席内駅から降りると、右手に大型のショッピングモール、左手にはさびれた商店街があった。
「タクトは席内は初めてか?」
「いや、何回か買い物にきたことある」
ミハイルの住む、席内市とは福岡市に隣接する町だ。
福岡県の北東部あたりか。
個人的にはお年寄りが多い印象だ。
「じゃあ席内の『ダンリブ』はいったことあるか?」
ダンリブとは大型のショッピングモールのことである。
「だって駅の目の前だろ? あそこぐらいしか遊べないだろ」
俺がツッコむとミハイルはブーッと頬を膨らます。
「そんなことないぞ! ダンリブ以外にも醤油の工場とか、大きな図書館とか、大根川があるんだぞ!」
「へぇ……」
これはいわゆる福岡市外民の妬みである。
俺の住んでいる真島はギリギリ福岡市内である。
福岡市と福岡県では都会ぽさが段違いなのだ。
「他にもオレが知らないだけで、もっともっといっぱいあるんだからな!」
郷土愛が強いんだね、知らなかった。
「わかった、落ち着け。とりあえず、お前ん家に行くんだろ?」
「そ、そうだったな☆」
機嫌を取り戻して、鼻歌まじりで行進するミハイル。
駅から左手に向かい、商店街の門構えが見えてきた。
『席内商店街』
何件かシャッターを下ろしている。
真島と同じく、時代の波か……。
悲しいものだな。
商店街を歩いているとミハイルは「この店はうまい」とか「あの店はプラモデル屋」とか丁寧に説明してくれた。
『真島への恩返し』か?
「ついたぞ!」
「こ、これがミハイルの家か……」
俺はバリバリのヤンキーママが立っているスナックかと思っていたが。
『パティスリー KOGA』
色とりどりの花々が店の前を囲んでいる。
一つ一つがよく手入れされている。
入口の前にはイスが置いてあって大きなクマさんのぬいぐるみが座っている。(リボン付き)
可愛すぎだろ! この店!
ヤンキーが営む店じゃねぇ!
「入れよ、タクト☆」
目を輝かせながら手招きするミハイル。
「あ、ああ……」
ギャップに驚かされた俺は戸惑っていた。
チャランと美しい鈴の音が鳴る。
うちの店もこんな可愛らしい音に変えてくんねーかな……。
腐向けのイケボボイスには毎回、悩まされるからな。
配達員なんかドン引きだよ。
店内に入るとケーキや洋菓子のあま~い香りが漂う。
ショーケースのなかのケーキはフルーツがふんだんに使われており、宝石のようにキラキラ輝いて見える。
他にもチョコレート、クッキー、マドレーヌ、などのお菓子が店中に並べられている。
所々にクマさんのぬいぐるみが置いてある。
ミハイルの趣味か?
「いらっしゃい!」
ハキハキとした声で言われた。
カウンターの前に立っていたのは、コックコートを着た長身の女性。
ミハイルと同じく金髪でポニーテール。
そしてエメラルドグリーンのハーフ美人。
ただ違うところといったら、胸がパンパンに膨れ上がっているところだ。
ここにも巨乳がいたのか……キモッ!
「なんだ、ミーシャか」
「うん、ただいま☆ ねーちゃん!」
この人がミハイルのお姉さんか。
「おかえり。ん? そこのあんちゃんは?」
鋭い眼つきで威嚇するお姉さま。
まるで、狩りをする獅子のようだ。
あれ、この感覚。なんだか誰か似ているような……。
宗像先生か!
「あ、あの。俺、新宮 琢人と申します!」
一応、姿勢を正して頭をさげる。
「ほう……お前が『噂のタクト』か?」
顔を上げると、妖しく笑うお姉さまのお顔。
「よし、今日は店じまいだ! 酒を買ってこい、ミーシャ!」
「やったぁ~ パーティだな☆ ねーちゃん!」
「ああ、力やここあ以外の人間は初めてだからな!」
なにそれ? おたくのおねーちゃん、アル中なの?
ミハイルはお姉さまから財布を預かると、「タクトは待っとけよ、ダンリブ行ってくる☆」と言って鼻歌交じりで店を出て行った。
「さあ……タクトくんとやらの話を聞こうか?」
なんだろう、背後から『ゴゴゴゴゴ』というスタンドが見えるの俺だけですか?
「あたいの名はヴィクトリアだよ、ピチピチの二十代だぞ」
「ははは、俺は17歳です」
「へぇ、ミーシャの2個上か~ ちょうどいいね~」
なにがいいの? 怖いよ、ミーシャのお姉ちゃん。
「今夜の酒の肴はお前だよ、坊主」
こ、こえ~
「俺ですか?」
「ああ、だってあたいの可愛いミーシャを初めてお泊りさせやがった男なんだからなぁ」
口からなんか漏れているよ、凍える吹雪じゃないですか?
「今日は泊まっていけ、坊主」
これを拒否れば殺される。
「は、はい。お姉さま!」
「だーれがお姉さまだ? ヴィッキーちゃんと呼べ!」
ちゃん付けできる年じゃねぇだろ。
「は、はい。ヴィッキー……ちゃん、さん」
「ああん?」
やっぱりヤンキーだよ、こんなパティシエ存在したらあかん!
その女は無言で店のシャッターを閉じると、振り返ってニヤリと笑う。
「さあ、これで時間はたっぷりできたなぁ、坊主」
こ、こえ~
なにこれ? 俺ってば今から殺されるの?
「は、はあ」
「なんだぁ? 男ならシャキシャキ喋れないのか、バカヤロー!」
バカヤロー? お前の所属している組はどこだよ?
