北神 ほのかのせいでカフェ・バローチェは客が全員出ていってしまった。
 先ほどの優しい女性店員も顔が真っ青。

 なんというテロリスト。

「ところで、北神」
「ん? なあに?」
「お前さ、なんでいつもJKの制服みたいな格好ばっかしてんだ?」
 そうこいつは私服がOKな一ツ橋でも制服みたいな姿で登校する。
 プライベートでも着ているとか、JKリフレのバイトでもしているんだろうか?

「ああ、これね。よく言われるんだ」
 そう言って苦笑いする。
「よく言われる……ということは、普段からその格好なのか?」
「うん、この服は前の高校の制服」
「なるほどな……しかし、なぜ辞めたのに未だに着ているんだ?」
「だって面倒くさいじゃん。毎日、服を考えるのってさ」
 笑顔で答える北神。
 それって女としてどうかと思うな。

「新宮くんだっていつも似たような格好じゃん」
 俺を指差して笑う。
 確かに俺は年がら年中、『タケノブルー』とジーパンだな。
「まあそうだが……俺はちゃんと数種類、持っている。だが、北神は全く同じ制服じゃないか」
 洗濯できないじゃん。

「え? 同じじゃないよ?」
 キョトンとした顔で俺を見つめる。
「どういうことだ?」
「この制服はあと5着持っているから毎日洗濯しているよ?」
「はぁ?」
 こいつバカだろう。
 同じ服を365日着るなんて、『いっちょやってみっか!』というセリフが似合う国民的戦士だけだ。

「前の高校辞める時に、ついでだからストック買っておいたの」
「へ、へぇ……」
 バカじゃん。


「ところで、新宮くん!」
 急に身を乗り出す北神。
 白いブラウスから乳袋がブルンと揺れた。
 そうか、こいつもデカパイだったな。
 キモいから近寄るな。

「ん? なんだ?」
「あのさ、ラブコメにはやっぱり取材が必須なんでしょ?」
 生き生きとした顔だ。
 こいつがこんな表情の時はろくなことがない。

「まあ俺だけかもしらんがな。実際に体験した方が書きやすいってことは事実だ」
「じゃあさ、必要だよね!」
 鼻息が荒い。
 なにを興奮してんだ、この腐り豚。

「なにが?」
 俺は冷たい声で、なおかつ汚物を見るような目で聞いてやった。
「BLと百合!」
「……」
 俺、もう帰っていいかな?

「なぜそうなる?」
「だってさ、ラブコメでしょ? BLと百合は必須だよ! あとエロゲ! おかずになるような小説を書くんでしょ!?」
「はぁ……」
「来月、『博多ドーム』でコミケやるんだよ!」
 もうこの時点でこいつの答えはわかっている。

「だからさ……コミケ取材しようよ!」
「それってラブコメ要素に必要か?」
「普通じゃん」
 おめーの中だけで普通レベルなんだよ、クソが!

「じゃあ一緒にいこうね♪」
「あ、いや……俺は」
「約束ね」
 そう言って小指を差し出す北神。
 笑顔が怖い。
 この感覚、BLか!?
 ニュータイプとは恐ろしいものよ……。

「いいだろう。しばらく行ってないしな」
 一応、小指で握手を交わす。
「ええ!? 毎回いかないの?」
 そんな当然のように言わないでくれる?

「母さんに連れていかれたぐらいだ。自分ではあまり好んで行きはしないな」
「異常だよ、新宮くんの年ならコミケでエロ同人買いまくるでしょうに!」
 あの……異常なのは君だからね?
 公共の場でさっきから18禁用語をベラベラと話してからさ。

「人それぞれだろ? 俺は映画が好きだから……別に二次元とか抵抗はないけど、好んで見るタイプじゃないんだよ」
「ええ……ないわ~」
 こいつ超ウゼェって顔で、睨まれる。
 俺ってそんなに悪いこと言ったの?

