気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


「よぉ~し、ミーシャ! 今から婚約パーティーだ♪ もつ鍋を作ってくれ! いつもの倍以上なっ!」
「うん! オレ、いっぱい作るよ☆ タクトとねーちゃんのために☆」

 どうして、こうなったのだろう……。
 あれだけ反対されていたが、ウイスキーの一本で鬼のヴィッキーちゃんは結婚を許してしまった。
 むしろ「早くミハイルを連れて行け」「二人はどこで住むんだ?」などと。俺たちを急かしてくる始末。

 帰るはずだった俺も、ヴィッキーちゃんによって、リビングへと戻され。
 婚約成立の宴会が始まるのであった。

 まあヴィクトリアからすれば、早く親父が用意した酒を飲みたいのだろう。
 ミハイルがかわいそう……ウイスキーに負けたもん。

  ※

 一時間ほど経ったころ、ヴィッキーちゃんはベロベロに酔っぱらっていた。
 ミハイルは俺の隣りに座って、鍋をつつく。

「タクト? おかわり、いる?」
「いや……もういいよ」

 ヴィクトリアに無理やり、食べさせられたからな。
 腹が痛い。

「うぇ~ お前ら、幸せになれよぉ~ 不幸になったらぶっ飛ばすからな……タクト」

 どちらにしろ、このお姉さんは俺をぶっ飛ばすつもりなんだろ。
 だが弟のミハイルは、嬉しそうに微笑んでいる。

「ふふ、ねーちゃん。うれしそう。ここ最近、元気なかったもん。やっぱりあれかな? タクトが来てくれたからじゃない?」
 と上目遣いで話しかけてくる。
「まあ……安心してくれたのかもな」
「そうだね☆ これでタクトと安心して、結婚式をあげられるね☆」

 ん? 今ミハイルのやつ、変なことを言っていなかったか?
 結婚式を挙げる……冗談だろ。

「あ、タクトさ。今のオレ、どう思う?」
 そう言って、自身の短い髪を触る。
「え? 別に良いんじゃないか? ショートも似合っていると思うぞ」
「そ、そう意味じゃないよっ! 長い髪に戻した方がいいかなってこと!」

 いきなりなんだ? そりゃポニーテールの頃も好きだったが……。
 まあ長い髪の方が、今後も女装しやすいよな。
 そういう意味なのか。

「う~む。俺としては正直、どちらでもいいかな。確かにミハイルのイメージって、ポニーテールだったが。ケンカして短く切った時は驚いたけど……今じゃその髪型もカワイイって思うぞ」
 俺の答えに、顔を真っ赤にして怒り始めるミハイル。
「ち、違うよっ! そういうことじゃないじゃん! 結婚式を挙げるなら、ウェディングドレスを着るでしょ? なら長くした方が似合うじゃん!?」
「……は?」

 ちょっと待てよ。
 結婚式、ウェディングドレスだと?
 一体、ミハイルのやつ何を言っているんだ。
 俺たちは男同士、法的に認められるかは別として。
 同性婚なのだから、ウェディングドレスなんて必要ないだろ。

 それに……俺は結婚式なんて考えていない。

 頭を整理し終えたところで、彼に自身の気持ちを伝える。

「ミハイル、勘違いしているぞ。俺は結婚したいとは言ったが……結婚式を挙げるつもりはないぞ? 告白の時と同じく。二人の中で誓約を立てれば、それでいいんだ」
 そう言うと、彼はこの世の終わりのような顔で、俺を見つめる。
「ウソ……? 結婚式しないの?」
「ああ、する必要ないだろ。俺たち二人だけの問題だ」
「じゃあ、タクトは……オレがウェディングドレスを着ているところ、見たくないの?」
「どういうことだ? ドレスってことは、女が着るものだろ? つまりアンナになって、ドレスを着るのか? それなら式を挙げる必要性あるか。別にコスプレでも良いだろ」
「……」
 うつむいて、黙りこんでしまうミハイル。

「俺はミハイルと結婚するんだ。男ならウェディングドレスは、着られないんじゃないのか? したことないから、よくわからんが……」
「……カッ」
 ぽつりと小さな声で、何かを呟くミハイル。
「は?」
 
 急に顔を上げたと思ったら、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「タクトのバカッ! 結婚したいって言ってくれたから、楽しみにしてたのにっ!」
「え……?」
「タクトなら、見たいって言ってくれると思ってたのに。オレがバカだったよ!」
「ちょっと待て……一体どういう意味……」
 言いかけている際中で、彼に遮られる。
「もういい! この話は終わりっ!」
「……」

 それ以来、ミハイルが結婚式やドレスの話をすることはなかった。

  ※

 いざ結婚が決まり、甘々なカップルの生活が待っていると思ったが。
 そんな暇は、全然ない。

 毎日新しい生活に、慣れるので精一杯だ。
 俺はBL編集部で倉石さんと一緒に、色んな会議や作家さんとの打ち合わせ。
 たまに本屋へ顔を出して、BLコーナー担当の女性スタッフに自己紹介したり……。
 バイトとは思えないぐらい忙しい毎日。

 色んな人間の顔を覚えるのに苦労する。
 ヘトヘトになって、帰宅したころ。一ツ橋高校のレポートを作成する。
 他にも新しく転生した小説家、『古賀 アンナ』として、BL作品の原稿も仕上げ。
 動画で話題になったことで、編集部からインタビューを受け、エッセイを書いたり。

 恋人のミハイルとデートすることは、なかなか実現できなかった。
 別に結婚式の話で、仲が悪くなったわけじゃない。

 彼自身も今後のために、仕事をするようになったから、忙しいのだ。
 宗像先生が出資して、オープンしたオーガニック専門のカフェ。
 店長は見た目がシャブ中の売人みたいなおじさん。
 夜臼(やうす) 太一(たいち)先輩だ。
 ちなみに一ツ橋高校に在籍してるので、アラフォーだが現役男子高校生。
 その夜臼先輩が経営するカフェで、ミハイルは働くことになった。

 主に先輩が仕入れてきたオーガニック食品で、スイーツやコーヒーなどを販売している。
 身体にも優しく太りにくいと主婦層に、人気のあるショップ。

 そんな毎日を送っていると、あっという間に一年が過ぎてしまう。
 ミハイルとも会えない日々が続いている。
 寂しいが今は未来のため、がむしゃらになって働くべきだと、自分に言い聞かせている。
 まあ、唯一会えると言ったら、一ツ橋高校のスクリーングなのだが……。
 ここ数ヶ月は、俺の仕事が土日も入っており、遅刻や欠席が多い。

 
 だがある日、編集部で雑務をこなしていると、倉石さんに呼び止められた。

「琢人くん。あなた、そろそろ受験勉強は大丈夫なの?」
 あ、ヤベっ……すっかり忘れていた。
「えっと、まだ何もしてないです……」
「はぁ……それじゃ正社員になれないでしょ? 今日はもういいから、学校の先生と相談してきなさい」
「すみません、お疲れ様です」

 編集部を出ると、そのまま天神経由で、一ツ橋高校がある赤井駅へと向かう。
 今の俺は、高校生と思えない姿をしている。
 自分で買った紳士服に革靴。頭はポマードでセットしたビジネスマン……。
 まあ倉石さんに言われて、やっているに過ぎないけど。

 ~40分後~

 久しぶりに見た長い坂道、通称心臓破りの地獄ロードは、どこか小さく見えた。
 あんなにキツいと嫌がったこの坂道でさえ、懐かしさを感じる。
 この一年、駆け足で過ごしてきたからかもしれない。

 校舎が見えて来たところで、裏口に入る。
 一ツ橋高校の玄関をくぐると、すぐに下駄箱が見えた。
 上履きに履き替えて、階段を登った先。右手に小さな扉がある。
 ここが一ツ橋高校の事務所だ。

 ドアノブを回そうとした瞬間。
 反対側で誰かが、扉を開く。

「「あ」」

 目の前に立っていたのは、ポニーテールの美少女……ではなく、男のミハイルだ。
 ちょっと見ないうちに、髪型が変わっている。
 以前より、もっと髪が長く伸びていた。

 事務所の入口で、お互い見つめあって、固まること数秒。
 最初に話しかけてきたのは、ミハイルからだ。

「そ、その……タクト。久しぶりだね☆ 元気にしてた?」
「おお……元気だったさ。忙しくてな。いつもスクリーング、ひとりで寂しくないか?」
「うん、寂しいけど。我慢できるよ☆ あと、もう少しで卒業だし……」
「そうか。実は今日、ちょっと宗像先生に用があってさ。それで寄ったんだ」
 俺がそう言うと、ミハイルはどこか寂しそうな顔をする。

