異世界学事始-ことのはの英雄譚-

「…………」

 気がつくと、オレは木の幹や根っこに囲まれた不思議な空間にいた。そこに干し草が積まれていて、オレはその上に敷かれたシーツに寝かされている。

「うぐっ……」

 上半身を持ち上げると身体中にズキズキと痛みが走る。

「オレ、どうなった……?」

 最後の記憶は……あの村の入口だ。門番に殴られて気を失って……それからどうした? オレは痛みを堪えながら這う。その空間は六畳程度の広さ。ひとつだけ小さな出入り口がある。そこから顔を出した。

「ここは……村?」

 あの村ではない。人の手で建てられたような家は無い。視界に入るのは枝葉を大きく広げた巨木のみ。だけど、直感的にそこは村だと思った。
 縦横無尽に伸びる巨木は、ねじり合わさったり螺旋を描いたりして様々な形を作っている。今オレが這い出てきたような、中に空間を持っていそうな木が数カ所。これは家だ。そしてそれらを繋ぐように、階段や道の役割を担う根と枝が伸びている。天然のツリーハウス……いや、これはどう見ても自然が形作ったものじゃない。

「気がついたの?」

 誰かの声。日本語だ!! 俺はとっさに首を横に向ける。鈍痛。

「うぐぐ……」
「もう少し安静にしてなさい。アツシの治癒は効果が出るまで時間がかかるから」

 痛みを堪えて眼をゆっくり開ける。女性。黒い長髪にスラリとした体格。その顔は……間違いない、日本人だ。

「アンタは? ここはどこだ?」
「まずは部屋に戻って」

 女性はオレの体を引っ張るようにして幹と根の空間に連れ戻した。

「こんなところに寝かせてゴメン。ここはベッドなんて無いけど、根っこの上に寝るよりかはマシだから」

 そう言われながら再び干し草に寝かされ、薄い毛布をかけられた。

「私はリョウ。この世界じゃあんまり意味ないみたいんだけど、一応フルネームは前沢リョウ。よろしくね」
「ゲン……杉白ゲンだ」

 リョウはオレよりも年上。二十代半ばくらいに見えた。真っ直ぐな眉と、切れ長の目。全体的に整った顔立ちで、元の世界ならスーツを着てキャリアウーマンをやってるのが似合いそうな人だった。

「で、ここは『はぐれ者の里』といったところかな?」
「はぐれ者?」
「あんな所で行き倒れてたってことは……君も持ってないんでしょ? 〈自動翻訳〉」
「あ、ああ。という事はアンタも?」
「ええ。テキトー女神のせいで、第二の人生でハードモードを強いられてる転生者の一人」

 リョウは、根っこの一部が大きく盛り上がり、椅子のようになっている所に腰を下ろした。

「私だけじゃない。翻訳スキルを持たないばかりに、他の転生者からは脱落し、現地人からは相手にされない。そんなのが7人、ここに流れ着いている。ここははぐれ者の里ね」

 そんな場所があったのか……。

「オレはどうやってここに?」
「アキラ兄さんとハルマが……里の仲間の二人が運んできたの」
「運んできたって……あの村からか?」
「うん。あの村がここからは一番近いから。山の中で採れたキジやイノシシの肉、山菜なんかを、あの村で小麦と交換してるの。言葉無しで出来る、原始的な交易ね」

 リョウは小屋の隅に置かれた麻袋を指差した。あの中に小麦が入ってるようだ。

「で、なんでゲンは、あの村の前でボロボロになってたの」
「実は……」

 俺は、この世界に転生してからの一部始終をリョウに話した。

「オクト……あいつか……」

 リョウは片手で額を押さえながらため息を付いた。

「知ってるのか!?」
「有名人よ。こずるいやり口で各地で聖石をかすめ取ってる、ろくでもないヤツ。そのくせ派閥づくりは有能で、世界各地に仲間を作ってる。王宮の内部にもパイプがあるみたい」
「そういえば、法律に詳しい転生者と知り合いみたいなこと言ってたな」

 村長から聖石を奪ったときのことを思い出す。

「あの村に向かう最中に、突然嵐になったからもしかしてって思ったけど……やっぱ聖石が奪われたのね」
「せめて、ひとかけらだけでもと思って、村に返しに行ったんだ。で、門番に痛めつけられて……」
「彼らにしてみれば、村の聖石をだまし取った憎むべき敵だものね。こちらの言い分を説明しようにも、こっちが知ってる言葉は"ウケル"くらいだし」
「ウケル?」
「ああ、それも知らない? ここの言葉で"面白い"って意味よ。要するに"ウケる"ってこと。偶然の一致みたいだけど、これだけは私達の世界と同じなのよね」

『ハハハッ! ウケル!!』

 一番最初にあの村の門番たちと押し問答したときのことを思い出す。一瞬だけ日本語を話してると思った。アレはそういう事だったのか!

「あっ 気がついたんですか?」

 木の根の空間にもうひとり入ってきた。小柄な少年。オレよりもだいぶ年下、オクトよりも更に幼い印象だ。

「この子が、庵川アツシ。ウチの回復担当で、君の傷に治癒のスキルをかけたの」
「アツシです。完全回復まではもう少しかかると思うので、安静にしてくださいね」

 アツシと呼ばれた少年はそう言って、オレに軽く頭を下げた。

  *  *  *

「うん、だいぶ調子良くなった」

 日が暮れる頃になって、オレはベッドから起き上がり身体の各部を動かした。身体中の打撲や傷、腫れはすっかり引き、痛みや違和感は完全に消えている。

「本当ですか、よかった!」
「アツシの〈治癒力増幅〉のスキルは人の自然治癒力を強化する。回復魔法のような即効性は無いし、重傷は直せないけど適用範囲が広いの。軽い風邪や肉体疲労の回復、滋養強壮の効果もある」
「この里の人には、人間エナドリとか人間温泉とか言われてます」

