「は、入っちゃったね……」
 そんな床ちゃんとお友達で顔を真っ赤にさせちゃって。
 これじゃミハイルのときと変わらんぜ?
 無理をさせてしまって、なんだか申し訳ない。
「そうだな、まあ取材だからな」
「うん……」
 俺は2回目ということもあってか割と落ち着いていた。

「まあ座ろう」
「そうだね……」
 顔が引きつっとるよ? 2回目の取材がラブホとかイキスギィ~なカノジョさんだよね。

 アンナをソファーに座らせると俺はリュックサックを床に置いて、一人で部屋を探索することにした。

 部屋の中は豪華なシャンデリアにダブルベッドが二つ……4人でするの?
 それからスロット機も2台。大型テレビが一台。
 奥に入るとなぜか風呂が二つもあった。
 一つはごく普通の浴室。もう一方はガラスで室内から丸見えのスケベなジャグジーだ。
 ラブホ初心者が入るべきところじゃなかったな……。
 この部屋はきっと乱交パーティーにでも使われる所なのでは?

 一通り部屋を物色すると、アンナの元へ戻る。
 当の本人はガチガチに固まっており、時折「ネッキーが一匹、2匹……」などと呟く。
 壊れちゃったよ。

「アンナ、大事ないか?」
「だ、大事にしてね……」
 なにを言っているんだ、この子。
「いいか? アンナが行きたいというから取材として来たが、今日は何もしないぞ?」
 一応、釘を打っておく。
 というか、少しでも安心してほしかった。

「な、なにもしないの?」
 ギギギッ……と軋むような音が聞こえる。
 恐らくアンナが首を回しているからだろう。
「ああ、なにもしない。だから安心しろ。俺はこう見えて紳士だ。合意のないそういう……行為は最も嫌いとする」
「タッくん……優しい」
 頬を紅く染めて、彼女はうっとりと俺を見つめる。
 見直してくれたのはありがたいが、男二人でラブホに入るのは二度とごめんだぜ。

「普通だろ? 合意なき行為は犯罪だ。俺は物事をハッキリさせたい性格なんだ。そんなグレーどころか真っ黒なコトは絶対にしない」
「か、かっこいい……」
「え?」
「かっこいいよ、タッくん!」
 なぜか俺の両腕を掴み、微笑む。
 こういう場所だぞ? ドキドキしちゃうだろ……。
 その気になっちゃうから、誤解することはやめてね?
 合意と見なすよ。

「と、取り合えず、メシでも食うか?」
 目の前のテーブルにメニューが置いてあるのに気がつく。
「うん! アンナ、ホテルでご飯食べるのはじめて☆」
 いや俺もだよ、しかもここは普通のホテルではないからね?

 俺はカツカレー。アンナはパスタを選んだ。
 注文を決めたので、俺がフロントに電話をかけようとしたときだった。
「ね、ねぇ……これも頼もうよ」
 振り返るとアンナは頬を赤くしていた。

「なんだ?」
 俺が問うと彼女は黙ってラミネートされた用紙を俺に差し出す。

『コスプレ 無料貸出♪』
~これでマンネリも撃退!~

「……」
 絶句する俺氏。
「か、勘違いしないで……一万円も払ったのに何もしないのは勿体ないでしょ?」
 ええ!? ヤル気マンマンですか!?

「ま、待て、アンナ。どういうことだ?」
 思わず生唾をゴックン。
「取材じゃない? アンナとタッくん……。だからこういうのも体験しておかないと小説に書けないかなぁ? って思って。ただそれだけ、何もないからホントに」
 マ、マジっすか!?
「そういうことか…それもそうだな!」
 声が裏返る。

「タッくんは何番がいい?」
 ちなみにコスプレの番号のこと。
 
 勇者タクトのターン。
 選択肢は8つ。
 1番喪服、2番ナース、3番セーラー服、4番婦警さん、5番レースクイーン、6番メイドさん、7番体操服(ブルマ)、8番スクール水着(90年度版)
 いや、最後だけ限定されすぎだろ。
 オーナーの趣味か?

 迷う……迷っちまうぜ。
 俺色にアンナを染め上げるならどうする?
 メニューと彼女を交互に見比べる。
 その回数、1秒に20回ぐらい。首が折れそう……。
 今日のファッションはとてもガーリーだ。
 なるべく彼女のイメージは壊したくない。
 喪服は絶対にないな。
 ミニスカートだったため、座っていると自然と裾が上がっていた。
 彼女の細くて色白の美しい太ももが嫌でも目に入る。

「タッくんの目、何かいやらしい……」
 ジト目で呆れかえるアンナさん。
 いや、ハードルあげたのご自分でしょ?
 こういう時、男ってのはテンパるもんなんすよ!

「む、むぅ……どれも捨てがたい」
「フフ…おかしなタッくん☆」
 嬉しそうに笑うアンナはどこか意地悪そうだ。
「俺は真剣だぞ」
 マジと書いて。

「ゆっくり考えて」
「そ、そうさせてもらう!」
 鼻息が荒くなる。
 レースクイーンは行き過ぎだろうな。かと言って体操服は見てみたいが彼女……いや彼の『ミハイル』さんが股間からふっくらしそう、という危険性を考慮しなければ。

「決めた! 6番で!」
「えっと確か…メイドさん?」
「そうだ! 俺はメイドカフェというものを知らん。だからアンナにはメイドさんになってほしい」
「いいよ☆ アンナがご奉仕してあげる☆」
 アンナさん……天使じゃないですか!
 
 こ、これは何事もなく終われるのか……?

 俺は右手に拳を作ると、電話を取る。
『トゥルル……ブチッ。はい、フロントです』
「あ、あの、ろ、6番!」
『は?』
「6番でおなーしゃす!」
 緊張で声がブレッブレ。
 そこへアンナがすっと横から耳打ちする。
 彼女の小さな声が俺をドキドキさせる。
「タッくん、コスプレの6番って言って」
「あ、そうだった。すいません…コスプレの6番で」
 ナイスパス、アンナちゃん。
『メイドさんでよろしかったですか?』
「はい」
『では、お部屋へお持ちいたしますので、少々お待ちください……』

「ふぅ……頼めたな。ありがとう、アンナ」
「ううん、私は大したことしてないよ?」

 だがこのあと気づくことになる、そう肝心の昼飯を頼み忘れたことを……。