俺は昨日の今日で博多駅に舞い戻っていた。
一体何回、博多にくれば気が済むんだ?
初デートのときのように黒田節の像の前で待つ。
遅い……。
待ち合わせ時間は10時なんだが。
かれこれ、30分も待っている。
なぜミハイルのときは俺より1時間ぐらい早くついているストーカー仕様なのに、アンナのときはこんなに時間がかかるんだ?
「お、お待たせ!」
「……」
思わず見とれてしまった。
オフショルダーのブラウスにチェック柄のプリーツミニスカート。
前回会った時よりもアンナの白く透き通った素肌が、自然と目に入る。
ドキドキが止まらない。
「どうしたの? タッくん?」
首をかしげて俺の顔をのぞきこむ。
「いや……可愛いなって、思って」
「ホント? この服、タッくんが嫌いじゃないかって心配だったんだぁ」
そっちじゃないって。
おめーさんだよ。
「じゃ、じゃあ行こうか?」
「うん☆ ところでどこにいくの?」
い、言えね~
ラブホだよ☆ とでもいえばいいのか?
「そうだな……まあ個室だ」
間違ってはいないぞ、俺。
「個室? ご飯屋さん? カラオケとか?」
健全すぎて草。
「着いてからのお楽しみだ」
「ふーん」
アンナは何も知らない。
いや、知らなくてもいいことを知ろうとしているのだ。
ねーちゃんのヴィッキーちゃんにバレたら殺されそう。
俺はアンナと一緒に例の場所へ向かった。
前回、ひなたと行ったときは俺からラブホに誘ったわけではないので、システムなどまったくわからん。
初心者。
わたし……はじめてなの。
ラブホテルの前につくと、アンナの顔は真っ青になっていた。
「これって……」
「ああ、ラブ……ホテルだ」
「そ、そうだったんだ……」
ドン引きじゃないですか。
「誤解するなよ、アンナ。俺はこの前、ひなたというJKを助けて、気絶していたところを介抱するために担ぎ込まれたにすぎない。なにもしていないぞ?」
アンナが顔をしかめる。
「ひなた?」
ちょっと、アンナさん? 顔がオコだよ? 可愛い顔しているけどさ。
「ああ、この前助けたJKだよ。俺の通っている一ツ橋高校の全日制コースの生徒だ」
「そうじゃなくて、なんで下の名前?」
声が冷たい!
「いや……赤坂 ひなたって言うんだがな。彼女が下の名前で呼べと言うんだ。なんでもひなたは俺のラブコメ作品の取材対象になりたいそうだ」
俺がそう言うと、アンナは黙ってうつむく。
元気がないようには思えない。
冷たい風が彼女の美しい金色の髪を揺らす。
拳を作り、なにかを決意したように見える。
「許さない……アンナのタッくんを……」
俺の勘違いだとは思うが、彼女の目から燃え盛る炎を感じた。
「いく!」
「へ?」
「ひなたっていう子がタッくんのはじめてを奪っていいわけがない!」
その言い方だと誤解されません?
俺、まだ童貞ですよ。キスもしたことないのに。
「さ、早く入ろう!」
アンナは俺の手を強く握りしめる。
嬉しいんだが、握力よ。痛すぎる。
こういうところは男だよな。
「ちょ、ちょっと待て。アンナ」
「なに?」
目、目が怖いって。
「わかっているのか? ラブホテルだぞ? 俺とアンナはまだ出会って2回目だ。初回から取材するには早すぎないか?」
だって2回目でヤッちゃうビッチってことだぜ?
「なにか問題ある?」
サイコパスじゃん。
俺の意思は?
「さ、早く入りましょ☆」
「は、はい……」
俺は彼女の圧に耐え切れず、強引にラブホテルの門をくぐった。
中に入ると異様な空気が漂っていた。
なんというか、ムンムンした感じ?
熱気を感じる。
それに換気されてないのか、嫌な臭いがする。
俗に言うイカ臭いってやつ?
アンナを見ると勢いで入ったはいいが、やはり緊張していて、縮こまっている。
ガッチガチじゃん。
「大丈夫か、アンナ? やはり出ようか?」
「だ、だいじょうぶ……だよ?」
額から汗が滝のように流れているんだが。
「チェックインしましょ……」
「ふむ…」
合意のないホテルへの連れ込みはタブーと聞くが、これはアンナの許可をもらったと思っていいのだろうか?
入口近くにタッチパネルがあり、部屋の番号と室内の写真が表示されていた。
明るく光っている部屋が空いているようで、暗くなっているところは使用中……ということか。
まあ、昼間から元気ねぇ~
空いている部屋は1つのみ。
一番上の階でなにやら、豪華な部屋だ。
ベッドもダブルベッドが二つもあり、ジャグジー、スロット機、大型テレビ完備。
ちょっとしたホテルより豪華じゃん。
値段を見ると一万円……。
マジかよ! ふっざけんなよ。
貯金下ろしといてよかったぁ。
俺はボタンを押して、少し奥にある受付に向かった。
受付の人間は見えず、スモークガラスによって従業員の顔も俺たちの顔も互いに確認できないようになっている。
どうしていいか、わからず突っ立っているとガラスの向こうから声をかけられた。
「一万円になります」
ガラスの下の部分から手がニョキッと出てきて、トレイが雑に出される。
感じ悪いな。
「領収書もらえます?」
「はぁ? ないですよ、そんなもん」
ま、マジかよ。領収書は自分で書いてしまえ!
一万円も払えるか。
俺は支払いを済ませ、アンナと共にエレベーターへ向かう。
一番上の階は6階。
最上階だ。
エレベーターが開いたとき、やはり前回のように別のカップルと鉢合わせする。
一人は中年のおっさん。パートナーには不釣り合いの若いお姉さん。
脂ののった中年はかなりダサい。
対してお姉さんはタイトなミニスカで戦闘力が高い。
夫婦じゃないな……いけない関係じゃね?
「おっと、ごめんね」
ニヤつくおっさん。
そう言うと、お姉さんの肩を抱いて立ち去ろうとする。
だが、すれ違いざま、隣にいたアンナを見て、舌なめずりしていた。
キモッ!
だが、こいつは男だぞ?
俺とアンナはエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。
アンナはラブホテルに入ってから無言を貫いている。
顔を真っ赤にしてうつむいているのだ。
そりゃそうだろ、勢いだもんな。
「本当にいいのか? アンナ」
再度、確認する。
あとから文句を言われたら、困るしな。
「い、いいよ……タッくんの好きなことは全部、好き…だから」
俺がいつラブホテルを好きって言ったかね?
「そうか…」
チンッ! とベルが鳴り、目的地についたお知らせを受ける。
6階につくと、前回とは違い、廊下が短いことが確認できた。
そのことから一万円という高額な意味を一瞬で理解する。
この部屋、いやこの階を貸し切り状態なのだ。
広大な敷地を全部、俺たちが一万円で借りたのだ。
所謂、VIPルームとかいうやつだな。
扉の上の表札がチカチカと点灯している。
「来いよぉ 早くやっちまえよ~」とでも言いたげだな。
俺はドアノブに手を回した。
扉を開き、固まっているアンナを見つめる。
「さ、入ろう」
「うん……」
入るときと状態が逆転してしまったな。
こういうところは俺が率先してやってあげないと。
あれ? 俺、アンナのことをガチで女の子扱いしてない?
「は、入っちゃったね……」
そんな床ちゃんとお友達で顔を真っ赤にさせちゃって。
これじゃミハイルのときと変わらんぜ?
無理をさせてしまって、なんだか申し訳ない。
「そうだな、まあ取材だからな」
「うん……」
俺は2回目ということもあってか割と落ち着いていた。
「まあ座ろう」
「そうだね……」
顔が引きつっとるよ? 2回目の取材がラブホとかイキスギィ~なカノジョさんだよね。
アンナをソファーに座らせると俺はリュックサックを床に置いて、一人で部屋を探索することにした。
部屋の中は豪華なシャンデリアにダブルベッドが二つ……4人でするの?