 アツシは苦笑いをしながら頭をかく。なるほど、言われてみると身体が軽くなった気がする。

「もったいないよねぇ、せっかくのSRスキルなのに。言葉が話せないばっかりにこんな所でくすぶってるんだからさ」
「いやぁ、どうでしょうね。前に入ってたパーティーじゃ、戦闘で使えないヒーラーなんていらねえって、追い出されちゃいましたし」
「使い方をわかってないそのパーティーの奴らが悪いのよ」
「そういうリョウさんだってSSRスキル持ちじゃないですか」

 オレの〈n回連続攻撃〉をあの女神はチート級のSSRスキルだと言っていた。同じランクのスキル、一体どんなものなのか?

「SSRスキル持ってるんだ?」
「まあね。確かに使えればとんでもない力を発揮する可能性があるよ。使えればね……」
「というと……?」
「フフフッ 聞いて驚きなさい?」

 リョウは、言葉に少し溜めを作った。

「〈叡智投影〉よ!」
「えいち……とーえい?」

 言葉から効果がイメージできないスキルだな。なんだそれ?

「あの女神曰く、本の内容を人に理解させるスキルらしいの。例えば、魔術書とか武芸書とかの内容を仲間に投影すれば、それを読まなくても奥義を会得させることが出来るって」

 なんだそれ!? 確かに、使い勝手が良さそうなスキルだ。

「ただし前提条件として、私が理解可能な本でないといけない。一度、街のゴミ捨て場に落ちてた古本で試したんだけど、読めない文字じゃどうしようもなかった。どう? 笑えるでしょ?」
「まったく、あの女神もそんなスキルを与えておいて、なんで〈自動翻訳〉を忘れるんでしょうね……」

 宝の持ち腐れということか。気の毒すぎる……。

「正直、私もR級、いやN級でいいから、使えるスキルが欲しかったよ。〈魔術素養〉とか〈防御特化〉とか。そうすりゃ、どこかのパーティーに紛れ込めたかもしれないのにね」
「いやぁ、ダメでしょう。この里にだって、そういうスキル持ちがいるけど、みんな結局言葉がわからないって理由で追い出されてきたんですから……」

 そう言いながら、リョウとアツシの二人は自嘲気味に笑っていた。

 効果は広いが時間がかかる回復スキルと、言葉がわからなければ使えないスキルか。それに比べたらオレのは、まだ扱いやすいスキルということか。
 〈n回連続攻撃〉……無我夢中だったから記憶がおぼろげだけど、あの時6回連続までいけたハズだ。それも、狙いはオクトじゃなかった。奴の持つ聖石を標的にした「攻撃」。しかも5撃目はダガーではなく、素手で掴むという行為。さらには、最後の一撃は地面を蹴っただけだ。この2つは攻撃ですら無い。
 女神は熟練次第で攻撃回数を増やせると言ってたけど、それ以上に幅が広い使い方が出来るのかも……。

「まてよ?」

 そこまで思いを巡らせた所で、頭の中で何かが繋がる。

「どうしたの、ゲン?」

 オレが出した声に気づき、リョウとアツシは話を止めてこっちを見てきた。

「いや、ちょっと……」

 もう少しだけ考える。うん……うん……ひょっとしたらやれるかも。

「なあリョウ、あんたさっき、この世界で分かる言葉は『ウケル』くらいだって言ってたよな?」
「言ったけど……それが?」
「それをどこで知った?」
「どこでって、この世界の人が笑う時に必ずそう言ってたからよ。引っかかるでしょ、日本語の『ウケる』とほぼ同じ使い方なんだから」
「だよな、そうだよな!」

 うん、そうだ。リョウはこの世界の人間の言葉を聞き取って意味を推測したんだ。思い返せばオクト達も、直接この世界の言葉を理解してるわけではないのに、この世界に助数詞がない事に気づいていた。

「他には、他に知ってる言葉は?」
「いや、だから無いって」
「本当か? 本当にそうか!?」
「な、何よ急に……?」

 突然問い詰められたリョウはたじろいでいる。他に何か、何か気づいたことがあれば……。

「……ヤ」

 アツシがぽつりとつぶやく。

「『ヤ』ですよ! この世界の人、何かを尋ねる時に語尾に『ヤ』ってつけません?」
「ああ……言われてみれば」
「それだ!!」

 疑問文の最後にヤを付ける。超重要情報だ!

「じゃあ『これ』とか『あれ』って何ていうかわからないか?」
「ねえゲン。本当にどうしたの?」
「何となくでいいんだ。『これ』とか『あれ』にあたりそうな言葉に思い当たりないか」

 オレは高揚していた。こんな気分初めてだ。オレの大冒険がようやく始まるかもしれない!

「『これ』とか『あれ』ねぇ…… アツシわかる?」
「うーん、どうかな……?」

 二人は腕組みをしながら、記憶を絞り出している。

「物々交換の時に『ラノ』とか『ラータ』とか言われる事があるけど、アレかなぁ……?」
「ああ……僕も、指を差してラノなんちゃらみたいな事言われた覚えあります」
「多分それだ! リョウ、アツシ、明日オレをまたあの村に連れて行ってくれ」
「明日ぁ? 物々交換やったばかっかで、持っていくものなんかないよ?」
「手ぶらでいい。……いや、なんかあった方がいいな。果物とか」
「それなら、ヤマモモみたいな甘酸っぱい木の実が、この辺の山に沢山なってますよ」
「よし、それを採りながら村へ行こう。二人共、道案内頼む!」

