入院して、1週間が経った。
だが依然として俺の治療は、思うように行かず。
病院食を口にしても、たった数口で終わってしまう。
「また食えなかったのか?」
宗像先生は何度も同じ光景を見て、苛立ちを隠せない。
「はい……味がしなくて」
「味がしないねぇ。恋わずらいのくせして、格好つけてんじゃないぞ」
「別に、そんな意味では……」
俺だって食おうと思っているのに、身体が受け付けないんだ。
「そうか。ま、新宮がそんな状態なら、私が奪ってもいいってことだな」
「へ? なにをですか?」
「ふふふ……」
俺がそう尋ねても、先生は不敵な笑みを浮かべているだけ。
宗像先生は自身のスマホを取り出すと、誰かと電話を始めた。
「おう、私だ。この前教えたところまで持って来てくれ」
通話を終えると、先生はニヤニヤ笑いながら、俺を見つめる。
「ヒヒヒッ」
き、気味が悪いな。
※
病院の食事は、いつも早めに届けられる。
これぐらいしか、楽しみがないから……だとナースさんが話してくれた。
今日の昼ご飯はカレーライス。
美味そうだが……やはり今の俺じゃ無理だ。
ひと口で諦めてしまう、ヘタレぷり。
その時、部屋の扉が勢い良く開いた。
宗像先生が満面の笑みで、大きな弁当箱を持って入ってくる。
「だぁはははっははは! お昼だ、お昼っ! やはり外食よりも、人が作った料理に限るぞ!」
この人に料理を作ってくれる相手なんて……いないだろ。
簡易ベッドの前に、ローテーブルを持ってくると。
わざとらしく、弁当箱のふたを開いてみせる。
「おおおっ! こりゃすごい! 愛の詰まった弁当だ」
気になった俺は、ベットから身を乗り出す。
覗き込んで見ると、確かに作った相手の優しさを感じる弁当だ。
タコさんウインナーに、玉子焼き。ハンバーグに焼き鮭。
そして、びっしりと埋められた白米には、大きなハートが何個も並んでいる。
何だ? この異常な女子力は。
「いただきまぁ~す!」
と言いながら、ハイボール缶を取り出す宗像先生。
「かぁ~ うめぇ! 今度から毎日これをつまみに飲めるなんて、教師になって良かったぁ♪」
その言葉を聞いて、ようやく気がついた。
先生が持ってきた弁当……アンナが作ったな。
「ちょ、ちょっと! なんで先生がアンナの作った弁当を、食べているんですか!?」
「あぁん? そりゃお前が悪いんだろ。真面目に食事を食べないから、ケガも治らない。一生、ここで過ごす気か? その点滴くんと」
そう言うと、点滴の袋を指差す。
「うっ……それは」
「これを食いたいなら、さっさと病院食ぐらい食べてみせろ。まず、それからだ」
クソっ!
人の女を女中扱いかよ……。
「分かりましたよ! 食べます、食べりゃ良いんでしょ!?」
「おほ~ 怒ったか? そりゃあ良いことだな。怒るってのも意外とパワーが必要だからな♪」
先生に煽られて、見事この日のお昼ご飯は、全て完食した。
「やりゃあ、できるじゃないか」
「ハァハァ……こんなことを毎日、続ける気ですか?」
「当たり前だ。お前が治るまでずっとな。それから、新宮。忘れていたけど、この弁当を作った本人だが。今この病院の1階にいるぞ」
「えっ!? アンナが?」
驚きのあまり、飛び起きるが、先生に身体を抑えられた。
「この空になった弁当箱が帰ってくるのを、ひたすら待っているそうだ……私ではなく、新宮が食べてくれると願ってな」
「そ、そんな……じゃあ先生は、騙したんですか? アンナを」
「騙したというより、お前らのためを思ってやった行動だ。結果的に、新宮も病院食を完食できたし、古賀も安心できるだろう」
「……」
確かに先生の言う通りだ。
例え、汚いやり方でも。
「古賀は喜んで引き受けてくれたぞ。『タッくんのためなら、毎日行きますっ!』てな」
「アンナ……」
俺のせいで、こんなことに。
「ということでだ! 新宮、お前がしっかり食べられるまで。私はずっと古賀の愛妻弁当を毎食、奪ってやる。あぁ~、今から夜が楽しみだ。あいつの作る料理はつまみに丁度、良いんだよ」
「こ、この……」
拳を作ったが、すぐに引っ込める。
込み上げてくる怒りは、全て明日へ向けよう。
そのために、どんな料理でも腹にぶち込むんだ。
※
それから毎日、目の前でアンナの弁当を、美味そうに食べるところを見せつけられた。
宗像先生に煽られたからではないが、俺も負けじと病院食を残さず、完食する。
日に日に、体重は戻っていった。
ただ病院の食事を食べているだけなのに、体重は55キロほどに上がっている。
元の体重より、まだ痩せているが……。
随分、身体を動かしやすくなった。
並行して、折れた左脚のリハビリも開始している。
この調子で行けば、あと3週間ほどで退院できるらしい。
だが、そんな俺を見ても、宗像先生は満足していなかった。
むしろ、不満そうだ。
食事を取れるようになって、身体も回復してきたところで。
先生が今まで溜まっていたレポートや、前期のテストを持ってきた。
退院する前に全て書き終えろ、と注意された。
仕方なく、デスクテーブルの上でレポートの空欄を埋めていく。
以前は公式のラジオを聴きながら、問題を解く……というか、答えを教えてもらい。
レポートを書いていたが。
今はもうそれすら、面倒くさくなって、教科書も読まずに、答えを書いている。
前後の文章を読んでいれば、なんとなく分かるからだ。
だって所詮は、義務教育の下級生レベルだよ?
一人で黙々と勉強を続けていると、部屋の奥から扉をノックする音が聞こえてきた。
ナースさんの問診かな?
でもいつもより、早いし……。
今は宗像先生が部屋にいないので、大声で叫んでみる。
「はーい! 開いてますよ!? どうぞ~!」
「……あの、本当に入っても良いかな?」
ん? なんだこの控え目な話し方は。
「失礼ですが、どなたですか!?」
「お、オレだよ……タクト」
「はっ!?」
まさか……でも、アイツとは絶交したはずだ。
「ミハイルだよ、入ってもいい?」
「……ああ、もちろんだ! いや、入ってくれ!」
なんてこった。アイツ自ら、赴いてくれるなんて。
そうか。俺が交通事故にあったから、心配してくれたんだ……。
この時、俺の心臓は高鳴っていた。
大きな胸の穴も、どんどん塞がっていく気がする。
俺にとって、そんなに大事な人間だったのか……。