それからスロット機も2台。大型テレビが一台。
奥に入るとなぜか風呂が二つもあった。
一つはごく普通の浴室。もう一方はガラスで室内から丸見えのスケベなジャグジーだ。
ラブホ初心者が入るべきところじゃなかったな……。
この部屋はきっと乱交パーティーにでも使われる所なのでは?
一通り部屋を物色すると、アンナの元へ戻る。
当の本人はガチガチに固まっており、時折「ネッキーが一匹、2匹……」などと呟く。
壊れちゃったよ。
「アンナ、大事ないか?」
「だ、大事にしてね……」
なにを言っているんだ、この子。
「いいか? アンナが行きたいというから取材として来たが、今日は何もしないぞ?」
一応、釘を打っておく。
というか、少しでも安心してほしかった。
「な、なにもしないの?」
ギギギッ……と軋むような音が聞こえる。
恐らくアンナが首を回しているからだろう。
「ああ、なにもしない。だから安心しろ。俺はこう見えて紳士だ。合意のないそういう……行為は最も嫌いとする」
「タッくん……優しい」
頬を紅く染めて、彼女はうっとりと俺を見つめる。
見直してくれたのはありがたいが、男二人でラブホに入るのは二度とごめんだぜ。
「普通だろ? 合意なき行為は犯罪だ。俺は物事をハッキリさせたい性格なんだ。そんなグレーどころか真っ黒なコトは絶対にしない」
「か、かっこいい……」
「え?」
「かっこいいよ、タッくん!」
なぜか俺の両腕を掴み、微笑む。
こういう場所だぞ? ドキドキしちゃうだろ……。
その気になっちゃうから、誤解することはやめてね?
合意と見なすよ。
「と、取り合えず、メシでも食うか?」
目の前のテーブルにメニューが置いてあるのに気がつく。
「うん! アンナ、ホテルでご飯食べるのはじめて☆」
いや俺もだよ、しかもここは普通のホテルではないからね?
俺はカツカレー。アンナはパスタを選んだ。
注文を決めたので、俺がフロントに電話をかけようとしたときだった。
「ね、ねぇ……これも頼もうよ」
振り返るとアンナは頬を赤くしていた。
「なんだ?」
俺が問うと彼女は黙ってラミネートされた用紙を俺に差し出す。
『コスプレ 無料貸出♪』
~これでマンネリも撃退!~
「……」
絶句する俺氏。
「か、勘違いしないで……一万円も払ったのに何もしないのは勿体ないでしょ?」
ええ!? ヤル気マンマンですか!?
「ま、待て、アンナ。どういうことだ?」
思わず生唾をゴックン。
「取材じゃない? アンナとタッくん……。だからこういうのも体験しておかないと小説に書けないかなぁ? って思って。ただそれだけ、何もないからホントに」
マ、マジっすか!?
「そういうことか…それもそうだな!」
声が裏返る。
「タッくんは何番がいい?」
ちなみにコスプレの番号のこと。
勇者タクトのターン。
選択肢は8つ。
1番喪服、2番ナース、3番セーラー服、4番婦警さん、5番レースクイーン、6番メイドさん、7番体操服(ブルマ)、8番スクール水着(90年度版)
いや、最後だけ限定されすぎだろ。
オーナーの趣味か?
迷う……迷っちまうぜ。
俺色にアンナを染め上げるならどうする?
メニューと彼女を交互に見比べる。
その回数、1秒に20回ぐらい。首が折れそう……。
今日のファッションはとてもガーリーだ。
なるべく彼女のイメージは壊したくない。
喪服は絶対にないな。
ミニスカートだったため、座っていると自然と裾が上がっていた。
彼女の細くて色白の美しい太ももが嫌でも目に入る。
「タッくんの目、何かいやらしい……」
ジト目で呆れかえるアンナさん。
いや、ハードルあげたのご自分でしょ?
こういう時、男ってのはテンパるもんなんすよ!
「む、むぅ……どれも捨てがたい」
「フフ…おかしなタッくん☆」
嬉しそうに笑うアンナはどこか意地悪そうだ。
「俺は真剣だぞ」
マジと書いて。
「ゆっくり考えて」
「そ、そうさせてもらう!」
鼻息が荒くなる。
レースクイーンは行き過ぎだろうな。かと言って体操服は見てみたいが彼女……いや彼の『ミハイル』さんが股間からふっくらしそう、という危険性を考慮しなければ。
「決めた! 6番で!」
「えっと確か…メイドさん?」
「そうだ! 俺はメイドカフェというものを知らん。だからアンナにはメイドさんになってほしい」
「いいよ☆ アンナがご奉仕してあげる☆」
アンナさん……天使じゃないですか!
こ、これは何事もなく終われるのか……?
俺は右手に拳を作ると、電話を取る。
『トゥルル……ブチッ。はい、フロントです』
「あ、あの、ろ、6番!」
『は?』
「6番でおなーしゃす!」
緊張で声がブレッブレ。
そこへアンナがすっと横から耳打ちする。
彼女の小さな声が俺をドキドキさせる。
「タッくん、コスプレの6番って言って」
「あ、そうだった。すいません…コスプレの6番で」
ナイスパス、アンナちゃん。
『メイドさんでよろしかったですか?』
「はい」
『では、お部屋へお持ちいたしますので、少々お待ちください……』
「ふぅ……頼めたな。ありがとう、アンナ」
「ううん、私は大したことしてないよ?」
だがこのあと気づくことになる、そう肝心の昼飯を頼み忘れたことを……。
はじめてのラブホ飯はかなりまずかった。
これならどっかで軽食とった方がマシってレベル。
俺のカツカレーもうっすいカツで、駄菓子のカツじゃないよね? って怒りの電話を入れたかった。
アンナもパスタが味が薄いと顔をしかめる始末。
やはり『行為』優先だから味は無視か?
「ふぅ、あまり旨いものではなかったな」
「う、うん……」
さすがのアンナもドン引き。
しばらくすると、部屋のチャイムが鳴った。
どうやらコスプレのご到着のようだ。
「はい、こちらです…」
陰気なおばさんがお届け。
目も合わさずにブツだけ渡すと足早に去っていった。
やはりアレか? 俺とアンナが行為に及ぶとでも疑っているからか。
いや、しないし無理だからね。
「ん? なんだこれ……」
渡されたハンガーは二つ。
俺たちが頼んだのは一つだけなんだが……。
ドアを閉めて部屋に戻るとアンナが、チラチラとこちらをうかがっている。
「どうかした? タッくん……」
頬を赤らめて、上目使い。
可愛いやっちゃのう。
「いやな…頼んだのは一つなのに二つあったんだよ」
ハンガーには薄い布で覆われていて、中が確認できなかった。
俺が布を外すとそこには目を疑うものが……。
「こ、これは……」
サテン製のピンクメイド。
しかもかなりのミニ丈。
パンモロになるのでは?
「すごい! カワイイ~☆」
手を叩いて喜ぶアンナ。
ああ、ピンクだからか?
「もう一つはなに?」
首をかしげるアンナ。
「俺は頼んでないぞ」
「開けてみて」
「うむ…」
俺が最後の一つを開けると、アンナは顔を真っ赤にしていた。
わぁい! やったやった!
みーんな、だいすき! スクール水着(90年度版)
「……」
絶句するアンナ。
「こ、これは何かの間違いだ、アンナ。着なくていいぞ?」
俺までうろたえる。
ホテルの従業員め、なにをやっているんだ!?
ちょっと嬉しいサプライズじゃないか!
「タッくんは……見たい?」
「え?」
「その……水着」
身体をモジモジとさせて、こちらの顔を伺う。
「俺がか?」
「うん……タッくんが見たいならいいよ?」
マ、マジで!?
しかし、ええのんか。
「見てもいいのか?」
「だって、どうせそのメイドさんもかなりのミニだからパンツ見えちゃいそうだし……水着なら見えても平気だから」
なるほど!
