俺とひなたは支払いを割り勘で済ますと、博多駅へと足を向けた。
外は既に真っ暗。
スマホを強制的に電源を切られたため、時間は知らんが20時は超えているだろうな。
博多駅は駅の上に高層ビルが複数連なっている。
左からバスターミナル、博多シティ、KIDE、JPビルの順だ。
この三つだけでもかなりの敷地を使っているのだが、まだまだ合体し足りないようだ。
博多駅を増築しまくる計画があるのだとか……。
「随分、変わったな……この街も」
ふと寂しさを感じる。
「なんですか、センパイ。おっさん臭い」
おらぁ、まだそんな年じゃねぇ!
「いや、博多駅がここまで変わっていくのに……自分は変化がないと思ってな」
「……やだなぁ、センパイは十分変わってますって!」
といつつ、人の背中をバシバシと叩くひなた。
「いってぇ……なあさっき聞きかけたがひなたの家はどこだ?」
「い、今なんて言いました?」
顔を赤らめるひなた。
「え、家」
「違いますよ! その……な、なま……」
「だから家」
「知らない!」
こいつは本当に忙しい女だな。
「家は梶木です」
梶木とは俺の住む真島から二駅離れた地区だ。(博多寄り)
「なるほど。俺と近いな」
「え? センパイはどこなんですか?」
「俺は真島だ」
「うわ! 自転車で行けるレベルじゃないですかぁ~」
中学生かよ。
「まあそうだな」
俺は自転車ではいかんが。
改札口を通り、列車に乗る。
列車は空席が目立つ。
二人してお見合いの形で対面式に座る。
「真島って有名な店がありますよねぇ」
「そんなんあるか?」
「えっと……BLってわかります?」
わかるよ、嫌気がさすぐらい。
「痛いBLショップがあるって三ツ橋高校では有名なんですよね。店主はガチホモで、その子供もホモガキ。それから、これは裏情報ですけど……店のトイレではハッテン場にもなっているとか?」
噂に尾ひれ! 尾ひれつけ過ぎィ!
「へ、へぇ……その店の名前はなにかな?」
「確か……貴腐人」
「それ、俺のかーさんの店」
「……ウソ」
「ホント」
「「……」」
それからひなたのやつは、なにかを察したのか無言を貫いた。
『梶木~ 梶木~』
「じゃ、下りるか?」
「え、いいですよ。わざわざ下りなくても……」
「いや、夜道を女子一人で歩かせるのは、俺のルールに反する」
紳士的判断!
「そんな……いつも塾帰りとか…これぐらいの時間になるのに……ブツブツ」
なにをボソッと喋りよるか。ハッキリ言わんか。
俺とひなたは列車から下りると、梶木駅の改札口を出る。
「家は近いのか?」
「歩いて10分ぐらいです」
頬を紅く染めて、一歩後ろにさがる。
なんでこんな時は遠慮がちかね?
梶木駅も博多駅まではデカくないが、ビルと駅舎が一体化しており、複数の店がある。
駅ビルを出て、『セピア通り』をしばらくまっすぐ歩く。
少しすると左手に回り、『梶木キラキラ商店街』に入った。
地元の真島商店街とは違い、道幅も広く、店もオサレ~なのが多い。
しかも、真島より商店街の規模がデカい。
商店街の入り口から長~い道のりだ。
なので、出口がすぐには見えない。
「くっ! 真島の負けだ!」
「なにがです? 真島もいいところじゃないですか」
「嫌味に聞こえるが」
「だって同じ福岡市じゃないですか」
嘲笑すんな。
かっぺムカつく!
やはり梶木民は福岡市民としての民度が高い。
俺らが住んでいるギリギリ福岡市内の真島とは大違いだ。
店もオサレ度も段違いだ。
福岡市民……いや福岡県民は地区ごとにおいて、競争意識や地区によって差別しがちだ。
博多や天神、大名に近いほどステータスを感じていいのだ。
梶木は博多からそんなに近いわけではない。
だが、昔から何かとオサレ度が高いことで有名だ。
居酒屋もレパートリー多いし、オサレな古着屋、もっちゃん饅頭とか……。
度々、ローカルテレビ局にて取材される街なのだ。
「しかし梶木もまた色々と変わったな」
「いちいちおっさん臭いですよ」
梶木キラキラ商店街を抜けると、真島にもあるスーパー『ニコニコデイ 梶木店』が見えた。
「ほう、梶木にもニコニコデイが進出しているとは」
「失礼なニコニコデイぐらいありますよ!」
ぐらいとはなんだ! これだから梶木民は!
ニコニコデイの前には大型道路、国道3号線が流れている。
大型の立体交差点があり、横断歩道がないため、強制的に歩道橋をあがる。
歩道橋を渡ると、博多湾に隣接する梶木浜方面へと進む。
梶木駅と梶木浜の中間ぐらいに、ひなたの住む家があった。
比較的新しい建物で、オートロック式のマンション。
しかもかなりの高層建築。
チッ! なぜ人間は空を飛べないくせに、天空へと近づきたがる?
お城が宙に浮いているとでも言いたいのか?
「あ、ここまでいいですよ♪」
「ふむ、そうか……しかし、デカいマンションだな」
「私は産まれてからずっとこのマンションですよ?」
「お値段のほどは?」
「そ、それは知らないです……パパが買ったので」
買ったってことはもうローン払いおわってんのか!?
それとも一括払いですか?
「そう言えば、有名人もたくさん住んでいるんですよ」
「は?」
「ミュージシャンとかお笑い芸人とか……」
「どうせローカルだろ」
これ博多あるある。
「違いますってば! 東京の方々ですよ♪」
めっさ笑ってはる。
どうせ真島に芸能人は来ませんよ!
「じゃあな」
バリムカついたので背を向ける。
「あっ、待ってください!」
呼び止められて、振り返るとひなたは手にスマホを握っていた。
「あ、あの……L●NE交換しませんか?」
「ダメだ」
「……なんでですか!? アンナちゃんとは交換してたじゃないですか!?」
「L●NEは既読スルーという、いじめが横行しているのを知らんのか?」
ダメ、ゼッタイ!
「しませんよ! そんなこと……」
「まあどちらにしろ、アンナとしか連絡できないように設定している……らしい」
「はぁ!?」
ブチギレですやん。
「仕方ないだろ。特殊な取材対象でな。電話番号とメルアドなら構わんぞ?」
「今時、電話とかメルアドとか古くないですか!?」
悪かったな! 古くて!
俺は口頭で、自身の連絡先をひなたに教えた。
ひなたは不満げにブツブツとぼやきながら、マンションの中に入っていった。
彼女が帰ったことを確認すると、やっとのことでスマホの電源を入れる。
起動した瞬間だった。
YUIKAちゃんの可愛らしい歌声が……あ~癒されるぅ~
のも束の間。
着信名、アンナ。
忘れてた……てへぺろ☆
『タッくんのバカッ!』
電話を出た瞬間、アンナからのお叱りを受けた。
「す、すまん……」
『なんでスマホの電源切るの!? アンナがそんなに嫌いなの?』
怒ってはいるが、泣いてもいるようだ。
声が震えている。
どうやらかなり心配させてしまったらしい。
罪悪感が湧く。
「ち、違うんだ…アンナ、落ち着いて聞いてくれ」
『バカッ! タッくんのバカちんがっ!』
あ~、例の熱血先生のものまね?
『心配したんだからね!? なんであんな女の子と仲良くしてたの!?』
フラバるラブホ。
「あれは……その偶然なんだ。そう、事故だよ」
なんかアタフタしてダサイな、今の俺。
これが噂に聞く浮気男の言い訳か?
『今、どこ!? あの女は!?』
「家まで送ったよ。もういない。俺は今、梶木だ」
『……家まで送ったの? アンナの家にはまだ来てないのに』
ドス聞いた声で超怖いじゃん、アンナさん。
それにあーたの家には行ったことあるでしょ? ミハイルさん。
「すまない……」
『アンナのタッくんを盗ろうとするなんて、最低っ!』
ええ……いつからアンナさんの所有物になったんすか?
