ミハイルが退学を申し出て、二週間が経とうとしていた。
 宗像先生と別れる際。

「とにかく新宮。お前は楽しそうにしていろ。それが重要だ」

 なんて言われたが、そんな風に気持ちを切り替えられたら。どんなに楽だろう。
 確かに宗像先生のツボッターへ反応した相手は、ミハイルに似ていたが……。
 断定は出来ない。

 それでも、第2回の期末試験はやってくる。

 毎日、胸が痛む。
 彼から「絶交だ!」と叫ばれた日から、俺の胸に空いた大きな穴は、塞がらず。
 日に日に、広がっていくような気がした。
 そのせいか、飯もろくに喉を通らず。

 体重は減る一方だ。
 口にするものと言ったら、ブラックコーヒーのみ。
 栄養を考えて、砂糖を少しだけ入れている。
 
 この前のスクリーングから、憔悴しきった俺を見て、あの母さんや妹のかなでまで心配してくれた。

 でもその優しさが、更に俺の傷を広げてしまい、痛みが増す。
 きっと、この穴を塞げるのは……アイツだけだ。


 正直、学校なんて行きたくなかった。
 でも宗像先生に言われているし。俺が楽しく振舞っていれば、ミハイルが戻って来るかもしれない。
 
 魔法瓶にホットコーヒーを注ぎ、リュックサックを背負うと、地元の真島駅と向かった。

  ※

 学校へ着くと玄関で、一人のミニスカギャルに出会う。
 ミハイルの親友でもある、花鶴 ここあだ。
 寒いのに、相変わらず露出度の高い服装。
 だが、そんなこと。今の俺にはどうでもいい。

 あまり話したくないと思って、静かに立ち去ろうとしたその時。
 俺の存在に気づかれてしまう。

「あ、オタッキーじゃん! あけおめじゃね?」
「……」

 いや、この前の試験でも会ったんだけどな。
 俺って、やっぱりミハイルがいないと、幽霊みたいな存在なんだな。

「てか、痩せた? めっちゃ頬がこけているんだけど? ダイエットとか?」
「……いや、違う。色々あってな」
 かすれた声で答える。
 久しぶりに人と話すから、上手いこと言葉が出ない。

「ふぅ~ん。あのさ、最近ミーシャも見ないよね? 風邪とかかな?」
「み、ミハイルは……」

 その名前を口から発した瞬間。
 胸が激しく痛む。
 あまりの激痛に、息が荒くなり。その場に立っていられなくなる。
 2週間も飯を食ってないこともあり、ふらついてしまう。
 近くにあった下駄箱に、もたれかかる。

 それを見たここあが、血相を変えて、俺の肩を掴む。

「ちょ、ちょっと! オタッキーてば。どうしたの!? 倒れそうじゃん!」
「俺の……せいなんだ。ミハイルが学校へ来られなくなったのは……」
「え? ミーシャと何かあったん?」

 弱音を吐いた途端、涙が頬を伝う。
 この二週間、ずっと誰かに話を聞いてほしかったから。

  ※

 ここあが気を使ってくれて、誰もいない3階の教室で話をしようと、提案してくれた。
 誰もいない教室の中、ふらつく俺が心配だと、イスに座らせられる。
 目の前の机に腰をかけ、俺が話すのを待つここあ。

「で、何があったん? ケンカ?」
「ケンカというか……もっと複雑な事情だ」
 俺がそう答えると、彼女は鋭い目つきで睨む。
「ねぇ、前からやってたミーシャの女装が関係してんの? あれで泣かせたら、オタッキーでも許さないかんね!」
「……それが関係している」

 そうだった。
 ここあは、友情を何より大事にする人間だった。
 特に幼馴染でもあるミハイルを、傷つけたら、俺でも殴られるだろう。

 でも、今の気分なら、こいつに殴られても構わん。
 俺がミハイルを、傷つけたのは事実だし。
 それらも覚悟して、俺はここあに説明をはじめる。

 最初は眉間に皺を寄せて、俺を睨んでいたが。
 素のミハイルを抱きしめたこと。それからキッスまでしようとした……全部、話し終えるころには、何故か嬉しそうに笑っていた。


「これが全部だ。だから、あいつは退学という選択肢を取った。全部、俺が悪い」
 一応、ダチでもあるので、頭を下げておく。
 しかし、ここあは何も言わず。
 俺の肩に優しく触れ「話してくれて、ありがと」と礼を言われた。
 これには、俺も驚く。

「どういうことだ?」
「それってさ。あーしだけに、話してくれたんでしょ?」
「ああ……宗像先生には相談したが」
「じゃあ、ダチのなかでは一番だ♪」
 なぜか勝ち誇ったような顔をしている。

「怒らないのか? お前のマブダチを女装までさせて……傷つけた俺を」
「ん~ あーしは女装とか、同性愛っての? 正直、わかんないから、どうでもいいっていうかぁ」
 おい。勝手に人を同性愛者にするんじゃないよ。

「つまり、どういうことだ?」
「オタッキー的には、女装していない素のミーシャが、好きだってことでしょ?」
「う……」
 改めて、人に言われると恥ずかしいな。
「ならさ。あーしも手伝うよ! ミーシャを学校へ戻すこと!」
「へ?」
「あーし的には、オタッキーとミーシャがくっつくのは、すっごく嬉しいかな♪」
「……」
 なんか勝手に、俺とミハイルが付き合う前提で、外堀を埋められているような。

  ※

 俺はこの前、宗像先生が話してくれたアドバイスを、ここあにも説明する。
 具体的にどうやって、学校を楽しむのかが、分からない。
 
 しかし、ここあはそれを聞いて何かを思いついたようだ。
 胸の前で、手をパチンと叩く。

「なるほどね! 宗像先生のいうこと、分かるかも!」
「?」
「要は明るく楽しそうなオタッキーを見たら、ミーシャも一緒に遊びたくなるじゃん!」
「そ、そうか?」
「うんうん! だからさ、いっぱい写真を撮ろうよ♪ 学校で!」
「……え?」

 ここあが言うには、学校内で色んな友達と写真や動画を撮って、SNSに投稿すれば、ミハイルが見ている可能性がある……らしい。
 しかし、身バレとかの危険性があると、断ろうとすると。

「ねぇ! 本気でミーシャを取り戻したいんでしょ!? 身バレとか、どうでも良くない! オタッキーの愛って、そんな小さなものなん!?」

 と机を思い切り、拳で殴りつける。
 これには、俺も恐怖を感じた。
 やはり腐っても、伝説のヤンキーだ。

「わ、悪い……アカウントを作ればいいんだろ?」
「そうそう♪ てかさ、オタッキーは作家なんだから、ペンネームで作りなよ」
「まあ、そうだな」

 SNSは見る専で、創作アカウントなんて、作っていなかったが。
 ミハイルのためだ。身バレ、炎上覚悟でやるか……。

 DO・助兵衛で、全世界に向けて発信とか、黒歴史だけど。