「ならば、依頼しよう。俺は見たい」
「じゃ、じゃあちょっと待ってて……」
彼女は静かにハンガーを受け取ると、スッと更衣室へ向かった。
もう覚悟を決めた顔のようだ。
パタンと引き戸が閉まる音と共に、俺はベッドに腰を下ろす。
別に行為をするわけではないのだが、胸のドキドキが止まらない。
口から心臓が飛び出そうだ。
「お、落ち着け、琢人……」
気を紛らわすため、テーブルの上にあったリモコンを取る。
「テ、テレビでも観よう」
そう言ってボタンをつけた瞬間、モニターには真っ裸の女が……。
『あーーーん! すごぉぉい!』
『もっと! もっと!』
『あああ、いぎぞう! ぐるぼじょびええええええ!」
俺はそっと電源を切った。
更衣室からガタン! と何か鈍い音が聞こえる。
アンナがこけたのだろうか?
「すまない、アンナ。聞こえたか?」
俺が扉越しに声をかけた。
「ううん! き、聞こえてないよ」
いや、絶対聞いてただろ?
いかんな、俺もアンナもこの18禁の空気に飲み込まれそうだってばよ。
~10分後~
「お、お待たせ……」
扉がスッと開くと、そこには可愛らしいメイドさんが立っていた。
プロも顔負けのルックスでスカートの裾を恥ずかしそうに掴んでいる。
頭にはプリム、胸元がザックリ開いたミニ丈メイド服、太ももを覆うオーバーニーソックス。
完璧だ。
「どう? 感想は?」
「……」
あまりの可愛さに俺は言葉を失っていた。
「タッくんてば」
「ああ……可愛い。すごく可愛い、世界で一番……」
すらすらと頭に浮かんだ気持ちが、口からすべる。
「うれしい☆」
微笑むアンナ。
「あれ……俺、いま変なこと言ってなかったか?」
「全然! 嬉しいことだけ☆」
「そ、そうか……なあ、アンナさえ良ければ、写真を撮ってもいいか?」
これは帰って今夜のおかずに……いや、永久保存不可避である。
「え、なんに使うの?」
「それは……」
ナニかである。
しばらく俺をじっと見つめたあと、アンナはこう言った。
「ねぇ、タッくん? あのひなたって子は、アンナみたいなことしてない?」
その目は少し意地悪そうだ。
「ひ、ひなた? ああ、するわけがないじゃないか!」
思わず語気が強まる。
だってひなたなんてどうでもいい。
それよりも目の前のメイドさん。
「そうなんだ☆ じゃあたくさん撮ってね☆」
アンナは壁の前に立つと、可愛らしくピースする。
「ああ、じゃあ、はじめるぞ」
俺はもう頭のネジがゆるっゆるになっていた。
興奮で我を忘れて、アンナに次々とポーズを要求。
それをスマホにおさめる。
「じゃあ、メイドさんっぽいポーズで!」
「おかえりなさいませ、旦那様☆」
礼儀正しく頭を垂れるメイドさん。
ネコ耳としっぽはオプションでないのか! バカヤロー!
「ふ、ふむ、ただいま」
なんとなくアンナの芝居に乗っかる俺。
「旦那様? お外でアンナ以外の女の子と仲良くしてませんか?」
「するわけないだろう」
なにをやっているんだろう、男同士で……。
「本当ですか……? 旦那様はモテますもの」
何を思ったのか。俺の身体に身を寄せるアンナ。
「旦那様に近寄る女はアンナがぶっ飛ばしてあげます☆」
そんな可愛い顔で怖いこと言うなよ……。
俺とアンナはその後も写真大会を楽しんだ。
「旦那様、次のポーズはどうします?」
「つ、次はネコのポーズだ!」
「にゃーん☆」
「ちーずにゃん!」
悪ノリがすぎるだろ、俺たち。
「にゃんにゃん☆」
猫のポーズで思いっきりぶりっ子するアンナ。
「まだ撮るにゃん!」
なぜ人はネコを選ぶのだろうか?
俺は犬派だというのに……。
素晴らしい世界だ。
「タクにゃん☆」
気がつけば、撮り続けた写真は現在105枚。
連写モードでな。
そして、ムービーも同時に撮っている。
帰ってPCに保存しなきゃな!
俺とアンナの悪ノリは1時間にも及んだ。
写真を大量に連写しまくったので、スマホが熱を持つ。やけどしそうなくらい……。
故障してもしらね!
撮った写真の中には際どいものも多く、いくら下着じゃないとは言え、ブルーのパンティが丸見えだ。
まあスク水のことだから、セーフっちゃセーフなんだが。
一通り、撮り終えたところで冷蔵庫から飲み物をとる。
俺はアイスコーヒー。アンナに聞くと「ココアがいい」と答える。
二つの缶を持って、ダブルベッドに腰を下ろす。
「ほれ、喉かわいただろ」
「うん☆ でもいい汗かいたぁ」
額に滲む汗をレースのハンカチで拭うアンナ。
ココアを受け取ると、プシュッといい音を立ててプルタブを開く。
「んぐっんぐっ……ぷっはぁ☆ はぁはぁ、美味しい☆」
このいやらしい飲み方はミハイルと同一人物ですね。
俺もアイスコーヒーをがぶ飲みして喉を潤す。
「はぁ、ちょっと暑いね」
そういうと彼女は胸元の襟をつまんでパタパタとあおぐ。
横から見ている俺からすれば、ドキドキが止まらない。
「そ、そうだな…エアコンでもつけるか?」
「うーん…それもいいけど……」
アンナは少し頬を赤くして、うつむいた。
「どうした?」
なんだろう、さっき間違えてつけてしまった『大人の映画』でも観たいのだろうか?
「お風呂……入らない?」
「はぁ!?」
俺は思わず耳を疑った。
「な、何を言っているんだ、アンナ?」
驚く俺を見てアンナはクスクスと笑う。
「勘違いしないで。アンナのメイド服の下は何を着てた?」
「え? あ……水着か」
アンナさん、ちょっと積極的すぎやせんか?
「そう☆ だから二人でジャグジー使おうよ☆」
「でも、俺は水着なんか着てないぞ?」
フル●ンで入れってか?
まあこの前『ミハイル』のときに裸で風呂入ったよな。
俺ってば、完全に女の子扱いしているやん! と自分にツッコミを入れてしまう。
「タオルとか巻いたらいいんじゃない?」
「アンナがいいなら構わんが……」
「だってタッくんもたくさん写真撮ったりして汗をかいたでしょ」
そう言ってアンナは俺のTシャツを指差す。
彼女の指したところは脇。わき汗で二つの大きな地図が出来上がってた。
いやん、恥ずかしい!
「すまん、汗臭くないか?」
「うーん。ちょっと……するかも」
そう言ってまたクスクス笑いだす。
彼女を見て思わず、頬が熱くなる。
「でも、お風呂で洗えばいいよ☆」
「へ?」
「ボディシャンプーとかで洗って干しておこう。エアコンとかでさ」
部屋にあったハンガーを指す。
よく気が利く方です、アンナさん。
「すまんが俺は家事全般、不得意だし全くやらん」
「そんなこと自慢じゃないよ!」
俺の背中をバシバシ叩いて笑うアンナ。
力は男だしあのミハイルだから、痛いのなんのって。
「大丈夫、アンナが洗うから。脱いで☆」
すいません、最後のセリフだけもう一回聞かせてください!
「りょ、了解した」
俺は素直にTシャツを脱ぐ。
「じゃあアンナがお風呂場で洗っているから、タッくんはズボンも脱いどいてね☆」
サラッとどビッチ発言じゃないですか……ちょっとドン引き。
アンナは鼻歌交じりに俺のTシャツを抱えて、もう一つの浴室へ向かった。
俺は部屋の中央に向かい、ジャグジーの前でズボンとパンツを脱いだ。
ちょうどいいところに手頃のタオルがある。
それを腰に巻くとジャグジーの蛇口を回す。
このホテルのジャグジーは可愛らしいことにハート型で、二人で入ればちょうど対面式に仲良く浸かれる。
そしてジャグジー裏にはガラス越しに中庭があり、緑と花々を堪能できる。
なんてロマンティック!
ここなら彼女もイチコロだぜ! っと言いたいところだが、相手は男の子だからね。
~10分後~
「ふむいい湯加減だな」
ジャグジーにお湯が貯まったのを確認したところで、一足お先に浸かる。
「ふぅ……極楽極楽ぅ~」
ババンバ、バンバンバン!