『明日!』
「なにが?」
『明日、アンナと取材して!』
は? 頭、壊れてない?
「取材? どこに?」
『もちろん、あのあざとい女と行ったところ!』
「え……どこのこと?」
『なんか大きなベッドのあるところ!』
「そ、それは……行けないと思うぞ」
『なに? あの子とは行けて、アンナとは行けない場所なの?』
「いや、行けなくはないが……場所が場所なだけにな」
『取材だからいいの! じゃあ明日のお昼ごろに行こうね☆』
俺が返答する間もなく、一方的に電話を切られてしまった。
「……」
深呼吸したのち……。
「えええええ!? 男同士でラブホにいくのおぉ!?」
気がつくと、俺は梶木の夜空に向かって叫んでいた。
~次の日~
俺はアンナにひなたと過ごした場所を、しつこくL●NEで聞かれたが、恥ずかしいというか、罪悪感からラブホであることを伝えらえれずにいた。
そして、博多駅周辺であることだけは伝えられた。
アンナはそれを聞いて喜び、「楽しみだね☆」とメッセージ。
なにを期待しとるんじゃ、この子。
とりあえず、午前11時頃に博多駅に『黒田節の像』で待ち合わせになった。
スマホを見ると現在の時刻は『9:23』。
まだ時間に余裕があるな。
自室のデスクの上にノートPCを開き、久々にタイピングする。
が……昨晩のひなたとの出来事を思い出してしまい、筆がとまる。
彼女が言った通り、アンナの対抗馬としてサブヒロインとして取材もありかな。
そうこう考えているうちに頭がぐちゃぐちゃになってしまった。
ふと思う。
一体、俺はなにをやっているんだろう?
最近は博多駅にばかり行っている。
一ツ橋高校へ入学するまではそんなに足を運ばなかったのに……。
財布を取り出すと野口英世さんが2人。
金が気になり、担当編集の白金に電話をした。
「なあ、取材は経費で落ちるか?」
『うーん、取材の内容によりますよ? 映画のDVDとかタケノブルーは自分で買ってくだいねぇ~』
どうでもいい感じで話しやがる。
こいつ、鼻をほじってるだろ。
「今回のは真面目だ」
『へぇ~ エロゲとか? YUIKAちゃんの新曲?』
ムカつく!
俺はエロゲは全部既読関係なしに全スキップするタイプなんだよ!
YUIKAちゃんの新曲は予約したわ!
「違う! その……以前話したヒロインとの取材費だ」
『というと?』
「今回はラブホテルだ……」
『ブッ!』
どうやら何かを飲んでいたらしい。吹き出す音が聞こえる。
『な、なにを言っているんですか! ヤルならてめぇの金で払いなさい!』
的を得ているのだが、後半は私情が入っているな。
「ヤラないよ。ラブコメのためにラブホテルがどんなところ見てみたいんだ……見るだけだよ」
『本当に見るだけですか?』
えらく冷たい声だな。見るだけに決まってんだろ。男同士なんだから。
「ああ、見るだけだ。取材対象と行く」
『なんだと、このクソウンコ小説家! のろけかよ!?』
いやいや、のろけるわけにはいかないからね。
「勘違いするな。彼女はあくまで俺の取材対象であり、恋愛関係には至らない……というか至れない」
『ど、どういうことです? センセイの童貞を捨てるチャンスなのに!?』
俺の童貞喪失は俺が決める!
「それで、今後の彼女との取材……つまりデートは経費で落ちるか?」
『難しいところですね。だってまだ原稿も書けてないでしょ』
「う……」
『ほら見てください。そうですねぇ~ じゃあ今回の取材に関してはレアイベントなので、経費で落としましょう。センセイにはもう二度と行くことのない場所ですから』
殺す!
「助かる」
『ですが、今回までです。それまでに原稿を短編レベルでいいので書き上げてください。それが編集長のお目にかなうのならば、そのまま来月の『ゲゲゲマガジン』に掲載したいと思います』
ゲッ!
「ま、マジか……」
『大マジです! 正直いってDOセンセイのブームはもう去ったんですよ? オワコン作家なのに編集部の恩情でどうにか経費で落としてあげている存在なんですから。もうこれは最後の賭けなんです』
俺ってそこまで切羽詰まってたの!?
「つまり今回のラブコメが売れなかったら……」
『ええ、博多社ではもうセンセイの面倒は見れません。その時はオンライン小説にでもあげてくださいな』
サラッと酷いこと言いやがるな……だが、ピンチはチャンス!
怒りも湧いてくるが、同時に作家としての意地が炎上する。
燃えてきたぜ。
「いいだろう。必ずモノにしてやる」
『へっ、ダンナも物書きの端くれってことっすね』
うるせー! 人がカッコよく決めたのに!
「俺は今から取材に行ってくる、じゃあな」
そう言って、電話を切ろうとした瞬間、白金のキンキン声が俺を呼び止める。
『ま、待ってください!』
「なんだ?」
『もし事に及んだときはちゃんと、避妊しないとダメですよ♪』
ブチッ! 雑に切ってやった。
「ふぅ……」
男同士で赤ちゃんって作れたんですかねぇ~
俺は昨日の今日で博多駅に舞い戻っていた。
一体何回、博多にくれば気が済むんだ?
初デートのときのように黒田節の像の前で待つ。
遅い……。
待ち合わせ時間は10時なんだが。
かれこれ、30分も待っている。
なぜミハイルのときは俺より1時間ぐらい早くついているストーカー仕様なのに、アンナのときはこんなに時間がかかるんだ?
「お、お待たせ!」
「……」
思わず見とれてしまった。
オフショルダーのブラウスにチェック柄のプリーツミニスカート。
前回会った時よりもアンナの白く透き通った素肌が、自然と目に入る。
ドキドキが止まらない。
「どうしたの? タッくん?」
首をかしげて俺の顔をのぞきこむ。
「いや……可愛いなって、思って」
「ホント? この服、タッくんが嫌いじゃないかって心配だったんだぁ」
そっちじゃないって。
おめーさんだよ。
「じゃ、じゃあ行こうか?」
「うん☆ ところでどこにいくの?」
い、言えね~
ラブホだよ☆ とでもいえばいいのか?
「そうだな……まあ個室だ」
間違ってはいないぞ、俺。
「個室? ご飯屋さん? カラオケとか?」
健全すぎて草。
「着いてからのお楽しみだ」
「ふーん」
アンナは何も知らない。
いや、知らなくてもいいことを知ろうとしているのだ。
ねーちゃんのヴィッキーちゃんにバレたら殺されそう。
俺はアンナと一緒に例の場所へ向かった。
前回、ひなたと行ったときは俺からラブホに誘ったわけではないので、システムなどまったくわからん。
初心者。
わたし……はじめてなの。
ラブホテルの前につくと、アンナの顔は真っ青になっていた。
「これって……」
「ああ、ラブ……ホテルだ」
「そ、そうだったんだ……」
ドン引きじゃないですか。
「誤解するなよ、アンナ。俺はこの前、ひなたというJKを助けて、気絶していたところを介抱するために担ぎ込まれたにすぎない。なにもしていないぞ?」
アンナが顔をしかめる。
「ひなた?」
ちょっと、アンナさん? 顔がオコだよ? 可愛い顔しているけどさ。
「ああ、この前助けたJKだよ。俺の通っている一ツ橋高校の全日制コースの生徒だ」
「そうじゃなくて、なんで下の名前?」
声が冷たい!
「いや……赤坂 ひなたって言うんだがな。彼女が下の名前で呼べと言うんだ。なんでもひなたは俺のラブコメ作品の取材対象になりたいそうだ」
俺がそう言うと、アンナは黙ってうつむく。
元気がないようには思えない。
冷たい風が彼女の美しい金色の髪を揺らす。
拳を作り、なにかを決意したように見える。
「許さない……アンナのタッくんを……」
俺の勘違いだとは思うが、彼女の目から燃え盛る炎を感じた。
「いく!」
「へ?」
「ひなたっていう子がタッくんのはじめてを奪っていいわけがない!」
その言い方だと誤解されません?