 オレは両手を合わせて二人に頭を下げる。

「……そこまで言うなら仕方ないね。アツシもいい?」
「いいですよ。どうせやらなきゃいけない事があるような生活でもないですし」

  *  *  *

 バシャバシャと大きな水しぶきを立てて、子供たちが川で遊んでいる。

「よーし、思ったとおりだ!」
「何が?」

 翌日、オレたちはまた村を訪れていた。ただし、あの門番がいる入り口ではなく裏手側に。

 村は高さ2メートルくらいの柵に覆われ、門番が立つ入り口が唯一の出入り口となっている。ただ、柵は等間隔に立てた丸太に横棒を結びつけただけの簡単な作りで、子供なら隙間から抜け出せる。
 そして柵から抜け出して坂を下れば川が流れていた。あの暴風雨が過ぎ去り、流速は元に戻りつつある。いつもよりやや強いくらいの流れ、子どもたちがここを遊び場にしないはずがない。昨夜立てた予想は、見事に的中していた。

「よし」

 オレは川原に下りた。子どもたちの一人がこちらに気づき、仲間たちに伝える。水を掛け合うのを止め、一斉にこちらを見てくる。

「トゥキトマ ヤ?」

 一人が、やっぱりなんだかわからない言葉をかけてくる。さぁ、ここからだ。最初は……何がいいか。何か誤解しようがないもの……ああ、これだ!

 オレは川に手をつっこみ石をひとつ拾い上げた。それを子どもたちに見せる。

「ら……ラノ ヤ?」

 沈黙。なんだこいつは、という目。ビビるな。押していけ!

「ラノ ヤ? ラノ ヤ!?」

 子どもたちがざわつく。ひそひそと何かを話している。いや、大丈夫だ。いけるはずだ。

「ラノ!! ヤ!!?」

 少し大仰に、左手に持った石を右手で指差しながら、同じ言葉を叫び続ける。すると子供の一人がポツリと言った。

「……トク?」

 きた!!

「トク!! ラノ トク ヤ!!?」

 子どもたちは頷く。よし、多分間違いない。これ()は『トク』だ。

「ありがとう!!」

 オレは背負っていたカゴを下ろすと、中身の一つ取り出し、その子に差し出した。ここに来る途中に採ってきた木の実だ。直径2センチ位の赤紫色の実。ひとつ食べてみたけど、甘酸っぱくて子供のおやつには丁度いい味だった。
 子供はそれを受け取るとすぐに口に放り入れる。2、3回噛んで満足そうな笑みを浮かべると、ペッと種だけ吐き捨てる。

「ラノ ヤ?」

 オレはまた同じように、その木の実を指して聞く。今度は別の子が答える。

「ペペット」

 よし、木の実は『ペペット』だ。いや、もしかしたら『ペペット』という種類の実かもしれない。まぁ、ゆくゆく分かるだろう。その子にペペットを渡す。

「ラノ ヤ?」

 次はカゴを指差した。

「アザー!!」

 ルールが分かったのか、次は大勢の子供達が一斉に答えた。その中で一番早かった子に賞品(ペペット)を渡す。

 こんな調子で、更に4回質問を繰り返した。(ジャス)(ワヤァ)(ウケル)(テデット)……「草」が「笑える」と同じ『ウケル』なのは偶然にしては出来すぎだろ。

「ね、ねえ ゲン!!」

 リョウが叫んで川下の方を指差す。血相を変えた男が槍を持ってこちらに走ってきた。例の門番の一人だ。

「ジンラータ ミロヴィア!?」

 たぶんオレたちが子どもに危害を加えると思ったのだろう。彼にしてみればオレは超不審者だ。今の語学レベルじゃ、弁解も出来ない。

「リョウ、アツシ、逃げるぞ!!」
「ちょっとゲン!?」

 オレはそう言って走り出す。リョウとアツシも慌ててそれに続く。

 とりあえず試すべきことは試した。結果は上々だ。

  *  *  *

 はぐれ者の里に戻ってきた。

「何か書くものってある?」

 リョウもアツシも黙って首を振る。

「何にもないのか!?」
「逆に、あると思う?」

 まぁ、それもそうか。この世界の人間とはコミュニケーションを取れないし、里のはぐれ者同士で、何かを書いて記録するような必要があるとも思えない。

「あの、コレとかどうですか?」

 そう言ってアツシが差し出してきたのは、木の板切れと、炭化した薪だった。まあ仕方ない。薪を板にこすりつければ文字を書けないこともない。オレは超原始的な筆記具を受け取った。

 今、村で覚えてきた単語は7つ。昨日ここで推測したものが3つ。それらを思い返しながら板を炭化した薪でこする。太くブサイクな文字だけど読めないことはない。この世界の文字なんか知ったこっちゃないから、全てカタカナ表記だ。

「よーし! 完成!!」

 オレは、板切れを二人に見せた。

―――――――
ラノ:これ
トク:石
アザー:かご
ペペット:木の実
ジャス:水
ワヤァ:木
ウケル:草/面白い
テデット:村
ヤ:疑問符(文の最後に付ける)
―――――――

「これは辞典だ!」
「辞典?」
「そう、異世界語-日本語辞典。……異日辞典と言ったところか」

 リョウとアツシは板をまじまじと見つめる。

「ううーん……」
「努力は認めるけど……」

 二人共、浮かない顔をしている。そんなの作ってどうするんだ、と言いたげだ。

「リョウ、アンタのスキルは何だっけ?」
「え、それは……ああ!」

 リョウは大声を上げた。ワンテンポ遅れて、アツシも何かに気づいたように顔を上げる。

「そうだ〈叡智投影〉だ。日本語の『本』なら投影できるんだろ? ならこの『辞典』も投影可能なんじゃないか?」
「言われてみれば確かに……やったことないけど」
「やってみましょう! ぼ、僕、誰か探してきます!!」

