ラブホテルまで、俺を連れ込んだマリアだったが……。
 肝心のドキドキさせる映像は、見せられずにいた。

 むしろ、ピュアで奥手な女の子と感じる。
 まあ俺的には、好感を持てるタイプだけど。

 マリア自身は己の不甲斐なさに、憤りを感じているようだ。
 肩を小刻みに震わせて、碧い瞳に涙を浮かべている。

「……ぐすん。せっかくタクトと二人きりなのに、何も出来ていないわ。記憶の改ざんが……」

 まだこだわっているのか?
 確かに、アンナのコスプレパーティーを越える記憶は、作れていないが。
 童貞の俺が、ラブホテルへ3回も来ている時点で、充分レアな思い出だと思うけど?

 ベッドの上で、バスローブを纏ったマリアが座っている。
 かなり落ち込んでいるようだ。
 俺は少し距離を取り、近くの冷蔵庫からブラックコーヒーを取り出して、喉を潤わせる。

 何とも気まずい空間だ。
 これが、あと半日以上あると思うと、苦でしかない。
 別に俺が、マリアを無理やり襲ったわけでもないのに……なぜか罪悪感が残る。

  ※

 コーヒーを飲み終え、ゴミ箱へ空き缶を持って行こうとしたら、急にマリアが顔を上げる。
 
「そうだ! タクト、あれならできるわよ!」
 と自身の胸を叩くマリア。
「アレ? なんのことだ?」
「ふふん。きっとこのテクニックは、ブリブリアンナじゃ出来ないわよ」
 妙に自信があるな。
 まあ、元気が出たことは良い事か。
「なにをするんだ?」
「それはね……抜くのよ! タクトの太いのを、思い切り!」
 俺は、マリアがラブホテルへ来て、頭がおかしくなったのかと思った。

「抜くって……お前。まさか……」
「そのまさかよ! 私の指ってすごいんだから! 必ずタクトを抜きまくって、気持ち良くさせてあげるわ!」
「ウソ……」
 急に下ネタ全開になったマリアを見て、言葉を失ってしまう。
 俺とは対照的に、彼女は興奮気味に語り始める。

「タクトって最近、抜いてないでしょ?」
「あ、いや……人並みには……」
「ウソよ♪ 顔を見たら分かるわ。そういうことは、女の子に任せるものよ♪」

 初めて聞いたんですけど。
 自家発電は、己が手でするから、って意味だと思うんだけど。
 女の子がしてくれるものなの?

「そ、それはダメだ……俺たち、まだそういう関係じゃ……」
 優しく断ろうとしたが、マリアは首を横に振る。
「いいえ! 絶対に抜かせて。大丈夫、痛くしないわ! 私、こう見えてたくさんの人を、抜きまくっているのよ」
 まさかのビッチ発言である。
「なんで……?」
「パパがよく言うのよ。『マリア。そろそろ抜いてくれ』って。だから、私が毎晩抜いてあげているの♪」
「……」

 俺以上に、ヤバい家庭がいた!?

 ~20分後~

「どう? タクト。気持ち良いでしょ?」
「あ、ああ……」
 確かにマリアのテクニックは、最高だった。
 ベッドの上で、膝枕をしてくれる神対応。
 そして、銀色の道具を手に持ち、俺の額に触れる。

 ブツン……と何かが引きちぎれる、音がした。

 最初は痛かったけど、しばらくすると、気持ち良く感じられるようになった。
 なんだか、眠たくなってくる。
 確かに、これは昇天すると言っても、過言ではない。

「もう~ タクトったら、相当溜めてたわねぇ? 抜きがいがあるってもんだわ♪」
 そう言って、ピンセットで俺の眉毛を抜く。

 彼女が表現する「抜く」とは、毛を抜くことだ。
 俺が想像していたような、卑猥な行為はなにもない。
 マリアのパパさんが、夜な夜な抜いてほしいと、リクエストするのも分からんでもない。
 だって、気持ちが良いもの。

「ねぇ、タクトって眉毛を抜くの、初めてでしょ~」
「ああ……こんなに気持ちが良いなんて……うっ!」

 最初こそ、チクッと痛みが走るけど。
 その後の快感ったら、やめられない。

「ほぉら、見てごらんなさい。こんなに溜めていたのよ♪」
 そう言って、手の甲を見せてくれる。
 彼女の白い手に、たくさん並ぶ眉毛たち。
 黒い毛虫みたいで、気持ちが悪い。
「うわっ……」
「男の人って、眉毛あまりいじらないものね。今度から定期的に、私がメンテしてあげるわ♪」
「ああ……」

 この時、俺は半分以上、意識がなかった。
 眠たくて仕方がなかった。瞼が重たい。
 気がつけば、夢の中へと入っていた。


『あはは☆ タクト~ こっちだって~☆』

 お花畑の前をミハイルが走っている。
 デニムのショートパンツを履いていた。今日もその小尻がたまらない。
 俺は一生懸命、彼の元へ追いつこうと必死だ。

『ま、待てよ。ミハイル!』
『嫌だよー! だって、タクトが悪いことしてるもん!』
『悪いことってなんだよ?』
 
 急に立ち止まるミハイル。
 俺はやっとのことで、彼の元へたどり着く。
 そして、ミハイルの肩を掴んだ瞬間。
 彼の姿が、一瞬にして変わってしまう。

『タッくん……なんでラブホテルへ、マリアちゃんと行ったの?』
 女装したアンナに変身していた。
 顔色が悪く、自慢のエメラルドグリーンは輝きを失せている。

『そ、それは……』
『なんで、アンナとミーシャちゃんを裏切ったの?』
『違うんだ……聞いてくれ!』
 必死に弁解しようとするが、アンナは静かに首を横に振る。
 そして、幽霊のように、ゆっくりとその姿が透明になり、消えて行く。
『待ってくれ! アンナ!』
 俺が止めても、彼女は黙って背中を見せる。

 最後に一言だけ、アンナはこう呟いた。

『ごめん。もう無理かも……』


「待てっ! アンナ!」

 宙に手の平を伸ばし、彼女を引き留めようとした。
 しかし、目の前にあるのは、見慣れない天井。
 そうだ……今は、マリアとラブホテルへ来ていたんだ。
 眠っていたのか?

 とりあえず、身体を起こそうとしたその時。違和感を感じる。
 両腕がベッドの柵に、縛られていたからだ。
 それもドラマで見るような、銀色の手錠。

「誰がアンナですって?」
 声の方向に視線を合わせると、鬼の形相でこちらを睨んでいるマリアがいた。
 しかも、俺の股間の上にまたがっている。
 完全にマウントを取られていた。

「えっと……これは、なんのプレイ?」

 一体、このあと。俺はどうなるんだ。
 処女の次は、童貞を奪われるのか……。