「す、すんません!」
「フン、こっちにこい」
生唾を飲む。殺されるのかも知らんからな。
お姉さまことヴィクトリアのあとに続く。
店の裏に回る。
どんどん奥へと入っていくと、少しさびた外付け階段が見えてきた。
「あがれ」
「はいっす……」
どうやら、俺の家同様に店の二階が自宅のようだ。
階段をあがると、『KOGA』と玄関の標識があった。
その下には『ヴィッキーちゃんとミーシャ☆』とある。
ヤンキーのくせして、可愛いことが好きなんだな。この姉弟。
鍵をあけるヴィクトリア。
だが、ドアノブに手を回すと舌打ちした。
「クソがっ、ポンコツのドアめが!」
そう言うと、自宅のドアをガンッガンッ! と蹴りまくった。
「な、なにやってんすか?」
振り向くその顔は鬼のそれと同じだ。
「ああん? オヤジが残した家だからボロいんだよ。こうやってたまに蹴らないと開かないんだ、よ!」
ボカン!と何かが壊れた音がした。
「おし、開いたぞ」
ええ……壊れただろ、絶対。
「ほら?」
ヴィクトリアは「な☆」と言いながら、ドアが開くところを見せてくれた。
「じゃ、入れ。私はシャワー浴びるから、坊主は適当にくつろいでくれ」
「え?」
「なんだ? 一緒に入りたいのか、このスケベ坊主~」
むっかつく女だな、コノヤロー!
「ま、ミーシャの部屋に入ってたらどうだ?」
「は、はあ……」
俺は「お邪魔します」と一応、挨拶してから靴を脱ぐ。
家の中もやはり店と同様のクマのぬいぐるみが一面に並んでいた。
廊下には夢の国のネッキーのポスターやスタジオデブリのパズルアートが飾ってある。
本当に男っ気のないところだな。
そのポスターとポスターの間にトイレや洗面所がオセロのように挟まれている。
ヴィクトリアは客人の俺を残して洗面所へと向かった。
洗面所の奥は浴室が見える。
先ほど俺に言った通り、シャワーを浴びるようで、服を脱ぎだした。
気がつけば、ブラジャーとパンティーのみ。
俺は思わず、彼女に背を向けた。
ヴィクトリアは構わず、鼻歌交じりで浴室の扉を開いたようだった。
どうして、俺の周りの女どもはこうも裸族ばかりなのだ?
頬が熱くなるのを確認すると、俺は勝手に廊下の奥へと進む。
だって、ねーちゃんが「ミーシャの部屋に入ってたらどうだ?」とか言ってたしな。
廊下を抜けるとリビングが中央にあり、左右に二つの部屋があった。
左手の部屋の前には律儀にもネームプレートが貼り付けてあった。
ハートの形で『ミハイル☆』とある。
これか、ミハイルの部屋は……すまんが勝手に入るぞ。
俺は心で一応謝っておきながら、無断で彼の自室に踏み込む。
「なんじゃこりゃ……」
壁紙はピンク色でハートや星の柄入り……。
なんかいけないホテルじゃねーか?
部屋中、ネッキーやその愉快な仲間たちのぬいぐるみでいっぱい。
もちろん、デブリのドドロやボニョも欠かせない。
絨毯は安定のネッキーとネニーのチューショット。(キスしているだけに)
「どんだけラブリーなんだよ、ミハイル……」
彼の趣味はわかってはいたが、いざ部屋にあがってみるとエグいな。
だって彼女の部屋じゃないんだぜ?
しかも、なんか甘ったるい匂いがする……。
俺はリュックサックを床に下ろすと、近くに飾ってあったコルクボードに目をやった。
たくさんの写真が貼ってある。
幼いころのミハイル、制服姿のヴィクトリア、そして……。
「これは……あいつの」
一つの写真が気になった。
ヤンキーっぽい男性が中央に立ち、たくましい両手で二人の女性の肩を抱いている。
眩しいぐらいな笑顔で。
そして、左には制服姿のヴィクトリアらしき少女。
最後は優しそうに笑う美しい女性。
金髪でエメラルドグリーンの瞳。
「ミハイルの母さんか……」
その証拠に女性の両手には生まれて間もない赤ん坊が大事に抱えられている。
「ただいま~っ☆」
俺は慌てて、コルクボードから離れた。
別にやましい気持ちがあったわけではない。
だが、以前ミハイルから親は死別していると聞いた。
勝手に入って、人様の大事なものを土足で踏みにじっているような感覚を覚えたからだ。
「お、おかえり。ミハイル……」
ミハイルと目があう。
彼はボンッ! と顔を真っ赤にさせて、俺を部屋から追い出す。
「なんで勝手に入っているんだよ! タクトのバカ!」
「いや、姉さんが入っとけって……」
「冗談に決まってんだろ!」
そう言うと、彼は「ちょっと待ってろ!」と言って、部屋の扉を乱暴に閉めた。
バタン! という音と共に、可愛らしいネームプレートがカランカランとゆれた。
エロ本でも隠してたんか?
そういうものは共有しようぜ!
「も、もういいぞ! タクト」
顔を赤らめて、扉を開くミハイル。
特段、部屋の見た目は変わってない。
やはりエロ本の隠し場所でも変更していたのか?
「ああ……」
俺は待つこと5分ほど。やっと許可が下りたので彼の部屋へ入ることにした。
「どこにでも座ってくれよ☆」
「すまんな」
部屋の真ん中あたりに小さなガラス製のちゃぶ台がある。
ちなみに形はハートである。
ちゃぶ台を挟むようにして、これまたハートのクッションが二つ並んでいた。
今日はバレンタインデーでしたかな?
俺は右手にあるクッションに腰を下ろした。
ミハイルが「飲み物はなにがいい?」と聞いてきたので「コーヒー、ブラックで」と答える。
彼は俺の答えにニカッと微笑み、リビングまで小走りで去っていった。
やけに嬉しそうだな。
こいつもこう見えて、友達が少ない……可哀そうなやつなんだろうか?
ちゃぶ台の前に目をやった。
今時、珍しいブラウン管のテレビ。
ベゼルが太すぎぃ~なせいもあってか、ハートのシールが貼りまくってある。
これでは映像を見る際、ハートが気になって集中できないのでは?
「お待たせ☆ タクトのぶん!」
ミハイルはネッキーのグラスを差し出した。
「あ、ありがとう」
なんかコーヒーが似合わないよ!
だが、俺好みのアイスコーヒーで旨い。
スクリーングの疲れが吹っ飛ぶぐらいだ。
ミハイルは俺の対面に腰を下ろすと、なぜか正座している。
ショーパンを日頃から履いているせいもあってか、ヒップが更に強調され、白くてきれいな太ももが堪能できる。
くっ! ヤンキーのくせしてお行儀が良すぎかよ!