 アツシは小屋を飛び出すと、すぐに別の男の手を引いてやってきた。

「な、なんなんだよアツシ!!」
「この人は宇田川マコト。異世界語はからっきしの僕たちの同類です」
「同類って、ずいぶんな言い方だなオイ。ここにいるヤツ全員そうだろ!」
「よし。リョウ、やってみてくれ」
「お、おう」
「な……何だよお前ら?」

 マコトと呼ばれた男は突然の展開に戸惑っている。その男の前にリョウが立つ。板切れを左手に持ち、右手を男の目の前にかざす。

「リョウ? 一体何を……ちょ、お前、やめろって」
「スキル発動!〈叡智投影〉!!」

 板切れとリョウの右手が青白く輝き、その輝きが男の眉間に吸い込まれていく。

「うわあああっっ!!!」

 発光は一瞬で終わった。

「出来たのか?」
「……多分」
「よし、実験だ」
「何なんだよお前ら本当に!?」

 マコトという男の声は、苛立ち初めている。

「ねえマコト。この世界の言葉で『村』ってなんていう?」
「急になんなんだよ? そりゃテデットだろ!? ……え?」

 自分の口から出た言葉にマコトは戸惑う。

「今、オレなんて……?」
「よし『草』は?」
「ウ、ウケル……。ちなみに『面白い』もウケルだ……ウケるよな」

 マコトは乾いた笑いを浮かべながら答える。

「よっし!」
「成功ですね!」
「これを、この里のメンバー総出でやるんだ。全員で集めた情報をまとめて、さらに辞書の内容を更新する。その内容を全員に投影する。これを繰り返せば……」
「私たち全員が、異世界語を学ぶことが出来る!!」
「そうだ、辞書はオレが作る。〈n回連続攻撃〉を筆記に転用すれば、追加分は一晩で書けるはずだ。もちろん、スキルの連続使用は疲労が蓄積すると思う。でも……」
「僕の〈治癒力増幅〉で疲労は回復できる!!」

 オレは力強くうなずく。3人のスキルがしっかりと噛み合い、相乗効果を発揮する。勝ちパターンの確立だ!!

 当然、新しい言葉をものにするなんて簡単にできることじゃない。オールも舵もないボートで太平洋を横断するようなもんだ。それでも、オレの胸の内には希望の炎は燃え上がっていた。
 リョウは隠れ里の住人たちを集めると、オレを新しいメンバーとしてみんなに紹介した。
 自動翻訳を持たない転生者は7人。それぞれの簡単な自己紹介のあと、いよいよ本題に入る。リョウはオレが作った「異日辞典」を見せながら、異世界後ラーニング計画を説明する。その堂々とした姿はバリバリ働くキャリアウーマンを思い起こさせた。元の世界じゃ、会議室でこんな風にプレゼンをしていたのかもしれない。

「え~? そんなん、上手くいく?」

 はぐれ者転生者の一人、大月シランは疑いの眼をオレたちに向けてきた。やっぱそういう声は出るか。彼女はオレのひとつ下の17歳で、ギャルっぽい雰囲気と言動の女の子だ。転生時に着ていたらしい制服を今も大事に身につけている。

「なんかアタシらをこき使おうとしてない? ムダな仕事とかカンベンなんですけどー?」
 
 〈攻撃魔法〉のスキルを女神から与えられ、転生者パーティーでそこそこ上手くやっていた。けど言葉を話せないのをいいことに、仲間たちに報酬を中抜きされていた。それにブチ切れて離脱して、この里に流れ着いたらしい。そんな経緯のせいか、リョウの提案に懐疑的だ。

「シランも投影してもらえればわかるって!」

 リョウを弁護したのは〈叡智投影〉の最初の被験者、宇田川マコトだった。

「オレも最初ワケわかんなかったけどよ、実際にアイツらの言葉が頭の中で日本語と結びついてんだ。オレはリョウの提案に乗るぜ!」

 少しお調子者なところがある20歳。リョウ曰く、ムードメーカーの彼を最初に抱き込んだのは正解だったそうだ。

「うーん。マコトっちがそう言ってもなー」

 シランの俺たちを見る眼差しは変わらない。

「俺はいいと思いますよ」

 別の転生者が手を上げる。稲村ハルマ、このチームの知識担当だ。

「ゲンさんのやったこと、すごい理にかなってるんですよ。アイヌ語を調査したときな金田一京助みたいで」

 キンダイチキョースケ?? どこかで聞いた名前。探偵……じゃなくて、なんだっけ?

「金田一って、国語辞典の?」
「ですです!!」

 リョウが尋ねると、ハルマはすかさず答えた。そうだ! 中学の頃に学校で使っていた辞書。アレの表紙に載っている名だ。

「金田一京助はモノを指差しながら『あれはなに?』って意味のアイヌ語で聞きまくって、言葉を調べ上げたそうです」
「おお、まさしくオレがあの村でやったことだ!」

 ハルマは19歳の大学生。クイズサークルに所属していて、頭に詰め込んだ雑学の量とそれを活かす応用力に皆助けられてるとの事だ。

「最初に子供をターゲットにしたの、あたし的にアリかなー」

 そう言ったのはハルマの隣に座る桂アマネ。ハルマと同じく大学生で、教育学部にいたらしい。

「子供の好奇心をくすぐりつつ、木の実という賞品で周りへの対抗心を煽る。やるじゃんキミ」

 アマネはフレームをツタでぐるぐる巻きにしたメガネを押さえながら話す。彼女の自己紹介によるとかなりの近眼で、メガネはこの世界での生命線らしい。フレームが壊れても、ツタで補強して騙し騙し使っている。