俺、まだ童貞ですよ。キスもしたことないのに。
「さ、早く入ろう!」
アンナは俺の手を強く握りしめる。
嬉しいんだが、握力よ。痛すぎる。
こういうところは男だよな。
「ちょ、ちょっと待て。アンナ」
「なに?」
目、目が怖いって。
「わかっているのか? ラブホテルだぞ? 俺とアンナはまだ出会って2回目だ。初回から取材するには早すぎないか?」
だって2回目でヤッちゃうビッチってことだぜ?
「なにか問題ある?」
サイコパスじゃん。
俺の意思は?
「さ、早く入りましょ☆」
「は、はい……」
俺は彼女の圧に耐え切れず、強引にラブホテルの門をくぐった。
中に入ると異様な空気が漂っていた。
なんというか、ムンムンした感じ?
熱気を感じる。
それに換気されてないのか、嫌な臭いがする。
俗に言うイカ臭いってやつ?
アンナを見ると勢いで入ったはいいが、やはり緊張していて、縮こまっている。
ガッチガチじゃん。
「大丈夫か、アンナ? やはり出ようか?」
「だ、だいじょうぶ……だよ?」
額から汗が滝のように流れているんだが。
「チェックインしましょ……」
「ふむ…」
合意のないホテルへの連れ込みはタブーと聞くが、これはアンナの許可をもらったと思っていいのだろうか?
入口近くにタッチパネルがあり、部屋の番号と室内の写真が表示されていた。
明るく光っている部屋が空いているようで、暗くなっているところは使用中……ということか。
まあ、昼間から元気ねぇ~
空いている部屋は1つのみ。
一番上の階でなにやら、豪華な部屋だ。
ベッドもダブルベッドが二つもあり、ジャグジー、スロット機、大型テレビ完備。
ちょっとしたホテルより豪華じゃん。
値段を見ると一万円……。
マジかよ! ふっざけんなよ。
貯金下ろしといてよかったぁ。
俺はボタンを押して、少し奥にある受付に向かった。
受付の人間は見えず、スモークガラスによって従業員の顔も俺たちの顔も互いに確認できないようになっている。
どうしていいか、わからず突っ立っているとガラスの向こうから声をかけられた。
「一万円になります」
ガラスの下の部分から手がニョキッと出てきて、トレイが雑に出される。
感じ悪いな。
「領収書もらえます?」
「はぁ? ないですよ、そんなもん」
ま、マジかよ。領収書は自分で書いてしまえ!
一万円も払えるか。
俺は支払いを済ませ、アンナと共にエレベーターへ向かう。
一番上の階は6階。
最上階だ。
エレベーターが開いたとき、やはり前回のように別のカップルと鉢合わせする。
一人は中年のおっさん。パートナーには不釣り合いの若いお姉さん。
脂ののった中年はかなりダサい。
対してお姉さんはタイトなミニスカで戦闘力が高い。
夫婦じゃないな……いけない関係じゃね?
「おっと、ごめんね」
ニヤつくおっさん。
そう言うと、お姉さんの肩を抱いて立ち去ろうとする。
だが、すれ違いざま、隣にいたアンナを見て、舌なめずりしていた。
キモッ!
だが、こいつは男だぞ?
俺とアンナはエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。
アンナはラブホテルに入ってから無言を貫いている。
顔を真っ赤にしてうつむいているのだ。
そりゃそうだろ、勢いだもんな。
「本当にいいのか? アンナ」
再度、確認する。
あとから文句を言われたら、困るしな。
「い、いいよ……タッくんの好きなことは全部、好き…だから」
俺がいつラブホテルを好きって言ったかね?
「そうか…」
チンッ! とベルが鳴り、目的地についたお知らせを受ける。
6階につくと、前回とは違い、廊下が短いことが確認できた。
そのことから一万円という高額な意味を一瞬で理解する。
この部屋、いやこの階を貸し切り状態なのだ。
広大な敷地を全部、俺たちが一万円で借りたのだ。
所謂、VIPルームとかいうやつだな。
扉の上の表札がチカチカと点灯している。
「来いよぉ 早くやっちまえよ~」とでも言いたげだな。
俺はドアノブに手を回した。
扉を開き、固まっているアンナを見つめる。
「さ、入ろう」
「うん……」
入るときと状態が逆転してしまったな。
こういうところは俺が率先してやってあげないと。
あれ? 俺、アンナのことをガチで女の子扱いしてない?
「は、入っちゃったね……」
そんな床ちゃんとお友達で顔を真っ赤にさせちゃって。
これじゃミハイルのときと変わらんぜ?
無理をさせてしまって、なんだか申し訳ない。
「そうだな、まあ取材だからな」
「うん……」
俺は2回目ということもあってか割と落ち着いていた。
「まあ座ろう」
「そうだね……」
顔が引きつっとるよ? 2回目の取材がラブホとかイキスギィ~なカノジョさんだよね。
アンナをソファーに座らせると俺はリュックサックを床に置いて、一人で部屋を探索することにした。
部屋の中は豪華なシャンデリアにダブルベッドが二つ……4人でするの?
それからスロット機も2台。大型テレビが一台。
奥に入るとなぜか風呂が二つもあった。
一つはごく普通の浴室。もう一方はガラスで室内から丸見えのスケベなジャグジーだ。
ラブホ初心者が入るべきところじゃなかったな……。
この部屋はきっと乱交パーティーにでも使われる所なのでは?
一通り部屋を物色すると、アンナの元へ戻る。
当の本人はガチガチに固まっており、時折「ネッキーが一匹、2匹……」などと呟く。
壊れちゃったよ。
「アンナ、大事ないか?」
「だ、大事にしてね……」
なにを言っているんだ、この子。
「いいか? アンナが行きたいというから取材として来たが、今日は何もしないぞ?」
一応、釘を打っておく。
というか、少しでも安心してほしかった。
「な、なにもしないの?」
ギギギッ……と軋むような音が聞こえる。
恐らくアンナが首を回しているからだろう。
「ああ、なにもしない。だから安心しろ。俺はこう見えて紳士だ。合意のないそういう……行為は最も嫌いとする」
「タッくん……優しい」
頬を紅く染めて、彼女はうっとりと俺を見つめる。
見直してくれたのはありがたいが、男二人でラブホに入るのは二度とごめんだぜ。
「普通だろ? 合意なき行為は犯罪だ。俺は物事をハッキリさせたい性格なんだ。そんなグレーどころか真っ黒なコトは絶対にしない」
「か、かっこいい……」
「え?」
「かっこいいよ、タッくん!」
なぜか俺の両腕を掴み、微笑む。
こういう場所だぞ? ドキドキしちゃうだろ……。
その気になっちゃうから、誤解することはやめてね?
合意と見なすよ。
「と、取り合えず、メシでも食うか?」
目の前のテーブルにメニューが置いてあるのに気がつく。
「うん! アンナ、ホテルでご飯食べるのはじめて☆」
いや俺もだよ、しかもここは普通のホテルではないからね?
俺はカツカレー。アンナはパスタを選んだ。
注文を決めたので、俺がフロントに電話をかけようとしたときだった。
「ね、ねぇ……これも頼もうよ」
振り返るとアンナは頬を赤くしていた。
「なんだ?」
俺が問うと彼女は黙ってラミネートされた用紙を俺に差し出す。
『コスプレ 無料貸出♪』
~これでマンネリも撃退!~
「……」
絶句する俺氏。
「か、勘違いしないで……一万円も払ったのに何もしないのは勿体ないでしょ?」
ええ!? ヤル気マンマンですか!?
「ま、待て、アンナ。どういうことだ?」
思わず生唾をゴックン。
「取材じゃない? アンナとタッくん……。だからこういうのも体験しておかないと小説に書けないかなぁ? って思って。ただそれだけ、何もないからホントに」
マ、マジっすか!?
