ピッ、ピッ、ピッという電子音が一定のリズムで、どこからか聞こえてくる。

 ここはどこだ?
 頭が酷く痛む……それに何かが、俺の胸に覆いかぶさっているようだ。
 手で外そうと試みたが、力が入らない。

 瞼を開こうとしても、接着剤でもつけたかのように重たく感じる。

 とりあえず起きなきゃいけないと思って、上半身を起こそうとした瞬間。
 先ほどまで流れていた電子音のリズムが激しくなる。

「あぁ……」

 何かを話そうとしてみたが、これも上手く出来ない。
 口をマスクで塞がれているからだ。
 マスクの先端には管が繋がれており、強い風が流れてくる。

 薄っすらとだが、辺りが見えるようになってきた。

 ここは全てが白い。
 壁も天井も、だだっ広い部屋を忙しそうに走り回る看護婦たち。

 頭の中に靄がかかったようで、スッキリしない。
 一体、俺は何をしでかした。

 そう思っていると、一人のナースと目が合う。

「あっ!? 起きちゃダメだって!」
「……?」

 その声に気がついた他の看護婦も、慌てて俺の元へ駆けつける。

「寝てなさい! 薬が効いているから!」
「そうよ! 君は交通事故で搬送されたの! 絶対安静なの! 分かる?」

 叩きつけるような勢いで、俺をベッドに寝かせるナースたち。

 左上にかけられた点滴の袋を確認しながら、看護婦が説明してくれた。

「あなたは、数日前にこの真島総合病院……の近くで交通事故にあったのよ。詳しいことは後で先生が話してくれるから。まだじっとしてなさい!」
 厳しく注意されたから、黙って頷いて見せる。
「じゃあ、安静にしていてね。ミハイルくん」

 今、なんて言った?
 トラックに轢かれて、ミハイルに転生したとか……。

  ※

 ナースが言った通り、数時間後、担当医が現れた。
 軽く質問をしたあと。触診したり、脈を計ると。
 近くにいたナースへ指示を出す。

「この子、ミハイルくんだっけ? もう、個室へ移動させていいよ」
 だから何故、名前がミハイルで登録されているんだよ。
「分かりました」

 なんの薬かは分からんが、効果が無くなってきたようだ。
 意識もハッキリしているし、視界も良好。

 4人のナースさんが、俺のベッドを囲むと。
「今から個室へ移動するから、そのまま寝ていてね」
 と言われた。

 自分で歩こうと、ベッドから降りようとしたらすごく叱られた。
 この年で若いねーちゃんに介護されるとか……屈辱だわ。
 
 仕方なく、黙ってナースさんに『お神輿』をしてもらうことに。
 寝たままガラガラと廊下を走り回る。
 途中エレベーターを使って、移動すること10分ほど。
 
 ようやく、個室へ到着した。
 部屋に入るとベッドの各キャスターをロック。
 そのあと、俺の身体についていた様々な管や機材を外してくれる。
 これで身体が軽くなった……と思ったが。

 そうでもない。
 俺の左脚は、頑丈なギブスで固定されていた。
 つまり、歩けないってわけだ。
 参ったな……次のスクリーングも近いってのに。

  ※

 ナースさんたちが出て行くと。
 入れ替わるように一人の女性が、ノックもせずに入ってきた。

 ボディコンのミニワンピースを着た淫乱女。
 こちらをギロっと睨んでいる。

「おい、何日人を待たせる気だ?」
「……え?」

 ようやく声を出すことに成功した。
 ずっとマスクをつけていたから、喉が乾燥していて、かすれている。

「とりあえず、意識が戻ったと聞いたから……一発、殴らせろ」
「な、なにを……」

 ツカツカと音を立てて、こちらへ向かってきたと思ったら。
 途中から走り出し、勢いをつける。俺の頬へ目掛けて、ストレートパンチをお見舞い。

「がはっ!」

 こっちはケガ人だぞ! と叫ぼうと思ったが、そんな気はすぐに失せてしまう。
 殴った本人はベッドの上でうずくまり、泣いていたから。

「バカ野郎……死んでどうするんだ。これ以上、心配させるな」

 俺は彼女の頭に触れてみた。
 小刻みに震えている。

「せ、先生」
「うう……死ぬことなど、絶対に許さんからな」

  ※

 しばらく、俺の膝で泣いていた先生だったが……。
 近くにあったテイッシュを数枚掴むと、勢いよく鼻をかむ。

「チーン! あ~、すっきりしたぁ♪」

 まだ鼻水が顔についているよ。
 汚ねぇ、大人。

「先生……俺どれぐらい、意識がなかったんですか?」
「まあ、そう慌てるな。お前は交通事故により……。脳震とう、左脚の骨折及び裂傷で、この病院へ担ぎ込まれたのだ」
「事故ですか」
「うむ。トラックに轢かれたようだが、新宮の位置がもう少しズレていたら。おっ死んでいたらしいぞ」

 先生は警察から聞いた情報を元に、色々と説明してくれた。
 事故から、既に3日経っているらしく。
 左脚の外科手術のため、麻酔を使ったらしいが。
 それよりも、身体の衰弱が激しく……医師から栄養を補う点滴を、指示されていたそうだ。

「これを見ろ、新宮」
 先生はそう言うと、真っ二つに割れたヘルメットをベッドの上に置いてみせた。
「あ、俺の……」
「そうだ。奇跡的に助かったが、トラックの運転手がブレーキをかけなかったら……お前の頭は、こうなっていたんだ!」
「……」

 先生はすごく怒っていた。
 この怒りは、新聞配達の店長と同じ感情だ。
 心配してくれたのだろう。

「あのな、新宮。私はお前が必要だ。生徒してな。今までどんな大人たちがお前を見捨てて、学校から逃げたのか。私には理解できん。それでもだ。私はどんなことがあっても、お前たちを見捨てることはない!」
「はい……」
 気がつくと、熱い涙が頬を伝う。

「たかが、恋愛の一つで死ぬなんて絶対に許さん! いいか、新宮。今回の事故を機に踏ん切りをつけるんだ! 生まれ変われ!」
「え……どういうことですか?」
「決まっているだろ。古賀のことで、自分を見失っているお前を元に戻す。いや、以前よりも強くなるのだ! 一ヶ月以上、入院するんだから。自分を磨いて、古賀への想いを、ちゃんと伝えられるようにな」
「は?」

 なんで、宗像先生にそこまで決められてしまうんだ。
 でも、確かに……以前の健康な身体を、取り戻さないとな。
 また事故っちまう。

「あと、ちなみに今から私は教師として、お前を24時間監視するからな」
「はぁ!? どうしてそんなことに……」
「だって今、女装した古賀が来たら、お前はどうする気だ?」
「それは……」
「アンナとして接するんだろ? ならば、ダメだ。家族以外の面会は禁止とする!」
 いや、それを言うなら、あんたも面会しちゃダメだろ。

「どうしてですか?」
「お前の気持ちが中途半端なせいだ! 相手を傷つけまいと、下手な嘘をつく。だから、このような事態に陥ったのだ! そうなれば、古賀も巻き込まれるぞ、分かっているのか? 自分の立場を」
「はい……」

 先生の言う通りだ。
 もし、俺が死んでいたら、ミハイルやアンナは……。

「新宮。そろそろタイムリミットだ、ちゃんと自分の意思で選べ」
「選ぶ?」
「ああ……男のミハイルか、女のアンナかをだ」

 どっちもは、選べないんだよな。