「じゃあオレもいただきまーす!」
そう言うと、ミハイルはネニーのグラスを両手で持ち上げた。
俺と違い、いちごミルクでストローつき。
まあこいつはお口がちっさいからな。
「んぐっ……んぐっ……」
なんで、君が飲み食いしていると違う音に聞こえるかね。
「ぶはぁっ! はぁ、はぁ……おいしかった☆」
それ、本当にいちごミルク?
別のミルク入ってない?
「ところで、ミハイル」
「ん? なんだ?」
「お前の姉さんが『今夜は泊まっていけ』とか言っていたが……本気か?」
「え!?」
ミハイルはボンッ! と顔を赤くする。
「ねーちゃんが、そんなこと言っていたのかよ!?」
「ああ」
「ど、どうしよう! タクトのパジャマがないよ!?」
そんなこと俺に言われてもな。
「ならば帰ろう。急に来て迷惑だしな」
咄嗟に逃避フラグを立てておく俺、グッジョブ。
「え? か、帰るの!?」
顔を赤くしたと思ったら、今度は驚くミハイル。
表情豊かでいいですね。
「だって、母さんやかなでにも伝えてないしな」
「そ、それはそうだけど……かなでちゃんにはオレから電話しておくよ!」
身を乗り出すミハイル。
互いの唇が重なりそうなくらいな至近距離。
「却下だ。母さんはミハイルが我が家に泊まった時にこう言っていただろ?」
「?」
俺はわざわざ母さんのものまねで答えてあげた。
「今度ミーシャちゃん家にお母さんのお菓子を持っていってちょうだい☆ ……とな」
「そっか……でも気にしなくていいよ☆」
くっ、早くしないとおんめーのねーちゃんが風呂から上がるだろうが!
「いいか、ミハイル。大人には見栄ってのがあってな。菓子折りぐらい持っていかせるのが大人の常識……」
と言いかけた瞬間だった。
ミハイルの部屋の前で仁王立ちしている女を発見。
「いらねーよ、そんなもん」
そのお人はまたもやブラジャーとパンティのみという防御力ゼロの装備で、俺の目の前に現れた。
逃避フラグが折れた……。
「だいたい、あたいはパティシエだぞ? 菓子なんぞ、こっちが土産としていくらでもやるよ」
背後から『ゴゴゴゴゴ』とスタンドが動き出す。
これは……なにか口答えすれば、殺される。
「あ、今晩お世話になりまーす」
苦笑いでごまかした。
「坊主、お前。飲み込みが早いな☆」
きっしょ!
「あぁ!」
突然、慌てるミハイル。
そして、俺に飛びついて抱き着く。
「な、なにをする? ミハイル」
「だって、ねーちゃんが裸じゃんか!」
絶壁の胸で俺の視界は真っ暗だ。
だが、ミハイルの香りが心地よく、また彼の心音が聞けて、BGMは最高だ。
「ミーシャ、裸じゃないだろ~ 下着を着てるじゃん」
ヴィクトリアの顔は見えんが、きっと意地悪そうな顔なのだろう。
「ねーちゃん! タクトは男なんだよ! 早く服を着て!」
いや、お前もだろ。
「は? どうしたんだ、ミーシャ? 力だっていつもあたいの身体を見てるけど?」
「力はタクトと違うもん! あいつはちっさいころからねーちゃんの裸見てたもん!」
ええ……ちょっと、ドン引きだわ。千鳥のやつ。
「はぁ? おかしなミーシャだな……ま、あたいは服でも着るべ」
そう言うと、足音が遠くなる。
その間、ずっと俺はミハイルの胸で暖められている。
貧乳、ばんざ~い!
「も、もういいぞ……タクト」
抱擁タイム、終了ですか?
延長ってお願いできないんですかね。
「なんか色々とごめんな……」
顔を真っ赤にさせて、モジモジしだすミハイル。
「まあ我が家もあんな感じだから、気にすんな」
「う、うん……」
それが大問題なんだがな。
「じゃあ、お泊り決定だな! オレがかなでちゃんに電話しておくよ☆」
「いや待て……」
話している途中だというのに、俺を無視して既にスマホで通話しだした。
「あ、かなでちゃん? うん、オレ☆ タクト、今日うちに泊まるからさ」
『了解ですわ。それより、ミーシャちゃん、ハァハァ……今日の下着は何色ですの?』
隣りにいても聞こえてくる変態の声が(妹)。
「え? ブルーかな?」
『ハァハァ……そ、それでどんな形ですの? リボンは付いてますの?』
「普通だけど」
『ハァハァ、まだまだノーマルですのね。ミーシャちゃんは、デヘヘ……』
俺はミハイルのスマホを取り上げると、電話をぶち切ってやった。
人の友人になにを吹き込んでいるんだ、あの変態妹は。
「さあ食え! 坊主」
「あ、いただきます……」
目の前にあるのはグツグツと音をあげる鍋。
博多名物、もつ鍋。
なんで、暖かくなってきたというか、暑くなりつつある春に?
こういうのは冬に食うのがうまいと思うんだが……。
リビングには年季の入った大きなローテーブルがある。
傷やはがれかけのシールがチラホラと……。
たぶん、ミハイルが幼いころから使っているんだと思う。
ヴィクトリアはあぐらをかき、ストロング缶片手にニカッと歯を見せて笑う。
ほぼオヤジじゃん。
ショーパンをはいているんだが、サイズが小さすぎてパンツが『はみパン』しているよ……。
タンクトップもゆるゆるで、ブラジャー丸見え。着ている意味あんの? ってなる。
「坊主、お前も酒を飲め!」
「いや……俺、まだ未成年っすよ?」
「ち、つまんねーやつだな」
そこは守ろうぜ?
「タクト、乾杯しよう☆」
俺とミハイルは仲良く、並んで座っている。
気のせいか、いつも以上にミハイルとの距離が近い。
太ももがピッタリとくっつけてくるから、それ以上のサービスを期待してしまう。
「ああ」
俺の右手にはアイスコーヒー。ミハイルはいちごミルク。
グラスとグラスが音を立てて、宴会のベルが鳴る。
「「「かんぱーい!」」」
ヴィクトリアは宙にストロング缶を挙げている。
「ところで、ミハイル。お前、どうやって酒を買えたんだ?」
「え? ふつーに買ってきたけど?」
くわえ箸は良くないぞ、ミハイル。
「どうやって? お前はまだ未成年だろ。年齢確認はどうした?」
「は? そんなもん、毎回やってねーよ?」
なん……だと!?