「ハルちゃんとアマネんがそこまで言うならナシよりのアリ? マコトっちが推すよか信頼度あるね」
「シランお前、そりゃないだろ!」
「だってマコトっちとハルちゃん&アマネんだよ? どっち信じるったら、ねえ?」

 シランはけらけらと笑いながら、オレに向かって親指を立てた。

「アタシだってムダにディスりたいワケじゃないから。みんなが良いって言うなら、アタシも賛成って事で☆」

 ほっと息をつく。誰も協力してくれないことすら覚悟していたのに、基本的にみんな協力的だ。

「みんなの意見は固まったようだな」

 ずっと黙っていた男が口を開いた。この里の最年長28歳、アキラ兄さんこと青木アキラだ。〈植物魔法〉のスキルを持つ元足場職人で、この地に巨木の里を作り上げた人らしい。
 最年長で、隠れ里の創始者と言うこともあり、みんなの兄貴分といった立ち位置だ。ただし実務的なリーダーの役割はリョウに任せている。

「俺はみんなの意見に従うよ。今の話の流れだと、間違った方向へ進んでいるわけじゃないと思うし」

 この一言で、里の方針が決まったようなものだった。この人がうなずくと皆が安心する。メンバーたちが「兄さん」と慕うのも納得だった。

  *  *  *

 それからは、試行錯誤の毎日だった。オレ毎日あの村に通い、その日手が空いてる転生者もそれに同行した。村の方は流石に不審に思ったのようだ。これまで週に一回程度、山の幸を物々交換しに来ていた連中が、突然毎日現れるようになったのだから無理もない。
 例の門番2人は明らかにオレを警戒していたし、川で遊んでいた子どもたちも、大人に言いつけなのか村の外に顔を出さなくなってしまった。代わりに畑に農作業に出てくる者たち、用水路を掘る者たち、そんな彼らに昼になると弁当を届ける家族たち……村の外に出てくる人間全員にオレたちは声をかけ続けた。

「ジンラータ コックル!!」

 最初はそう言われた。声色からして、歓迎されてないことは確かだった。

 そこで力を発揮したのが、みんなのスキルだ。マコトのスキル〈敵意制御〉は、動物の警戒心を刺激して、闘牛士のようにその行動を操ることができる。また、アマネのスキル〈足跡顕化〉は、標的の足跡を発光させ、後をたどることができる。この2人のおかげで、令和日本に生きていた一般人でも熟練の狩人のような狩猟が可能になった。
 シランはスキルによって初歩的な攻撃魔法が使える。獲った野鳥や獣に火炎魔法をかければバーベキューの出来上がりだ。ハルマの一風変わったスキルも良かった。〈即成醸造〉は、木の実や穀物を一晩で酒に変える。村で交換した麦と、ホップ代わりの野生ハーブにこのスキルを使ってビールを作る。そして村で麦と再交換する。これがはぐれ転生者たちのメインの商取引だったらしいが、異世界語ラーニング作戦でも大きな意味を持った。

 オレたちは昼時と夕方を狙って村を訪れた。昼は山で獲ったキジ(によく似た鳥)を火炎魔法で焼いて、村人たちの弁当に添えてやり、夕方はこの鳥の丸焼きとビールやペペット酒を振る舞う。腹がふくれれば、あるいはほろ酔いになれば、気分が良くなる。どの世界の人間も同じだ。オレたちのプレゼントに気を良くした村人は、その時間だけはオレたちの「ラノ ヤ?」に答えてくれた。キジのようなこの鳥は『キーン』、ペペットの酒は『ペルシュム』、ビールは『バーハ』だ。

 里へ戻ると、オレは辞書に加筆をしていく。〈n回連続攻撃〉のスキルは思ったとおり、筆記作業に転用できた。炭化した薪を細くして作ったペンを「武器」と、ノート代わりの板を「敵」と認識し、攻撃(筆記)を行う。最初は苦戦したが、コツを掴んでからは早かった。文字の1画を攻撃1回と扱う。1文字を書くのに3~10回程度の連続攻撃。さらにそこから、連続して繰り出せる攻撃回数を増やしていき、1単語を1回のスキル発動で、さらには1行を1回で……。少しずつだが確実に筆は速くなっていた。
 一回のスキル発動で書ける文字数が増えると、その分オレの身体に掛かる負担も増える。けど、それはアツシの〈治癒力増幅〉スキルが癒やしてくれる。アツシはマコトやアマネたちのスキル疲れも癒す。最年少13歳の少年は、ある意味このチームの要だった。そしてオレが休んでいる間にリョウが〈叡智投影〉で仲間たちにその日の成果をフィードバックした。

 行動の名前…つまりは動詞の学習も重要だ。「持つ」は『ベチィ』、話すは『ガーシュ』、「耕す」は『コーロー』……。
 オレたちが、それぞれの動作をジェスチャーで表すと、ほろ酔いの村人たちはそれぞれの名前を教える。そして、名詞と動詞が組み合わされば、初歩的な「文章」になる。文章に対して文章で答えれば「会話」が成立する。 最初に村人に言われた『ジンラータ』は「お前たち」、『コックル』は「邪魔する」だということも、ジェスチャーを通して知った。

「コックル スミマセン」

 オレたちは神妙な顔で頭を下げると、それは『カシュナスム』だと教えられた。

邪魔をして(コックル) すみません(カシュナスム)

 そう言いながら改めて頭を下げると、返ってきたのはペルシュムの入ったコップだった。オレはそれをありがたく頂戴し、それを一気に飲み干した。転生前の年齢? ここはもう日本じゃない。この世界では10代中頃から誰もがお酒を楽しんでいるらしい。(とはいえ13歳のアツシは流石に村人のコップを遠慮していた)
 ほんの少しでも確実に前進している。その1杯は、地道な作業の輝かしい「成果」だった。

