ミハイルのお節介が上手くいったのか、俺は福間から解放された。
最後なんか、あいつら手まで振ってバイバイしたよ。
なんか知らんが、俺とアンナのことを応援することで利害が一致したらしい。
教室に戻ると、何やら騒がしい。
一人の生徒に円をなして取り囲む。
「なんの騒ぎだ?」
「さあ?」
俺とミハイルがポカーンとその景色を眺めていると、ほのかが声をかける。
「ねえねえ、知ってた?」
知らんがな。
「なんのことだ?」
するとほのかは人だかりを指差して、興奮する。
「芸能人だよ! 一ツ橋高校に入学してたらしいよ!」
「は、なんで芸能人がうちの高校にいるんだよ?」
「だって、通信制じゃない? だからでしょ」
「なるほどな、芸能活動をする際で全日制コースでは支障をきたすというわけか」
納得、というかそんな有名人が福岡にいたっけ?
「で、誰なんだよ?」
「アイドルの‟もつ鍋水炊きガールズ”のあすかちゃんだよ!」
なにその胃もたれしそうなグループ。
「誰だよ。ミハイル、知ってるか?」
「ううん、オレはアイドルとか知らないもん」
素晴らしい回答だ。
俺もアイドルは好きなほうだけど、そんなローカルアイドルは興味ない。
というか、存在を知らないんだからどうしようもない。
俺とミハイルの反応に不満そうなほのか。
「ええ、博多じゃ有名だよ?」
「博多だけだろ? 地元民の俺とミハイルが知らないってことは極々、狭い中で活動してんじゃないのか」
「琢人くんとミハイルくんが疎いだけだよ」
まあ俺ら歪な関係だし、変わっていることは認めるけど。
知らんもんは知らん。
「あ、ほのか! 今、タクトのこと、名前で呼んだろ!」
なんか今日は感情的ですね、ミハイルさん。
「うん、この前、琢人くんと天神の‟オタだらけ”で一緒に買い物してから仲良くなったんだよね」
いや絶対に仲良くなってない。
一方的に凌辱マンガを送られただけです。
「はあ!? 聞いてないぞ、タクト!」
怒りの矛先が俺に向けられる。
「ん? なんで俺がミハイルにいちいち報告しないといけないんだ?」
「そ、それは……オレだって天神に行ったことないのに、ほのかと遊んだからだよ!」
涙目でブチギレる。
ガキかよ。
そう言えば、今度のアンナとのデートは天神だったよな。
嫉妬ですか、みっともない。
「ほのかと出会ったのは偶然だよ」
「あっ! タクトもほのかのこと下の名前で呼んでる!」
いちいち、リアクションが忙しいな、こいつ。
「まあまあ、私と琢人くんとはただのホモダチだからね」
なにを言ってんだこのバカJK。
「ホモダチ?」
興味を持ったらいかんよ、ミハイル。
「そうそう、BL、百合、エロゲーを差別なく世界に布教するための同志ってことだよ。琢人くんの小説に必要なことなんだって」
勝手に話をまとめんなよ。
全然、俺の小説には必要ないジャンルだよ、バカヤロー!