「タッくんたらおじいちゃんみたい☆」
振り返るとそこには……。
「アンナ!」
ピチピチのスクール水着を着た少女が立っていた。
少し恥ずかしそうにこちらを見ている。
ロングヘアーは首元でまとめられている。
「変……じゃない、かな?」
いやいや、変だよ。
お前の息子さんはどこにいったんだよ!?
太ももからお股にかけてグイグイ食い込んでいる。
のに、肝心の『膨らみ』がない。
ペッタンコ。
どうやって隠したんだよ?
「……」
俺は言葉を失っていた。
だって、マジでミハイルって女の子じゃね? と疑っていたからだ。
胸も膨らみが少しある。ほんの少しだが。
微乳サイコー!
思わず生唾ゴックン☆
「なんかタッくんの目、やらしい」
横目で俺を蔑むアンナ。
だが、その突き刺さる視線こそ、ご褒美!
俺はドMなんだって気がついた日。
「す、すまん……」
「アンナも入っていい?」
「もちろんだ」
透き通るような白い太ももが上がると、そっとジャグジーへ脚を入れる。
お次は可愛らしい小さなヒップが俺の顔面を横切る。
ここを写真撮ったらダメかな?
「はぁ……いいお湯」
瞼を閉じて、肩に触れるアンナ。
肩こりが酷いならわしが揉みましょうか? もちろんオプション付きで。
「ねぇ、タッくん。それってなあに?」
アンナが指した方向にはホテルのアメニティーが置いてあった。
「これは……ハーブか?」
袋詰めされたパックには花びらが複数確認できる。
「せっかくだから入れてみよ☆ 貸して」
アンナは興味津々といった顔で俺からハーブを受け取り、封を開ける。
花びらが湯船に広がると、無色だったお湯がピンク色に変わる。
それと同時に赤い花びらが湯の上を泳ぐ。
なんて幻想的な世界なんだ……。
「うわぁ、キレイ~☆」
アンナは感動しているようだ。目をキラキラさせて喜んでいる。
そういうお前の方がキレイだぜ! と言いたいところだな。
「タッくん、そこのボタン押してみて」
「ん? これか?」
俺は近くにあった丸いボタンを言われた通り押してみた。
すると『ゴボゴボッ!』という豪快な音と共にジャグジーが泡を立てる。
なんとも気持ち良い。
日頃、新聞配達で肩やら腰やら凝り固まったところがほぐれる。
「これはいいな」
俺までジャグジーへの感動に便乗する。
「ね☆」
アンナも超ご機嫌。
笑顔の彼女にこの雰囲気……何か間違いが起こっても仕方ない。
俺はなぜか恥ずかしくなってきた。
心底、彼女の魅力にやられている。このままでは本当に彼女を、アンナを好きなってしまいそうだ。
「タッくん、もうちょっと寄りなよ!」
手招きされて「うぃっす」とアンナに身を寄せる。
もう……どうにでもして!
「ねぇ、タッくん?」
「ん、なんだ?」
「ちゃんとした取材になってるかな☆」
「も、もちろんだとも……」
これが正真正銘の彼女だったらなぁ……チキショォォォ!
仲良くアンナと泡風呂を楽しんだあと、俺たちは互いにタオルで身体を拭く。
水に濡れたスク水は更に彼女の身体のラインが目立ち、思わず興奮してしまう。
当のアンナと言えば、鼻歌交じりに身体を拭いている。
あまりに無防備な姿だったので、さすがに「写真撮っていい?」とは言えなかった。
「タッくん、アンナ着替えてくるね☆」
ニコッと優しく笑うとステップを踏むように軽快な足取りで更衣室へと向かう。
どうやらアンナもラブホテルがえらく気に入ったようだ。
ただ、この部屋……3時間で1万円だぞ?
もう二度と来れないだろうな。
扉が閉まるのを確認すると、俺も腰に巻いていたタオルを床に捨てて着替える。
アンナが洗ってくれたTシャツもいい感じに乾いていた。
石鹸の甘い香りが漂う。
あの可愛いアンナが風呂場で丁寧に洗ってくれたところを想像してしまう。
もちスク水姿の。
これ、帰って真空パックに入れておこうかな?
~30分後~
とっくに俺は着替えを済ませてリュックサックも足もとにスタンバイ完了。
だが、アンナが更衣室から一向に出てこない。
何度か扉越しに声をかけたが、「ちょっと待ってて」を繰り返される。
一体中で何をやっているのだろうか?
『玉直し』か?
やっとのことで、出てきたカノジョさん。
「お待たせ☆」
そこにはヘアもバッチリ、メイクもバッチリなフル装備なアンナさんのご登場。
これだけすれば、あんだけ時間が掛かるのも納得ですね。
「なんだかお腹すいたね」
「だな」
昼飯は高いわりに不味くて少ない量だったからな。
「ホテル出てから何か食おう」
「うん☆」
ニッコリ笑っちゃってさ、これで男の子なんだぜ?
可愛すぎだろ。
「あ……ねぇ、タッくん」
俺の肩にそっと触れたと共に、凄まじい握力がかかる。
超いてーの、だって相手は男なんだもの。
まあこの感じは怒ってらっしゃるだろう。
声も冷たいもの。
「な、なんだ? アンナ」
「ひなたちゃんとはラブホのあとどこか行った?」
笑ってるけど目が笑ってない。
怖いよ、サイコパスじゃん。
「えっと……目の前にある‟博多亭”」
「なあにそれ?」
ググッと握力が強まり、爪が俺の肉まで入り込む。
「ら、ラーメン屋だよ……」
「そうなの…じゃあそこに行こうよ☆」
痛いよ、痛いから手の力を緩めません?
「同じところでいいのか?」
「だってアンナと行かないと取材にならないじゃない? ひなたちゃんじゃ、きっとタッくんの小説には還元できないもの☆」
まさかの俺氏、独占宣言。
ひなたと取材する度に俺は逆インタビューされちまうのかよ。
怖すぎアンナさん。
「了解した。なら、行くか?」
「うん☆」
そうして俺とアンナは初めてのラブホテルを何事もなく取材体験できたのである。
逆に何かあったら、俺はもう二度と……そっちの世界から帰ってこれなくなっていたのだが。
まあよしとしよう。
ホテルを出て、道路を挟んで目の前にあるラーメン屋を指差す。
「ここだがいいのか?」
「え? 本当に目の前なの?」
ちょっと嫌そう。
だってラブホの前だぜ? ムードなんて何もないからな。
脂ぎってて、店内も油まみれ。
本物の女の子のひなたは喜んで食べていたが……。
「なあアンナ。無理はしなくていいぞ? 俺はいつも映画帰りにこの店を選ぶんだ。『しめの一杯』というやつだ」
酒を飲んでいるわけではないがな。
「じゃ、じゃあ、タッくんはいつもこの店に行っているの?」
どこか焦った様子だ。
「まあそうだな。ここは値段も安く、味もうまい。子供の頃から通っているし……」
言いかけている途中で、アンナが叫んだ。
「イヤァッ!」
彼女の甲高い叫び声に通行人が足を止める。
「ど、どうした?」
「イヤッたらイヤァッ!」
急に泣いて怒り出したよ。
忙しいやっちゃ。
「泣いていてもわからん。理由を話してくれないか?」
俺は『キマネチ』が愛らしいタケノブルーのハンカチを彼女に渡す。
アンナは受け取ると大事そうにハンカチを胸元で抱えている。
涙をふくわけではなく、落とし物を見つけたような安堵した顔だ。
「イヤなの! タッくんとのはじめてを他の女の子に盗られたのがっ!」
通行人が集まりだし、ギャラリーができる。
集まったのは全員、野郎ども。
「なあアイツ、なに可愛い子泣かしてんだよ?」
「あんな可愛い子がいるのに浮気かよ! 最低じゃん」
「ぼ、ぼかぁ、男の子を食べたいなぁ……はぁはぁ」
いや、最後のやつガチじゃねーか!
「アンナ、別に全部を盗られたわけじゃないだろう?」
ただのラーメンだしな。
「違うもん! 『タッくんとのラーメン』はアンナはまだだもん! 初めてはアンナが良かった!」
更に号泣。
めんどくせ!
「気持ちはわかるが……(わからんけど)。俺にとってアンナは特別だ」
だって男の子でしょ?