 そんな事を繰り返すうちに、オレたち会話してくれる村人は一人また一人と増えていく。3ヶ月が経つ頃には、オレたちと村人との間には、日常会話程度なら出来るくらいの関係が結ばれていた。
 事件が起きたのはそんなときだった。
「ゲン エスンナ!!」

 村までやってくると、門番のひとりイーズルが気さくに声をかける。『エスンナ』は正午から日没までの挨拶、つまり『こんにちは』のことだ。

「エスンナ! イーズル ……と、キンダー」

イーズルの挨拶に答えた後、もうひとりの門番の顔を見る。その男、キンダーはオレから顔をそむけ、あからさまにシカトする。
 オレを槍で打ちのめし、子供に話しかけたら血相を変えて追いかけてきた男。村人たちが徐々にオレたちに心を開いていく中、こいつだけは未だに敵意を捨てていなかった。

「きょうは これ もってきた」

 カタコトの異世界語を話しながら、おれは背中のカゴに入れていた干し肉を見せる。

「マコト うった ターグル ももにく オレたち ほした」

 ターグルは元の世界の鹿に似た獣だ。ただその角は6本あり、頭から首にかけて3対生えている。肉の味も鹿に近い……らしい。オレはそもそも鹿の肉をちゃんと食べたことがないからわからないけど、リョウはそう言っていた。

「いいねえ! バーハ と ゲサーシィ!!」
「ゲサーシィ?」

 オレは服のポケットから紙束とペンを取り出す。この村でゆずってもらったものだ。『バーハ』はわかる。小麦によく似た『フフッタ』という穀物を発酵させて作る"ビール"。ハルマのスキルで醸造し、この村に卸す、俺たちの主要産業でもある。問題は『ゲサーシィ』……初めて聞く言葉だ。

「おお そうか ゲサーシィ は ええと…… ビール(バーハ) と ほしにく よい!!」

 イーズルは、オレがメモを取り出した事で察し、説明を始める。うんうん、とオレはうなづきながらメモをとる。

「ハグハ と ほしにく よい!!」

 うんうん。『ハグハ』は、フフッタを、練って焼いたこの世界の主食。要するにパンだ。

「そして おれ と アニーラ よい!! これ ゲサーシィ!!!」

 イーズルそう言った次の瞬間に、キンダーの鉄拳がイーズルの頬を目掛けて飛んできた。アニーラはキンダーの妹だ。イーズルがアニーラを好きなことは、村中の人間が知っている。

 なるほど、ゲサーシィは"合う"とか"相性がいい"って意味か。今でも村人と話すたびに新しい言葉と出会う。意外な言葉が抜け落ちてたりする。

「うわっ グ グラグシした だけだぞ キンダー!!」
「おまえ グラグシ わらえない!!」

 メモを取り終わって顔を上げると、キンダーがイーズルの胸ぐらをつかんでいた。異世界人同士の言葉は、まだちゃんと聞き取れない。けど、何となく想像つく。『グラグシ』は差し詰め"冗談"といったところか。

 キンダーは、妹に男が言い寄るのをよく思っていない。彼女が未亡人で、まだ亡き夫を想い続けているからだと他の村人が言っていた。その夫は数年前に、あのケルベロスの古城で命を落としている。転生者を古城に案内し、戻ってこなかったらしい。キンダーがオレたち転生者に冷たい態度を取るのもそれが理由のようだ。

「ピサスラパータ にいさん?」
「あっ ゲンだ! こんにちは(エスンナ)!」

 噂の主、アニーラがやってきた。『ピサスラパータ』は……わからない。この言葉も要確認だ。彼女の横には息子のセンディもいる。あの日、オレに木の実の名前を教えてくれた子供だ。キンダーは軽く舌打ちをして、イーズルをつかむ手を離した。

こんにちは(エスンナ) アニーラ センディ」

 オレは二人に頭を下げる。異世界人の挨拶では頭を下げるようなことはしないのだけど、元日本人としてのクセでついついこれをやってしまう。それを見てアニーラはクスッと笑う。

「おべんとう サパーラ はい これ にいさんの こっちが イーズルの」

 アニーラが肘から下げたバスケットから中身を取り出して二人に渡す。また知らない単語。とっさに聞き取れた音をカタカナに変換してメモに書き残す。

「うわぁ! うれしいな!  ありがとう アニーラ!!」

 イーズルは大げさに喜ぶ。その様子を見て、またキンダーが舌打ちをする。

 二人が手渡された弁当は、『パクランチョ』だ。これはパン(ハグハ)に肉と野菜を挟んだもの、元の世界で言うところの"サンドイッチ"だ。

「それと……」

 アニーラはオレの方に向き直った。思わず鼓動が大きくなる。本当に美人だ。大きな瞳と、血色の良い頬や唇を真正面から見ると、イーズルが夢中になるのもよくわかる。そして、キンダーの方から殺気を感じる……。

「むらおさ いった ゲン きたら せいせきどう こい」

 アニーラはゆっくり、はっきりと、オレが聞き取りやすい口調で話す。

「聖石堂に……?」

 聖石堂は村の中央にある石造りの建物……オクト達が聖石を奪い取ったあの建物だ。村長の家と役場も兼ねる、文字通り村の中心部である。
 村長があそこにオレを呼び出す……何か重たい意味がありそうだ。