「そういうことか…それもそうだな!」
声が裏返る。
「タッくんは何番がいい?」
ちなみにコスプレの番号のこと。
勇者タクトのターン。
選択肢は8つ。
1番喪服、2番ナース、3番セーラー服、4番婦警さん、5番レースクイーン、6番メイドさん、7番体操服(ブルマ)、8番スクール水着(90年度版)
いや、最後だけ限定されすぎだろ。
オーナーの趣味か?
迷う……迷っちまうぜ。
俺色にアンナを染め上げるならどうする?
メニューと彼女を交互に見比べる。
その回数、1秒に20回ぐらい。首が折れそう……。
今日のファッションはとてもガーリーだ。
なるべく彼女のイメージは壊したくない。
喪服は絶対にないな。
ミニスカートだったため、座っていると自然と裾が上がっていた。
彼女の細くて色白の美しい太ももが嫌でも目に入る。
「タッくんの目、何かいやらしい……」
ジト目で呆れかえるアンナさん。
いや、ハードルあげたのご自分でしょ?
こういう時、男ってのはテンパるもんなんすよ!
「む、むぅ……どれも捨てがたい」
「フフ…おかしなタッくん☆」
嬉しそうに笑うアンナはどこか意地悪そうだ。
「俺は真剣だぞ」
マジと書いて。
「ゆっくり考えて」
「そ、そうさせてもらう!」
鼻息が荒くなる。
レースクイーンは行き過ぎだろうな。かと言って体操服は見てみたいが彼女……いや彼の『ミハイル』さんが股間からふっくらしそう、という危険性を考慮しなければ。
「決めた! 6番で!」
「えっと確か…メイドさん?」
「そうだ! 俺はメイドカフェというものを知らん。だからアンナにはメイドさんになってほしい」
「いいよ☆ アンナがご奉仕してあげる☆」
アンナさん……天使じゃないですか!
こ、これは何事もなく終われるのか……?
俺は右手に拳を作ると、電話を取る。
『トゥルル……ブチッ。はい、フロントです』
「あ、あの、ろ、6番!」
『は?』
「6番でおなーしゃす!」
緊張で声がブレッブレ。
そこへアンナがすっと横から耳打ちする。
彼女の小さな声が俺をドキドキさせる。
「タッくん、コスプレの6番って言って」
「あ、そうだった。すいません…コスプレの6番で」
ナイスパス、アンナちゃん。
『メイドさんでよろしかったですか?』
「はい」
『では、お部屋へお持ちいたしますので、少々お待ちください……』
「ふぅ……頼めたな。ありがとう、アンナ」
「ううん、私は大したことしてないよ?」
だがこのあと気づくことになる、そう肝心の昼飯を頼み忘れたことを……。
はじめてのラブホ飯はかなりまずかった。
これならどっかで軽食とった方がマシってレベル。
俺のカツカレーもうっすいカツで、駄菓子のカツじゃないよね? って怒りの電話を入れたかった。
アンナもパスタが味が薄いと顔をしかめる始末。
やはり『行為』優先だから味は無視か?
「ふぅ、あまり旨いものではなかったな」
「う、うん……」
さすがのアンナもドン引き。
しばらくすると、部屋のチャイムが鳴った。
どうやらコスプレのご到着のようだ。
「はい、こちらです…」
陰気なおばさんがお届け。
目も合わさずにブツだけ渡すと足早に去っていった。
やはりアレか? 俺とアンナが行為に及ぶとでも疑っているからか。
いや、しないし無理だからね。
「ん? なんだこれ……」
渡されたハンガーは二つ。
俺たちが頼んだのは一つだけなんだが……。
ドアを閉めて部屋に戻るとアンナが、チラチラとこちらをうかがっている。
「どうかした? タッくん……」
頬を赤らめて、上目使い。
可愛いやっちゃのう。
「いやな…頼んだのは一つなのに二つあったんだよ」
ハンガーには薄い布で覆われていて、中が確認できなかった。
俺が布を外すとそこには目を疑うものが……。
「こ、これは……」
サテン製のピンクメイド。
しかもかなりのミニ丈。
パンモロになるのでは?
「すごい! カワイイ~☆」
手を叩いて喜ぶアンナ。
ああ、ピンクだからか?
「もう一つはなに?」
首をかしげるアンナ。
「俺は頼んでないぞ」
「開けてみて」
「うむ…」
俺が最後の一つを開けると、アンナは顔を真っ赤にしていた。
わぁい! やったやった!
みーんな、だいすき! スクール水着(90年度版)
「……」
絶句するアンナ。
「こ、これは何かの間違いだ、アンナ。着なくていいぞ?」
俺までうろたえる。
ホテルの従業員め、なにをやっているんだ!?
ちょっと嬉しいサプライズじゃないか!
「タッくんは……見たい?」
「え?」
「その……水着」
身体をモジモジとさせて、こちらの顔を伺う。
「俺がか?」
「うん……タッくんが見たいならいいよ?」
マ、マジで!?
しかし、ええのんか。
「見てもいいのか?」
「だって、どうせそのメイドさんもかなりのミニだからパンツ見えちゃいそうだし……水着なら見えても平気だから」
なるほど!
「ならば、依頼しよう。俺は見たい」
「じゃ、じゃあちょっと待ってて……」
彼女は静かにハンガーを受け取ると、スッと更衣室へ向かった。
もう覚悟を決めた顔のようだ。
パタンと引き戸が閉まる音と共に、俺はベッドに腰を下ろす。
別に行為をするわけではないのだが、胸のドキドキが止まらない。
口から心臓が飛び出そうだ。
「お、落ち着け、琢人……」
気を紛らわすため、テーブルの上にあったリモコンを取る。
「テ、テレビでも観よう」
そう言ってボタンをつけた瞬間、モニターには真っ裸の女が……。
『あーーーん! すごぉぉい!』
『もっと! もっと!』
『あああ、いぎぞう! ぐるぼじょびええええええ!」
俺はそっと電源を切った。
更衣室からガタン! と何か鈍い音が聞こえる。
アンナがこけたのだろうか?
「すまない、アンナ。聞こえたか?」
俺が扉越しに声をかけた。
「ううん! き、聞こえてないよ」
いや、絶対聞いてただろ?
いかんな、俺もアンナもこの18禁の空気に飲み込まれそうだってばよ。
~10分後~
「お、お待たせ……」
扉がスッと開くと、そこには可愛らしいメイドさんが立っていた。
プロも顔負けのルックスでスカートの裾を恥ずかしそうに掴んでいる。
頭にはプリム、胸元がザックリ開いたミニ丈メイド服、太ももを覆うオーバーニーソックス。
完璧だ。
「どう? 感想は?」
「……」
あまりの可愛さに俺は言葉を失っていた。
「タッくんてば」
「ああ……可愛い。すごく可愛い、世界で一番……」
すらすらと頭に浮かんだ気持ちが、口からすべる。
「うれしい☆」
微笑むアンナ。
「あれ……俺、いま変なこと言ってなかったか?」
「全然! 嬉しいことだけ☆」
「そ、そうか……なあ、アンナさえ良ければ、写真を撮ってもいいか?」
これは帰って今夜のおかずに……いや、永久保存不可避である。
「え、なんに使うの?」
「それは……」
ナニかである。
しばらく俺をじっと見つめたあと、アンナはこう言った。
「ねぇ、タッくん? あのひなたって子は、アンナみたいなことしてない?」
その目は少し意地悪そうだ。
「ひ、ひなた? ああ、するわけがないじゃないか!」
思わず語気が強まる。
だってひなたなんてどうでもいい。
それよりも目の前のメイドさん。
「そうなんだ☆ じゃあたくさん撮ってね☆」
アンナは壁の前に立つと、可愛らしくピースする。
「ああ、じゃあ、はじめるぞ」
俺はもう頭のネジがゆるっゆるになっていた。
興奮で我を忘れて、アンナに次々とポーズを要求。
それをスマホにおさめる。
「じゃあ、メイドさんっぽいポーズで!」
「おかえりなさいませ、旦那様☆」
礼儀正しく頭を垂れるメイドさん。
ネコ耳としっぽはオプションでないのか! バカヤロー!