「だと思った」
「悪いな。先生は今、事務所にいるか?」
「うん、いるよ☆ 奥でいつもみたいにコーヒーを飲んでいる。じゃあオレはお邪魔だから……」

 そう言うと、彼は俺に背を向ける。
 きっと、無理しているんだろう。
 この小さな背中をすぐにでも、抱きしめてやりたいたんだが……。
 今はダメだ。

 でも、その代わりに。

「待てミハイル!」
「え?」
「その……今の髪型、似合っているよ。すごく」

 たった一言だというのに、一気に顔色が明るくなり、嬉しそうに微笑む。

「ホント? ふふ、タクトはショートが好きかと思ってたから、不安だったんだ」

 俺はその笑顔を見て、決意した。
 大学の受験なんてさっさと片づけて、ずっとこいつのそばにいることを。

 ミハイルと別れて、事務所の奥へと進む。
 先ほど彼が教えてくれた通り、宗像先生はいつものように一人がけのソファーで、コーヒーを飲んでいた。
 着ている格好も、以前と変わらずタイトなワンピース。胸元がざっくり開いていて、2つのメロンが丸見え。キモッ。

「あの、宗像先生。今、良いですか?」
 実に数ヶ月ぶりの再会に、ちょっと緊張してしまう。
「ん? おお、新宮か……久しぶりだな。いっちょ前にスーツなんか、着やがって」
 と言いつつも、先生は嬉しそうだった。
 すぐに反対側のソファーへ、座るよう促す。

 俺がソファーに腰を下ろすと、何も言ってないのに、近くにあった棚からインスタントコーヒーを取り出し、マグカップに入れる。
 ポッドからお湯を注ぐと、「ほれ」と言って差し出す。
 正直、飲みたくないが、黙って受け取ることに。

 宗像先生が座り直したところで、話を始める。
「それで、今やスーツが似合ってきた新宮さんが、何の用だ? スクリーングも欠席が目立つな……まあ、古賀のこともあるから。どうにか目をつぶっているが……」
 いきなり、痛いところを突かれた。
 先生の言う通り、今の俺はBL編集部が忙しくて、学校にほとんど来られていない。

「それに関しては、感謝しかないです……。今日は進路のことで、相談がありまして」
「ほう。進路相談ねぇ……遅くないか? もう3年生になって、半年以上経つのに」
「ちょっと仕事が忙しくて、忘れてました。ははは」
「笑いごとじゃないだろ? まあ、我が校なら良くあることだ。で、新宮はどうしたいんだ? このまま就職かと思っていたが」
 俺も就職したいよ、本当は。

「その……今働いている博多社の正社員になる条件が、大学を卒業していることなんです。だから、大学へ進学しようと思っているのですが。出来れば、学費の安い国立が良いと思うんですけど……」
 と言いかけたところで、宗像先生が態度を一変させる。
 顔を真っ赤にさせて、股をおっぴろげる。これは先生が怒っている時、よく起こる現象だ。

「新宮……お前、今国立志望と言ったか?」
「はい、先生も知っていると思いますが。俺とミハイルは高校を卒業後、結婚……まあ同棲しようと思っています。ですので、なるだけ学費は安くしたいと思って……」
 話せば話すほど、先生の顔は険しくなっていく。
「本気で言っているのか? 今3年生で夏も終わる時期だぞ? この一ツ橋高校に通っている新宮が、国立の大学へ進学するだと……無理に決まっているだろ、このバカモンっ!」
 なぜか怒られてしまった。

「そ、そんなにダメなんですか? 確率とか……」
「ゼロだっ! 新宮、お前は何もわかっておらん! 我が校は偏差値なんてものが存在しない。だから比較のしようがないのだ。そもそも本校へ入学した生徒の中で、進学するものは10人もいないだろう」

 そうだった……卒業率よりも、中退する奴らが多すぎる高校だった。
 やる気のないおバカが多いから。

 火のついた宗像先生は、更にマシンガントークが続く。
「大体だな! 最初から国立を狙っている生徒は、入学と同時に予備校へ通ったりして。別の勉強をしている。言いたくはないが、我が校の授業は中学生以下だぞ? 新宮の学力が低いとは思わないが、そんな学校で3年間勉強しても、何の足しにもならん! 受験勉強なら、もっと早く対策しておかないと不可能だ!」
「……」

 積んだ……と思ったが。
 宗像先生はため息を吐いた後、近くのデスクにあった冊子を取り、俺に差し出す。
 何かのパンフレット?
 手に取って見ると、何やら見慣れたマークが目立っている。
 
五ツ橋(いつつばし)大学。2023年度入学案内』

「これって……」
「我が一ツ橋高校と、同じ系列の大学だ。私立だがそこなら、一発で合格できるぞ。ちなみに私が卒業した大学だ」
 なぜか自慢げに語る宗像先生。

「マジっすか!?」
「ああ、私が推薦を出してやる。新宮は真面目だったしな。それに学費なども、かなり安くなるぞ」
「えっ!? 学費まで?」
 なんという神対応。
「そりゃそうだろ? グループの創立者は一ツ橋高校を、可愛がっていたからな。本校の出身者というだけで、大学での費用は安くしてくれる。他にも海外留学など、色んなコースも好待遇だ」

 つまり先生が出してくれた情報をまとめると、同じ系列ということで、推薦なら一発合格。
 そして学費まで安くしてくれる。
 最高じゃん!
 この大学なら、さっさと卒業できるし。
 拒む理由なんて無い。

「じゃあ、俺。ここにしても良いですか?」
「もちろんだとも。実は新宮、お前にはずっと大学を進めたかったんだ。でもお前、嫌がっていただろ?」
「まあ……そうでしたね。でも、今はミハイルがいるので」
「だよな。じゃあ早速、願書を書くか?」
「はい!」

 とんとん拍子で話は進み、ローテーブルの上に書類を並べる宗像先生。

「じゃあな、ここにサインをしてくれ。それでお前の入学は確定したようなものだ。今まで我が校が推薦した生徒で、落ちたやつは誰もいないからな、ハハハっ!」
「そう、なんですね……」

 この書類に俺の名前を書けば、入学は決まる……しかし、そんな簡単に決めてもいいのか?
 4年間、ここへ通うんだぞ?
 もう一度、宗像先生へ確認してみる。

「先生、あの……大事なことを聞き忘れていましたが。この五ツ橋大学ってどこにあるんですか?」
「そうだったな、キャンパスは全国に数か所あるが。新宮は作家だろ? なら文学部に入ればいいだろう。えっと……文学部のあるキャンパスはっと」
 宗像先生は改めてパンフレットを開き、キャンパスの場所を探し始める。
 しばらくすると、とある場所で指が止まった。
「お、これか。東京だな」
 その名前を聞いて、俺は思わずソファーから立ち上がり、叫び声をあげる。

「えぇーっ! 東京っ!?」
 当然、宗像先生は耳を塞いで、眉間に皺を寄せる。
「うるさい奴だな……別に良いだろ? 東京でも」
「い、嫌ですよっ! 福岡から離れるなんてっ! ようやくミハイルと結婚できるのに……」
 何百キロも離れた都会に暮らし、4年間も離ればなれになるなんて。

「なんだ、新宮。お前、社会人になるってのに、恋人と離れるのが寂しいってか?」
「そ、そりゃ……さびしいですよ。ヴィッキーちゃんに結婚を許されたとはいえ、1年以上、あいつとは会えないことが多くて。あと半年ぐらい我慢すれば、一緒に暮らせることだけを糧に頑張っているんですから……」

 弱音を吐く俺を見て、先生は深いため息をつく。

「はぁ……女々しい奴だな。4年間ぐらい、大したことないだろ?」
「絶対に嫌です……もう離れたくないんです……」
 気がつくと、目頭が熱くなっていた。
「なんだ、しばらく見ないうちに、弱くなっちまったな。新宮」
「すみません……。けど、今も自分を抑えるのに必死なんです。ミハイルと会ったら、ずっと離れたくないって、あいつを縛ってしまいそうで……」
「お前、本当に気持ち悪くなったな……。一応、忠告しておくが、ここは高校の事務所だぞ?」
「……」
 先生の言う通りだ。恋愛相談に来たのではない。

「あの、福岡にキャンパスはないんですか?」
「無いな。熊本に1つあるが、文学部はない。農学部だ」

 熊本か……別に通えない距離じゃないが。
 今の生活に支障をきたしたくない。

「じゃあ、五ツ橋大学への入学は難しそうです……俺には合いません」
 そう言うと、先生は険しい顔で俺を睨みつける。
「合いませんって……お前、それじゃ正社員になれないだろ? どうやって大学を探すんだ?」
「わかりませんが、福岡で俺のレベルでも入れそうなところを探します……」

 そう言うと、改めて先生に頭を下げる。
 一応、真面目に考えてくれたし。
 ソファーから立ち上がり、事務所を去ろうとしたその時、先生に引きとめられる。

「ちょっと待て! まだ他にも方法はあるっ!」
「え……本当ですか?」
「ああ、出来れば新宮には、五ツ橋大学へ進んで欲しかったが。仕方あるまい。日葵(ひまり)が通っていた、この大学なら良いんじゃないか?」

 と1つのパンフレットを差し出す。

木の葉(このは)大学 2023年度入学案内』

 この大学、聞いたことあるぞ。
 けっこう近場にあったような……。
 ん? パンフレットの下に小さく何か書いてある。

『夜間コース』
 なんだこれ?