「バカヤロー! 私たちの『ダンリブ』だぞ! 顔パスだ、んなもん」
ヴィクトリアは一気にストロング缶を飲み干すと、新しい缶を開ける。
「いやいや、ミハイルは15歳ですよ?」
「なに言ってんだ、坊主。ヒック……生まれてからこの方、席内で育ってんだ。あたいが成人してるのを『ダンリブ』も知っているから問題ねーの」
問題大ありだ、バカヤロー! ダンリブに謝れ!
「でもですね……」
「しつけーやつだな。ヒック、いいか? あたいの店は生まれる前からオープンしている。席内じゃ、ちょっとした老舗なんだよ……ダンリブより歴史が古いっつーの!」
つまりコミュティとして、連携が取れていると言いたいのか?
「なるほど……しかし、ヴィクトリアさんが買いにいけば問題ないのでは?」
「ヴィッキーちゃんって言えったろ、坊主!」
「す、すんません! ヴィッキーちゃん!」
怖いやつにちゃん付けできるかよ……。
「うし。ヴィッキーちゃんは毎日パティシエやって疲れているから、ミーシャはお使いするのは当然にゃの☆」
そして、また新しいストロング缶を開けるヴィクトリア。
ちなみに500ミリ、リットルのサイズ。
それをジュースのように飲むおねーちゃん。
「オレのねーちゃん、優しいだろ☆」
わざわざもつ鍋をよそうミハイル。
あーた、気を使える子だったのね。
「ありがと、ミハイル」
小皿を受け取ると、彼は嬉しそうに笑う。
「なあ……坊主」
俺とミハイルのやり取りを不機嫌そうに睨むヴィクトリア。
「は、はい! なんでしょう?」
「お前、ミーシャとどういう関係だ?」
なにそれ? 結婚前の親父発言じゃん。
「えっと……俺とミハイルは……」
「ダチだよな☆」
なぜか俺の腕にくっつくミハイル。
ちょっと、やめてくれる?
今の流れだと変な関係に見られるじゃん。
「ダチ……ねぇ……」
ストロング缶を一気飲みすると、今度はウイスキーをグラスに注いだ。
「ねーちゃん、タクトっていいやつだろ☆」
「ふーむ……あたいはまだ坊主とはダチじゃねーからな」
いや、オタクとダチになる必要性あります?
「よし、こうしよう! 坊主と野球拳して、あたいに勝ったらダチとして認めてやる!」
いやいや、根本的に間違っているし、セクハラだし。
「絶対に負けるなよ! タクト!」
なんか拳つくって「センパイ、ファイト!」みたいな熱意がすごい。
「まかせろ、ミハイル」
「言ったな、坊主。てめぇの『ぞうさん』を丸見えにしてやんよ!」
卑猥なお姉さんだな、もう!
~10分後~
「ねーちゃん、もう許して!」
泣き叫ぶミハイル。
「うるさい! ミーシャは黙ってろ!」
既にウイスキーはグラスではなく、瓶を直で飲んでいるヴィクトリア。
「もうやめにしましょうよ……ヴィッキーちゃん」
「ああ!?」
凄んでも無駄だよ。今のあんたの姿。
「ねーちゃん、もうパンツだけじゃん!」
そうそう今のあんた、セクハラってレベルじゃねーぞ!
パンティ一枚で重たそうなおっぱいがぶらんぶらん……。
「やかましい! まだ最後がある!」
見たくないし、誰も得しないよ。この勝負。
「「ジャンケン、ポン!」」
「だぁ~、なんでそんなに強いんだ、坊主!」
知らねぇよ、あんたが酔っぱらってからじゃね?
「しゃーねー、あたいの全部を見せてやんよ!」
と言って、パンティに手をかけるヴィクトリア。
「ダメだよ、ねーちゃん!」
それを必死に止めにかかる弟。
健気だ……そして、グッジョブ!
「離せ、ミーシャ! 勝負に負けたらルールは守らんと気がすまん!」
「そんなこと守らなくていいよ、ねーちゃん」
こんな家庭じゃまともに育つわけないよな……。
「あたいの名が廃るんだよ!」
なにをこだわっているんだ。
「すんません、なにが言いたいんです?」
「あたいは『それいけ! ダイコン号』の総長なんだよ!」
「……」
お前が犯人か!
「あたいは『それいけ! ダイコン号』の総長なんだよ!」
「……」
だからなんだって話。
それより早く服を着てあげて、ミハイルが可哀そうだぜ。
「ねーちゃん! おっぱい丸見えだって!」
「ミーシャ! 勝負は絶対に勝たないとダメなんだ!」
ただの野球拳じゃん。
~1時間後~
「ヒック……ミーシャはもう寝ちゃったか?」
壁にもたれかかって、片足を伸ばすヴィクトリア。
ミハイルより肉付きはいいが、色白で美脚だ。
俺がおそだしジャンケンで負けてやって、どうにか納得したねーちゃん。
ミハイルはヴィクトリアの相手に疲れてしまったのか、俺の隣りでスヤスヤ寝ている。
やはり昨日の『アンナ』や『デート』、それに『徹夜L●NE』がこたえているのかもしらん。
身体を丸くして寝ている。
寒そうだな……。
「ほれ、これをミーシャにかけてやれ」
ヴィクトリアがタオルケットを俺に投げた。
手に取ると、これまた例の可愛らしいクマさん柄。
このクマさんはお姉さまの推しか?
「あ、わかりました……」
起さないようにそっと、タオルケットをかけてあげる。
「ううん……タクト…」
寝言なんだろうが、なんだか恥ずかしくなる。
「よっぽど、坊主を気に入っているみたいだな?」
お姉さん、ウイスキー瓶二本目ですよ?
ラッパ飲みは良くないと思うんです。
「そうですか? 千鳥や花鶴もこんな感じでしょ?」
俺がそう言うと、ヴィクトリアは眉間にしわを寄せる。
「全然違う!」
激おこぷんぷん丸だよ。
「具体的には?」
「まずミーシャはあたいが可愛く可愛く育てていたんだぞ! おっ死んだ両親に代わってな!」
これ説教だろ。しかも酔っぱらってから更にめんどくさい。
「は、はぁ……」
「だが、坊主に出会ってからなにやらコソコソとしやがって! つまんねーんだよ!」
寂しいだけだろ! 思春期なんだからしゃーないよ。
「それはミハイルの年なら普通のことでは?」
自家発電とかね!