「ふ、ふむ、ただいま」
なんとなくアンナの芝居に乗っかる俺。
「旦那様? お外でアンナ以外の女の子と仲良くしてませんか?」
「するわけないだろう」
なにをやっているんだろう、男同士で……。
「本当ですか……? 旦那様はモテますもの」
何を思ったのか。俺の身体に身を寄せるアンナ。
「旦那様に近寄る女はアンナがぶっ飛ばしてあげます☆」
そんな可愛い顔で怖いこと言うなよ……。
俺とアンナはその後も写真大会を楽しんだ。
「旦那様、次のポーズはどうします?」
「つ、次はネコのポーズだ!」
「にゃーん☆」
「ちーずにゃん!」
悪ノリがすぎるだろ、俺たち。
「にゃんにゃん☆」
猫のポーズで思いっきりぶりっ子するアンナ。
「まだ撮るにゃん!」
なぜ人はネコを選ぶのだろうか?
俺は犬派だというのに……。
素晴らしい世界だ。
「タクにゃん☆」
気がつけば、撮り続けた写真は現在105枚。
連写モードでな。
そして、ムービーも同時に撮っている。
帰ってPCに保存しなきゃな!
俺とアンナの悪ノリは1時間にも及んだ。
写真を大量に連写しまくったので、スマホが熱を持つ。やけどしそうなくらい……。
故障してもしらね!
撮った写真の中には際どいものも多く、いくら下着じゃないとは言え、ブルーのパンティが丸見えだ。
まあスク水のことだから、セーフっちゃセーフなんだが。
一通り、撮り終えたところで冷蔵庫から飲み物をとる。
俺はアイスコーヒー。アンナに聞くと「ココアがいい」と答える。
二つの缶を持って、ダブルベッドに腰を下ろす。
「ほれ、喉かわいただろ」
「うん☆ でもいい汗かいたぁ」
額に滲む汗をレースのハンカチで拭うアンナ。
ココアを受け取ると、プシュッといい音を立ててプルタブを開く。
「んぐっんぐっ……ぷっはぁ☆ はぁはぁ、美味しい☆」
このいやらしい飲み方はミハイルと同一人物ですね。
俺もアイスコーヒーをがぶ飲みして喉を潤す。
「はぁ、ちょっと暑いね」
そういうと彼女は胸元の襟をつまんでパタパタとあおぐ。
横から見ている俺からすれば、ドキドキが止まらない。
「そ、そうだな…エアコンでもつけるか?」
「うーん…それもいいけど……」
アンナは少し頬を赤くして、うつむいた。
「どうした?」
なんだろう、さっき間違えてつけてしまった『大人の映画』でも観たいのだろうか?
「お風呂……入らない?」
「はぁ!?」
俺は思わず耳を疑った。
「な、何を言っているんだ、アンナ?」
驚く俺を見てアンナはクスクスと笑う。
「勘違いしないで。アンナのメイド服の下は何を着てた?」
「え? あ……水着か」
アンナさん、ちょっと積極的すぎやせんか?
「そう☆ だから二人でジャグジー使おうよ☆」
「でも、俺は水着なんか着てないぞ?」
フル●ンで入れってか?
まあこの前『ミハイル』のときに裸で風呂入ったよな。
俺ってば、完全に女の子扱いしているやん! と自分にツッコミを入れてしまう。
「タオルとか巻いたらいいんじゃない?」
「アンナがいいなら構わんが……」
「だってタッくんもたくさん写真撮ったりして汗をかいたでしょ」
そう言ってアンナは俺のTシャツを指差す。
彼女の指したところは脇。わき汗で二つの大きな地図が出来上がってた。
いやん、恥ずかしい!
「すまん、汗臭くないか?」
「うーん。ちょっと……するかも」
そう言ってまたクスクス笑いだす。
彼女を見て思わず、頬が熱くなる。
「でも、お風呂で洗えばいいよ☆」
「へ?」
「ボディシャンプーとかで洗って干しておこう。エアコンとかでさ」
部屋にあったハンガーを指す。
よく気が利く方です、アンナさん。
「すまんが俺は家事全般、不得意だし全くやらん」
「そんなこと自慢じゃないよ!」
俺の背中をバシバシ叩いて笑うアンナ。
力は男だしあのミハイルだから、痛いのなんのって。
「大丈夫、アンナが洗うから。脱いで☆」
すいません、最後のセリフだけもう一回聞かせてください!
「りょ、了解した」
俺は素直にTシャツを脱ぐ。
「じゃあアンナがお風呂場で洗っているから、タッくんはズボンも脱いどいてね☆」
サラッとどビッチ発言じゃないですか……ちょっとドン引き。
アンナは鼻歌交じりに俺のTシャツを抱えて、もう一つの浴室へ向かった。
俺は部屋の中央に向かい、ジャグジーの前でズボンとパンツを脱いだ。
ちょうどいいところに手頃のタオルがある。
それを腰に巻くとジャグジーの蛇口を回す。
このホテルのジャグジーは可愛らしいことにハート型で、二人で入ればちょうど対面式に仲良く浸かれる。
そしてジャグジー裏にはガラス越しに中庭があり、緑と花々を堪能できる。
なんてロマンティック!
ここなら彼女もイチコロだぜ! っと言いたいところだが、相手は男の子だからね。
~10分後~
「ふむいい湯加減だな」
ジャグジーにお湯が貯まったのを確認したところで、一足お先に浸かる。
「ふぅ……極楽極楽ぅ~」
ババンバ、バンバンバン!
「タッくんたらおじいちゃんみたい☆」
振り返るとそこには……。
「アンナ!」
ピチピチのスクール水着を着た少女が立っていた。
少し恥ずかしそうにこちらを見ている。
ロングヘアーは首元でまとめられている。
「変……じゃない、かな?」
いやいや、変だよ。
お前の息子さんはどこにいったんだよ!?
太ももからお股にかけてグイグイ食い込んでいる。
のに、肝心の『膨らみ』がない。
ペッタンコ。
どうやって隠したんだよ?
「……」
俺は言葉を失っていた。
だって、マジでミハイルって女の子じゃね? と疑っていたからだ。
胸も膨らみが少しある。ほんの少しだが。
微乳サイコー!
思わず生唾ゴックン☆
「なんかタッくんの目、やらしい」
横目で俺を蔑むアンナ。
だが、その突き刺さる視線こそ、ご褒美!
俺はドMなんだって気がついた日。
「す、すまん……」
「アンナも入っていい?」
「もちろんだ」
透き通るような白い太ももが上がると、そっとジャグジーへ脚を入れる。
お次は可愛らしい小さなヒップが俺の顔面を横切る。
ここを写真撮ったらダメかな?
「はぁ……いいお湯」
瞼を閉じて、肩に触れるアンナ。
肩こりが酷いならわしが揉みましょうか? もちろんオプション付きで。
「ねぇ、タッくん。それってなあに?」
アンナが指した方向にはホテルのアメニティーが置いてあった。
「これは……ハーブか?」
袋詰めされたパックには花びらが複数確認できる。
「せっかくだから入れてみよ☆ 貸して」
アンナは興味津々といった顔で俺からハーブを受け取り、封を開ける。
花びらが湯船に広がると、無色だったお湯がピンク色に変わる。
それと同時に赤い花びらが湯の上を泳ぐ。
なんて幻想的な世界なんだ……。
「うわぁ、キレイ~☆」
アンナは感動しているようだ。目をキラキラさせて喜んでいる。
そういうお前の方がキレイだぜ! と言いたいところだな。
「タッくん、そこのボタン押してみて」
「ん? これか?」
俺は近くにあった丸いボタンを言われた通り押してみた。
すると『ゴボゴボッ!』という豪快な音と共にジャグジーが泡を立てる。
なんとも気持ち良い。
日頃、新聞配達で肩やら腰やら凝り固まったところがほぐれる。
「これはいいな」
俺までジャグジーへの感動に便乗する。
「ね☆」
アンナも超ご機嫌。
笑顔の彼女にこの雰囲気……何か間違いが起こっても仕方ない。
俺はなぜか恥ずかしくなってきた。
心底、彼女の魅力にやられている。このままでは本当に彼女を、アンナを好きなってしまいそうだ。
「タッくん、もうちょっと寄りなよ!」
手招きされて「うぃっす」とアンナに身を寄せる。
もう……どうにでもして!