「先生、この大学って」
「うむ……勤労学生ならば、皆ここを選ぶ。夜間大学ってやつだ! 学費もかなり安いぞ!」
 と親指を立てて、笑う宗像先生。

 夜間大学ってことは、日中働いたあと、深夜まで勉強すんのかな。
 しんどそう……。

 宗像先生が出した代案は、福岡市内に存在する私立の大学。
 木の葉大学、夜間コース。

「先生、なんで夜間大学なんですか?」
「そりゃ、敷居が低いからな。我が一ツ橋高校は通信制だし、各生徒の偏差値が極端だ。だから測定不能。東大を目指す生徒もいれば、少年院から出たり入ったりする輩もいる」

 そう考えると、すごい高校だな……。

「だから、昼間働いている生徒には、夜間大学を進めている。一ツ橋高校と比べたら、勉学は難しいだろうが、毎日講義を受けていれば、4年で卒業できるだろう。仮にまた通信制の大学へ入るとしよう。しかし、我が校とは段違いだ。レポートの審査も厳しく、すぐに返却されることも多いと聞く。また卒業するには、6年以上……いや8年は見た方が良い。新宮、お前はどちらを選ぶ?」
「それは……」

 昼間にめちゃくちゃ働いて、疲れたところで夜にお勉強。
 キツそう……でも、4年間で卒業できるのは助かる。

 対して、通信制は今のように、好きな時に勉強できるが。
 一ツ橋高校と違い、そう甘くない。
 8年間も通うとか、狂気の沙汰だ。

 ふとミハイルの顔を思い浮かべる。
 これ以上、あいつに辛い思いをさせたくない。
 いや、俺だってすごくさびしい。

「俺は……最短コースで大学を卒業したいですっ! だから夜間大学を選びたいと思います!」
「よく言った! なら話は早い。さっさと願書を書いて、小論文でも練習することだな」
 聞き慣れない言葉に、うろたえる。
「え? 小論文? なんです、それ?」
 その問いに、先生は鼻で笑う。
「大したことないさ。推薦入学は、基本的に面接と小論文をやるんだよ。だからって特に意味はない。あんなのもの、試験官が真面目に読むと思うか? 100人以上の下らない文章だぞ? 適当でいいんだよ、テキトーで!」
「ウソでしょ……?」

  ※

 宗像先生はああ言っていたけど、どうしても心配だったので、独学で何枚も用紙に書いてみることにした。
 受験する際、制限時間もあるから、タイマーで計ったり。
 先生が当てにならないので、なぜかBL編集部の倉石さんに小論文を持って行き、見てもらう。
 何度か注意を受けたが、大体の形にはなってきた。


 それから数か月後。
 季節は冬になり、俺は木の葉大学のキャンパスへ向かい、受験へ挑むことに。
 面接をする際、何人かの男子生徒と一緒に並んで座ったが……めっちゃ浮いていた。
 周りは学ランや高校のジャケットを着たピチピチの18歳だもの。

 俺だけ一人、スーツにネクタイのビジネスマン。しかも年上の20歳。
 問題の面接も、簡単な質問をされるだけで、すぐに終わり。
 あとは小論文を書いて提出すれば、試験は終了。

 年を越した頃、メールにて合格の通知が届いた。
 これにて進学の件は、一件落着と言ったところか?

  ※

 大学も合格したし、あとは新生活のため、二人の愛の巣……じゃなかった。
 新居を探すことになった。
 やはり料理やスイーツ作りが好きなミハイルには、こだわりがあるだろうと、電話で誘ったが……。

『あ、ごめん。オレ、ちょっとやることがあってさ……タクトが好きに選んでいいよ☆』

 これには驚いた。
 ようやく二人の時間を作れるというのに。

 仕方ないので、俺一人でアパートを探すことにした。
 不動産屋に色んな物件へ連れていかれ、説明を受けたがさっぱり分からない。
 とりあえず、家賃が安くて、キッチンは広い方が良いとリクエストしたところ。
 地元である真島の近くを紹介された。
 築30年以上経っているが、最近リフォームしたばかりだから、内装は綺麗らしい。

 今後、結婚してから、またお金が貯まったら、家でも建てるかもしれない。
 仮住まいならば、ここでいいやと妥協した。

 実家から引っ越して、一人暮らしを始めたが……。
 肝心のミハイルは、全然遊びに来てくれない。
 なぜだ?
 薄い壁のアパートだが、ここならば密室なんだぞ!?
 一人用だけど、布団も畳にひける……。
 早く合体しよう!

 そんな望みもむなしく、何もない毎日をひとりで過ごすだけ。
 自炊もしないから、三食カップ麺のみ。
 お湯を沸かして注ぎ、麺をすする……の繰り返し。

 あとはBL小説を書いたり、新人の漫画家さんの原稿をチェックしたり……。
 なに、この静かすぎる愛の巣!?
 しびれを切らして、ミハイルへ電話をかけてみる。

『あ……タクト。ごめん、ちょっと忙しくてさ。電話を切ってもいいかな?』
「なっ!?」

 あのミハイルが、俺との電話を切るだと?
 まさか、俺が嫌いになったとか……。
 もしやマリッジブルーでは?

『ホントにごめんね。今やることが多いの。新居もタクトに任せきりで、悪いと思ってるよ?』
「なら……1回ぐらい、新居へ遊びに来ないか?」
 家に入れてしまえば、こちらのものだ。
 こんな時のために布団は、万年床(まんねんどこ)だぜ。

『行きたいけど……どうしても、やらないといけないことがあるの。それが終わるまでは無理かな』
「え……」
 シンプルに傷つく。
『じゃあね、タクト。ごめんけど、しばらく電話はかけてこないで』
「……」

 マジで、俺。捨てられるのかな?
 新居まで用意したんだぜ……。

  ※

 2023年、3月4日。

 とうとう、この日がやってきた。
 一ツ橋高校の卒業式。
 
 校舎の裏にある駐車場は、桜が舞い散り、少し風が冷たい。
 当然ミハイルも誘ったが、遅れるからと断られてしまった……。
 俺って本気で嫌われてるの?

 一人とぼとぼと歩いていると、小さな白い建物が見えてきた。

 3年前と同じ光景。

『第31回 一ツ橋高校 春期 卒業式』

 その巨大な看板の前に立つと、深いため息を吐く。

 これで終わりか……。
 なんだか、あっけない高校生活だったな。

「よぉ! 主役のお出ましだな!」

 入口の前で怪しく微笑むのは、おぞましい2つのメロンを抱えた女。
 腕を組んで、仁王立ちしている。

「宗像先生、おはようございます……」
「なんだ? そのやる気の無い声は? 男だろ! もっとシャキッとせんかっ!」
 性差別、反対。
「いや、卒業式なのに……ミハイルがまだ来ないんですよ」
「だぁはははっははは! そんなことを心配しているのかっ! 大丈夫だろ、ちゃんと来るさ。女々しいこと言ってないで、さっさと会場へ入れっ!」

 そう言うと、宗像先生は容赦なく、俺の背中を蹴とばし会場へぶち込む。
 気力のない俺は、そのままボールのようにコロコロと転がり、途中で柱にぶつかり制止した。
 頭と両脚だけで身体を支えているので、3つん這いと表現すべきか?
 あれ、なにこのデジャブ……。

 すると近くに座っていた女子生徒が、近づいてきた。

「大丈夫? 琢人くん……ひょっとして、昨晩ミハイルくんにヤラれまくって、足腰がガクガクなのかな♪」
「あぁん!?」

 柄にもなく、キレてしまった。

 見上げるとそこには、眼鏡をかけたナチュラルボブの腐女子。
 北神 ほのかが立っていた。

 3年前に初めて出会った時、こいつに助けてもらったが、こんな卑猥なことを平然という奴だったか?

 ほのかの手を借りて、立ち上がると。
 既に会場の中は、生徒たちでいっぱいだった。

 普段はやる気のないヤンキー男子も、スーツ姿でビシッと決めている。
 ただ中のシャツが色付きで、ホストみたい。

 女子は、煌びやかな振り袖や袴。それにドレスを着ている者まで。
 なんだよ……こいつら。
 入学式の時は、ラフな私服だったのに、卒業式は格好つけるのか?

「琢人くん、ところでミハイルくんとは、仲良くしているの?」
「ああ……忙しくて、あまり会えてないけどな」

 ふと、ほのかの着ている振り袖に目をやると。
 裸体の美少年たちが、汗だくになって絡み合っている刺繍が入っていた。
 これ、うちのばーちゃんに依頼してないか?

