色々と問題はあったが……。
アンナとの初詣は、どうにか無事に終わりを迎えた。
故郷である真島駅へ列車がつくと、和服姿の彼女に手を振る。
「またな、アンナ」
「うん☆ 今日すごく楽しかったよ。改めて、今年もよろしくね☆」
「ああ、また今年もたくさん取材しような」
バイバイとは言わず、お互い笑顔で手を振る。
別れが惜しいけど……少しぐらいは我慢しないとな。
彼女が乗る列車は発車し、その姿が小さくなるまで、手を振り続けた。
「さ、俺もそろそろ帰るか」
ここでアンナとの余韻を、楽しむつもりだったが……。
我が家へ帰るってことはまだ親父がいるんだ。
もう夕方だし、さすがに夫婦の時間。終わってるよね?
※
自宅の裏側に回り込み、玄関のドアに手をやる。
恐る恐るドアノブを回すと、中から男の声が聞こえて来た。
「あぁ~ いいよぉ~ 琴音ちゃん!」
親父の声だ……まさか、商売道具である美容院を使って、プレイ中なのか?
「やっぱりの琴音ちゃんが一番だわ~」
「もう六さんたら、いつもそう言ってくれるけど。他の人に浮気してないの?」
「するわけないだろ……こんなテクは琴音ちゃんだけなんだから、ああっ!」
親父の喘ぎ声を聞いた俺は、即座に店の中へと駆け込む。
そこは腐っても、普段お客さんが、母さんに髪を整えてもらう場所だから。
「おい! あんたら、いい加減にしろよ!」
威勢よく、怒鳴り込んだのは良かったが。
俺が目にした光景は、予想していたものとは全然違う。
母さんが痛いBLエプロンを着て、親父の長い髪をハサミで切っていたから……。
「おう、タク。おかえり。アンナちゃんだっけ? 初詣どうだった?」
ケロっとした顔で、そう言う親父。
「ああ……うん。楽しかったよ」
「そうか。なら良かったぜ。俺の着物も似合ってんじゃねーか。へへへ、初孫を期待してっからな!」
このクソ親父。
アンナとは、お孫さんを作れません。
そのあと、母さんから事情を聞くと。
どうやら親父は、普段髪を切らないらしい。
ヒーロー業が忙しく。金もないため。
長い髪は放置して、ああなったようだ。
そして、もう一つ。
夫婦の間にルールがあるようで、母さん以外の美容師には、髪を切らせないそうだ。
だから、たまに帰って来た時。
母さんがしっかり短く整えるのだとか。
でも、また帰ってくるころには、肩まで伸びているだろう。
変わった夫婦だな。
※
部屋に戻り、着物を脱いで、部屋着に着替える。
パソコンを起動し、今日収穫した和服アンナの写真を整理する。
「またフォルダが、一つ増えてしまったな……」
これで脳内における「あ~れ~」劇場が楽しめるというものだ。
そう思うと、笑いが止まらない。
鼻息を荒くしながら、モニターを眺めていると、机の上に置いていたスマホが鳴り始める。
相手がアンナだと思い込んでいた俺は、名前も確認せず、電話に出る。
「もしもし? アンナか? 今日は楽しかったな」
『……』
ん? どうしたんだ。黙り込んでいる。
「おい、アンナ。どうした? やはり身体を冷やしたのか?」
『身体を冷やしたですって……?』
普段、優しく話してくれる、愛らしいアンナの声ではなかった。
今にも凍てついてしまいそうな、冷えきった声。
「え……アンナじゃないのか?」
恐る恐る、スマホを耳から離し、画面を確認したら。
着信名はマリアだった。
気がついた時には、もう既に遅かった。
『身体を冷やしたって……タクト。あなた、まさか元旦から、ラブホテルへ行っていたの!?』
酷い誤解をされてしまったようだ。
「ち、違うぞ! 断じて、そんなことはしていない! その……アンナとは、初詣に行っていただけだ」
『初詣ですって? どうせ、あのブリブリアンナだから、露出度の高いミニスカとかで行ったんでしょ?』
アンナに対するイメージって、そんなにアホっぽいの?
ちゃんと、和服を着ていたけどなぁ……。
「と、ところでマリア。一体、何の用だ?」
俺がそう問うと、彼女は怒りを露わにする。
『なにがですって!? それは、タクト。あなたがやった大罪のことに決まってるでしょ!』
随分、興奮しているようだ。声が震えている。
「え? 俺がマリアに? なにかしたのか?」
『とぼけないで、ちょうだい!』
「いや……本当に言っている意味が、わからないのだが」
マリアの怒っている理由がわからないので、謝罪するにもできない。
その態度が、更に彼女を興奮させてしまう。
『まだわからないの!? あなた、去年ラブホテルに2回も行ったそうじゃない!?』
「え!? なんで……そのことを」
『全部、タクトの小説に書いてあったわよ! 忘れたの!?』
「あ……」
ヤベッ、去年に同時発売された”気にヤン”の2巻と3巻のことだ。
3巻はただの腐女子が成り上がるだけだから、放っておいて……。
問題は、2巻だ。
2巻の内容は、サブヒロインである赤坂 ひなたをメインキャラとして、登場させた。
見せ場として俺が、三ツ橋高校の福間 相馬から、彼女を助け出し。
事故とはいえ、ラブホテルに入るというシーンがある。
まあ、ラストにアンナと一緒にコスプレパーティーをするのだが……。
「その、あれはちょっと色々あってだな……」
『タクト。言ったわよね? ホテルでそういうこと、したことはないって。あれは嘘だったの!?』
これは、しくじった……。
作品をリアルに仕上げるため、起きた出来事を細かく書いたつもりだ。
しかし、それが墓穴を掘ってしまうとはな。
だが、俺はひなたやアンナと、大人の関係に至っていない。
あくまでも、ラブホテルへ入っただけだ。
だって、まだ童貞だもん。お尻の処女は、リキに奪われたけど……。
「待ってくれ、マリア。確かにラブホテルへ行ったことを黙っていたが……何もしていない。ひなたは事故で、アンナとは取材だ」
言っていて、苦しい弁解だと思った。
『ラブホテルへ行って、何もしないカップルなんているの?』
「そ、それは、比較する相手がいないから、分からんが……」
『ふ~ん……』
電話の向こう側で、眉間にしわをよせるマリアの顔が想像できる。
『まあ、いいわ。なにもしていないようだし……』
「そ、そうか! なら今度、どこかへ取材に……」
と言いかけたところで、マリアが俺の声を遮る。
『そうね。婚約者である私を差し置いて、ラブホテルへ行ったことは許さないわ。だから、記憶の改ざんをしましょう』
「へ?」
『明日、私とラブホテルへ行きましょう♪』
「ウソでしょ……」
もちろん、拒否権はなかった。