「んにゃ! 全然違う! 坊主は劇薬だ!」
そのお言葉、そのままお返しします。
「そういえば、『それいけ! ダイコン号』の初代総長とか言ってましたよね? ミハイルは2代目なんですか?」
「はぁ? なんでミーシャが関わってくるんだ?」
「なんか、一ツ橋高校で噂になってまして……」
「それはない。ミーシャはあたいが可愛く可愛く育てたんだ。確かにケンカは教えたが、人様の迷惑になるような弟じゃないよ」
このブラコン姉貴!
「じゃあなんで……」
「知るか! あたいも蘭も日葵も『売られたケンカは買う』だけだったからな……」
「え?」
「は?」
なんか今聞きなれた名前が……。
「その……蘭って」
「ああ、蘭は副長だったよ。今は一ツ橋の教師だったよな」
ファッ!?
元ヤンが教師かよ……そりゃあんなバカ教師になるわな。
「じゃあ白金は?」
「なんだ? 日葵と知り合いか? ヤツはああ見えて特攻隊長だったんだ。ちょっと待ってろ」
ウイスキー瓶片手に自室へと入るヴィクトリア。
戻ってくると一枚の写真を俺に差し出した。
「こ、これは……」
俺の目に入ったのは、若かりし頃のヴィクトリア。
紫色の特攻服を羽織っている。
もち、『それいけ! ダイコン号』の刺繍入り。
私たちバカですって言っているようなもんだろ。
芸人にでもなればよかったのに。
ウンコ座りして大根を担いでいる。
この時から巨乳なんだな。チューブトップからはみ出る胸の谷間。
キモッ!
「ん? こっちは誰ですか?」
ショートカットの黒髪の少女。
目つきがかなり鋭い。
そして巨乳。
大根を同じく担いでいる。
食べ物は粗末にするなよ。
「ああ、それは蘭だ」
やっぱね……。
「うげっ! なんすかこのオ●Qは?」
「それは日葵だ」
ええ……。
大根にかじりつく少女。
顔面白塗りお化け……といったところで、誰かさっぱりわからん。
しかも目の周りに真っ黒のアイシャドウ。
パンダかよ。
「こ、これで特攻隊長だったんすか……白金の奴」
「ああ。『頭突きのお化け』で席内じゃ有名だったぞ?」
これはいわゆる黒歴史というやつでは。
「白金もヤンキーだったんすか?」
「まあ、あたいたちがやってきたことが『ヤンキー』というのかは知らんが、さっきも言ったけど『売られたケンカは買う』てことだけをしていたからなぁ……」
ウイスキーをガブ飲みは良くないと思われます。
「じゃあ自らケンカすることはなかったと?」
「まあそうだな、あとは弱いものいじめしているヤツらはボコボコにしてやったけど」
それ、立派といえば立派だけど、ちゃんとしたヤンキー!
「なるほど……ところで、ヴィッキーちゃん」
「あん?」
「この写真お借りしてもよろしいですか?」
「なんだ? あたいの写真でおかずにする気か? ヒック……」
ニヤつくヴィクトリア。
誰がこんなクソきもい写真で自家発電すっかよ。
「いや、ちょっと取材として……」
これはいい素材だからなぁ~
「取材? 坊主、記者でも目指してんのか?」
それよく言われるな。
「いえ、俺はこう見えて作家ですんで」
「作家? なるほど、繋がったな。だから、日葵と知り合いなんだな?」
全部つながったよ、バカヤロー!
こうなることも見通しての策略か、クソ担当編集、白金 日葵。
「ま、まあそうですね……」
「なぁ、坊主」
「はい?」
ヴィクトリアは俺に近寄り、頭を撫でる。
俺が彼女を見上げると、優しく微笑んだ。
「ミーシャと仲良くしてくれて、ありがとな。最近、よく笑うんだあいつ……」
「え……」
当の本人と言えば……。
「ムニャ……タクトぉ……」
とさっきから連呼しているんだが。
気づかれてない? ヴィクトリアに。
「いいがぁ? ぼうず……」
もう呂律が回ってないよ、ヴィクトリア。
かれこれ、数時間も俺はこの酔っ払いにからまれている。
寝ちゃダメなの、俺は?
スマホをチラ見すると『2:58』。
「あの……」
「なんだぁ? あたいとエッヂなことでもじだいのがぁ?」
はぁ、疲れるな、独身アラサーの酔っ払いは。
「俺、そろそろ帰っていいですか?」
なぜならば、あと一時間で朝刊配達が始まるからだ。
「なんだと!? 泊っていけったろ、坊主!」
急に立ち上がるヴィクトリア。
なぜか巨大なクマさんのぬいぐるみを抱えている。
よっぽど好きなんだな、クマさん。
「いや、俺。仕事があるんで……」
「仕事だぁ? こんな時間に働く仕事なんてあるのか?」
あるわ、ボケェ!
「新聞配達やっているんです。朝刊と夕刊」
「……ほう、坊主。勤労学生だったのか」
勤労って……。
「なら仕方ないな……だが、電車は動いてないぞ?」
げっ! そうだった!
ど、どうしよう? タクシー使ってもいいけど、金がかかる。
ただでさえ、うちは俺の収入でどうにかやっているのに……。
「あ、歩いて帰ります……」
泣きそう!
「席内からか?」
「はい」
歩いて一時間くらいか。徹夜でウォーキングとか苦行すぎ。
「坊主、バイクの免許持っているか?」
「原付なら……」
「ならあたいのバイクを貸してやる」
そう言うとヴィクトリアはよろけながら立ち上がる。
「ヒック……こっちこい」
「はぁ」
手招きされて、家を出る。
去り際、ミハイルの寝顔を拝んて行く。
やはり、こいつは可愛いな……。
「ミーシャのことなら後であたいが伝えておくよ」
見透かされたようにツッコまれる、俺氏。
ヴィクトリアはミハイルの女装の件を把握しているのだろうか?
