかりあって激しく鳴動する。
少女の身体が一瞬、クラっと揺れたかと思うと、次の瞬間、彼女は陶然とした表情で耕介のことを見下ろした。
(あれ……なんか、ちょっと雰囲気変わったような……)
繰り返すようだが、耕介の方にはなんの自覚もない。だが、彼女の胸の内は生まれたばかりの赤ん坊である耕介への愛情で溢れかえっていたのだ。
「赤ん坊……というのは、こんなに大人しいものなのですか?」
彼女は背後を振り返って、誰かに問いかける。
「いえ、これほど大人しい子は珍しいと思います。流石は女神さまに選ばれた赤ん坊。普通とは違うのだと、妻とも感心しておったところです」
応じたのは男の人の声。
(我が子ってことは、この世界での俺の父親ってことか……)
どんな父親なのかは気になるが、残念ながら首も座っていない赤ん坊の状態では、目の前以外はまともに見えない。
(……赤ん坊は普通、もっと泣きわめくもんなんだよなでも、特別な子だって納得してくれるんなら、泣きわめくフリとかしなくてもよさそうだ)
耕介が胸の内でホッと胸を撫でおろしたのとほぼ同時に、少女は何かを決意したとでもいうように、一つ大きく頷いた。
「今後この子の……いえ、この御方のお世話は、守護者たる私が全て面倒をみます!」
「え、いや、守護者さま? 先ほどは赤ん坊の世話などと……」
少女のその宣言に、父親の戸惑うような声が聞こえた。
「ふっ、状況は刻々と変化するものです。お義父さま」
「お義父さま!?」
父親が驚愕の声を上げた。
「ちょ、ちょっとお待ちください、守護者さま。変化すると言っても限度というものが……。それにお世話を全部と言われても、乳は乳母でもなければ与えられませんし」
「大丈夫です。出します! 気合で!」
(気合で!?)
耕介は思わず二度見する。話の流れはよくわからないが、生まれてすぐの赤ん坊に二度見させるとは、なかなか恐ろしい少女である。
「いやいやいや! 気合でどうにかなるものでもありません!」
「やってみなければわかりませんよ。これでも聖女の娘です。意外とドバドバ出るかもしれません! メガフレアぐらい!」
(メガフレア!?)
ともかくも、これが耕介――セルジュ・マルグリットと魔王と聖女の娘アーヴィンの出会いであった。
若干、発言には常軌を逸したものを感じるが、それを補って余りある美少女である。
だが、耕介は生まれたばかりの赤ん坊。
(俺が大人になる頃には、彼女はおばさんになっているんだろうな)
そう思うと、耕介は少し残念な気がした。
……が、そんなことはなかった。
水沼耕介は意識を取り戻した途端、まともに身体が動かせないことに気付いて戸惑った。
考えてみれば、あのポンコツ女神は生まれ変わらせる。そう言っていた。つまり、今の自分は生まれたばかりの赤ん坊なのだろう。
耕介はあっさりとそう理解した。
やけに冷静なのは、耕介の元々の性格もあるが、精神が摩耗しきっていたこととは無関係ではないだろう。
「この子か?」
「あ、はい」
どこからかそんな声が聞こえてきて、耕介はゆっくりと目を開けてみる。
瞼が異常なほど重く感じる。
それでもなんとか目を開けてはみたのだけれど、視界はぼんやりとかすんでろくに見えやしない。
どうやら自分は、本当に生まれたばかりの赤ん坊らしい。
また最初からやり直しなのだと思うと、ゲームのセーブデータが消えた時のような絶望感を感じる。いや、違うか。記憶そのものはあるのだ。キャラを引き継いで別のゲームをやるようなものか。
そんなことを考えていると、目の前で何やら肌色の球体がゆらゆらと揺れていることに気付いた。
(なんだ……?)