「とく……べつ?」
「そうだ、アンナは俺にとって大事な取材対象であり、大切な人間だ」
「アンナが?」
もうその時は涙を止めていた。
「だからもう泣くな。ひなたとは偶然だし事故だ。故意ではない。それにひなたとはデートはしてない」
というかアンナもデートとしてカウントしていいものか。
「アンナが一番なの?」
え? サッポロ?
めんどくさい度100パーセントだが、ここは答えるべきだろう。
「ああ、間違いなくオンリーワンな存在だよ」
一番の意味が違うし、わからんけど。
適当だよ、テキトー。
「うれしぃ! タッくん、大好き!」
俺に飛びつき、人目も気にせず抱きしめるアンナ。
飛び交う歓声。
「いいぞ~ 彼氏、グッジョブ!」
「末永くお幸せに!」
「キィー、あの男の子は僕んちに連れていきたかったのにぃ!」
だれがお前ん家に行くかよ? 犯罪だろうが。
俺はまだこう見えて未成年だぞ? ピチピチのセブンティーン。
機嫌を取り戻したアンナの手を取り、逃げるようにラーメン屋に入った。
「いらっしゃい! あれ、琢人くん。昨日の今日なのに……また映画帰りかい?」
博多亭の大将とはちょっとした顔なじみ。
「大将、今日は違うよ……」
もう色々と疲れたからあんまり突っ込まないでくれる?
「今日は?」
どうやら大将の好奇心はおさまることを知らない。
「そちらのお嬢さんは?」
「あ、古賀 アンナっていいます☆ タッくんの……なんだろ?」
それ自分で自分に聞く?
「友達……でもないし、彼女でもないし……」
サラッとふられちゃったよ。
「ならあれかい? 友達以上彼女未満てことじゃねぇかい?」
大将は嬉しそうに麺を湯がく。
「ですね☆」
勝手に決めないでよ、アンナちゃん。
それ、俺が決めることじゃね?
「ところで、昨日も女の子連れてきたね、琢人くん……モテる男はつらいねぇ」
ニヤニヤしながら俺を見つめる大将。
恐る恐る隣りを見ると、「ふしゅー!」と怒りの呼吸で我を失うアンナ。
「大将さん☆ その子はタッくんが偶然助けた女の子ですよ?」
ニッコリと笑っているが、身体がめっさ震えている。
顔も引きつっていて、無理して笑顔を作っている感がパない。
俺は怖くて数歩後退する。
「あれ? そうだったの? 随分仲良さげに話してたからねぇ。おいちゃん、知らなかったよ」
「へ、へぇ、随分仲良かったんです……かぁ?」
言いかけて俺を睨むアンナ。
「しゃ、社交辞令だよ」
苦笑いでうろたえる。
「ねぇ、タッくん☆」
優しく微笑むアンナ。
「な、なんだ?」
「アンナ、早くラーメン食べたいな☆」
俺は人生で新記録ってぐらいのスピードで大将に注文した。
「とんこつラーメン、2つ! バリカタで!」
「あいよ!」
こんな注文、二度とごめんだ……。
「ヘイ! ラーメン、バリカタお待ち!」
俺とアンナはカウンターの席に座り、仲良く横並びしていた。
スマホを見れば時刻は『15:02』。
ちょうどお昼の賑わいが済んだ時間だ。
店内は俺とアンナしかいなかった。
大将はなんだか嬉しそうに俺たちを見つめる。
「うわぁ! 美味しそう!」
手を叩いて喜ぶアンナ。
目をキラキラと輝かせて子供のようだ。
まあ15歳だから子供っちゃ子供だよな。
「だろ?」
俺が作ったわけでもないのに、なぜか店を紹介した俺が自慢げに語る。
「「いただきまーす」」
声を揃えて、いざ実食!
アンナはショルダーバッグからシュシュを取り出すと、長い髪を首元で一つに結った。
ラーメンを食べる態勢、万全だな。
「スルスル……んぐっんぐっ……ゴックン! はぁはぁ……おいし☆」
相変わらずのいやらしい租借音だな。
それを初めて見た大将も思わず、生唾を飲む。
アンナを見る目がいやらしい。
「うまそうに食べるねぇ、アンナちゃん」
美味しいという基準間違えてません? 大将。
「だって美味しいんですもん。アンナ、美味しいものを食べているときが一番幸せ☆」
そう言って頬をさする。
よっぽど気に入ったようだ。よかったね、大将。
「嬉しいこと言っちゃってくれるねぇ。んなら、餃子を焼いてあげるよ」
「え、いいですよ……」
「気にすんな、アンナちゃん。うちの店初めてだろ? なら餃子も食べていってほしいんだよ。これはおいちゃんからのプレゼント」
そう言って勝手に餃子を焼きだす大将。
なんか勝手に話が盛り上がっているな。
俺はそんな中、無言でラーメンをすする。
「ん?」
あることに気がついた。
ちょい待て。
昨日、ひなたと来た時、俺は金払って餃子注文したぞ?
女のひなたは有料で、男のアンナは無料ってか。
というか、長年通っている俺ですらそんなサービス受けたことねーぞ!
俺はむしゃくしゃして、カウンターの上に置いてあった小さな容器を手に取る。
生おろしにんにくがたくさん詰められているものだ。
やはりラーメンにはこれがなきゃな!
躊躇なくにんにくをどんぶりの中にぶち込む。
それに気がついたアンナが口を開いた。
「ねぇ、タッくん。それってなあに?」
「これか? にんにくだよ」
「にんにく?」
「ああ、これを入れると入れないとでは、ラーメンの味が『ダンチ』だ」
思わずキメ顔してみる。
「へぇ……」
アンナは咥え箸しながら俺がラーメンをうまそうにすするところを見つめる。
「タッくん、アンナにも入れてみて」
「マジか?」
俺は驚きを隠せなかった。
なぜならば、今のアンナは女の設定だからだ。
昨晩、正真正銘の女性、ひなたが「にんにくは臭うから」と嫌がっていた。
口臭を気にしてのことだ。
なのに、アンナは平然とそれを俺に頼んだのだ。
「だって、美味しくなるんでしょ?」
キョトンとした顔で首をかしげる。
「そ、それはそうだが、にんにくを入れるとだな……口が臭くなるからな」
俺が言いづらそうに答えると、アンナは高笑いした。
「アハハハ!」
「な、なにがおかしいんだ?」
「だって……そんなのどんな料理だって同じでしょ?」
「え?」
「カレーだってそうだし、チャーハンとか、パスタとか、いろんな料理に使われているし、にんにくが入っていた方がおいしいよ?」
「それはそうだが……」
清々しいほどに嬉しい回答だった。
男の俺からしたらな。
「ひょっとして、昨日のひなたちゃんはにんにくを気にしてたの?」
うっ、鋭い。
ひなたの話題になると目が怖いんだよ、アンナさん。
「ま、まあ……」
さっきお風呂入ったばっかなのに、またわき汗が噴き出てきたよ。
「ねぇ、タッくん」
「ん?」
「アンナと……ひなたちゃんを一緒にしないで」
箸を止めて、俺に身体の向きを変える。
すると俺の手を優しく両手で握った。
「あのね、アンナはタッくんが好きなものは全部好き☆ それにタッくんと同じ目線で、なるべく同じ気持ちでいたいの……だから他の女の子とは違うよ」
瞳は少し潤っていた。
涙を堪えているようにも見える。
よっぽど、昨晩のひなたの件が悲しかったのだろうか?
罪悪感で胸が押し潰れそうだった。
「そうか……じゃあ、にんにくはいっぱい入れてもいいのか?」
「もちろん☆ アンナ、美味しいものは絶対にためらわないよ!」
その自信に満ち溢れた顔、素敵です。
というか、たまにイケメン面になるんだよな。
俺は要望通り、アンナのラーメンにたっぷりにんにくを入れてあげた。
それをアンナは「まじぇまじぇ」する。
へぇ、やるじゃん。
「うう……いい彼女を連れてきたじゃねーか、琢人くん」
気がつくと大将は厨房の中で泣きながら、餃子を焼いていた。
「た、大将?」
「あの年がら年中、映画バカの琢人くんが……こんな美人で優しい女の子と付き合うなんて…おいちゃんも泣いちゃうよ」
サラッと酷いこというなよ!