家を出ると春先とはいえ、夜中だ。けっこう冷える。
階段を下りて、裏庭に出ると物置が見えた。
ヴィクトリアは物置を開くと、ビニールシートで覆われた大きな物体の埃を落とす。
「久しぶりだからな……動くかな?」
なんか嫌な予感。
彼女がビニールシートを勢いよく取り払うと、そこに衝撃のバイクが!
「こ、これは……」
バイク全体がピンク色で塗装されており、所々にハートやおなじみのクマさんのステッカーが貼られている。
痛車? 萌車? なにこれ?
「あたいの愛車、『ピンクのクマさん号』だ☆」
まんまじゃねーか。
「懐かしいなぁ、さっき見せた写真あっただろ? あの頃に乗り回してたんだ」
族車だった……。
「お借りしてもいいんですか?」
「は? やるよ?」
いらねぇ!
「それはさすがに……」
絶対にお断りしたい代物だからな。
「なんだと、坊主……あたいの宝物が気に食わないってのか!?」
腰をかかがめて、睨むヴィクトリア。
あの……キモい巨乳が露わになってます。『中身』も見えそうだから、やめてください。
「いえ、宝物ならなおさら……」
俺がそう言うと、ヴィクトリアはニッコリと微笑む。
「だからだろ☆」
「へ?」
「あたいの宝物はミーシャ。そのダチなんだ……」
ヴィクトリアは優しく笑いかけて、俺の頭を撫でる。
「だから坊主に託すよ」
それ俺に託しちゃダメだろ。ミハイルに託せよ。
「ガソリンは入っているんすか?」
「ああ、こんな時のためにちょくちょくメンテしていたからな」
クソッ! 歩いた方がマシじゃねーか。
「じゃあお借りします」
「やるっつたろ!」
クッ、忘れてないのかよ。酔っぱらいのくせして!
俺は痛い族車にまたがる。
ヴィクトリアは満足そうに微笑む。
「よく似合っているぞ、坊主」
「は、はぁ……」
バイクに鍵はつけっぱなしだ。
鍵を回すとエンジンが音を立てて、俺に挨拶する。
ものは悪くない。しかし、問題は見た目。
「また遊びに来いよ? 坊主」
「はい……何からなにまでお世話になりました」
もう二度とお世話になりたくない。
「いいってことよ☆」
俺はアクセルを回して、ゆっくり裏庭から発進する。
店の前まで来ると、商店街は人っこ一人いないことが確認できた。
「坊主!」
振り返ると、ヴィクトリアがわざわざお見送り。
「はい?」
バイクに乗っている俺に近寄り、耳元でささやく。
「ミーシャを泣かしたら……おめぇ、殺すからな☆」
一回泣かしたから死刑宣告かな?
「はは……俺とミハイルは仲良いですよ?」
「ならいいんだ☆」
ヴィクトリアは数歩下がり、両手を腰にに回す。
夜風に吹かれて、美しい金髪が揺れる。
優しく微笑む彼女はまるで、映画のヒロインのようだ。
やはり姉弟だな……。
巨乳じゃなかったら惚れていたかもしらん。
「じゃあ、また……」
俺はアクセル全開でエンジンをふかす。
ヴィクトリアは笑顔で手を振っている。
不思議な女性だ……。
この人のもとで育ったからこそ、ミハイルはあんなにキラキラと輝く少年になったんだろうな。
俺は夜道を族車で、走る。
思い起こせば、こんなに人とちゃんと接したことはなかったろうな。
『そこの原付! 止まりなさい!』
ミラー越しに背後を確認すれば、パトカーがサイレンを鳴らしている。
「あ……ヘルメットしてなかった」
俺は警察に減点とられて、めっさ怒られた。
「未成年がこんな時間になにをしているんだ!」
と激しく迫られ、「仕事です」と答えたが、警察官は「若いうちからちゃんとしてないとダメな大人になるぞ!」と1時間も説教を食らう始末。
おかげで朝刊配達に30分も遅刻してしまった。
仕事を終えて帰宅すると朝食もとらず、ベッドに直行。泥のように眠った。
ピコン!
通知音で目覚めた。
スマホを見れば、見覚えのある名が……。
白金 日葵。
『センセイ、昨日の今日で悪いですけど、打ち合わせしましょ♪』
クソが!
勤労学生をこれ以上苦しめるな!
当然、ムカついた俺はお断りの返事を送ることにした。
『無理』
そしてまた眠りにつこうとした瞬間だった。
アイドル声優『YUIKA』ちゃんの着信音が流れる。
曲名は『幸せセンセー』。
これが流れる度に癒されるのだが、着信名を見れば、うつになる。
名前はロリババア。
「はぁ……もしもし?」
『センセイ! 今日は絶対に来てください!』
「うるせーな……こちとら徹夜だったんだ」
『それは私もですよ! それより、昨日のプロット、早く完成させてください!』
「なにをそんなに急ぐ?」
『編集長に話したら、プロットでもいいから早く読ませろって、やる気マンマンなんですよ♪』
人の苦労を知らずして、ムカつくやっちゃ。
だが、出版される可能性があるならば、朗報だな。
「だいたい状況は把握した。5分で書いてやる」
そう俺はこう見えて、速筆が早いのが売りなのだ。
『さすがですね、センセイ! じゃあお昼に博多社で♪』
ブチッと雑な切り方が耳障りだった。
俺はベッドから降りると、机にノートPCを置いて開く。
起動後、改めてミハイルをモデルにヒロインを構成し、主人公は自身とした。
~数時間後~
博多社のビルに入ると、受付嬢の倉石さんが笑顔で出迎える。
「こんにちは、琢人くん」
「おつかれさまです。倉石さん……」
「どうしたの? なんか目の下にくまが…」
「昨晩、徹夜で取材してたので」
「た、大変ね……」
「そういえば、倉石さん。あのアホの過去に興味ありませんか?」
「白金さんの?」
アホで通じるのが、倉石さんの大好きなところだ。
「はい……これを見てください」
俺は昨晩、ヴィクトリアから頂いた例の写真を取り出す。
倉石さんは身を乗り出して、写真を確認する。
「な、なにこれ!? オバケがいる!」
さすが倉石さん、いい反応だ。
「これ、白金ですよ?」
「え!? 白金さん、ヤンキーだったの!?」
顔面真っ青になり、両手で口を塞ぐ。
「その通りです。席内じゃ『頭突きのお化け』で有名らしいっすよ」
「マジ?」
「大マジです。しかも特攻隊長だったとか」
倉石さんは何を思ったのか、スマホを取り出す。
俺に「これ撮ってもいいかな?」とつぶやく。
その顔はなにやら悪だくみを考えていそうな形相だ。
「どうぞどうぞ」
この写真はやはりいい素材だな、徹夜したかいがあったというものだ。
俺と倉石さんが白金の黒歴史写真でキャピキャピ話していると、背後から声をかけられた。
「センセイ? なにをやっているんですか?」
振り返ると青色のワンピースを着た白金が立っていた。
イルカがたくさん泳いでいるデザイン。しかもツインテールのゴム紐もイルカ。
水族館のお土産か?