必死に目を凝らしてみると、それは女の子の顔へと像を結んでいく。前の世界ではあり得ない、紅い瞳に長い黒髪。
(さっきの声はこの娘か。無茶苦茶かわいい女の子だけど、まさか母親ってことはないよな? 産後って雰囲気でもないし……)
そこまで考えて、耕介ははたと気づく。
(そういえば……言葉は通じるんだな。日本語って訳では無かったけれど、何を言っているのかははっきりと分かった。これはポンコツ女神のサービスってことかな。うん、気が利いている。とりあえずポンコツと呼ぶのは止めてあげてもいい。それにしても……)
耕介は目の前の女の子を再びじっと眺める。
やっぱりとんでもない美少女だ。同級生にいたらビビッて声はかけられず、遠くからずっとみているだけが精一杯だろう。
(こんな娘が恋人だったりしたら最高だろうな)
それは正直な感想でしかなかった。だがその瞬間、少女は突然、眉を顰めたかと思うと、急に声を上げた。
「なんですか、これは!」
耕介自身には何の自覚もないが、この瞬間、女神が仕込んだチートスキルが発動したのだ。
彼女の中にわずかに芽生えた「かわいらしい赤ん坊」というプラスの感情と、耕介が彼女に対して抱いた淡い好意がぶつかりあって激しく鳴動する。
少女の身体が一瞬、クラっと揺れたかと思うと、次の瞬間、彼女は陶然とした表情で耕介のことを見下ろした。
(あれ……なんか、ちょっと雰囲気変わったような……)
繰り返すようだが、耕介の方にはなんの自覚もない。だが、彼女の胸の内は生まれたばかりの赤ん坊である耕介への愛情で溢れかえっていたのだ。
「赤ん坊……というのは、こんなに大人しいものなのですか?」
彼女は背後を振り返って、誰かに問いかける。
「いえ、これほど大人しい子は珍しいと思います。流石は女神さまに選ばれた赤ん坊。普通とは違うのだと、妻とも感心しておったところです」
応じたのは男の人の声。
(我が子ってことは、この世界での俺の父親ってことか……)
どんな父親なのかは気になるが、残念ながら首も座っていない赤ん坊の状態では、目の前以外はまともに見えない。
(……赤ん坊は普通、もっと泣きわめくもんなんだよなでも、特別な子だって納得してくれるんなら、泣きわめくフリとかしなくてもよさそうだ)
耕介が胸の内でホッと胸を撫でおろしたのとほぼ同時に、少女は何かを決意したとでもいうように、一つ大きく頷いた。
「今後この子の……いえ、この御方のお世話は、守護者たる私が全て面倒をみます!」
「え、いや、守護者さま? 先ほどは赤ん坊の世話などと……」
少女のその宣言に、父親の戸惑うような声が聞こえた。
「ふっ、状況は刻々と変化するものです。お義父さま」
「お義父さま!?」
父親が驚愕の声を上げた。
「ちょ、ちょっとお待ちください、守護者さま。変化すると言っても限度というものが……。それにお世話を全部と言われても、乳は乳母でもなければ与えられませんし」
「大丈夫です。出します! 気合で!」
(気合で!?)
耕介は思わず二度見する。話の流れはよくわからないが、生まれてすぐの赤ん坊に二度見させるとは、なかなか恐ろしい少女である。
「いやいやいや! 気合でどうにかなるものでもありません!」
「やってみなければわかりませんよ。これでも聖女の娘です。意外とドバドバ出るかもしれません! メガフレアぐらい!」
(メガフレア!?)
ともかくも、これが耕介――セルジュ・マルグリットと魔王と聖女の娘アーヴィンの出会いであった。
若干、発言には常軌を逸したものを感じるが、それを補って余りある美少女である。
だが、耕介は生まれたばかりの赤ん坊。
(俺が大人になる頃には、彼女はおばさんになっているんだろうな)
そう思うと、耕介は少し残念な気がした。
……が、そんなことはなかった。