 ドン引きしていると、後ろから大きな声で、俺の名前を呼ばれた。

「おーい! タクオ! 久しぶりじゃねーか!」

 振り返ると、高身長にガタイの良いスキンヘッド。
 千鳥 力が立っていた。

「リキか……久しぶりだな」
「なんだよ、元気ねーじゃん!」

 俺が話す前に、ほのかが勝手に答えてしまう。
 リキの太い腕に抱きついて。
 
「あれらしいよ。ミハイルくんに会えなくて、元気ないんだって♪」
「なるほど、倦怠期ってやつか? タクオ、大丈夫だよ。お前たちなら、何でも乗り越えられるさ!」
 と親指を立てるナイスガイ。
 こいつら、こんなに仲良かったけ? えらくイチャついてるが。

 しかし、それよりも気になるのは、リキの着ているスーツだ。
 ほのか同様、ダンディなおじ様たちが裸体で、『どすこい』しちゃってるんだけど……。

 壁一面にかけられた紅白幕。
 ステージの上には、『ご卒業おめでとうございます! 教師一同』とある。

 生徒たちは学籍番号で、席が決められているため。
 1番という呪われたナンバーを手にした俺は、文字通り最前列で、学園のお偉いさんとお見合い状態だ。

 よく知らんが、一ツ橋高校の本校。東京からわざわざ福岡へ来てくれたらしい。
 かなり年配の老人……杖を持って、何やらもごもごと言っている。

 人が多すぎて後ろの方は確認できないが、どうやら家族も出席しているみたいだ。
 たぶん、我が家からは誰も参加していないと思う……放任主義なので。

 宗像先生が咳ばらいをしながら、ステージ隣りの司会席と思われる机へと向かう。
 マイクを掴み、位置を調整する。

「あー あー、テステス……」
 もう二度と見たくない、懐かしい光景ですな。

「それでは、全員揃ったようなので。ただいまより、第31回一ツ橋高校、通信制コース。春期卒業式を始めます」

 いや、俺の隣りが空いたままなんだけど?
 まだミハイルが来てないのに……。
 しかし宗像先生はそんなことを無視して、式を始める。

「えー、最初にお伝えしたいことがあります……。それは本日の生徒たちに対する、卒業証書、授与の件です。訳あって、短縮させて頂きます。本校から名誉校長が来て頂きましたが、生徒を代表して、夜臼 太一くんが卒業証書を受け取ります」

 一体どういうことだ?
 普通こういう時って、校長から一人ひとり直接、卒業証書をもらえるもんだろ。

 宗像先生に名前を呼ばれた夜臼先輩が、元気よく立ち上がる。
 身体をカチコチにさせて、ステージ上に向かう。
 ていうか、今日の式に参加しているってことは、夜臼先輩はついに卒業できたのか?
 ちょっと泣けるぜ……。

 壇上には先ほど見かけた老人が、身体をふるふると震わせて、夜臼先輩を待つ。

「ふぇ~ 夜臼 太一くん。一ツ橋高校、いや我が五ツ橋学園へ20年近く通い学んだこと。その勤勉な姿に私たちは感動しました……よって、あなたへ卒業証書と共に、総長賞を差し上げます」
 総長賞とかいう訳のわからない賞状と、ガラス製の小さなトロフィーを受け取る夜臼先輩。
 目には涙をいっぱい浮かべている。
 まあ……20年も高校行ってればね。
「あ、ありがとうございます! 家宝にさせていただきます!」

 続けて、卒業証書も受け取ると、夜臼先輩は改めて深々と頭を下げる。

 この間、体感にすると数分……。
 司会席から驚きの言葉が発せられる。

「えー、名誉校長。ありがとうございました。これにて、第31回一ツ橋高校。通信制コース、春期卒業式を終了します」

 ファッ!?
 早すぎる。まだ始まったばかりじゃないか!

 驚きのあまり、その場で固まる俺とは対照的に、辺りにいたお偉いさん方は席を立ち始める。

「今年の福岡校は早かったですな」
「まあ、どうですか? 中洲(なかす)辺りで一杯?」
「ふぇふぇ……福岡のキャバクラは、レベルが違いますからのう」

 あの爺さんも参戦するのか。
 ていうか、なに。この卒業式!?

  ※

 辺りにいた一ツ橋高校の関係者や教師たちも、パイプイスを畳んで直し始めた。
 生徒たちも黙って、それを手伝う。

 壁一面にかかっていた、紅白幕も下げられ、大きなガラス窓から日差しが差し込む。
 マジで終わりなの?
 ひとりで困惑していると、目の前に大きな男が現れた。
 リキ先輩だ。
 
「タクオ、ちょっと来い!」
 何やらおっかない顔で、こちらを見つめている。
「は? どうしてだ? 卒業式が終わったなら、俺たちも帰るんだろ?」
「バカ言うなよ! お前には、まだやることが残っているじゃねーか!」
 めっちゃ怒ってるやん。
 どうしたの、リキ先輩たら……。

「一体、何を言って……」

 言いかけている際中で首根っこを捕まれ、強引にステージ裏へと連れて行かれる。
 舞台幕の中に入ると、そこには一人のバニーガール……じゃなかったバニースーツを着た男の子が立っていた。
 コスプレ好きの住吉 一だ。
 俺の顔を見て、なぜか「ひっ!」と悲鳴をあげる。

「あ、あの……新宮さん。服を脱いでくれますか?」
 答えようとしたが、リキが乱暴に地面へ落としたため、尻もちをついてしまった。
「いてて……なんなんだよ、お前ら」
 理解が追いつかない俺に対し、二人は何も答えてくれず、とにかく服を脱げと言う。
 当然それを拒むと、ムキになったリキが、力まかせに俺のスーツをビリビリに破ってしまう。
 
「ふ~! ふ~! タクオが悪いんだぜ? 言うことを聞かないから……」
 人をパンツ一丁にさせて、酷い言いようだ。
 まさか、この二人。グルになって俺を前からも、後ろからも襲う気かっ!?

「新宮さん。ごめんなさい……だけど、こうしないとダメだから。目をつぶっていてください」
「え……」

 リキの大きな手によって、視界がブラックアウトしてしまう。
 一体、何が起きているんだ?
 微かに聞こえてくる一の声を頼りに、頭の中で想像してみる。

「んしょんしょ……新宮さんのは、結構ノーマルサイズだから、これでいいかな?」
 何やらゴソゴソと音が聞こえてくる。
「大丈夫だって、一。タクオの尻なら初めてでも余裕で入るだろ?」
 ファッ!?
 まさか、リキのやつ、まだ俺を狙っていたのか。
「ですよね♪ ちょっとキツくても、新宮さんなら喜んでくれますもんね」
 いや……キツいのは無理。

 しばらくすると、リキが手を離してくれた。
 目の前には、ニコニコと微笑む一。

「うわぁ! カッコイイですよぉ~ やっぱりサイズ合ってましたね、リキさん」
「おお~ マジで似合っているぜ、タクオ! ちょっと感動してきたわ……」

 なぜか目に涙を浮かべるリキ。

「二人とも……一体、何をしたんだ?」
 俺がそう問うと、一が嬉しそうに答えてくれた。
「頼まれていたんです。新宮さんのタキシードを……僕が作らせていただきました」
「へ?」

 視線を下に落とすと、確かに先ほど着ていたスーツより、豪華なジャケットにパンツ。蝶ネクタイ付で全身、真っ白。
 この格好は、まるで……。
 
 俺が首を傾げるていると、リキが後ろから背中を押してくる。

「ほれほれっ、主役はさっさとステージに戻るんだな」
「ちょっ! やめろよ……」

 リキに言われるがまま、会場に戻ると。
 先ほどまで、卒業式だった場所とは思えないぐらい色が変わっていた。
 今着ているタキシードと同様のカラー。全てが白に染まっている。
 
 生徒たちが座っていた席も、白い木製の長イスに変えられている。
 左右に並べられた座席の間には、同系色の布が敷かれていた。
 バージンロードってやつか。
 
 そして俺のすぐ前には、見慣れた顔が並んでいた。
 卒業式に参加していなかった、うちの家族。
 親父と母さん、二人とも綺麗に着飾っている。
 普段汚い格好をしている六弦のくせして、モーニングコートなんか着ている。
 母さんも黒の留袖。

 もちろん、妹たちも座っている。
 通っている高校の制服を着たかなでと、幼いやおいを抱っこするばーちゃんまで。
 まあやおいは、ばーちゃんにBLマンガを読ませてもらっているのだが……。

「よぉ! タク、待ってたぜ!」
「親父……なんで、ここに?」
 俺の問いに、目を丸くして答える。
「なんでって……呼ばれたからだろ? お前の結婚式に」
「はっ!? 結婚式?」

 その言葉に動揺していると、司会席からアナウンスが流れる。

「え~! 新郎の琢人くんは、ステージに上がるようにっ!」

 振り返ると、宗像先生がこちらを睨んでいた。
 顎をクイッと動かし、無言の圧をかけてくる。
 黙ってステージへ上がれということか……。

「じゃあ、タクオ。俺たちは後ろで見ているから、しっかり男を見せろよなっ! あの動画以上を期待しているぜ!」
 と親指を立てるリキ。
 俺ひとり残して、一と後ろの席へ去っていく。

 よく見れば、後方の席には親交のある生徒たちが座っていた。
 花鶴 ここあ。千鳥 力。トマトさん、妹のピーチ。日田の兄弟。
 それに腐っている職場仲間と、編集長の倉石さんまで。

 どうして……みんな集まっているんだ?