「よし、決めた!」
 胸の前で手をパシンと叩く。
「え?」
「新宮くんはこの北神 ほのかがめっちゃくちゃに腐らしてあげる!」
「……」
 なにこれ? 逃げられないの?
 俺の選択権、どこ。

「いや、いいです……」
「ダメだよ、新宮くん! 人の好意を無にしたら!」
 それって悪意じゃないですか?
「だから、俺は…」
「皆まで言わないで! 新宮くんはBL界の救世主にして、サラブレッドなのよ! 言わば、BL界のために生まれてきたと言っても過言ではないわ!」
 なに言ってんだ、このバカ。
「だからこそ、新宮くんには腐ってほしい!」
 拳を作り、苦い顔をする。

「ラブコメなんでしょ!? じゃあコミケは絶対に必須イベントよ!」
「は、はぁ……」
 なんだか新種の詐欺にあっているようだ。
「決戦は5月のゴールデンウイークよ!」
「へぇ」
 俺はもう呆れかえっていた。
「軍資金を用意しておいてね♪」
「なんで俺が買うこと前提で話しているんだよ?」
「だって買うでしょ? BL」
 当たり前のように言うなよ、敷居が高すぎる。

「あのな、俺は男だぞ? アウェイだろ? その界隈」
「いいえ! そんなことはないわ! そういう風潮こそナンセンスよ!」
「風潮?」
「ええ、そうよ! それって男女差別じゃない?」
「いや、そもそもBLって女性向けだろが」
 というか、読みたくない。

「それが間違っているのよ!」
 テーブルをドンッ! と叩く北神。
 こいつ、こんな熱いキャラだったか?
「つまり?」
「じゃあ女の子がエロ本やエロゲを買ったらダメなの?」
「悪くはないさ……しかし、ネットとかで買っちまえばいいじゃないか? 作者の脳内を覗き見るような行為だ。しかも同人会ならば、趣味のうちだろう。作者やサークルが可哀そうだろ」
 知らんけど。

「そんなもん、ぶっ壊してまうのよ! 私の夢は国境なき同人活動よ」
 永遠に鎖国してしまえ。
「まあ夢を持つことは悪くないさ」
 儚くも気持ちの悪い夢だが。

「そう、可愛ければなんでもいい! 愛さえあれば、どんな壁だって乗り越えられるはずよ!」
 良い言葉なんだけど、動悸がねぇ……。
「わからんでもないが……」
 わかりたくもない。

「さあ、一狩り行こうぜ! DO・助兵衛先生!」
「その名前で呼ぶのやめてくれ……」
 こいつと話していると自分のHPがどんどん削られるのがよくわかる。

「じゃあこれからはなんて呼べばいい?」
「新宮でも琢人でもいいよ……」
 もうどうでもよくなっていた。

「なら琢人くんね♪ 一緒に同人取材しましょ!」
「まあやってみるか……」
 なんだろうな、長時間に渡って軟禁されていたせいか、NOという返答ができなかった。
 言わば、正常な判断ができない状態だったのだ。

「じゃあ来月ね♪ L●NE交換しよ」
「あ、それだけは無理」
 キッパリと断っておいた。
 だってアンナに怒られること必須……というか刺されるかもしれない。

「ええ…なんで?」
「秘密事項だ。作者としてな。メルアドや電話番号ならばよし」
「じゃあ、それでいいよ……」
 なんだか不服そうだな。

 俺と北神は連絡先を交換して、喫茶店を出た。


「そう言えば、新宮くんって家はどこ?」
「俺か? 真島だよ」
「真島かぁ。私、行ったことないんだよねぇ」
 と言いつつ、空を見て何かを考えている。

「あのさ、真島って有名なところがあるよね?」
 嫌な予感。
「前の高校でさ。変態友達が教えてくれたんだ。真島にはすごいBLショップがあるって。店主はガチホモで、その子供もホモガキ。それから店のトイレではハッテン場にもなっているらしいね♪」
 ああ、やっぱりこの展開か。
「それ、俺の家」
「……」
 黙り込む北神。
 
 さすがの変態バカでも俺の家の噂を聞けば、ドン引きだよな。

「……ごい」
 ボソッと呟く。
「え?」
「すごすぎる! 新宮くんの家庭! やっぱり、新宮くんはBL界の救世主よ!」
 あの、ちょっといいですか?
 俺は誰を助ける役なの?

「今度、遊びに行っていい!?」
 目が血走っているよ、サイコパスじゃん。
「まあ客として来るなら……」
「約束よ!」

 はぁ……俺の家はどんどん荒んでいくな。
 そろそろ一人暮らしでも考えるか。