初めて授業をサボってしまった、かもしれない……。
しかし、その原因はこいつにあるだろう。
ミハイルの小さな唇が、たまらなく美味いからだっ!
まあ正しくは、彼のお口の中……舌先だが。
我を忘れてしまった俺は、何度もディープキスを繰り返してしまう。
チャイムの音が流れるまで、ミハイルを貪りつくすほど、自分を止めることが出来なかった。
ようやく正気を取り戻したが、彼の方は心ここにあらずといった顔つき。
「ああ……タクトのべろって、タコさんみたい。8つあるんだ、きっと。デヘヘヘ☆」
とアヘ顔で、よだれを垂らしている状態だ。
なんということだ!?
これではまるで、俺がミハイルを無理やり襲ったと、勘違いされそう……。
とりあえず、彼が二時間目の授業を受けられる状態にしよう。
※
まだミハイルは、ひとりで歩ける状態じゃない。
だから俺がおんぶして、二階の教室まで連れていく。
ホームルームはもう終わっているから、宗像先生は事務所に戻っているはずだ。
勢いよく、教室の扉を開く。
すると、なぜか教壇に宗像先生の姿があった。
「おう、お前ら。遅かったな?」
「あ、あれ? 宗像先生は二時間目の授業、担当じゃないでしょ?」
「ああん? 担当の教師が病気で休んだから、急遽、私が担当するようになったのだ。なんか文句でもあるか?」
「いえ……」
クソっ! 休むなよ。こんな時に……。
仕方なく、いつも通り俺とミハイルの席へと向かう。
まだミハイルは、トリップしている際中だ。
ヘラヘラとしまりの無い顔で、ぶつぶつ独り言を呟く。
「あはは☆ タクト、すごいね☆ ベロベロが止まらない、オレ壊れちゃいそう~☆」
もう壊れているよ……。
とりあえず、彼を隣りの席に下ろすと。
急に背後から、誰かがミハイルを抱きしめる。
「ミーシャ! おかえり~ 会いたかったっしょ♪」
赤髪のギャル、花鶴 ここあだ。
涙を流しながら、喜んでいる。
だが当の本人は、まだ現実世界へ帰っていない。
「うへへへ☆ タクトはタコさん♪ まだするの? 仕方ないなぁ~☆」
よだれを垂らしながら、天井を見上げている。
異変に気がついたここあが、咄嗟にミハイルの肩を掴み、俺から引き離す。
「ねぇ! オタッキーさ、告白の動画を見て感心したけど。もう変なことをミーシャに教えてるの!? 最低っしょ!」
鋭い。
「あ、いや……誤解だ。ちょっとミハイルと仲良くしていたら、興奮したみたいでな」
自分でも言いながら、否定していない事に気がつく。
「仲良しって、無理やりミーシャをヤッたんしょっ!? 最低じゃん!」
友情を第一に考えるここあだ。
心配から取り乱してしまう。
ざわつき始める教室内。
「うおっ、新宮のやつ。マジだったのか……」
「授業中に校内でするとか、最強メンタルじゃね?」
「つまり以前の彼は、同性愛者であることを隠していた為、消極的だったのでは? カミングアウトした今、男ならどこでも行為に及ぶモンスターと化した……」
そこまで節操のない男じゃない。
勝手に人を考察するな。
騒ぎを止めるため、宗像先生が叫び声を上げる。
「静かにせんか、貴様ら! 人の恋路だ。外野がとやかく言う筋合いは無いだろう!」
おっ、宗像先生にしては、ナイスフォロー。
と感心しているのも束の間。
先生は鋭い目つきで、俺を睨みつける。
「だがな。本校では認めてないんだよ……新宮」
「え、何がですか?」
「バカヤロー! 入学式の時に説明したろっ! 喫煙は既定の場所なら認める。また飲酒も働いている生徒がいるから、大目に見ているが……淫行だけは許してないんだよっ!」
「……」
そんなことを認める学校は、この世に無いと思うが。
「やっと、復学したと思ったらこれか? あんなに可愛い古賀をアヘ顔になるまで、立てなくなるほど無理やりするとは……見損なったぞ、新宮っ!」
「ち、違いますって」
「いいや! お前は卒業するまで、しばらく古賀と離れていろ! 花鶴、お前が守ってやれ」
「あーしに任せてください、宗像センセー!」
俺の意見は一切、無視され。ここあがミハイルを保護することなってしまった。
「デヘヘ☆ タクトはオレが好き♪ 誰にも止められないんだよ~☆」
早く正気を戻してくれ、ミハイル!