 まだ頭が混乱しているが、とりあえず宗像先生が怖いので、従うことに。
 ステージへ上がるため、階段を登る。

 そこで待っていたのは、ひとりの白人男性。
 金髪のガッチリした中年。
 見たところ、牧師のようだ。

「ドーモ。今日はよろしくデス。結婚式を任せられたロバートと申しマ~ス」
 とニッコリ笑って見せる。

 ん? この白人、どこかで見たことあるような……。
 あっ! 別府温泉で宗像先生を娼婦として一晩買った変態だ!

「ミス・蘭に頼まれて、今日は牧師をやりマ~ス♪」
「……」

 牧師ってチェンジできないのかな?

 先ほどまで行われていた卒業式が……。一瞬にして、結婚式会場へと変わってしまった。
 ステージの上では、自称牧師のロバートがニコニコ笑って立っている。
 右手に聖書を持って……。
 ドМの変態おじさんに、持たせていいものだろうか?

 このチャペル? らしき会場。
 どうやら宗像先生と生徒たちが、作ってくれたようだ。
 ロバート牧師の背後には、十字架が飾られている。ダンボール製の。

 
「あの……宗像先生、これって一体?」
 未だに状況が掴めないので、司会席に立っている先生へ質問してみる。
「見りゃわかるだろ? 結婚式を始めるんだよ」
「結婚式って、誰がそんなこと頼んだんですか? 俺は望んでませんよっ!」
「あぁん? 人がせっかく用意してやったのに、文句を言うのか? お前は。一ツ橋高校の教師や生徒たちみんなで、頑張ったんだ! 感謝しろ、バカヤロー!」
「そ、それは……」

 ふと振り返ってみると、クラスメイトたちが寂しそうな顔でこちらを見つめていた。
 先生の言う通り、かもしれないな。

「あとな、ロバートは牧師をやるために、わざわざアメリカから来たんだぞ? 彼にも礼を言え!」
 知らんがな、それに彼は本当に聖職者なのか?
 俺の代わりに、ロバート牧師が英語で先生をなだめる。

「That’s okay. No worries! I just want your body」(大丈夫、気にしないで。僕は君の身体が欲しいだけさ)
 なんだ、宗像先生が恋しくて来日しただけか。
「あぁ? 日本語使えったろ? まあいいや。ホテルは予約しているから、そこで話を聞いてやる」
「Yes!」
 話は噛み合っていないが、ロバート的にはやる気マンマンのようだ。
 アホらし……。

  ※

「じゃあ、そろそろ花嫁……じゃなかった花婿? あ~! もう、めんどくさい! とりあえず、入場だっ!」

 先生の投げやりな紹介と共に、会場の灯りが全て消えてしまう。
 真っ白だった空間が、一気に暗闇に染まった。
 何も見えないと困っていたところを、一筋の光りが差し込む。

 目の前のバージンロードから会場の入口まで、一直線に照らしている。
 その先に見えるのは、二人の人影。

 ひとりは黒いモーニングコートを着た……女性?
 金色のポニーテールが輝いている。それにコートを着ても、膨れ上がる巨乳。
 あれはもしかして、ヴィッキーちゃんか!?

 ということは、隣りに立っているあの子は……ミハイル!

 ヴィッキーちゃんとは対照的な色、白で統一している。
 顔はベールで隠されているから、分からないが。
 あの華奢な体格は、彼で間違いないだろう。

 ウェディングドレス……ではなく、パンツと言うべきか。
 一般的なドレスとは違い、ひらひらしたフリルやスカートなどは一切、排除されている。
 その代わり、肌の露出が激しい。
 ノースリーブにショートパンツ、所々に花柄レースの刺繍が入っている。
 持ち前の白く美しい両脚を揃えて、ブーケを手に持つ。
 
 
 どこからともなく、音楽が流れてきた。

『ボニョ~ ボニョ~ ボンボンな子♪ 真四角なおとこのこ~♪』

 あまりに、場にそぐわない曲だったので、その場でずっこけてしまった。

 しかし、俺とは対照的に、入場してきた二人は至って冷静だ。
 すました顔をして、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
 バージンロードを歩くその姿は、正しくこの世に舞い降りた天使。

 こちらへ近づいて来て、気がついたことだが。
 ミハイルの足元は、厚底の白いローファーだ。紳士向けの。

 以前、結婚式の話をした際、俺がミハイルに言ったからなのか?
 ドレスは女が着るもの。男は着ない。
 だから、わざわざ男のミハイルが着られる服を……。


 ひとりでぼーっと考えこんでいたら、いつの間にか、目の前にヴィッキーちゃんが立っていた。
 眉間に皺を寄せて、俺を睨みつける。

「てんめ……なに、さっきからジロジロ見てんだよ」

 とドスの聞いた声で脅す。
 くしくも3年前の春。初めてミハイルに言われたセリフだ……。

 顔だけなら、弟のミハイルと変わらない美人なのに。
 弟より怖い。
 結婚を許してもらえたはずなのに、何故か謝ってしまう。

「す、すみません……」
「この野郎、クソ坊主! お前、結婚の挨拶から顔出さないじゃねーか? あのウイスキーぐらいで、弟をやると思ったのか!?」

 今から結婚式を始めるんじゃないのか?
 花嫁を連れて来た、お父さん代わりでしょ。

 困った俺はミハイルに視線をやるが、本人は無言を貫く。
 たぶん、自身を姉のヴィッキーちゃんが、俺へ託すのを待っているのだろう。

 そんな窮地から助けてくれたのは、意外な人物だった。
 
「あの~ アンナちゃんのお母さんですよね?」

 事情をよく知らない親父が、出しゃばってきた。
 当然、ブチギレるヴィッキーちゃん。

「あぁん!? 誰が母親だっ!? あたいはまだピチピチの独身だ! それにこいつはアンナじゃなくて、ミーシャ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るヴィッキーちゃんを見ても、物怖じせず。
 ヘラヘラと笑いながら、頭を下げる親父。
「すみませぇ~ん。知りませんでして……あ、ところで、先ほどの話なんですが。あの『すみ酒』じゃ足りないですよね? 今日は祝いの席ですので、式が終わったら一杯どうですか?」
 まさかとは思ったが、ヴィッキーちゃんの顔つきが、一気に柔らかくなる。
「えぇ、嫌だな~ 琢人くんのお義父さんたら。その酒ってウイスキーですか?」
「もちろんですよ。さすがに『ザ・メッカラン』の60年ものは無理でしたがね。『山々崎(やまやまさき)』の50年ものなんていかがでしょう?」
「……」

 しばしの沈黙の後。
 長年親代わりをしてきたヴィッキーちゃんだが、可愛い弟を簡単に手放してしまう。

「ほれ、あげる」

 と俺にミハイルを託してくれた。
 酒さえあれば、どうにかなるんだな。

  ※

 ようやく俺の左腕に、辿り着いたミハイル。
 ベールであまり顔は見えないが、それでもエメラルドグリーンの輝きは隠せないようだ。

 俺にしか聞こえないように、耳元でささやく。

「遅れてごめんね……タクト。このドレス……じゃなかったスーツを作るのに、時間がかかって」
「なっ!? じゃ、じゃあ……しばらく会えなかった理由って?」
「うん☆ ずっとこれを作ってたから。ちゃんと間に合わせたくて☆」
 そういうことだったのか。

「でも、俺は……」
 言いかけたところで、ミハイルが俺の唇を人差し指で塞ぐ。
 今気がついたが、手にウェディンググローブをはめている。
「いいじゃん☆ 今日の結婚式は、オレがみんなに相談したから、準備してくれたんだよ? 甘えよう☆」
「みんなって?」
「ここにいる全員だよ。みんな、オレたちの結婚を祝いたいって、用意してくれたの☆ タクトには黙っていたから、ごめんね」

 俺はもう一度、後ろを振り返ってみた。
 みんな嬉しそうに笑っている。
 ミハイルの言ったことが本当なら、ここまで準備するのに相当な時間と、金を使ったはずだ。
 俺たちのために……。


「お~い! もういいか!? さっさと結婚式、やるぞ。新郎新婦?」

 司会席に目をやると、宗像先生がやる気のない顔をして、式のプログラム表を手で叩いていた。
 
 あんな顔をしているけど、先生も俺のために、牧師まで用意してくれた……。
 卒業式を短縮して、結婚式の方を優先してくれたし。
 やっぱり、俺。この高校を選んで良かった。