「これはこれは、噂をすれば特攻隊長の白金さんじゃないですか」
俺はニヤニヤが止まらない。
倉石さんもつられて「ブボッ!」と吹き出す。
「な! なぜ、それをセンセイが知っているんですか!?」
急に慌てだす白金。
「え? なんだっけな……ヴィッキーちゃんから写真を提供してもらってな。ほれ」
俺は例の写真を白金に見せつける。
「そ、そんな! この写真は『それいけ! ダイコン号』解散と共に捨てたはずなのに!」
やるじゃん、ヴィッキーちゃん。
「か、返してください!」
俺から写真を奪おうとする。
だが、俺は余裕で白金の攻撃をかわす。
ぴょんぴょんとウサギのようにジャンプするが、低身長が邪魔して届かない。
「返すもなにもこれは俺がヴィッキーちゃんからもらったものだ。なので、俺の所有物だ」
「は!? 私の写真で何をする気です!?」
「なにも? ただ今後の作家活動が円滑に進めるために……な」
これからなにかと脅しに使えそうだし。
経費が落としやすくなりそうだし。
白金は唇を噛みしめて悔しそうにこちらを見ている。
涙目で。
「このクソウンコ作家!」
うんこ大好きだよな、こいつ。
白金の黒歴史を晒したことで、俺はメシウマ状態であった。
激おこぷんぷん丸になった彼女を無視し、編集部へと向かう。
ゲゲゲ文庫、編集部。
相変わらず社員たちは忙しそうにお仕事をしている。
この隣りにいるJS体形のロリババアとは違って……。
白金はいつものように自動販売機の前に立つと「なにを飲みます?」と聞く。
俺は当然のようにコーヒー、「ビッグボス」と答える。
彼女から缶コーヒーを受け取ると、面談室へと向かった。
「あ、DO・助兵衛先生!」
先客がいた。俺から見て奥側のテーブルの前に座っている。
人間ではなく、正しくは豚だ。可愛い豚ではない。汚らしいブタだ。
豚は汗をだらだらと流し、萌え絵のハンカチで額を拭いている。
汗で濡れたシャツは大雨に打たれたようにびしゃびしゃ、肌が透けて乳首まで丸見えだ。
これって、なんの拷問?
「トマトさん……その名で俺を呼ぶのはやめてください」
彼の名はトマト。
本名は知らない、売れないイラストレーターで俺の小説の表紙や挿絵を担当している人だ。
俺がデビューしてかれこれ3年の付き合いか。
といっても、編集部で仕事の話をするぐらいだが。
「すいません、DO先生。白金さんから聞いたんですが、今回はラブコメに手をだすんですか!?」
彼は驚きのあまり、席を立ちあがって汗を吹き出す。
そう、彼が驚くのはもっともだ。
なぜなら、俺はライトノベルというには、ダークすぎるノベルが多い。
ヤクザものが多く、過激な暴力描写で一定のコアなファンがついているが……。
裏を返せば、万人受けしない作者なので、売れない作家ともいえる。
「はい……このロリババアに言われたので」
指をさして物扱い。
「誰が、ババアですか!? 私はまだ20代のピチピチギャルですよ!」
ロリも否定しろよ。
「ま、まあ……お二人ともイスに座って。打ち合わせ……しましょ?」
トマトさんにその場をおさめられ、俺と白金は腰を下ろす。
「じゃあ、DOセンセイ。プロットをさっさと出してください」
ムカつく女だ。
俺は黙ってリュックサックからノートPCを取り出す。
テーブルの上に置いて、起動する。
モニターを白金とトマトさんがのぞき込む。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
タイトル
『気になっていたあの子はヤンキーだが、デートするときはめっちゃタイプでグイグイくる!!!』(仮)
あらすじ
売れないライトノベル作家、真島 タクトはひょんなことから通信制高校へと入学する。
彼の入学動悸は取材だ。
それも恋愛経験のない彼が、気色の悪い担当編集に言われて、ラブコメに手を出したからだ。
『ラ』の字も知らないタクトは、ラブを知るために通信制高校、通称バカ高校に入学する。
そこで知り合ったのは可憐な少女……ではなく金髪ハーフのヤンキーの女の子、席内 アンナ。
アンナはスクリーングに来るときはタンクトップにショーパンというラフな姿で、いつもヤンキーグループとたむろしているような女だ。
入学式に美人の彼女を見つめていたことで、『ガンつけた』と因縁をつけられる。
その際、理由を問われたため、タクトは答えた。
「かわいかったから……」
驚いたアンナはタクトを殴ってしまう……が、その一言で恋に落ちてしまう。
一大決心をしたアンナはタクトに告白をする。
だが、恋愛経験のないタクトは断ってしまう。
「ヤンキーとは付き合えない」
涙を流すアンナ。
別れ際に彼女は問う。
「どんな女の子だったら付き合えたの?」
タクトは涙を浮かべる彼女を見て、答えに困った。
「もっと普通の女の子だったら……」
と安易に答えてしまう。
その日以来、フラれてしまったアンナはもう一度タクトを振り向かせるために、心機一転。
タクトとデートしたい一心で、彼好みの女の子を研究する。
そして、今までとは全く違うラブリーなファッションをして、デートに誘うのであった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「いいじゃないですか! DOセンセイ!」
喜ぶ白金。
てか、これってほぼノンフィクションじゃね?
