「あ、タクオ。これ」
1つのトランクを差し出すリキ。
どうやら、ミハイルの荷物らしい。
俺がトランクを受け取ると、すぐさま車のエンジンをかける。
「え、ちょっと……」
引きとめようとしたが、間に合わなかった。
「じゃあ、俺とほのかちゃんは、卒業式の打ち上げがあるからさ。二人はゆっくり新婚旅行を楽しんでくれよ」
「そうそう♪ おじゃま虫の私たちは、宗像先生やみんなと焼き鳥屋さんでパーティーするから」
なんか、そっちの方が楽しそうな気がするけど。
「二人とも、待ってくれよ! 本当にこのまま、行くのか!?」
俺の問いに、リキとほのかは黙って顔を合わせる。
しばしの沈黙の後、二人は息を合わせてこう言った。
「当たり前だろ」
「当たり前でしょ」
こいつらの方が、もう夫婦じゃね?
ふと、気になったので、ミハイルに目をやると。
顔を真っ赤にして、アスファルトに視線を落としていた。
恥ずかしさからか、身体を震わせている。
「……」
黙り込むミハイルを見て、心配になった俺は声をかける。
「なあ、大丈夫か?」
「え……?」
俺が声をかけるまで、我を忘れていたようだ。
大きな目を丸くして固まっている。
お互いどうしていいか分からず、その場で立ちすくんでいると……。
リキとほのかが乗る、ブライダルカーが動き始めた。
「じゃあな! また同窓会とかで会おうぜ!」
「二人とも、お幸せに~♪」
残されるこちらの身も考えてよ……。
※
リキたちが去って、どれぐらい経っただろう。
20分以上は、このラブホテルの前に立っている。
裏通りとは言え、博多駅の近くだ。
真っ白なタキシードとウェディングスーツを着た、俺たちは悪目立ちしている。
すれ違う通行人たちが、指を差して笑う。
「なに、あれ?」
「きっとウェディングプレイとかじゃね」
違うわっ! プレイじゃなくて、正真正銘の夫婦だ!
愛するパートナーを見て、嘲笑う奴らに苛立ちを覚える。
これ以上、ミハイルを笑いものにさせてたまるかっ!
それに……宗像先生の真似じゃないが、ホテルには違いない。
どちらにしろ、今夜、俺とミハイルは結ばれる……予定だった。
なら、初めてがムードのないラブホでも良いじゃないか。
気合を入れるために、頬を両手で叩く。
「うしっ!」
ようやく、俺も覚悟を決めた。
そして、ミハイルに一言。告げる。
「ミハイル、入ろう」
「え、えぇ!?」
驚く彼を無視して、話を続ける。
「俺たちはもう結婚したんだ。今日からずっと二人で暮らす……なら、遅かれ早かれこういう場所も利用するだろ?」
「うん……そうだよ、ね」
目を合わせてはくれないが、ミハイルも俺の考えと同じようだ。
その姿を見た俺は同意と見なし、黙って彼の手を掴む。
これ以上の言葉は、無粋だろう。
少し強引だが、彼の手を引っ張って、ホテルの中へ入ろうとした……その瞬間、ミハイルが俺の手を払う。
驚いた俺は振り返って、彼の顔を確かめる。
「ご、ごめん……嫌とかじゃなくて……あのね、実は」
顔を真っ赤にして、身体をもじもじとさせている。
なんだ? トイレにでも行きたいのか?