「ねぇ、タッくん?」
「ん、なんだ?」
「ちゃんとした取材になってるかな☆」
「も、もちろんだとも……」
これが正真正銘の彼女だったらなぁ……チキショォォォ!
仲良くアンナと泡風呂を楽しんだあと、俺たちは互いにタオルで身体を拭く。
水に濡れたスク水は更に彼女の身体のラインが目立ち、思わず興奮してしまう。
当のアンナと言えば、鼻歌交じりに身体を拭いている。
あまりに無防備な姿だったので、さすがに「写真撮っていい?」とは言えなかった。
「タッくん、アンナ着替えてくるね☆」
ニコッと優しく笑うとステップを踏むように軽快な足取りで更衣室へと向かう。
どうやらアンナもラブホテルがえらく気に入ったようだ。
ただ、この部屋……3時間で1万円だぞ?
もう二度と来れないだろうな。
扉が閉まるのを確認すると、俺も腰に巻いていたタオルを床に捨てて着替える。
アンナが洗ってくれたTシャツもいい感じに乾いていた。
石鹸の甘い香りが漂う。
あの可愛いアンナが風呂場で丁寧に洗ってくれたところを想像してしまう。
もちスク水姿の。
これ、帰って真空パックに入れておこうかな?
~30分後~
とっくに俺は着替えを済ませてリュックサックも足もとにスタンバイ完了。
だが、アンナが更衣室から一向に出てこない。
何度か扉越しに声をかけたが、「ちょっと待ってて」を繰り返される。
一体中で何をやっているのだろうか?
『玉直し』か?
やっとのことで、出てきたカノジョさん。
「お待たせ☆」
そこにはヘアもバッチリ、メイクもバッチリなフル装備なアンナさんのご登場。
これだけすれば、あんだけ時間が掛かるのも納得ですね。
「なんだかお腹すいたね」
「だな」
昼飯は高いわりに不味くて少ない量だったからな。
「ホテル出てから何か食おう」
「うん☆」
ニッコリ笑っちゃってさ、これで男の子なんだぜ?
可愛すぎだろ。
「あ……ねぇ、タッくん」
俺の肩にそっと触れたと共に、凄まじい握力がかかる。
超いてーの、だって相手は男なんだもの。
まあこの感じは怒ってらっしゃるだろう。
声も冷たいもの。
「な、なんだ? アンナ」
「ひなたちゃんとはラブホのあとどこか行った?」
笑ってるけど目が笑ってない。
怖いよ、サイコパスじゃん。
「えっと……目の前にある‟博多亭”」
「なあにそれ?」
ググッと握力が強まり、爪が俺の肉まで入り込む。
「ら、ラーメン屋だよ……」
「そうなの…じゃあそこに行こうよ☆」
痛いよ、痛いから手の力を緩めません?
「同じところでいいのか?」
「だってアンナと行かないと取材にならないじゃない? ひなたちゃんじゃ、きっとタッくんの小説には還元できないもの☆」
まさかの俺氏、独占宣言。
ひなたと取材する度に俺は逆インタビューされちまうのかよ。
怖すぎアンナさん。
「了解した。なら、行くか?」
「うん☆」
そうして俺とアンナは初めてのラブホテルを何事もなく取材体験できたのである。
逆に何かあったら、俺はもう二度と……そっちの世界から帰ってこれなくなっていたのだが。
まあよしとしよう。
ホテルを出て、道路を挟んで目の前にあるラーメン屋を指差す。
「ここだがいいのか?」
「え? 本当に目の前なの?」
ちょっと嫌そう。
だってラブホの前だぜ? ムードなんて何もないからな。
脂ぎってて、店内も油まみれ。
本物の女の子のひなたは喜んで食べていたが……。
「なあアンナ。無理はしなくていいぞ? 俺はいつも映画帰りにこの店を選ぶんだ。『しめの一杯』というやつだ」
酒を飲んでいるわけではないがな。
「じゃ、じゃあ、タッくんはいつもこの店に行っているの?」
どこか焦った様子だ。
「まあそうだな。ここは値段も安く、味もうまい。子供の頃から通っているし……」
言いかけている途中で、アンナが叫んだ。
「イヤァッ!」
彼女の甲高い叫び声に通行人が足を止める。
「ど、どうした?」
「イヤッたらイヤァッ!」
急に泣いて怒り出したよ。
忙しいやっちゃ。
「泣いていてもわからん。理由を話してくれないか?」
俺は『キマネチ』が愛らしいタケノブルーのハンカチを彼女に渡す。
アンナは受け取ると大事そうにハンカチを胸元で抱えている。
涙をふくわけではなく、落とし物を見つけたような安堵した顔だ。
「イヤなの! タッくんとのはじめてを他の女の子に盗られたのがっ!」
通行人が集まりだし、ギャラリーができる。
集まったのは全員、野郎ども。
「なあアイツ、なに可愛い子泣かしてんだよ?」
「あんな可愛い子がいるのに浮気かよ! 最低じゃん」
「ぼ、ぼかぁ、男の子を食べたいなぁ……はぁはぁ」
いや、最後のやつガチじゃねーか!
「アンナ、別に全部を盗られたわけじゃないだろう?」
ただのラーメンだしな。
「違うもん! 『タッくんとのラーメン』はアンナはまだだもん! 初めてはアンナが良かった!」
更に号泣。
めんどくせ!
「気持ちはわかるが……(わからんけど)。俺にとってアンナは特別だ」
だって男の子でしょ?
「とく……べつ?」
「そうだ、アンナは俺にとって大事な取材対象であり、大切な人間だ」
「アンナが?」
もうその時は涙を止めていた。
「だからもう泣くな。ひなたとは偶然だし事故だ。故意ではない。それにひなたとはデートはしてない」
というかアンナもデートとしてカウントしていいものか。
「アンナが一番なの?」
え? サッポロ?
めんどくさい度100パーセントだが、ここは答えるべきだろう。
「ああ、間違いなくオンリーワンな存在だよ」
一番の意味が違うし、わからんけど。
適当だよ、テキトー。
「うれしぃ! タッくん、大好き!」
俺に飛びつき、人目も気にせず抱きしめるアンナ。
飛び交う歓声。
「いいぞ~ 彼氏、グッジョブ!」
「末永くお幸せに!」
「キィー、あの男の子は僕んちに連れていきたかったのにぃ!」
だれがお前ん家に行くかよ? 犯罪だろうが。
俺はまだこう見えて未成年だぞ? ピチピチのセブンティーン。
機嫌を取り戻したアンナの手を取り、逃げるようにラーメン屋に入った。
「いらっしゃい! あれ、琢人くん。昨日の今日なのに……また映画帰りかい?」
博多亭の大将とはちょっとした顔なじみ。
「大将、今日は違うよ……」
もう色々と疲れたからあんまり突っ込まないでくれる?
「今日は?」
どうやら大将の好奇心はおさまることを知らない。
「そちらのお嬢さんは?」
「あ、古賀 アンナっていいます☆ タッくんの……なんだろ?」
それ自分で自分に聞く?
「友達……でもないし、彼女でもないし……」
サラッとふられちゃったよ。
「ならあれかい? 友達以上彼女未満てことじゃねぇかい?」
大将は嬉しそうに麺を湯がく。
「ですね☆」
勝手に決めないでよ、アンナちゃん。
それ、俺が決めることじゃね?