「オレも いく」

 キンダーは険しい視線をオレに向けた。

  *  *  *

「おさ つれてきた」

 オレはキンダーに背中を押されるようにして、聖石堂の中に入った。村長もそれに気づき、こちらを向く。

 聖石堂の中は薄暗い。初めて訪れたときの昼間の太陽のような光はない。その源である3つの聖石はオクトたちと……オレが持ち去ってしまった。

「せいせき みろ ゲン」

 村長が祭壇を見上げる。そこには、オクトから取り返した聖石のかけらがそなえられている。その光はあまりにも弱々しかった。

「つちのせいせき すこし のこった でも かぜ と みずの せいせき ない」

 聖石が放つマナには、属性のようなものがあるらしい。オレがオクトから取り返したのは「土」の聖石のかけらだったそうだ。のこりの二つは「風」と「水」との聖石だ。
 この村の場合、3つの聖石がマナのバランスを調整することで周辺の環境を豊かにしている。村人たちから得た断片的な情報からリョウやハルマはそう推測していた。

「かぜの マナ なくなる かぜ ふかない あまぐも かわしも に いつづける」

 川の下流では、あのときのような大雨が未だに降っている。風が止まり、あの地域に停滞しているらしい。おかげで街道は使えなくなり、行商がこの村を訪れることはなくなった。

「みずの マナ なくなる かわの さかな きえた」

 逆に、この村の周辺には二ヶ月間ほとんど雨が降っていない。その上、水の聖石が失われた影響で川の水質が徐々に悪くなっている。
 聖石が失われた直後から、村人たちは用水路を堀り、新しい溜め池も造っていた。が、その溜め池の水から異臭が漂い始め、農作業に使うべきか村人の間でも議論になっている。

「いずれ このむら ウィー おとずれる」
「ウィー……?」

 村人たちは"夜"の事を『ウィー』と呼んでいる。けど、話の流れ的に別の意味だろう。

「きえた せいせき ひとつなら のこりで おぎなえる でも のこったの はんぶん だけ これから つちも くさる それが ウィー」

 本当なら『ウィー』なる言葉について、メモを取り出して詳しく聞きたいところだけど、そんなことが出来る流れじゃなかった。村の滅亡やそれに近いニュアンスの言葉、それが夜の同音異義語『ウィー』なのだろう。

すみません(カシュナスム)……」

 オレは村長に頭を下げる。知らなかったとはいえ、村を窮地に立たせた責任はオレにもある。

「おまえ かけら とりかえした それ かんしゃ けど……」

 村長はオレの肩に手を置いた。

「ふたつのせいせき つぐなう よいか?」
「なんでも します! どんなこと します!!」

 何度もオクトを探し出して聖石を奪い返そうと考えた。けど、今の言葉の理解度では見つけるどころか、この世界を旅することすらおぼつかない。そう言われてリョウやアツシから反対されていた。まずは言葉をちゃんとマスターするのが先だと。

 他にこの村を助ける方法があるなら、償う方法があるなら、ずっとそれを考えつづけていた。

「なら あたらしい せいせき さがせ」
「は?」

 オレは頭を上げた。新しい聖石……?

「このむらの まわり どこかに マナ あつまる ばしょ あるはず そこに あたらしい せいせき うまれる むかしから だいち そうして うまれかわる」

 どこかに新しい聖石が発生している……? それを見つけて保護すれば、この村は助かる……そういうことか?

「やります! あたらしい せいせき かならず みつけます!!」

  *  *  *

「フンガー! フンガー!!」
「ギャハハハハ!」

 オレが奇声を発しながら右手を何度も振り下ろすようなジェスチャーをすると、子供達が笑う。やるときは出来るだけオーバーアクションで、表情筋もフル活用して顔芸をするとなお良い。

「ゲン なに それ!?」
「だから オレが それを きいてるんだ」
「アハハハハ!!」

 村の子供達はゲラゲラ笑っている。生前にオレがテレビを見ながら馬鹿笑いしていた芸人の一発ギャグ。ノリはアレに近い。両手を軽く握り、それを真横にスライドさせて「棒」のジェスチャーをする。さらにそれを掴んで衝くような仕草。そして再度「フンガーフンガー」と腕を振り下ろす。子どもたちはもう大爆笑だ。

「あ ゲン それ」

 ひとりの子が何かに気付く。

「やり つくる ひと?」
それ(タヌー)!!」

 オレは"YES"と同じ意味の異世界語を叫びながら、彼女を指差す。知りたかったのは鍛冶屋の存在だ。キンダーたち門番は槍を持っているし、村人の中にはモンスターに備えて剣を所持している人もいる。鍬などの農器具も鉄製だ。けど鍛冶屋らしき人は村にはいない。

「やり タラッシュ つくる」
「けん や くわ も?」
うん(タヌー)!」

 なるほど、"鍛冶屋"は『タラッシュ』か。オレはペンを取り出し、メモする。

「タラッシュ かー おれは サスルポ おもった」
「サスルポ? なんだ それ?」
「やまの かいぶつ ゴラブ なぐって ころす」

 なるほど、そういうモンスターが山にいるのか。『ゴラブ』は俺たちの世界でいうところの熊によく似た獣だ。それを殴り殺すヤバい奴となると気をつけないとな。これは思わぬ収穫だ。
 すでにオレたちは「やり を つくるひと は なんて いいますか?」くらいの言葉は話せるようになっている。けど、こうやってジェスチャークイズを出す方が子どもたちからは色々引き出せるのだ。

「せいせき さがすとき サスルポ きをつけろ ゲン」

 センディが言った。

「むらおさの はなし きいてたのか」
「せいせきどう しのびこんだ」

 この少年は、オレに完全になついていて、村に行くとずっとオレのあとを付いてくる。さっき聖石堂に行ったときもそんな感じだった。この子の叔父にあたるキンダーはいい顔をしていないけど、本人はお構いなしだ。

「むらの まわり きけん おおい マナの ばしょ さがす たいへん」
「わかってる けど オレ やらなきゃ いけない」
「おれも てつだう!!」
「えっ? いや いいよ やめろ」

