大勢の野次馬から逃げるため、一旦はかた駅前通りへ戻ることにしたミハイル。
 何か考えがあったわけでもなく、俺の手を引っ張って、通りの奥へと入っていく。
 すると、見慣れたビルが目に入った。

 何度も訪れた場所……例のラブホテルだ。

「あ……」

 無意識のうちに、ここへたどり着いたようで。
 それに気がついたミハイルは、顔を真っ赤にしてしまう。

「こ、これは……そう言う意味じゃなくて」
 慌てる彼を見て、俺は笑って答える。
「分かってるさ。あんな所でキスしたんだし、混乱していたんだろ?」
「うん……」

 確かに、目の前にあるのはラブホテルだ。
 だが反対側には、馴染みのラーメン屋がある。

 もう空も真っ暗だし、腹も減った。
 野次馬たちが解散する時間稼ぎも欲しいところだ。

「ミハイル。ラーメンでも食って行かないか?」
「え? あ、そっか。うん☆ 食べたい!」

 
 古いガラスの引き戸を開いて、大将に声をかける。
「大将、久しぶり」
 
 カウンターの奥で、大将は麺を茹でていた。
「あら、琢人くん? ひとりかい?」
「いや……今日は二人なんだ。ほら、大将に挨拶して」
 そう促すと、ミハイルは恥ずかしそうに顔を出す。

「あの、初めまして。お、オレ。古賀 ミハイルって言います」
「え? アンナちゃんだろ? 髪切ったの?」
 ヤベッ。
 女装しているし、フルメイクだから、大将にはアンナに見えるようだ。

「大将……その悪い。今まで騙していたつもりはないんだが。実はアンナは……男なんだ!」
「は? 琢人くん、おいちゃんのこと、バカにしてるの? どう考えても可愛らしい女の子、アンナちゃんじゃないか?」
「いや、違うんだ……」

 仕方なく、俺はこの1年間に起きた出来事を、軽く説明する。
 ミハイルが女装した姿が、アンナであったことを。
 それを聞いた大将は、顎が外れるぐらい大きな口で、ミハイルを凝視していた。

「ほ、本当に……男の子だったの?」
「はい……ごめんなさい。騙していて、オレ。男なんです」

 しばらく、その場でフリーズしていた大将だったが、徐々に平常心を取り戻していく。

「つまり、琢人くんのカノジョはアンナちゃんだけど。その正体がミハイルくんってことだね?」
「ああ……そして、先ほど俺がプロポーズしたから、フィアンセだ」
 とミハイルの肩を掴んで、俺に近づける。
「もう、タクトってば。こんなところで、また……」
 
 どうやら俺は、ミハイルに告白したことで。
 堂々と自分の気持ちを、話せるようになったらしい。
 キスしたから、興奮しているのかも。

「そうか、あの琢人くんがついに結婚かぁ。いやぁ、おいちゃん。なんか泣けてきちゃったよ……」
「え? 引かないの? 男同士なのに」
「別にどっちでも良いじゃない。色んな愛の形があって」

 そう言うと、大将はなぜかボロボロと涙を流し、タオルで拭う。
 博多って本当に、そっち界隈が多いのかな?

  ※

「よぉし! 今日はおいちゃんのおごりだよっ!」
 と大将が手を叩く。
 なんだか、毎回大将に奢ってもらっているような。

「え、良いんですか? オレ、男なのに……」
 とカウンター席で縮こまるミハイル。
「関係ないよ! 琢人くんのために今まで、色々と頑張ってくれたのは事実だろ? ならアンナちゃんもミハイルくんも同じじゃないか!」
「あ、ありがとうございます☆」

 結局、大将の粋な計らいで、店のメニューを何でも食い放題にさせてもらった。
 俺もミハイルも、ラーメンを何度もおかわりしたり。
 餃子やチャーハンも、大盛りで食べさせてもらった。

「しかし、あれだねぇ~ 琢人くんもこれから大変じゃない?」
 新たな餃子を焼きながら、俺に問いかける。
「え、何がですか?」
「だって、結婚するんだろ? それなりのお金、職業に就かないとさ」
「あ……」

 今までずっと忘れていた。
 計画のことばかりで、その後を考えていなかったのだ。

 大将の言う通り、結婚するには生活を持続するため、ある程度の年収が必要だ。
 しかし、俺はまだ未成年の高校生。
 プロの作家とは言え、不安定な職業。
 もう一つの仕事は……。