俺が可哀そうなやつに聞こえるじゃねーか。
「大将さんたら、彼女……だなんて☆ アンナとタッくんはまだそんな仲じゃないのに……」
いいながらめっさ嬉しそうやん。
両手で顔をおさえて、左右にブンブン頭を振るアンナさん。
ご乱心! アンナ様がご乱心じゃあ!
「っしゃあ! 替え玉もサービスばい!」
「そんな、悪いですよ」
ていうか、昨日は?
昨晩のもサービスにしとけよ、大将。
アンナってズルくね?
「いや、あの根暗オタクの琢人くんがこんないい子を連れてきたんだ。今日はお祝いだよ!」
てめぇ、俺をどんな人間として認識してたんだよ! ぶち殺すぞ!
「良かったね、タッくん☆」
なにが?
ねぇ、俺の存在ってここまで悲しい存在だったの?
まあアンナが嬉しそうにラーメンを食べているから、お釣りが返ってくるレベルなんだが。
俺たちはその後、腹いっぱいラーメンと餃子を楽しんだ。
なぜだろう、ひなたと食べた時より、すごく楽しく美味しく感じた。
ひなたといた時は気ばかり使っていた気がする。
でも男のアンナといるときは息がぴったりというか、話があうんだよな。
多少、俺に合わせてくれるんだろうが。
でも、アンナの致命傷なところは怒ると鬼になる……ところだな。
俺とアンナはラーメンをたらふく食べ終えると博多駅へと向かった。
二人で替え玉を3つも食べてしまった……つまり一人4杯。
胃袋が互いに10代の男子だからな。
これで帰って晩飯もしっかり食うんだから末恐ろしい生き物だぜ。
そうこうしているうちに博多シティが見えてきた。
「じゃあ、アンナはここでお別れするね……」
どこか寂しげで、顔がちょっと引きつっている。
設定上では福岡のどっかに住んでいるらしく、遠方で田舎らしい。
あくまで設定ね。
本当は俺の住んでいる真島の二つ隣りの席内に住んでいるヤツなんだが……。
「一緒に電車、乗らないのか?」
俺は敢えて尋ねる。
だって、寂しそうなんだもん。
「あ、アンナはすごく田舎だし……一緒には無理…かな?」
いや、なんで自分で疑問形?
「そうか、ならば仕方ないな。じゃあ、俺は先に帰るぞ」
付き合ってられん。
アンナを博多駅の中央口に残してその場を去る。
背を向けて改札口に向かおうとした時だった。
「待って! タッくん!」
振り返ると少し涙目になったアンナがいた。
「ん?」
「また……また取材しようね!」
「ああ、またな」
「絶対だからね!」
迷子のように不安げだ。
そんなに別れ惜しむなら、設定に流されんと一緒に帰ればいいだろうに……。
俺は背を向けて手だけ振ってやった。
あんまり深入りすぎるのも互いのために良くない。
そう思っていた。
過剰なまでに彼女の期待に応える……ということは俺には不可能だ。
アンナはあくまでも虚像のカノジョ。
取材対象であって、恋愛の対象ではない。
いや、あってはならないのだ。
そこだけは俺の『物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない』という性格が邪魔する。
というか、邪魔してくれ。
そうじゃないと、俺は完璧そっちの世界にいっちまうよ……。
「でも……アンナといる方が楽しい」
ホームに立って珍しく独り言をつぶやく。
近くにいた若い女が俺を見て不審者を見るような目つきで睨む。
普段の俺なら「なに見てやがんだ、コノヤロー!」と心の中で叫ぶのだが。
なぜか今は一人アンナを残してしまったことを悔いている。
ナンパでもされてないだろうか?
また痴漢にあった時どう対処するのか?
俺がいなくても帰れるだろうか?
自分でもわからなかった。
なぜこんなにも彼女のことを心配しているのか。
俺は電車に乗るとすぐにスマホを取り出した。
スマホはいつもの通り、L●NE通知の嵐。
別れて10分も経ってないのに、41件。
どんだけ暇なんだよ、アンナさん。
『タッくん、無事に電車に乗れた?』
『アンナの今日の写真、絶対二人の秘密だよ☆』
『またお風呂入りたいね☆』
『そうだ、夏はプールに行こうよ☆』
『アンナは帰ったらデブリのボニョを観るよ☆』
いちいち報告しすぎなんだよ!
生存報告なら1通でええんじゃ、ボケェ!
「フフ……」
気がつくと俺は笑っていた。
社内の窓に写ったニヤけ顔に嫌気がさす。
なんだかんだ言って、アンナとのやり取りは楽しい。
俺はアンナにL●NEを返す。
『アンナ、今度はいつ取材しようか?』
しばらくするとメッセージではなく、L●NE通話がかかってくる。
俺はマナーモードにしていなかったため、YUIKAちゃんの「幸せセンセー」の曲にびっくらこく。
『もしもし? タッくん!?』
すごく取り乱した様子だった。
「どうした? 今、電車だぞ」
小声で応対する。
『ご、ごめん……今度は遊園地とかどう?』
「ゆうえんち?」
ガキっぽいセンスにアホな声で答えてしまう。
『うん☆ かじきかえん!』
「ああ、懐かしいな」
そうそう保育園の遠足で……って何年前の話だよ!
小学生かよ!
かじきかえんとは、梶木駅周辺にある遊園地のことだ。
都市部にある歴史ある遊園地のため、土地としては規模は小さめ。
どちらかというと、客は小さなおこちゃまが多いイメージだ。
そう、10代の子が行く場所ではない。
何より男の子同士で遊ぶのか?
「マジでかじきかえんか?」
『ダメ?』
甘えた声で聞かれる。
いやん、ドキドキしちゃう。
「いや、構わんが……」
『じゃあ約束ね☆ いつ行く?』
行動力が半端ない! 早すぎだろ。
「そうだな……今週の日曜日でどうだ?」
スクーリングはないしな。
『日曜日だね☆ お弁当、作っていくね☆』
そう言うと一方的に電話を切られた。
何やら忙しそうな様子。
また良からぬサプライズでも用意する気では?
結局、アンナと電話しているうちに真島駅に着いていた。
通話を終えると近くに座っていた老人に
「こりゃあ! このバカチンがくさ!」
と変な博多弁で怒られた。
まあ俺が悪いので、
「すんませんくさ!」
と謝っておいた。
帰宅すると、妹のかなでが仁王立ちしていた。
「お帰りなさい! おにーさま!」
「ただいま。どうした? 推しのキャラでも死んだか?」
「違いますわ! 今までどこに行ってたんですの!?」
これは説教だな。
というか、ラブホとでも答える兄貴がどこにいる。
「それは言えん」
「なんでですの!? 夕刊配達までブッチする理由ですの!?」
ヤベッ! アンナとイチャイチャするのが楽しすぎて夕刊配達忘れてた。
「すまん、忘れてた……」
「毎々新聞の店長さんが心配してましたわよ! 『根暗映画オタクの琢人くんが休むなんて痴漢冤罪で捕まったんじゃないか?』って!」
仕事を休む理由かよ!
店長、俺のことをそんなやつに見てたんかい!
「な訳ないだろ」
「じゃあ真面目なおにーさまが仕事をブッチした理由を聞かせてください、ですの!」
や、やべぇ……かなり怒っているよ、妹ちゃん。
「その……あれだよ。取材、小説の……」
自分でも説得力に欠ける言い訳だと思った。
しかし事実だしな。
ウソは言ってない。
「絶対ッ、ウソですわ! 1000パーセント!」
いや、パーセンテージ高すぎ。
「本当にもう一つの仕事だよ……」
わき汗が滲み出る。
そこへ痛いBLエプロンをかけた琴音ママが登場。
「あら、タクくん。遅いお帰りねぇ」
ニヤニヤしながら俺を見つめる。
「や、やぁ、母さん。ただいま……」
「あら? タクくん、お風呂に入った?」
ギクッ!