「そっか……タクトの小説に必要なことなんだ」
納得しないで、ミハイルくん。
「うん、だから琢人くんとはただのホモダチ」
「ならいいぜ☆ ダチなんだろ? ホモダチってのがわかんないけど」
はぁ、ミハイルはどうしてこんなにも無知なんだろうか。
3人で話が盛り上がっていると、そこへ一人の少女が割り込む。
「あなたたち! アタシを差し置いてなにを盛り上がってんのよ!」
そこにはゴスロリファッションの痛々しい女の子が立っていた。
艶がかった黒い髪で肩まで流すように下ろしている。
前髪はちょうど眉毛の上で奇麗に揃えられている。
顔立ちはいい方だが、それよりも表情がきつい。
美人の部類なのだろうが、我の強い人間だということが一瞬にしてわかる。
「誰だおまえ?」
「はぁ!? アタシを知らないの?」
「知らん」
「オレも初めてみた」
ポカーンとゴスロリガールを眺める底辺作家とヤンキー。
超興味ない。
「琢人くん、ミハイルくん……それは酷いよ」
フォローに入るほのか。
だが、俺は曲がったことが大嫌いだ。
知らんやつは知らんと言ってあげたほうがいいだろう。
「アタシは……」
俯いて肩を震わせる。
どうやら癪に触れてしまったようだ。
「アタシは芸能人の長浜 あすかよ!」
「「……」」
俺とミハイルは互いに顔を見つめあい「ねぇ、知ってる?」と問う。
「なによ、その反応!」
「すまんが、知らんな」
「オレも」
俺たちの一言が彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「なんですって!?」
顔を真っ赤にして睨みつける。
そこへ宗像先生が教室に入ってくる。
「おーい、楽しい楽しいホームルームやるぞ~」
相変わらず、無駄にデカい乳をブルンブルンと揺らせながら入ってくる。
「ん? 久しぶりだな、長浜」
どうやら宗像先生は彼女のことを知っているらしい。
ま、生徒だから当然だよな。
「あ、先生……」
バツが悪そうに視線を落とす長浜。
「芸能活動も大変だろうが、ちゃんとスクーリングには来いよな」
ニカッと笑って長浜の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「は、はい……」
さっきまでの勢いはどうしたもんか、大人しくなる芸能人。
「さ、席につけ~」
俺たちは宗像先生に言われて黙って各々の席に散らばる。
長浜とすれ違いざまに、俺にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。
「覚えておきなさいよ…」
「え?」
俺が振り返ると、長浜は足早に去っていった。
一ツ橋って本当に変な高校だよな。
席に着くと宗像先生が何やら嬉しそうに話を始める。
「ところで今週からゴールデンウイークだよな!」
クラスの生徒たちはどこか冷めた様子で聞く。
きっとアラサー女子の寂しい生活でも想像したんだろ。
「だからしてだな、ゴホン!」
わざとらしい咳払い。
「今日は放課後、みんなでパーティをするぞ!」
唐突だし、なにを言いだすんだ?
そんなもん予定に入ってないだろ。
「全員参加だ! 逃げたやつは今日のスクーリングの出席を欠席扱いとする!」
なんて酷いブラック校則だ。
じゃあこのまま帰ろうかな。
「以上、朝のホームルーム終了だ!」
ホームルームって必要?
この人の愚痴とかわがままに生徒が振り回されているだけじゃん。
宗像先生が教室から去っていくと俺は授業が始まる前に、トイレに向かおうと思った。
席を立つ際、先ほどのように長浜にたくさんの生徒が群がっていた。
「ねぇねぇ、あすかちゃん、この前のテレビ観たよ」
「長浜さんって本当にキレイだよね、モデルもやってるし」
「はぁはぁ、あすかちゃん、カワイイよ、カワイイよ……」
あれ、ガチオタがいるな。
遠目から見ても確かに美人だが、俺からしたら「あいつが芸能人?」ってレベルに感じる。
そんな思いで長浜を見つめていたせいか、彼女は俺に感づいてギロッと睨みをきかせる。
変わったやつだ。
俺は鼻で笑って、教室を出た。
トイレに入り、小便器の前に立ってチャックを下ろすと長いため息が出る。
事に移すと朝からトラブル続きでもう既にクタクタだ。
「朝から元気なやつばかりだ」
珍しく独り言も出る。
「元気で悪かったわね!」
空耳かな? なんか女の声が聞こえるんだけど。
ここって女子トイレじゃないよね?
左に目を向けると間違いなく女子生徒が仁王立ちしていた。
その際も俺はまだ放尿中だ。
やけに今日は水量が多い。
コーヒー飲み過ぎたかな?
「お、おい……ここは男子トイレだぞ?」
「だからなによ!? あなた、さっきアタシのことを見下してたでしょ!」
正解だ、だって自称芸能人の長浜さんじゃないですか。
「長浜、とりあえずここから出てっくれよ。お前が今やっていること犯罪に近いぞ」
だってずっと人が小便しているのに話を続けるんだもん。
「関係ないわ! アタシは‟もつ鍋水炊きガールズ”のセンターで芸能人の長浜 あすかなんだから!」
なにその傲慢な理由。
「認めなさい! アタシがトップアイドルだってことを!」
「なあ、話の最中で悪いんだけど、あとにしてくんない?」
俺の小便は延々終わることがなく、女子生徒に局部を見られるという羞恥プレイを強要された。
もうお嫁にいけない……。