「ところで、昨日も女の子連れてきたね、琢人くん……モテる男はつらいねぇ」
ニヤニヤしながら俺を見つめる大将。
恐る恐る隣りを見ると、「ふしゅー!」と怒りの呼吸で我を失うアンナ。
「大将さん☆ その子はタッくんが偶然助けた女の子ですよ?」
ニッコリと笑っているが、身体がめっさ震えている。
顔も引きつっていて、無理して笑顔を作っている感がパない。
俺は怖くて数歩後退する。
「あれ? そうだったの? 随分仲良さげに話してたからねぇ。おいちゃん、知らなかったよ」
「へ、へぇ、随分仲良かったんです……かぁ?」
言いかけて俺を睨むアンナ。
「しゃ、社交辞令だよ」
苦笑いでうろたえる。
「ねぇ、タッくん☆」
優しく微笑むアンナ。
「な、なんだ?」
「アンナ、早くラーメン食べたいな☆」
俺は人生で新記録ってぐらいのスピードで大将に注文した。
「とんこつラーメン、2つ! バリカタで!」
「あいよ!」
こんな注文、二度とごめんだ……。
「ヘイ! ラーメン、バリカタお待ち!」
俺とアンナはカウンターの席に座り、仲良く横並びしていた。
スマホを見れば時刻は『15:02』。
ちょうどお昼の賑わいが済んだ時間だ。
店内は俺とアンナしかいなかった。
大将はなんだか嬉しそうに俺たちを見つめる。
「うわぁ! 美味しそう!」
手を叩いて喜ぶアンナ。
目をキラキラと輝かせて子供のようだ。
まあ15歳だから子供っちゃ子供だよな。
「だろ?」
俺が作ったわけでもないのに、なぜか店を紹介した俺が自慢げに語る。
「「いただきまーす」」
声を揃えて、いざ実食!
アンナはショルダーバッグからシュシュを取り出すと、長い髪を首元で一つに結った。
ラーメンを食べる態勢、万全だな。
「スルスル……んぐっんぐっ……ゴックン! はぁはぁ……おいし☆」
相変わらずのいやらしい租借音だな。
それを初めて見た大将も思わず、生唾を飲む。
アンナを見る目がいやらしい。
「うまそうに食べるねぇ、アンナちゃん」
美味しいという基準間違えてません? 大将。
「だって美味しいんですもん。アンナ、美味しいものを食べているときが一番幸せ☆」
そう言って頬をさする。
よっぽど気に入ったようだ。よかったね、大将。
「嬉しいこと言っちゃってくれるねぇ。んなら、餃子を焼いてあげるよ」
「え、いいですよ……」
「気にすんな、アンナちゃん。うちの店初めてだろ? なら餃子も食べていってほしいんだよ。これはおいちゃんからのプレゼント」
そう言って勝手に餃子を焼きだす大将。
なんか勝手に話が盛り上がっているな。
俺はそんな中、無言でラーメンをすする。
「ん?」
あることに気がついた。
ちょい待て。
昨日、ひなたと来た時、俺は金払って餃子注文したぞ?
女のひなたは有料で、男のアンナは無料ってか。
というか、長年通っている俺ですらそんなサービス受けたことねーぞ!
俺はむしゃくしゃして、カウンターの上に置いてあった小さな容器を手に取る。
生おろしにんにくがたくさん詰められているものだ。
やはりラーメンにはこれがなきゃな!
躊躇なくにんにくをどんぶりの中にぶち込む。
それに気がついたアンナが口を開いた。
「ねぇ、タッくん。それってなあに?」
「これか? にんにくだよ」
「にんにく?」
「ああ、これを入れると入れないとでは、ラーメンの味が『ダンチ』だ」
思わずキメ顔してみる。
「へぇ……」
アンナは咥え箸しながら俺がラーメンをうまそうにすするところを見つめる。
「タッくん、アンナにも入れてみて」
「マジか?」
俺は驚きを隠せなかった。
なぜならば、今のアンナは女の設定だからだ。
昨晩、正真正銘の女性、ひなたが「にんにくは臭うから」と嫌がっていた。
口臭を気にしてのことだ。
なのに、アンナは平然とそれを俺に頼んだのだ。
「だって、美味しくなるんでしょ?」
キョトンとした顔で首をかしげる。
「そ、それはそうだが、にんにくを入れるとだな……口が臭くなるからな」
俺が言いづらそうに答えると、アンナは高笑いした。
「アハハハ!」
「な、なにがおかしいんだ?」
「だって……そんなのどんな料理だって同じでしょ?」
「え?」
「カレーだってそうだし、チャーハンとか、パスタとか、いろんな料理に使われているし、にんにくが入っていた方がおいしいよ?」
「それはそうだが……」
清々しいほどに嬉しい回答だった。
男の俺からしたらな。
「ひょっとして、昨日のひなたちゃんはにんにくを気にしてたの?」
うっ、鋭い。
ひなたの話題になると目が怖いんだよ、アンナさん。
「ま、まあ……」
さっきお風呂入ったばっかなのに、またわき汗が噴き出てきたよ。
「ねぇ、タッくん」
「ん?」
「アンナと……ひなたちゃんを一緒にしないで」
箸を止めて、俺に身体の向きを変える。
すると俺の手を優しく両手で握った。
「あのね、アンナはタッくんが好きなものは全部好き☆ それにタッくんと同じ目線で、なるべく同じ気持ちでいたいの……だから他の女の子とは違うよ」
瞳は少し潤っていた。
涙を堪えているようにも見える。
よっぽど、昨晩のひなたの件が悲しかったのだろうか?
罪悪感で胸が押し潰れそうだった。
「そうか……じゃあ、にんにくはいっぱい入れてもいいのか?」
「もちろん☆ アンナ、美味しいものは絶対にためらわないよ!」
その自信に満ち溢れた顔、素敵です。
というか、たまにイケメン面になるんだよな。
俺は要望通り、アンナのラーメンにたっぷりにんにくを入れてあげた。
それをアンナは「まじぇまじぇ」する。
へぇ、やるじゃん。
「うう……いい彼女を連れてきたじゃねーか、琢人くん」
気がつくと大将は厨房の中で泣きながら、餃子を焼いていた。
「た、大将?」
「あの年がら年中、映画バカの琢人くんが……こんな美人で優しい女の子と付き合うなんて…おいちゃんも泣いちゃうよ」
サラッと酷いこというなよ!
俺が可哀そうなやつに聞こえるじゃねーか。
「大将さんたら、彼女……だなんて☆ アンナとタッくんはまだそんな仲じゃないのに……」
いいながらめっさ嬉しそうやん。
両手で顔をおさえて、左右にブンブン頭を振るアンナさん。
ご乱心! アンナ様がご乱心じゃあ!
「っしゃあ! 替え玉もサービスばい!」
「そんな、悪いですよ」
ていうか、昨日は?
昨晩のもサービスにしとけよ、大将。
アンナってズルくね?
「いや、あの根暗オタクの琢人くんがこんないい子を連れてきたんだ。今日はお祝いだよ!」
てめぇ、俺をどんな人間として認識してたんだよ! ぶち殺すぞ!
「良かったね、タッくん☆」
なにが?
ねぇ、俺の存在ってここまで悲しい存在だったの?
まあアンナが嬉しそうにラーメンを食べているから、お釣りが返ってくるレベルなんだが。
俺たちはその後、腹いっぱいラーメンと餃子を楽しんだ。
なぜだろう、ひなたと食べた時より、すごく楽しく美味しく感じた。
ひなたといた時は気ばかり使っていた気がする。
でも男のアンナといるときは息がぴったりというか、話があうんだよな。
多少、俺に合わせてくれるんだろうが。
でも、アンナの致命傷なところは怒ると鬼になる……ところだな。
俺とアンナはラーメンをたらふく食べ終えると博多駅へと向かった。
二人で替え玉を3つも食べてしまった……つまり一人4杯。
胃袋が互いに10代の男子だからな。
これで帰って晩飯もしっかり食うんだから末恐ろしい生き物だぜ。
そうこうしているうちに博多シティが見えてきた。
「じゃあ、アンナはここでお別れするね……」
どこか寂しげで、顔がちょっと引きつっている。
設定上では福岡のどっかに住んでいるらしく、遠方で田舎らしい。
あくまで設定ね。
本当は俺の住んでいる真島の二つ隣りの席内に住んでいるヤツなんだが……。
「一緒に電車、乗らないのか?」
俺は敢えて尋ねる。
だって、寂しそうなんだもん。
「あ、アンナはすごく田舎だし……一緒には無理…かな?」
いや、なんで自分で疑問形?