 オレは慌てて首を振る。

「なんで? おれ ゲンより このあたりのこと くわしい おとなは はたけ ある てつだえない けど おれなら!」

 センディはすこし前のめりになりながらオレに自分を売り込んできた。

「おまえ まだ ちいさい アニーラ キンダー しんぱいする」

 特にアニーラは夫を亡くしてから、センディを溺愛している。この子を危険に晒すわけには絶対にいかない。それに……

「センディ せいせきさがし おれの しごと おれ このむらの せいせきに……」

 「責任がある」と続けたかったけど、それに相当する異世界語が出てこない。まだ知らない言葉だった。

「どうした ゲン?」
「いや とにかく せいせきは おれ さがす」

 こればかりは絶対に他人に任せるわけにいかない。リョウやアツシにも背負わせたくない。ましてや、この村の住人に……それも子供にさせてはいけないんだ。

「リョウさん、昨日仕込んだビールしあがりました!」
「ああハルマ、ありがとう。それも明日、村に持っていくから、荷車に積んどいてくれる?」
「了解です、じゃーマサっさんよろしく!」
「って力仕事は俺かい!?」
「僕はホラ、知識と酒造り担当なんで」

 本日の辞典の加筆分を書いていると、小屋の外でリョウたちの声が聞こえてきた。明日の交換に持っていく物資の準備だ。オレたちは、手土産を持って足繁く村に通っているが、もちろん正式な交易も続けている。十日に一度、荷車にビール(バーハ)や干し肉、干し魚などを満載して山を降りる。
 言葉がわかってくると交易で得られる品も増えていった。大工道具や日用品を交換し、それを使って村の設備を整える。アキラ兄さんの植物魔法だけでは形作れなかった、本格的な醸造設備が完成した事でこの里の生産性は飛躍的に向上した。
 ……一方で、前回からビール(バーハ)樽一つと交換してくれるフフッタ粉の量が減っていた。オレたちも村人も何も言わなかったが、貯蓄の出し惜しみを始めている。聖石消失による影響で、今年の作柄が望めないのだろう。冬に向けて、できるだけ多く貯蓄しておきたい。村がそう考えるのは当然だし、オレたちにそれに文句を言う権利はなかった。

 このままでは、はぐれ転生者の里はあの村と共倒れになってしまう。リョウも別の村との交易も始めようと提案していた。村とは逆方向に山を3つほど越えると海に出て、漁村もあるというのだ。そこと交易を始めれば海魚や塩が手に入る。それに山間の村では使わない言葉を知ることもできる。オレもこの考えはアリだと思っていた。

 だけど……何よりもまずあの村を救わないと。

「新しい聖石か……」

 あの村周辺の地図を広げながら考える。小さな村といっても周辺地域は広大だ。畑や溜池のある平地を、ぐるりと取り囲むように山々が連なっている。マナの乱れで雨雲が停滞している南の街道までの距離を考えると、聖石の有効範囲は相当広い。その中から、あの石のかけらをどうやって探せばいいのか……?

「ゲン、ちょっといい?」

 入り口の壁をコツコツと叩きながら、アマネが入ってきた。

「どうかした?」
「うん。わたし、明日の交易ついていくつもりなんだけど、この前あんたにあげたアイデアどうだったかな、と思って」
「ああ……超大成功! めちゃくちゃウケたわ!!」

 子どもたちの前でオーバーアクションをとるのはアマネの提案だった。

「おかげで、予想外の単語をいくつか仕入れられたし」
「ホント!? やったぁ! じゃあ、明日はあたしもやってみようかな」
「大丈夫? けっこう尊厳を捨てなきゃいけないぜ?」
「ふっふっふ……元教育学部を舐めちゃあいけませんぜ」

 彼女こういうときのノリが謎に良い。クイッと押さえたメガネのレンズが怪しく光る。村から仕入れた道具のおかげで木細工ができるようになったため、ツタでぐるぐる巻の不格好な眼鏡は、いくらかすっきりした木製のフレームに変わっていた。

「子どもたちと遊ぶのに、乙女の恥じらいなんて無用の長物だってことくらい……あれ?」

 話が途切れる。オレが机の上に広げていたものに気づいたようだ。

「この前あたしが作った地図じゃん。どうしたの?」

 オレが今眺めていた地図は、リョウの発案で作り始めたものだ。里周辺で行う狩りを除けば、オレたちの移動はあの村との往復しかない。他の村との交易もするとなればこの地方一帯の地図が必要となる。
 地図作成はアマネとアキラ兄さんで行うこととなった。アマネの〈足跡(マーカー)〉スキルを応用して簡単な測量を行う。それに加えて兄さんの植物魔法と足場職人の知識を使えば、どこにでも観測用のやぐらが組める。2人は1週間ほどかけて、村周辺の地形図の第一弾を作り上げた。まだまだ精度的に怪しいところもあるけれど、周辺に何があるのかがおおよそ書き込まれている。

「あんまりマジマジ見ないでよ……恥ずかしいじゃんか」
「いやいや、初めてでこれだけのもの作れたんだからすごいって」
「へへ……そりゃどうも。で、なんでこれ見てたの?」

 一瞬、オレは戸惑う。聖石の件を話すべきだろうか? いや、駄目だ。すれば皆、協力するとか言い出しそうだ。でも、これはオレだけで解決しなきゃいけない問題だ。

「うん?」

 思案するオレに怪訝な顔を向けるアマネ。困ったな……。

「ゲンさん!!」

 その時、アツシが部屋に入ってきた。よかった、うまく話をはぐらかせる。そう思ったけど……
 
「ど、どうした、アツシ?」
「大変です、早く来てください!!」

 アツシの顔は血の気がひき青ざめていた。