 愛するミハイルに、友達想いの級友たち。
 それに生徒を一番に、行動してくれる先生。

 みんなありがとう……。
 目頭が熱くなってきたけど、必死にこらえる。
 泣くなら今じゃない。この結婚式が終わってからが良い。

 覚悟を決めて、司会席にいる宗像先生へ向かって叫ぶ。

「すみません! 準備ならもう出来ました! 結婚式を始めてくださいっ!」

 気がつくと、口角が上がっていた。
 すると宗像先生が、眉間に皺を寄せる。

「なんだ? ニヤニヤと笑って気持ち悪い……さっさと式を終わらせろ。私も新宮のお父さんが用意してくれた『山々崎』を早く飲みたいんだ。みんな打ち上げが待ち遠しいんだよっ!」
「……」

 前言撤回、最低な高校でした。
 僕の学歴で、唯一の汚点になります……。

 まずはロバート牧師が、俺たちふたりに対して、愛の誓いを確かめる。
 俺は練習もしてないので、一発勝負だ。
 かなり緊張する……。

「琢人くん。あなたはここにいる、ミハイルくんを……」

 よく映画とかで聞いたことのあるセリフ。
 俺の人生でこんなこと、絶対に起きないだろうと思っていた。
 ちょっと、感動していたら……。

「攻める時も、受けの時も……また痔になっても、マンネリ化しても」

 思わず、その場でずっこけるところだったが。
 ミハイルが腕を組んでいるので、転ばずにすんだ。

「パートナーとして愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

 即答でYESと言いたいところだが、一部のセリフを受け入れたくない。
 でも、ここはロバート牧師の言う通りにしよう。

「は、はい……誓います」

 その答え方に、ロバートが苛立つ。
 眉間に皺を寄せ、再度誓いを確認する。

「タクトくん? 絶っ対に誓いマスね!?」
 めっちゃ怒ってる、ドMのくせして。
「誓います! 永遠にっ!」
 するとロバートは嬉しそうに微笑む。
「オーケー」

 次はミハイルの番。
 俺の時とは違い、ちゃんとした誓いの言葉だった。
『病める時も、健やかな時も……』という、おなじみのやつだ。

 当然、ミハイルもYESと即答し、無事に誓いが成立したのであった。
 というか、なぜ俺だけ、あんな誓いを立てられたの?

  ※
 
 結婚式のプログラムを知らされていない俺は、次にどんなことを行うか。知るわけもなく……。
 きょろきょろと辺りを見回していると、隣りに立つミハイルが俺の袖をくいっと掴む。

「大丈夫だよ☆ オレに合わせて」
「ああ……」

 そんな俺を見て呆れたのか、宗像先生が深いため息をついたあと、こう言った。

「では、リングガールの入場です」

 きっとプログラムを順次、説明するから安心しろということなのだろうが……。
 リングガールってなんだ?
 今から際どい水着姿のお姉ちゃんが、入場するのか。とアホな妄想をしていたら。

 会場奥の入口に、ひとりの少女が立っていた。
 先ほどミハイルが歩いていた、ヴァージンロードの上を。
 
 小学生ぐらいの女の子だ。
 白いドレスを着て、頭に花冠をかけている。
 手には網かご。

 徐々にこちらへ近づいてくると、その子に違和感を感じる。
 それは顔つきだ……。
 遠目で見れば、女の子だが。よく見れば、しっかり成人した女性。
 いや、もう30歳を迎えたのに、独身のかわいそうなアラサー。

 俺の元担当編集。白金 日葵だ。

「はい。お二人の結婚指輪を、届けに来ましたよ」

 と網かごを差し出す白金。
 自ら望んでやっているようには見えない。
 その証拠に、舌打ちをつく。

「チッ……なんで、私がこんなことをしないといけないんだか」

 顔を歪めて、神聖なヴァージンロードへ唾を吐き捨てる。
 これには俺もブチギレそうだったが、みんなやミハイルの前だ。
 怒りをこらえて、白金に礼を言う。

「悪いな、白金。ありがとう」
 そう言って、カゴを受け取る。
「フンッ! 私より先に結婚なんてしやがって、クソウンコ作家のくせに!」
 ダメだ。祝いの席でキレてはいかん。堪えろ。
「は、はは……まさか白金まで、結婚式に参加してくれるとはな」
「別に私は参加したくなかったのですけどね。DOセンセイじゃなかった。“アンナ”センセイのお父さんが『山々崎』を飲ませてくれるって聞いたもんで」
 お前も結局、酒かよ……。
 どうなってんの? 初代、伝説のヤンキーたちは。

  ※

 白金が持ってきた網かごには、2つのプラチナリングが入っていた。
 黙って受け取ったけど、この結婚指輪は誰が用意したんだ?
 俺はミハイルに告白する時、渡したのは婚約指輪であって、結婚指輪じゃない。

 ロバートに「どうゾ、お互いの指に差し込んで下サイ」に促されたが……。
 こちらが用意したものじゃないから、怪しんでしまう。
 後で多額のお金を、請求されるのではないかと。

 俺が指輪を睨んで固まっていると、ミハイルがそれを見て、クスクス笑う。

「フフフッ、早く指輪を入れてよ☆」
 と細い指を差し出す。
「え……でも、これ。誰が買ったんだ? 俺は買ってないのに……」
「タクトって結構、心配性だよね。こんな時ぐらい信じてよ☆」
「?」
「オレが買った……ていうか、作ったの☆ 二人分ね☆」
「つ、作っただと!? ミハイルはそんなチートスキルを、持ち合わせていたのかっ!?」

 あれだろ?
 異世界に飛ばされた主人公が、鉱山で希少な鉱石を掘り出し。
 コツコツと貯めたスキルポイントを使い、鍛冶スキルに全振りする。スローライフ的な……。

 とひとりで、次回作の主人公は金髪ハーフの美少年が、異世界でエルフより可愛くなるストーリーを考えていたら。
 ミハイルが俺のおでこを、人差し指でデコピンする。

「いでっ!」
「考えすぎだってば。福岡に工房があってね、そこの先生に教えてもらいながら、作ったんだよ☆ ちょっと歪んじゃったけどね」
「そういうことか……」
「お店で買った方がキレイだけど。作ったら少し安くなるし、何より世界で2つだけのリングだもん☆ タクトが可愛い婚約指輪をくれたから、結婚指輪はオレが作りたかったんだ☆」
「……」

 その言葉を聞いて、今までの自分を呪った。
 ミハイルがこの数ヶ月、会えないと言っていた理由は、全て今日のため。
 俺が結婚式を断ったから、ひとりで宗像先生や友達に相談して、式を用意し。
 指輪まで自分で作ってくれた……。

 なら、ミハイルの気持ちにしっかりと応えるべきだ。
 それからの俺は、素早かった。
 指輪交換をさっさとすませ、司会の宗像先生や牧師であるロバートの言葉も無視して、ミハイルにこう囁く。

「ベールを上げたいから、腰を屈めてくれ」
「う、うん……」

 その場でミハイルが、ゆっくりと腰を屈めるのを確認すると。
 俺は彼の頭にかかったベールを、両手で上げていく。

 ベールを上げると、ミハイルが瞼を閉じて待っていた。
 俺が「もういいぞ」と言うと、ゆっくり瞼を開き、腰を伸ばす。

 厚底のローファーを履いているとはいえ、俺たちには身長差がある。
 どうしても、彼の方が上目遣いになってしまう。
 2つのエメラルドグリーンを輝かせて、微笑むミハイル。
 薄紅色の唇は、どこか艶がかっているような気がした。
 ひょっとして何かリップを塗っているのか?

「お待たせ、タクト☆」
「ミハイル……」

 とても長い時間。すれ違っていたような気がする。
 やっとこいつの顔を、見ることが出来た。
 それだけで、心が満たされていく。
 もう……ダメだ。我慢できん。

「それでは、誓いのキスを……」

 とロバートが最後までセリフを言う前に、俺はミハイルを抱きしめていた。
 もうお互いが離れないように、強くきつく。

「た、タクト?」
「愛している……ミハイル」
「オレもだよ。でも、このままじゃ、誓いのキスが出来な……」

 ミハイルの小さな唇を、力づくで奪う。
 こんな強引なキスをするはずじゃなかったのに。
 久しぶりに見た彼が可愛すぎて、理性が吹っ飛んでしまった。

 彼が逃げられないように、右手で頭を抑え、腰に左手を回す。

「んんっ……」

 誰かは分からないが、悲鳴のような歓声が上がる。
 そりゃ、そうだろう。

 俺は誓いどころか、かなりディープなキスを堪能しているのだから。
 ミハイルの舌先を探すことで、頭はいっぱい。
 もちろん、彼が拒むことはないが。少し恥ずかしがっているように感じる。

 腰に回していた手の位置も、次第に下りていく。
 彼が一生懸命作ったウェディングスーツ。
 触れたことで、ようやく気がついた。
 この生地はきっとフェイクレザーだろう。つるつるのスベスベ。

 撫で回すのに最適。いや、揉みしだくのが良い!

