リョウは隠れ里の住人たちを集めると、オレを新しいメンバーとしてみんなに紹介した。
 自動翻訳を持たない転生者は7人。それぞれの簡単な自己紹介のあと、いよいよ本題に入る。リョウはオレが作った「異日辞典」を見せながら、異世界後ラーニング計画を説明する。その堂々とした姿はバリバリ働くキャリアウーマンを思い起こさせた。元の世界じゃ、会議室でこんな風にプレゼンをしていたのかもしれない。

「え~? そんなん、上手くいく?」

 はぐれ者転生者の一人、大月シランは疑いの眼をオレたちに向けてきた。やっぱそういう声は出るか。彼女はオレのひとつ下の17歳で、ギャルっぽい雰囲気と言動の女の子だ。転生時に着ていたらしい制服を今も大事に身につけている。

「なんかアタシらをこき使おうとしてない? ムダな仕事とかカンベンなんですけどー?」
 
 〈攻撃魔法〉のスキルを女神から与えられ、転生者パーティーでそこそこ上手くやっていた。けど言葉を話せないのをいいことに、仲間たちに報酬を中抜きされていた。それにブチ切れて離脱して、この里に流れ着いたらしい。そんな経緯のせいか、リョウの提案に懐疑的だ。

「シランも投影してもらえればわかるって!」

 リョウを弁護したのは〈叡智投影〉の最初の被験者、宇田川マコトだった。

「オレも最初ワケわかんなかったけどよ、実際にアイツらの言葉が頭の中で日本語と結びついてんだ。オレはリョウの提案に乗るぜ!」

 少しお調子者なところがある20歳。リョウ曰く、ムードメーカーの彼を最初に抱き込んだのは正解だったそうだ。

「うーん。マコトっちがそう言ってもなー」

 シランの俺たちを見る眼差しは変わらない。

「俺はいいと思いますよ」

 別の転生者が手を上げる。稲村ハルマ、このチームの知識担当だ。

「ゲンさんのやったこと、すごい理にかなってるんですよ。アイヌ語を調査したときな金田一京助みたいで」

 キンダイチキョースケ?? どこかで聞いた名前。探偵……じゃなくて、なんだっけ?

「金田一って、国語辞典の?」
「ですです!!」

 リョウが尋ねると、ハルマはすかさず答えた。そうだ! 中学の頃に学校で使っていた辞書。アレの表紙に載っている名だ。

「金田一京助はモノを指差しながら『あれはなに?』って意味のアイヌ語で聞きまくって、言葉を調べ上げたそうです」
「おお、まさしくオレがあの村でやったことだ!」

 ハルマは19歳の大学生。クイズサークルに所属していて、頭に詰め込んだ雑学の量とそれを活かす応用力に皆助けられてるとの事だ。

「最初に子供をターゲットにしたの、あたし的にアリかなー」

 そう言ったのはハルマの隣に座る桂アマネ。ハルマと同じく大学生で、教育学部にいたらしい。

「子供の好奇心をくすぐりつつ、木の実という賞品で周りへの対抗心を煽る。やるじゃんキミ」

 アマネはフレームをツタでぐるぐる巻きにしたメガネを押さえながら話す。彼女の自己紹介によるとかなりの近眼で、メガネはこの世界での生命線らしい。フレームが壊れても、ツタで補強して騙し騙し使っている。

「ハルちゃんとアマネんがそこまで言うならナシよりのアリ? マコトっちが推すよか信頼度あるね」
「シランお前、そりゃないだろ!」
「だってマコトっちとハルちゃん&アマネんだよ? どっち信じるったら、ねえ?」

 シランはけらけらと笑いながら、オレに向かって親指を立てた。

「アタシだってムダにディスりたいワケじゃないから。みんなが良いって言うなら、アタシも賛成って事で☆」

 ほっと息をつく。誰も協力してくれないことすら覚悟していたのに、基本的にみんな協力的だ。

「みんなの意見は固まったようだな」

 ずっと黙っていた男が口を開いた。この里の最年長28歳、アキラ兄さんこと青木アキラだ。〈植物魔法〉のスキルを持つ元足場職人で、この地に巨木の里を作り上げた人らしい。
 最年長で、隠れ里の創始者と言うこともあり、みんなの兄貴分といった立ち位置だ。ただし実務的なリーダーの役割はリョウに任せている。

「俺はみんなの意見に従うよ。今の話の流れだと、間違った方向へ進んでいるわけじゃないと思うし」

 この一言で、里の方針が決まったようなものだった。この人がうなずくと皆が安心する。メンバーたちが「兄さん」と慕うのも納得だった。