「そうか、ならば仕方ないな。じゃあ、俺は先に帰るぞ」
付き合ってられん。
アンナを博多駅の中央口に残してその場を去る。
背を向けて改札口に向かおうとした時だった。
「待って! タッくん!」
振り返ると少し涙目になったアンナがいた。
「ん?」
「また……また取材しようね!」
「ああ、またな」
「絶対だからね!」
迷子のように不安げだ。
そんなに別れ惜しむなら、設定に流されんと一緒に帰ればいいだろうに……。
俺は背を向けて手だけ振ってやった。
あんまり深入りすぎるのも互いのために良くない。
そう思っていた。
過剰なまでに彼女の期待に応える……ということは俺には不可能だ。
アンナはあくまでも虚像のカノジョ。
取材対象であって、恋愛の対象ではない。
いや、あってはならないのだ。
そこだけは俺の『物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない』という性格が邪魔する。
というか、邪魔してくれ。
そうじゃないと、俺は完璧そっちの世界にいっちまうよ……。
「でも……アンナといる方が楽しい」
ホームに立って珍しく独り言をつぶやく。
近くにいた若い女が俺を見て不審者を見るような目つきで睨む。
普段の俺なら「なに見てやがんだ、コノヤロー!」と心の中で叫ぶのだが。
なぜか今は一人アンナを残してしまったことを悔いている。
ナンパでもされてないだろうか?
また痴漢にあった時どう対処するのか?
俺がいなくても帰れるだろうか?
自分でもわからなかった。
なぜこんなにも彼女のことを心配しているのか。
俺は電車に乗るとすぐにスマホを取り出した。
スマホはいつもの通り、L●NE通知の嵐。
別れて10分も経ってないのに、41件。
どんだけ暇なんだよ、アンナさん。
『タッくん、無事に電車に乗れた?』
『アンナの今日の写真、絶対二人の秘密だよ☆』
『またお風呂入りたいね☆』
『そうだ、夏はプールに行こうよ☆』
『アンナは帰ったらデブリのボニョを観るよ☆』
いちいち報告しすぎなんだよ!
生存報告なら1通でええんじゃ、ボケェ!
「フフ……」
気がつくと俺は笑っていた。
社内の窓に写ったニヤけ顔に嫌気がさす。
なんだかんだ言って、アンナとのやり取りは楽しい。
俺はアンナにL●NEを返す。
『アンナ、今度はいつ取材しようか?』
しばらくするとメッセージではなく、L●NE通話がかかってくる。
俺はマナーモードにしていなかったため、YUIKAちゃんの「幸せセンセー」の曲にびっくらこく。
『もしもし? タッくん!?』
すごく取り乱した様子だった。
「どうした? 今、電車だぞ」
小声で応対する。
『ご、ごめん……今度は遊園地とかどう?』
「ゆうえんち?」
ガキっぽいセンスにアホな声で答えてしまう。
『うん☆ かじきかえん!』
「ああ、懐かしいな」
そうそう保育園の遠足で……って何年前の話だよ!
小学生かよ!
かじきかえんとは、梶木駅周辺にある遊園地のことだ。
都市部にある歴史ある遊園地のため、土地としては規模は小さめ。
どちらかというと、客は小さなおこちゃまが多いイメージだ。
そう、10代の子が行く場所ではない。
何より男の子同士で遊ぶのか?
「マジでかじきかえんか?」
『ダメ?』
甘えた声で聞かれる。
いやん、ドキドキしちゃう。
「いや、構わんが……」
『じゃあ約束ね☆ いつ行く?』
行動力が半端ない! 早すぎだろ。
「そうだな……今週の日曜日でどうだ?」
スクーリングはないしな。
『日曜日だね☆ お弁当、作っていくね☆』
そう言うと一方的に電話を切られた。
何やら忙しそうな様子。
また良からぬサプライズでも用意する気では?
結局、アンナと電話しているうちに真島駅に着いていた。
通話を終えると近くに座っていた老人に
「こりゃあ! このバカチンがくさ!」
と変な博多弁で怒られた。
まあ俺が悪いので、
「すんませんくさ!」
と謝っておいた。
帰宅すると、妹のかなでが仁王立ちしていた。
「お帰りなさい! おにーさま!」
「ただいま。どうした? 推しのキャラでも死んだか?」
「違いますわ! 今までどこに行ってたんですの!?」
これは説教だな。
というか、ラブホとでも答える兄貴がどこにいる。
「それは言えん」
「なんでですの!? 夕刊配達までブッチする理由ですの!?」
ヤベッ! アンナとイチャイチャするのが楽しすぎて夕刊配達忘れてた。
「すまん、忘れてた……」
「毎々新聞の店長さんが心配してましたわよ! 『根暗映画オタクの琢人くんが休むなんて痴漢冤罪で捕まったんじゃないか?』って!」
仕事を休む理由かよ!
店長、俺のことをそんなやつに見てたんかい!
「な訳ないだろ」
「じゃあ真面目なおにーさまが仕事をブッチした理由を聞かせてください、ですの!」
や、やべぇ……かなり怒っているよ、妹ちゃん。
「その……あれだよ。取材、小説の……」
自分でも説得力に欠ける言い訳だと思った。
しかし事実だしな。
ウソは言ってない。
「絶対ッ、ウソですわ! 1000パーセント!」
いや、パーセンテージ高すぎ。
「本当にもう一つの仕事だよ……」
わき汗が滲み出る。
そこへ痛いBLエプロンをかけた琴音ママが登場。
「あら、タクくん。遅いお帰りねぇ」
ニヤニヤしながら俺を見つめる。
「や、やぁ、母さん。ただいま……」
「あら? タクくん、お風呂に入った?」
ギクッ!
「え? お風呂?」
声が裏返ってしまう。
「うん、なんだか石鹸のいい香りがするわね」
「なんでそう思う?」
「だって家の石鹸の香りじゃないわ。うちはそんな高い石鹸買いません」
ニッコリと微笑む母さん。
これは「あたいに隠し事するとBL小説書かすぞ、ゴラァ!」という無言のプレッシャーである。
「そ、それは……」
言葉に詰まっていると妹のかなでが俺のTシャツを掴み、鼻でクンクンと嗅ぐ。
犬かよ。
「お母さまの言う通りですわ! うちの石鹸ではありません! おにーさま、まさか……」
青ざめた顔で絶句し、数歩後退するかなで。
「かなで? お前は何か変なこと考えてないか?」
「おにーさまが童貞を喪失してしまいましたわ!」
ファッ!?
「あらあら……それはお赤飯を炊かないとね♪」
眼鏡が光る琴音さん。
「あのな、お前らいい加減にしろよ……」
俺は拳を作って怒りで震えていた。
だって童貞のままだもの。
「ヒドいですわ!」
泣いて怒鳴るかなで。
「なにがだよ?」
こっちもキレていた。
「どうせヤるならこのかなでと3Pしてくださったら良かったのに!」
そう言って、階段を昇っていく妹15歳。
これでJCなんだぜ? 変態だよな……。
「タクくん」
母さんの背後からは「ゴゴゴゴゴゴッ」と謎のスタンドを感じた。
「なあに、母さん……」
「ヤッちまいな!」
そう言って二階を指差す。
「はぁ?」
「一度、女とヤッたんだろ? ならかなでちゃんも食べちゃえよ!」
食べれるか!
「母さん、誤解だ。俺はまだ童貞のままだ」
息子になにを告白させるんだよ、この家庭。
その後、かなでと母さんの説得に3時間を要した。