「おじちゃん、大丈夫だよ☆ タクトはプロの人気作家だし。それに新聞配達も頑張ってるから☆」
 とミハイルが自分のように自慢する。
「あ、そうだったね……でも、あれだろ? 作家ってのも不安定な仕事だろ。お金、大丈夫なの? 琢人くん」
 話を振られて、脇汗が滲み出るのを感じた。

「えっと……実は今、俺専業作家なんだ」
 都合の良いように答えただけだ。
 本当は違う。
「てことは、小説1本で食えるようになったの? はい、餃子大盛りね」
 カウンターに餃子の皿を載せられて、なんだか胃が痛くなってきた。

「え? タクト、新聞配達はどうしたの?」
「その……実はクビになったんだよね」
「ウソぉ!? あんなに長いこと働いてたのにぃ!?」
「うん、そうなんだ……」

 ~それから数日後~

 俺は新しいバイト先を探すため、自室のパソコンで求人サイトを片っ端から検索していた。
 しかし、どれも高校生不可。
 なるべく、早く安定した仕事に就きたい。
 できれば高額の仕事が良いが。

「参ったな……」

 小学生の時から、お世話になっていた『毎々(まいまい)新聞』真島店だが。
 俺は突如、クビになってしまった。
 クビというより、店長からお願いレベルで「しばらく休んで欲しい」と頼まれた。
 
 理由としては、俺が交通事故を起こしたから。
 あの時、店長はすごく責任を感じたらしく、俺の家族や宗像先生に何度も謝ってくれたらしい。
 自分が止めなかったから、琢人くんをあんな目に合わせた。
 そして、もし俺があの時死んでいたら……。

 宗像先生も相談を受けて、心身共に不安定だから、働かせるのはやめたほうがいいと助言したとか。

 まあ、確かに先生や店長の判断は、間違っていないだろう。
 店長は泣きながら「またいつでもおいでね」と言ってくれたが。
 しかし、第二の父とも言える店長に、これ以上の迷惑はかけられない。

 大丈夫だ。今の俺なら、どんな状況でも乗り越えられるさ。
 ミハイルが隣りにいてくれるからな。

 と求人サイトをチェックしていると、スマホが鳴り始めた。
 着信名は……ロリババア。

「もしもし?」
 
『こんの……アホぉぉぉぉぉ!』

 電話を出た瞬間、キンキン声で鼓膜が破れるかと思った。

「いきなり、なんだ? 白金……」
『何がじゃないでしょ!? DOセンセイのせいで、編集部は大混乱ですよっ!』
「は? なんのことだ?」
『しらばっくれるつもりですか! あれだけ、アンナちゃんの正体は隠し通せと言ったのに。男だということを、あんな大勢の前で叫んで……“気にヤン”の読者や親御さんからクレームの嵐なんですっ!』
 
 ちょっと言っている意味が分からない。
 
「どういうことだ?」
『知らないんですか、あのお祭り騒ぎをっ!?』
「すまん……ちゃんと教えてくれ」
『じゃあ、今から送るURLにアクセスしてみてください』

 するとパソコンへ一通のメールが送られてきた。
 某動画共有サイトのアドレスみたいだ。
 クリックすると……。

 いきなりサムネイルがモニターに映し出される。
 それを見て驚きのあまり、俺は唾を吹き出してしまう。

「ブフッーーー!」

 何故かと言えば、その被写体に問題がある。
 画面いっぱいに映し出された男の顔。汗だくで何かを叫んでいるようだ。
 動画を再生してみると。

『おい! 誰だっ! 今、ホモだと言ったやつは!? 仮に俺がホモだとして、何が悪いっ! 人がを人好きになることが悪いことなのか!?』

 あ、これ……俺だわ。
 クソ。あの時、動画を撮影して奴らか。
 勝手に、人の告白を笑いものにしやがって。

 とりあえず、事態を把握した俺は、白金との通話に戻る。

「これのことか……確かに告白した。すまん」
『別に告白は悪くないですよ! でも場所を考えてくださいっ! 色んな動画サイトに転載されて。バズりまくっているんですよ!』
「マジ?」
『大マジですよっ! ショート動画にも転載されて、DOセンセイのことも特定されていますっ!』
「……」
 結婚までのハードルは高そうだ。