「え? お風呂?」
声が裏返ってしまう。
「うん、なんだか石鹸のいい香りがするわね」
「なんでそう思う?」
「だって家の石鹸の香りじゃないわ。うちはそんな高い石鹸買いません」
ニッコリと微笑む母さん。
これは「あたいに隠し事するとBL小説書かすぞ、ゴラァ!」という無言のプレッシャーである。
「そ、それは……」
言葉に詰まっていると妹のかなでが俺のTシャツを掴み、鼻でクンクンと嗅ぐ。
犬かよ。
「お母さまの言う通りですわ! うちの石鹸ではありません! おにーさま、まさか……」
青ざめた顔で絶句し、数歩後退するかなで。
「かなで? お前は何か変なこと考えてないか?」
「おにーさまが童貞を喪失してしまいましたわ!」
ファッ!?
「あらあら……それはお赤飯を炊かないとね♪」
眼鏡が光る琴音さん。
「あのな、お前らいい加減にしろよ……」
俺は拳を作って怒りで震えていた。
だって童貞のままだもの。
「ヒドいですわ!」
泣いて怒鳴るかなで。
「なにがだよ?」
こっちもキレていた。
「どうせヤるならこのかなでと3Pしてくださったら良かったのに!」
そう言って、階段を昇っていく妹15歳。
これでJCなんだぜ? 変態だよな……。
「タクくん」
母さんの背後からは「ゴゴゴゴゴゴッ」と謎のスタンドを感じた。
「なあに、母さん……」
「ヤッちまいな!」
そう言って二階を指差す。
「はぁ?」
「一度、女とヤッたんだろ? ならかなでちゃんも食べちゃえよ!」
食べれるか!
「母さん、誤解だ。俺はまだ童貞のままだ」
息子になにを告白させるんだよ、この家庭。
その後、かなでと母さんの説得に3時間を要した。
俺は焦っていた。
というのも、ここ最近アンナやひなたとのゴタゴタで肝心の小説を書いていなかったからだ。
担当編集の白金から短編でいいから書き上げてこいと言われている。
それを見て編集長が今後の俺の作家としての能力を見極めるのだとか?
まあここはなんでも使っちまえ! と正直、自暴自棄でいた。
生まれてこの方、女の子と縁なんてなかったのに、一ツ橋高校に入学してから、たくさんの人……女性に出会った。
そして、童貞のくせしてラブホテルまで経験してしまったのだ。
テンパるよ、そりゃあ。
だって、人間だもの……その前に童貞だもの。
俺は名前だけ変えて、ひなたも小説のサブヒロインのモデルとして登場させた。
もはや、ノンフィクション作家と言ってもいいな。
映画化でもしたら「これは実話である」なんてエンドロールの前にテロップが出るんだろう。
ああいう映画が一番カッコイイと思うんだよな、個人的には。
タイピングする速度が上がる。いつも以上に。
元々、書きだしたら早いほうなんだが、今回のラブコメ作品に限っては実体験をそのまま書いているので、思い出して書く……これを繰り返すだけだ。
あれ? ブログじゃね?
「よし、できた」
テキストを上書き保存する。
肩をほぐして休憩に入る。
するとスマホが鳴った。
着信名、ロリババア。
クソがっ!
いつも間が良すぎるんだよ。
俺の家をストーキングしてんじゃねーのか?
「もしもし」
『あっ、センセイ! 進捗はどうですか?』
「フッ、できたぞ。王道のラブコメがな」
『ほうほう、それは楽しみですね♪ では、天神でお会いしましょう! ブチッ……ツーツー』
一方的に切りやがった、あんのロリババアが。
まあ夕刊配達まで時間はある。
久々に天神で小説でも物色して帰るか……。
俺はリュックサックにノートPCを入れると、それを背負って真島駅へと向かった。
~1時間後~
俺は天神にある博多社の編集部にいた。
「す、すごい……」
珍しく白金が驚いていた。
「これ……本当に童貞のセンセイが書いたんですか!?」
「失礼なことを言うな!」
かっぺムカつく。
「だって……リアルJKとラブホに入るなんてレアイベントがあって、次の日にヤンキーのヒロインとラブホでコスプレパーティーとか、どんだけリア充なんですか!?」
「う……」
いざ言葉にされるとこっ恥ずかしいものだな。
「これ取材を元に書かれたんでしょ?」
いつになく真剣な眼差しだ。
「ま、まあな……」
「センセイ、モテ期到来じゃないですか!」
いや、モテるのは女の子だけでいい。男が含まれているんだよ。
「それより、ストーリーはどうだった?」
「さい……こうっ! です!」
今まで俺の作品でこんなこと言われたことない。
なんか泣けてきた……。
だって人が一生懸命書いてきたストーリーより、現実世界のことをちょっと書いただけで編集に褒められるとか、作家として終わりじゃん。
「なら……良かったな、はは」
苦笑いして己を諭す。
「あんまり嬉しそうじゃないですね……でも、これなら絶対編集長からOKもらえますよ!」
「そ、そっか……そう言えば一つ質問していいか?」
「なんです?」
「実はその……前も言ったが、取材費のことだ」
「ああ、前も言われてましたね」
「ラブコメを書くには俺は取材が必要だ。だからデート……じゃなかった取材費用を経費で落としてくれないか?」
俺がそう言うと白金は腕を組んで難しい顔をしていた。
「うーん……ちょっと、編集長と相談させてください。返答は後日連絡しますので」
かなり困っているようだ。
なんだかこの時ばかりは白金に罪悪感を感じてしまった。
だって、取材と言えど、俺ってばしっかりデート楽しんでいるからね。
白金はアラサーの独身で寂しいやつだから。
可哀そうなんだよ……草は生えるけど。
「じゃあ、センセイ! 経費のことは後回しにして、とことん青春してくださいね♪」
「今、なんて言った?」
「青春ですけど……」
この俺が青春だと。
「俺は今、青春しているのか?」
「してるじゃないですか♪ 私の言った通り、一ツ橋高校に入学して良かったでしょ♪」
否定できなかった。
確かに白金の命令がなければ、俺は永遠にぼっちだったろう。
「ああ……そうだな」
俺はそう言い残すと博多社をあとにした。
悪くないな……青春ってのも。
天神のメインストリート、渡辺通りを歩く。
北天神へ向かい、一際目立つ真っ赤なビルにたどり着く。
そう。ここはオタクの聖地。
『オタだらけ』
7階建ての最強ビルである。
一階はコミック、二階は男性向け同人誌、三階は女性専用同人誌、四階はコスプレ、五階はゲーム、六階は玩具、七階はヴィンテージもの。
オタクが天神に来たら真っ先にここに向かうものだ。
ああ、福岡市民でよかったぁとステータスを感じちゃう。
俺はすぐさま2階に向かう。
やっぱ同人誌だよな!
お目当てのものを探す。
それは何かというと、タケちゃんのヤクザレイジの同人誌だ。
きっと新作が上映したばかりだから、どっかのサークルが出しているに違いない。
「おっ、これは……」
手に取ろうとした瞬間だった。
「きゃっ!?」
華奢な手が俺の手とペッティング……じゃなかった、触れ合う。
「すまん」
「いえいえ、私の方こそ……ちゃんと見てなくて」
手の持ち主を見ると、白いブラウスに紺色のプリーツスカート。
ん? JKか?
眼鏡をかけたナチュラルボブ……見たことある顔だ。
「お前……北神か?」
「え? あ、新宮くん!?」
この時、俺は彼女の恐ろしさをまだ知らない。
声をかけたことをのちのち、後悔するのであった。
「新宮くんも買い物?」
気さくに声をかける同級生、北神 ほのか。
赤いかごにはどっさりと同人誌が……。
いや、ここの階って男性向けばっかだよな?
「まあな、北神は何かを買いにきたのか?」
どうせ、腐女子のことだ。BLだろうな。
「んとね……今探しているのは『ギャルパン』の凌辱もの♪」
「は?」
俺は耳を疑った。
「あと、『俺ギャイル』のNTRとか、『バブライブ』のハーレムものでしょ……」
おいおい、二次創作の大渋滞じゃないか。
しかもそれ全部、成人向け。
「北神、お前は一体なにを言っているんだ?」
思わず突っ込んでしまった。
「え? 抜ける同人誌の話でしょ?」
「……」
か、勝てない……この女には勝てない!