「すごいです! これはDO先生の実体験によるものですか?」
トマトさん……それ聞いちゃダメなやつ。
「ま、まあ……多少盛ってますがね」
多少どころか、アンナが男なのがな……。
すまん、ミハイル。
「この作品の続きは!? もう書いてますか? DOセンセイ!」
興奮して身を乗り出す白金。
「いや。まだだ」
だって、デート一回しかしてないもん。
「んで、白金。この作品はボツか?」
正直言って、ほぼ俺の体験話だからな。
「……」
黙って何度も俺のプロットを読み返す白金。
その目はいつになく鋭い。
数分間の沈黙のあと、白金は呟いた。
「いよう……採用です」
「え?」
「採用ですよ! DOセンセイ、絶対に採用です!」
逃れられないフラグが立ったみたい……嫌だわ~怖いわ~
「おめでとうございます! DO先生!」
脂汗でギトギトの手で握手しやがる豚イラストレーター。
「は、はぁ……」
「では略して『気にヤン』。これでいきましょう!」
拳を天井へ掲げる白金。
えらく気に入ったみたいだな。
まあ俺は金さえもらえれば、なんでもいいんだが。
「でも……白金さん、僕……可愛い女の子のイラストは苦手なんですよ」
トマトさんが肩を落とす。
そう彼はガチムチなマッチョおじさんを描くことが得意分野である。
今まで女のイラストと言えば、極道のオンナぐらいだ。
「なるほどですね……」
考え込む白金。
しばらく、フリーズしたのちに何かをひらめいたようだ。
手のひらを叩く。
「女子高の門前でリアルJKを盗撮したらどうですか?」
「え……」
顔面ブルースクリーンへとバグるトマトさん。
「業務連絡です、盗撮してきてください!」
「は、はい……」
了承しちゃダメだろ!
犯罪じゃねーか!
「トマトさん……盗撮はダメですよ」
俺はバカ編集白金の犯罪ほう助を事前に防いだ。
そもそも業務連絡で『JKを盗撮』とかバカすぎだろ。
「ええ~ トマトさんもモデルがいないと書けないっしょ! だって童貞だし……」
サラッと人の恋愛経験を晒すな、白金。
「ご、ごもっともです……僕は今年で25歳なんですけど、生まれてこの方、女の子と付き合ったことないので……」
ちょっと涙目じゃないですか!? トマトさん!
大丈夫です! 俺も童貞ですから!
「ま、まあそれと女の子のイラストを描くのは別なのでは?」
「いえ、僕もやはりモデルがいると、いないとでは全然違いますよ」
そんなものだろうか?
「なるほど……」
俺とトマトさんは互いに俯いて、「う~ん」と唸る。
「じゃあDOセンセイのモデルを見せてもらったらどうです?」
白金が人差し指を立てて、提案する。
「はぁ!?」
思わず、大声を出してしまう。
だってモデルってミハイルことアンナちゃんだもの。
「それはいいですね」
頷くトマトさん。
「でしょ♪ じゃあDOセンセイはこのヒロインのモデルの方を私たちに連れてきてもらって……」
と言いかけたところで俺が止めに入る。
「却下だ!」
拳でテーブルをダンッ!と叩きつける。
普段、あまり感情的にならないせいか、白金もトマトさんも驚きを隠せなかった。
「ど、どうしたんです?」
目を丸くする白金。
「ヒロインのモデルは訳ありな子なんだよ……だから直接取材は却下する」
だって男の子なんだもん。
「そうですか、困りましたねぇ……」
「ま、まあDO先生の大切なカノジョさんですしね」
ちょっといやらしい目つきで俺を一瞥するトマト……いや豚か。
なんか変なことでも想像してんだろうな。
「トマトさん、彼……いえ、彼女は立派な取材対象であって恋愛対象ではありません。ですが、先ほども言った通り、彼女は事情があって簡単には紹介できないんですよ」
「そうなんですか?」
「ま、まあ深入りしてほしくないってことです」
なんかわき汗が滲んできた。
わしがなんでミハイルをかばわないといけないんじゃ!
「……」
眉間にしわを寄せて、考え込む白金。
しばしの沈黙の後、口を開いた。
「トマトさんって確か高校中退者じゃないですか?」
「あ、はい。恥ずかしながら2年生の時に……」
そうだったんだ。
「なら、今から高校に入れば、リアルJKと出会えるでしょ♪」
ファッ!?
「え……僕、25歳ですけど……」
浮くこと間違いなし!
「関係ないですよ。DOセンセイが今通学している一ツ橋高校に入学すれば、年齢は関係ありません。下手したら死ぬ前のじいさん、ばあさんが通ってますから」
お前、サラッと高齢者のことディスるなよ!
かわいそうなこと言いやがって!
「は、はぁ……」
「よし! トマトさんは秋から一ツ橋高校に潜入して、盗撮しまくってください!」
潜入って……カメラは現地調達か?
「でも僕、あんまりお金ないです……」
「安心してください!」
パンツははけよ。
「経費で落としますから♪」
「そ、それなら……」
なん……だと?
俺は経費で学費を落としてもらってねーぞ!
新聞配達と少ない印税で払っているというのに!
この待遇の差はなんじゃい!?
やはり物書きとイラストレーターでは待遇が違うのか……。
「ちょい待て白金!」
「なんです?」
「俺はなんで経費で落とせないんだよ!?」
「だってトマトさんはイラスト一本で食っているプロですよ? DOセンセイみたいな二足の草鞋を履くようなセミプロと違ってお金がないんですもん」
「き、貴様……言わせておけば……」
「それにDOセンセイには色々と経費で落としているでしょ? 先月の領収書一覧見ます?」
白金は一旦席を外して、編集部奥のデスクからレシートの束を手に戻ってきた。
「ほら? 経費で落としているだけでも感謝してくださいよ」
全部、映画のチケット代。
「ええ!? DO先生って経費で映画を見ているんですか!?」
「ま、まあ小説家に映画は必要ですよ……」
「そこは小説じゃないんですね」
「……」
クソッ! 豚のくせして的確にツッコミ入れやがる……。
「先月だけでも3万円以上、払っているんですけど?」
白金のプレッシャーがパない。
ロリババアのくせしてこういう時だけ大人っぽいんだよな。
「わ、わかったよ!」
「ならトマトさんは秋から一ツ橋高校に入学で決定ですね♪」
「うわぁ、何年も勉強してないけど、大丈夫かなぁ」
大丈夫だろ、あんなバカ高校。
また今度、映画でも観るか。(もち経費で落とす)