※
俺がミハイルに近寄ることを、ここあが警戒していたため。
しばらく彼と話すことは出来なかった。
授業が終わっても、周囲からの視線がグサグサと刺さるのが分かる。
居心地が悪いからとりあえず、教室を出ることにした。
廊下をひとりで歩いていると、後ろから声をかけられる。
「琢人くん! 待ってよ~!」
振り返ると、ショートボブの眼鏡女子。
北神 ほのかが立っていた。
かなり焦っていたようだ。
その場で腰を屈めて、肩で息をしている。
相変わらずのファッションで、白いブラウスに紺色のプリーツが入ったスカート。
以前、中退した全日制の高校で着ていた制服らしいが。
「ほのか、久しぶりだな。どうした? そんなに急いで」
「だって……はぁはぁ。琢人くんの動画を見て以来、この気持ちを早く伝えたくて……」
「は? ほのかの気持ち?」
俺が首を傾げていると。
息を整えたほのかが、眼鏡を光らせる。
「そうよ! 琢人くん、ありがとう! ゲイだということを、カミングアウトしてくれて!」
唐突の出来事だったとは言え、憤りを隠せずにはいられない。
「あぁっ!?」
柄にもなく、ドスのきいた声を出してしまった。
「だってさ、おかしいと思っていたんだよ! ミハイルくんを女装させたり、なんかコソコソしてたから。でも、あの動画を見てやっと気がついたの! 二人は最初から、尊いパートナーであることにっ! やっぱり私の第一印象は当たってたのね! 最高のネタ提供に感謝するわ!」
苛立つ俺のことなぞ、無視してマシンガントークを繰り広げるほのか。
まあ、でも……こいつも一応サブヒロインのひとりだからな。
礼だけは、言っておくか。
「なあ、ほのか。お前も知っているんだろ? 俺のライトノベル、“気にヤン”が打ち切りになったのを?」
「うん! それで実録ゲイ小説を書くことになったんでしょ!?」
鼻息荒くして、顔を近づけてくるからイラっとする。
「そっちは、おいおいだがな……。でも、ほのかもサブヒロインのひとりだったんだ。礼を言いたい」
そう言って頭を下げる。
「いやいやっ! こちらこそ、大量のネタ提供に感謝しているよ! 私こそ、二人に報酬を払いたいぐらいよっ!」
「え?」
「だって、さっきも3階の教室で、濃厚キスを見せてくれたじゃない?」
「……」
耳を疑った。
今、こいつ『見せてくれた』と言ったよな?
「1時間目の授業をサボってまで、ミハイルくんとの『駅弁ファ●ク』に没頭していたかったんでしょ? 鍵まで閉めてたもの!」
「なっ!?」
「しっかり、スマホで録画しておいたわよっ!」
盗撮していたのか。
一応、ほのかのスマホを確認してみると……。
彼女の言う通り、俺がミハイルを棚の上に座らせて、両手を押さえているため。
そう見えなくはない。
ミハイルの白い両脚は、俺の腰辺りで左右に分かれているし……。
「大丈夫よっ! 私は尊い二人を見守りたいだけなの! 悪質なネット民みたいに、おもちゃにしないわ! この動画も家のパソコンに保存するだけ、資料として!」
「……」
でも、どうせ倉石さん達と共有するんだろ?
もっと悪質な人間に感じるわ……。
こうして、腐女子のほのかという、サブヒロインの契約は解除された。