 ~10分後~

「んちゅ……じゅばじゅば……ぶちゅっ、ちゅ~!」

 誓いのキスにしては、あまりに長い接吻だった。
 おまけにミハイルの小尻を、撫で回しては揉みまくる……を繰り返していた。

 しかし、それを黙って見ている大人たちではない。
 誰かが固い筒で、俺の頭を引っぱたく。

「長いっ! さっさとやめんかっ! 初夜なら後にしろ、バカモン!」

 後頭部をさすりながら、ミハイルから離れると。
 顔を真っ赤にした宗像先生が、結婚式のプログラムを丸めて立っていた。

「すみません……つい」
「つい、じゃない! お前、このあと式をどうすんだ!?」
 宗像先生が指差す方向に目をやると、ミハイルがまた『トリップ』していた。

「うへへへ☆ タコさんのタクトだぁ~ だから、オレのお尻も触ってきたんだぁ。くすぐったいよぉ~」
「……」

 ミハイルが正気を取り戻すのに、30分を要した。

 ミハイルが正気を取り戻したところで……。
 俺たちは晴れて、夫婦になれた。
 いや、夫婦という表現はちょっと違うか?
 まあなんにせよ、これで俺とミハイルは、永遠のパートナーだ。

 牧師のロバートが会場のみんなに向かって、宣言する。

「さあ、この二人の新しい門出に、盛大な拍手をくだサイ!」

 待っていましたと言わんばかりに、一斉に席から立ち上がると。
 力いっぱい手を叩いて、祝ってくれた。
 みんな自分のことのように、嬉しそうに笑っている。

「おめでとう、タクオにミハイル!」
「二人とも、素敵です!」
 と叫ぶのは、リキと一。

「あのぉ~ 初夜に動画を撮影したいのですが、可能でしょうか!?」

 そんなふざけたことを叫ぶのは、俺の腐った職場仲間だ。
 普段は真面目で大人しい女性なのに、BLや同性愛については感覚がぶっ壊れている。
 全て編集長の倉石さんによる、調教のせい。

 誰が営みの録画を許可するか!?
 そういう撮影は、俺だけがして良いの。
 ヤベッ! そう言えば、ビデオカメラを用意してなかったぜ。

  ※

 式が無事に終わり、新郎新婦は退場することになる。
 ゆっくりとヴァージンロードを二人で歩く。
 ミハイルは嬉しそうに、級友や家族に手を振っていた。

 俺はと言えば、正直誓いのキスをやり過ぎたと後悔していた。
 自家発電の直後……賢者タイムみたいな気分。
 今になって恥ずかしさが、こみ上げてくる。

 そりゃそうだ。
 目の前でカメラを向けている、母さんとばーちゃんの前で、あんな濃厚キスと尻揉みをしたのだから。

「タクくん! 母さん、感動したわよ!」
「すごいじゃない、タッちゃん!」

 褒めてくれているんだけど。なんか二人とも口から、よだれを垂らしているんだよね。
 もちろん、妹のかなでも見逃すわけなく。

「尊い! おにーさまなら、ミーシャちゃんと結婚できると思ってましたわ! 全てかなでの計画通り。女装させて良かったですわ」
 え? 全部、あいつが仕組んだことなの?
 怖っ。

 一歩進むごとに、俺は出席者へ頭を下げる。
 しかし、とある出席者の前で、小さな石ころを投げられた。

「いてっ!」

 本当に小さなものだから、頬に当たっても、さほど痛むものではないが。
 連続して投げられると、ちょっと痛む。
 それに目にも入るし……。

「鬼は外~! 鬼は外~っ! BL作家はいらな~い!」

 誰だ、季節外れの豆まきをしているのは?
 ミハイルにはしないで、俺にだけ投げてきやがる。
 しかも、顔面狙い。

 何個か石をキャッチすることが出来たので、手の上にのせて確認してみると。

「これは……白米?」

 辺りを見回してみると、他の出席者たちも網かごから手に掴み、投げている。
 顔面ではなく、足元に優しく落とすレベル。
 だが、この出席者には悪意しか感じない。

 相手の顔をじっくり見つめると、そこには小さな女の子が立っていた。
 いやアラサーのロリババア。
 白金が俺の顔目掛けて、ライスシャワーを投げつける。

「悪霊退散っ! 早くミハイルくんにお尻を攻められて、痔になっちゃえ!」
「……こんの、ロリババア。お前は最後ぐらい大人になれよっ! ちゃんと祝えないのか?」
「祝うわけないじゃん! このクソウンコ作家! ラブコメなんて、最初から書けなかったんですよ!」
 その時、俺の中で何かがブチンと切れる音がした。
「なんだと、貴様! ちゃんと売れただろうが! お前が編集として力不足だったんだ!」

 新婦を残して、白金に飛び掛かる。
 どうしても、こいつをぎゃふんと言わせたいから。

 そのあと取っ組み合いのケンカになり、宗像先生とヴィッキーちゃんが止めに入るまで、俺と白金のケンカは止まらなかった。
 
  ※

 みんなから祝福されて、無事に結婚式を挙げることが出来た。
 ミハイルと仲良く会場から出ると、一台のオープンカーが目に入る。
 かなり派手な車だ。

 ピンク色の車体だし、大きなリボンや白いバラで作られたリースなどで、装飾されていた。
 車体の後方部には、紐で括られた複数の空き缶が、アスファルトに転がっている。

 これは……ブライダルカーってやつか?

「ほら、タクオにミハイル! 早く乗れよ、出発するぜ」
 運転席には、なぜかリキが座っている。
「そうだよ。二人が主役なんだからね♪ あ、ちなみにこの車は、私がデザインしたの」
 と助手席で笑うのは、腐女子のほのかだ。

 つまり、彼女が普段から乗り回している愛車なのか。
 その証拠に、リボンやリースでは隠し切れない部分が、悪目立ちしている。

 頬を赤くしたショタっ子が、おじさんに無理やり襲われているのに……「らめぇ」と受け入れているBLイラスト。
 フロントだけじゃなく、全体に裸体の男たちがプリントされている。
 BL痛車とでも、言うのか?
 こんな恥ずかしい車には、乗りたくない……。


 でも、せっかく用意してくれたブライダルカーだし、我慢して後部座席へ乗ることに。
 それに結婚式を企画、参加してくれたみんなが、わざわざ駐車場まで見送りに来ている。
 俺たちの新しい門出を、見守っているのだろう。

 後部座席から、二人で手を振る。

「それじゃ、みなさん。本当にありがとうございました!」
「バイバイ~ みんな☆」
 
 運転手を任せられたリキが気を使って、駐車場をぐるりと一周する。
 その間、結婚式に参加したたくさんの人々に、挨拶することが出来た。

 一ツ橋高校から出発する前に、ミハイルが手にしていたブーケを空に向かって、投げる。
 ブーケトスってやつだ。

 大勢の女子が鼻息を荒くして、ブーケを手にしようと競い合っていたが。
 それを見た宗像先生が、強い口調で注意する。

「こらぁ! 今回の花嫁は、男の古賀だ。よってブーケを手に出来るのは、男子のみ!」

 先生が考えた謎ルールのせいで、女子はため息をついて解散する。
 地面に落ちたブーケを拾ったのは……天然パーマのバニーボーイこと、住吉 一。

「あ、僕が次のお嫁さん……?」

 よりにもよって、リキに片想いしている一か。
 知らねっと……。

 ~それから、30分後~

 学校から離れて、しばらく経ったころ。
 俺たちは、大きな国道を走っていた。
 このブライダルカーは、ミハイルも知らなかったようで、驚いていた。
 オープンカーだから目立つし、風がバシバシ当たって肌寒い。
 でも、不思議と気分は悪くない。

「ところで、リキ。一体、どこへ向かっているんだ?」
「え? ああ、実はミハイルにも黙っていたんだけど……なあ、ほのかちゃん?」
 恥ずかしそうに、頭をかくリキ。
 仕方なく、助手席のほのかが説明してくれた。
「もう、リキくん。こういう時、頼りないんだから。あのね、宗像先生と一ツ橋高校のみんなで、話し合って決めたんだけど……。実は二人に結婚のお祝いがあるの」
「お祝い?」
「うん。今、向かっている場所……ホテルを予約しておいたの。お金も事前に払っているから、心配しないで。ちょっとしたハネムーンだから♪」
「!?」

 これには驚いた。
 あの借金まみれの宗像先生が、生徒にそこまでしてくれるとは……。
 ミハイルもハネムーンと聞いて、感動していた。

「ハネムーンなんて考えていなかったよ。ありがとう、ほのか。それにリキも……」
 目に涙を浮かべて、礼を言う。
「はは! 気にすんなよ、ハネムーンと言っても福岡市内だぜ? お、もうすぐ着くぞ」

 ん? ハネムーンなのに、福岡市内だと?
 おかしくないか。
 福岡県で旅行するとしたら、ビルや商業施設が並ぶ市内より、自然の多い場所を選ぶと思うが。

 首を傾げていると……リキが運転する車は、賑やかな繫華街、博多を走っていた。
 ビジネス街だから、大きなビルが立ち並んでいる。
 ホテルもあるにはあるが、ビジネスホテルばかりで。ハネムーンに利用するものとは程遠い。

 と思っていたら、車は人通りの多い『はかた駅前通り』に入る。

 見覚えのある交差点で、ウインカーを出すと。リキが「ここだったよね?」と、助手席のほのかに尋ねる。
 彼女が「うん」と頷くと、そのまま左折した。

 裏通りに入ったところで、目に入ったのは……俺たちがよく通っているラーメン屋『博多亭』だ。
 まさかとは思うが、ここに来たと言うことは?