そういうことなら、ホテルにもあるだろう。
「どうした? やはり、入りづらいか?」
俺の問いに、頭をブンブンと左右に振って見せる。
「そうじゃないんだって……。あのね、タクトはウェディングドレスを見たくないって、言ったじゃん」
「ああ……そう言えば、そんな話もあったな」
「実はもう一人分、作ったの。ドレスを」
「へ?」
首を捻る俺に対して、彼は黙って指を差す。
ミハイルが差したのは、俺の右手。
先ほど、リキに渡されたトランクケースだ。
「その中には……アンナの分。ウェディングドレスが入っているの」
久しぶりに聞いた、その名前に驚きを隠せない。
「なっ!? アンナだと!?」
「うん……いろいろ考えたけど。あ、アンナも着たいと思うし……タクトも見たいかなって」
「そ、それは……」
否定すれば、嘘になる。
彼の言う通り、俺も一年以上、彼女と会えていない。
それにプロポーズした際、男のミハイルを選んだが……。
本音は、未練タラタラで。
彼女のことを引きずっているのも事実だ。
ウェディングドレス姿のアンナ……想像しただけで、興奮してしまう。
「ったい……見たい!」
気がつくと、自分の正直な気持ちをミハイルにぶつけていた。
また女のアンナを選んで、傷つくんじゃないかと思ったが……。
「嬉しい☆ タクトなら、そう言ってくれると思ってた☆ 実はね、アンナのドレスも作っていたから、なかなか会えなかったんだよ」
「……」
そういう事だったのか。
ったく、こいつはどこまでも可愛いな。
※
トランクの中身が分かったところで、ミハイルはようやくホテルへ入る決心が着いたようだ。
もう一度、俺と手を繋ぐ。
「じゃあ、今度こそ入ってもいいのか?」
「うん……だけど、その前に聞いてもいいかな」
潤んだ瞳で上目遣いをする。
エメラルドグリーンだけでも、反則レベルなのに。
こんなことされたら、股間が爆発しそうだ。
「なんだ?」
「あの……“どっち”がいい?」
「え?」
「だからさ、今のオレとアンナ。どっちを選ぶの?」
頬を赤くして、こちらをじっと見つめる。
なんて愛らしいんだ。
つまり、彼が言いたいのは……男のミハイルか、女のアンナ。
どっちを食べたいですか? ということだろう。
なんだ、この高揚感は。
まるで仕事から家に帰ってきたら、愛する妻が「お風呂にしますか? お食事にしますか? それともワタシ……」的なシチュエーション。
しかし、そんなことを選ぶ必要はない。
意味を理解した、俺は即答する。
「両方、いただこう」
「え?」
大きな目を丸くする、ミハイル。
「だから、二人ともいただく。俺がミハイルとアンナを愛しているのは、事実だからな」
ミハイルは俺の答えを聞いて、一瞬、言葉に詰まっていたが……。
恥ずかしそうにこう言った。
「じゃ、じゃあ……どっちから?」
「もちろん、ミハイルからだ。俺が一番最初に可愛いと思ったのは、お前だからな」
俺がそう答えると、ミハイルは小さな声で「バカ……」と呟く。
だが、まんざらでもないようで、身体をもじもじさせながら、俺の目をじっと見つめる。
「オレで良いんだ?」
「確かにアンナも好きだ。でも大事なのは、中身であるミハイル、お前だ」
「うん☆」
俺の顔を見つめて、優しく微笑むミハイル。
右手を差し出し、何かを待っているようだ。
「行こ、タクト☆」
「ああ……そうだな」
彼の小さな手を掴むと、ラブホテルの入口に立つ。
緊張しているせいか、手の中は汗で湿っている。
こんなベトベトの手じゃ、ミハイルが嫌がるだろうと思ったが。
ミハイルは俺の考えていることを、察しているようだ。
上目遣いで、こう囁く。
「大丈夫だよ☆ オレもすごく怖いもん、タクトと一緒☆」
「……ミハイル」
その一言で、火がついた。
「じゃあ、二人で同時にホテルへ入るか?」
「うん、いいよ☆」
まさか結婚して、初めての共同作業が、ラブホテルへの入場とはな。
深呼吸した後、互いの手を強く握りしめ、片足を前に上げる。
するとセンサーに反応したようで、自動ドアが開いた。
「「せーの!」」
了