俺はそう確信したのだった。
黙って背を向ける俺氏。
「あれ、新宮くん? どこへ行くの? 一緒にお買い物しようよ! そして互いに買ったエロ同人を見せ合おうぜ!」
に、逃げられねぇ!
俺って何か悪いことでもしたのだろうか?
罰でも当たったのだろうか?
そうか、二人も連日で女の子をラブホテルに入るというリア充イベントをクリアしたせいか。
分不相応なことをしたため、神は言っている。「お前は根暗オタクだろうが!」だと。
お告げじゃ。
わしにオタクの神が降臨なさったのじゃー!
「ねぇ、新宮くん。こっちなんかどう? 抜けるよね?」
隣りを見れば、眼鏡を光らす変態さんが一人。
クッソエロい同人誌持ってはしゃいでいる。
表紙は触手でぐちゃぐちゃにされたロリっぽいヒロイン。
お巡りさん、こっちです。
「北神、抜くって何を抜くんだよ?」
一応聞いてみる。
「そりゃ、自家発電のことでしょ♪」
笑顔がまぶしい。
なんて清々しいほどの変態発言。
こいつが男だったらマブダチになれたかもしらん。
だが、女だ!
その証拠に成人向け同人誌(男向け)に女子が一人混じっていることで、売り場の紳士たちが困ってらっしゃる。
なんというか、汗臭いキモオタの周りに咲く一輪の花……といったアホな表現がふさわしい。
だって、こういうところって本当に独特の臭いがするんだよ。
みんな必死におかずになることだけ考えて、商品を選んでいるから、なんつーの?
男性ホルモン? フェロモン? わきが?
超くせーんだよ。
だから俺はあまり好まない、というか、ネットで十分だろ。
「新宮くんはエロ同人買わないの?」
その言葉を聞いてか、周りの男性陣はスタコラサッサーと逃げていった。
「北神、もっと声のトーンを落とそうぜ」
紳士たちが可哀そうだ、同じ男として。
「なんで? 好きなものに熱中することって大事じゃない?」
その真剣な眼差し、カッコイイです。
ですが、TPOって知りません?
「言いたいことはわかる……が、お前は女だろう? ここは男性向け売り場だぞ」
「それって男女差別じゃない?」
正論だが、なんか違う。
「いや、差別ではなくてな……俺が言いたいのは」
言いかけたところで、北神は自身の手で俺の口を塞ぐ。
石鹸の甘い香りがしてちょっぴり嬉しい。
「新宮くん、皆まで言うな」
「は?」
「私は可愛い女の子でもイケるし、可愛い男の子でもイケるんだよ!」
突然のバイセクシャルをカミングアウト。
記者会見ならどっか他でやれ。
「言っている意味が分からん」
「だって、可愛ければ性別とか関係なくない!?」
話し方に熱がこもる。
俺にグイッと顔を近づける。
北神……黙ってたら可愛いのにな。
「お前は腐女子なんじゃないのか?」
「ええ、BLは大好物! でも百合も大好物!」
キンモッ!
「じゃあノーマルな恋愛ものは?」
「なにそれ、おいしいの?」
「それは知らん」
未経験の俺に言わすなや!
「だからさっきから言っているでしょ? 可愛さが重要なの。新宮くんだって可愛いければ、男の子でも好きになるかもしれないじゃない」
言われて、なんか胸焼けおこしそう。
「そ、それはない!」
焦って話したせいで声が裏返る。
「ええ……わかんないよ~ 恋愛なんて惚れたら負けでしょ。掘られてもね♪」
サラッと酷いことぬかすな!
「さ、この階は一通り済んだわね。じゃあ次言ってみよう!」
北神はかごから溢れんばかりのエロ同人誌を持ってレジへと向かう。
その後ろ姿は正に猛者だった。
まるでモンスターをハンティングする大剣使いのよう。
俺はタケちゃんの同人誌を一冊手に取ると彼女に続いてレジへ向かった。
レジ前は平日の昼間ということもあってか空いていた。
カウンター上に『今月のオススメ!』と大きなポップが貼られていた。
『真剣十代、ヤリ場! らめぇ、お兄ちゃん! ボクは男の娘だよぉ~』
というタイトル。
そう言えば、かなでのやつ。
昨日は俺がラブホテルから帰って怒ってたもんな……よし、おみやげに買うか。
という思考に至る兄の俺もブッ飛んでいると再認識する。
「すいません、この同人誌、一つください」
「あざーす! 二つで1200円です」
支払いを済ませるとデカいキャリーバッグをカラカラと押してくる北神が待っていた。
どこに隠してたんだ? そんな大きなものを。
「あれぇ、新宮くんって男の娘で抜くの?」
抜かねーよ!
「これは妹のお土産だよ」
「え……」
絶句する北神。
そりゃそうだな、どこの妹がエロ同人の男の娘で喜ぶんだって話だよ。
黙って俯く。
「北神……その……うちの家はだな」
言葉が見つからない。
「……いこう…」
「え?」
「最高じゃない! 新宮くんの妹さん!」
「はぁ!?」
思わずアホな声が出てしまった。
「で、読み専? 書き専?」
食いつき方、半端ない。
鼻息も荒いし、やはりキモいなこの女。
「確か将来はエロゲを作りたい……とか言ってたな」
ちな受験を控えたJCだけどな。
「かぁ~ 志高いね、妹さん! 私もエロ漫画家目指してるんだ♪」
なに言ってんだ、こいつ。
「どっちの?」
百合か、BLか、男性向けか。
「全部!」
はぁ……どこもかしこも変態ばかりだよ!
俺たちはエスカレーターで3階に上がり、女性向けの売り場につく。
「さあ一狩り行こうぜ!」
親指を立てる北神。
こいつ、入学式で初めて会った時はいい子だと思ってたのになあ。
やはりあれだ。三ツ橋高校の福間が言っていたように、通信制高校の一ツ橋はろくなやつがいないな。
あれ、俺も入っているじゃん。
まあ皆色々と事情があるから、通信制という特殊な環境で勉強しているだろうから。
こいつも変態だけどなにかしら理由があるんだろうけど。
ただ同じレベルでは見られたくない。
「狩るもなにも俺はBLなんぞ、買わんぞ?」
その時だった。
スマホからベルが鳴る。
電話に出ると鼻息の荒い母さんの声が……。
『タクくん、今どこ!?』
何やら焦っている様子だ。
「どうした、母さん。今天神だよ」
『あのね、お客さんと話してたんだけど、新作のBL同人が熱いらしいのよ!』
「は、はぁ……」
『だからね、買ってきて!』
こんの腐れ外道が!
「わかったよ、んでタイトルは?」
俺ってば超親孝行。
『さすが我が息子ね』
うるせー。
『タイトルはメールで送っておくわ!』
そう言うとブチッと電話を切られた。
すぐにメールが送られてきた。
『俺のハッテン場はヤリ目だらけ』
「酷いタイトルだ……」
「どうしたの?」
北神が一連のやり取りを見て、ログインしてくる。
「いやな、うちの母親はBL好きで同人買ってこいって」
「なんですって!?」
口を大きく開く北神。
かなり驚いた様子だ。
さすがの北神もここまで変態一家だとドン引きか……。
「新宮くん!」
「え?」
「君はサラブレッドよ」
「あぁ!?」
柄にもなくオラッてしまった。
「最高の家庭環境ね!」
その立てた親指をへし折ってやりたい。
「さ、お母さまのBL同人、一緒に探そうぜ!」
「北神……お前ってそんなキャラだったか?」
本当、こいつ。黙ってればいいやつなんだけどな。
「私は産まれた時からこんな感じよ♪」
絶対ウソだろ。
その家庭、機能不全家族だろ?
「ねぇ、新宮くん……このあとちょっとお茶しない?」
なぜかモジモジとする北神。
可愛いところもあるのね。
「別に構わんが?」
「じゃあ、同人買ってエロゲ買って、エロフィギュア買って、エロポスター買ってからにしましょ!」
「……」
そこまでするぅ?
俺はこのあと吐き気を感じながら、北神の買い物に付き合わされた。
なにをやっているんだろう、俺。