 ブライダルカーは小さな白いホテルの前で、止まる。
 正しく表現するには、説明不足だろう。
 宿泊施設として、利用目的が違うのだから。

「さ、下りてくれ」
 驚く間もなく、リキが終点を告げる。
「なっ!? リキ、お前。ここがなんのホテルか、知っているのか!?」
「え……ラブホだろ? 悪りぃ、金と時間が無くてさ。宗像先生が『ホテルには違いないだろ』って予約したんだ」
「ウソだろ……?」

 ただのヤリ部屋じゃん。どこがハネムーンなの?

「あ、タクオ。これ」
 1つのトランクを差し出すリキ。
 どうやら、ミハイルの荷物らしい。
 俺がトランクを受け取ると、すぐさま車のエンジンをかける。
「え、ちょっと……」
 引きとめようとしたが、間に合わなかった。

「じゃあ、俺とほのかちゃんは、卒業式の打ち上げがあるからさ。二人はゆっくり新婚旅行を楽しんでくれよ」
「そうそう♪ おじゃま虫の私たちは、宗像先生やみんなと焼き鳥屋さんでパーティーするから」

 なんか、そっちの方が楽しそうな気がするけど。

「二人とも、待ってくれよ! 本当にこのまま、行くのか!?」

 俺の問いに、リキとほのかは黙って顔を合わせる。
 しばしの沈黙の後、二人は息を合わせてこう言った。

「当たり前だろ」
「当たり前でしょ」
 こいつらの方が、もう夫婦じゃね?
 
 ふと、気になったので、ミハイルに目をやると。
 顔を真っ赤にして、アスファルトに視線を落としていた。
 恥ずかしさからか、身体を震わせている。

「……」

 黙り込むミハイルを見て、心配になった俺は声をかける。
「なあ、大丈夫か?」
「え……?」
 俺が声をかけるまで、我を忘れていたようだ。
 大きな目を丸くして固まっている。

 お互いどうしていいか分からず、その場で立ちすくんでいると……。
 リキとほのかが乗る、ブライダルカーが動き始めた。

「じゃあな! また同窓会とかで会おうぜ!」
「二人とも、お幸せに~♪」

 残されるこちらの身も考えてよ……。

  ※

 リキたちが去って、どれぐらい経っただろう。
 20分以上は、このラブホテルの前に立っている。

 裏通りとは言え、博多駅の近くだ。
 真っ白なタキシードとウェディングスーツを着た、俺たちは悪目立ちしている。
 すれ違う通行人たちが、指を差して笑う。

「なに、あれ?」
「きっとウェディングプレイとかじゃね」

 違うわっ! プレイじゃなくて、正真正銘の夫婦だ!

 愛するパートナーを見て、嘲笑う奴らに苛立ちを覚える。
 これ以上、ミハイルを笑いものにさせてたまるかっ!

 それに……宗像先生の真似じゃないが、ホテルには違いない。
 どちらにしろ、今夜、俺とミハイルは結ばれる……予定だった。
 なら、初めてがムードのないラブホでも良いじゃないか。

 気合を入れるために、頬を両手で叩く。

「うしっ!」

 ようやく、俺も覚悟を決めた。
 そして、ミハイルに一言。告げる。

「ミハイル、入ろう」
「え、えぇ!?」

 驚く彼を無視して、話を続ける。

「俺たちはもう結婚したんだ。今日からずっと二人で暮らす……なら、遅かれ早かれこういう場所も利用するだろ?」
「うん……そうだよ、ね」

 目を合わせてはくれないが、ミハイルも俺の考えと同じようだ。
 その姿を見た俺は同意と見なし、黙って彼の手を掴む。

 これ以上の言葉は、無粋だろう。
 少し強引だが、彼の手を引っ張って、ホテルの中へ入ろうとした……その瞬間、ミハイルが俺の手を払う。

 驚いた俺は振り返って、彼の顔を確かめる。

「ご、ごめん……嫌とかじゃなくて……あのね、実は」

 顔を真っ赤にして、身体をもじもじとさせている。
 なんだ? トイレにでも行きたいのか?
 そういうことなら、ホテルにもあるだろう。

「どうした? やはり、入りづらいか?」
 俺の問いに、頭をブンブンと左右に振って見せる。
「そうじゃないんだって……。あのね、タクトはウェディングドレスを見たくないって、言ったじゃん」
「ああ……そう言えば、そんな話もあったな」
「実はもう一人分、作ったの。ドレスを」
「へ?」
 首を捻る俺に対して、彼は黙って指を差す。
 ミハイルが差したのは、俺の右手。
 先ほど、リキに渡されたトランクケースだ。

「その中には……アンナの分。ウェディングドレスが入っているの」

 久しぶりに聞いた、その名前に驚きを隠せない。

「なっ!? アンナだと!?」
「うん……いろいろ考えたけど。あ、アンナも着たいと思うし……タクトも見たいかなって」
「そ、それは……」
 
 否定すれば、嘘になる。
 彼の言う通り、俺も一年以上、彼女と会えていない。
 それにプロポーズした際、男のミハイルを選んだが……。
 本音は、未練タラタラで。
 彼女のことを引きずっているのも事実だ。

 ウェディングドレス姿のアンナ……想像しただけで、興奮してしまう。

「ったい……見たい!」

 気がつくと、自分の正直な気持ちをミハイルにぶつけていた。
 また女のアンナを選んで、傷つくんじゃないかと思ったが……。
 
「嬉しい☆ タクトなら、そう言ってくれると思ってた☆ 実はね、アンナのドレスも作っていたから、なかなか会えなかったんだよ」
「……」

 そういう事だったのか。
 ったく、こいつはどこまでも可愛いな。

  ※

 トランクの中身が分かったところで、ミハイルはようやくホテルへ入る決心が着いたようだ。
 もう一度、俺と手を繋ぐ。

「じゃあ、今度こそ入ってもいいのか?」
「うん……だけど、その前に聞いてもいいかな」
 潤んだ瞳で上目遣いをする。
 エメラルドグリーンだけでも、反則レベルなのに。
 こんなことされたら、股間が爆発しそうだ。

「なんだ?」
「あの……“どっち”がいい?」
「え?」
「だからさ、今のオレとアンナ。どっちを選ぶの?」

 頬を赤くして、こちらをじっと見つめる。
 なんて愛らしいんだ。

 つまり、彼が言いたいのは……男のミハイルか、女のアンナ。
 どっちを食べたいですか? ということだろう。
 なんだ、この高揚感は。

 まるで仕事から家に帰ってきたら、愛する妻が「お風呂にしますか? お食事にしますか? それともワタシ……」的なシチュエーション。
 しかし、そんなことを選ぶ必要はない。


 意味を理解した、俺は即答する。

「両方、いただこう」
「え?」

 大きな目を丸くする、ミハイル。

「だから、二人ともいただく。俺がミハイルとアンナを愛しているのは、事実だからな」
 ミハイルは俺の答えを聞いて、一瞬、言葉に詰まっていたが……。
 恥ずかしそうにこう言った。
「じゃ、じゃあ……どっちから?」
「もちろん、ミハイルからだ。俺が一番最初に可愛いと思ったのは、お前だからな」

 俺がそう答えると、ミハイルは小さな声で「バカ……」と呟く。
 だが、まんざらでもないようで、身体をもじもじさせながら、俺の目をじっと見つめる。

「オレで良いんだ?」
「確かにアンナも好きだ。でも大事なのは、中身であるミハイル、お前だ」
「うん☆」

 俺の顔を見つめて、優しく微笑むミハイル。
 右手を差し出し、何かを待っているようだ。

「行こ、タクト☆」
「ああ……そうだな」

 彼の小さな手を掴むと、ラブホテルの入口に立つ。
 緊張しているせいか、手の中は汗で湿っている。
 こんなベトベトの手じゃ、ミハイルが嫌がるだろうと思ったが。

 ミハイルは俺の考えていることを、察しているようだ。
 上目遣いで、こう囁く。

「大丈夫だよ☆ オレもすごく怖いもん、タクトと一緒☆」
「……ミハイル」

 その一言で、火がついた。

「じゃあ、二人で同時にホテルへ入るか?」
「うん、いいよ☆」

 まさか結婚して、初めての共同作業が、ラブホテルへの入場とはな。

 深呼吸した後、互いの手を強く握りしめ、片足を前に上げる。
 するとセンサーに反応したようで、自動ドアが開いた。

「「せーの!」」

 
  了

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