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「これが最後のページです」
「ということは全部で42字か」

 オレは皆が見守る中、フェントから貰った紙に辞書に記された言葉の頭文字を書き写していった。
 未知の文字たちの書き心地は、カタカナに近いように感じた。直線と角が多く、カーブを描く文字は殆どない。直線の本数は1~6本、だいたいが三角形か四角形を作りそこに線を数本付け足して1文字としている。中にはその付け足しの線が複数文字を貫いているものもある。

「こういうのって……アルファベットの筆記体みたいなものでしょうか?」
「どうだろう? 決めつけるのは良くない気もするけど、とりあえずはそう考えておくか?」
「大文字と小文字のような区別は無し……でいいのかな? 見た感じでは、頭文字と同じ形の文字を2文字目以降も使ってますよね」
「うーん、どうだろう。 さっき変な形の文字あったよ?」

 それぞれが気がついたことを言い合う。村で仕入れた言葉を辞書に書き加えるときにもこういう会議は行っていた。だから皆、同じノリで思い思いのことを話していた。オレはそれを手元においた別の紙にメモしていく。

「ひとつだけ安心したことがありますね」

 と、ハルマ。

「表音文字か表意文字かの問題。42文字程度なら、少なくともこの世界でメインで使われている文字は表意文字と考えていいのでは? ひらがなよりチョイ少ない数。これなら僕達でも覚えられます!」

 最悪の予想は、見分けのつかない表意文字が何百何千パターンとある場合だったけど、その心配はなさそうだ。

「それじゃあ次は、これらの文字がそれぞれどんな発音を担っているか、ね」
「あ、それについては俺に考えがあるぞ」

 今回手を挙げたのはマコトだった。

「まず、俺たちがこれまでに覚えてきた単語を見つけて、それを手がかりにするしかない。これはいいよな?」
「そうだな」
「となると、俺たちが知ってる単語が多く載ってるジャンルの本がいい。それってなんだと思う?」
「そりゃ……農業関係なんじゃないのか?」

 オレたちの言葉の先生である、村人たちはほとんどが農夫だ。村の周囲の広大なペタフ畑を作り、それを挽いてフフッタ粉を作って、王宮への納税や行商との商売に用いている。

「だろ!? なら話は早い。フェントちゃん! 農業の……特にペタフの育て方について解説してる本を持ってきて!」
『…………』

 フェントは少し困ったような顔をしただけだ。口を開かず、頭の中にも何も言葉が響かない。

「……あれ?」
『えっと、ペタフの育て方……ですか??』
「う、うん」
『あの、そういうのは……農夫の皆さんは、親から教わるものなので……わざわざ記している書はないかと思います』
「え゛?」

 マコトの考えを聞いてる間は「おお!」と思ったけど、よくよく考えてみればその通りだった。この世界の農夫が、テキストを読みながら作物を育てているとは思えない。ベランダで日曜菜園をやるサラリーマンじゃないんだ。そもそも、村で文字を見たことが殆どない。識字率も高くないのかもしれない。

「くっそー! いいアイデアだと思ったのになー!!」

 マコトは長机を軽く拳で叩くと、がっくりうなだれた。

「マコトっちにしては、ちゃんと考えたよ、うん!」

 シランはマコトの肩をたたいた。

「シラン、てめーすごいムカつくな……!」
「いやアイデアは悪くないです。マコトさん!」

 今度はハルマが応える。

「農夫の生活をわざわざ書くような本があればいいんですよ!」
「そんなのあるか……?」
「フェントさん、王宮の貴族や役人がガズト山の近くを訪れた紀行文ってありませんか?」
『紀行文ですか……わかりました、探してみます』

 フェントはくるりと踵を返して、本棚へと向かっていった。