俺とアンナは、夕暮れまでカナルシティのいろんな店を楽しんだ。
 普段行かないようなアクセサリーショップや雑貨屋、あと夢の国ストア……。

 個人的には、この店が一番つらかった……。

 アンナが「あれ見て! ネッキーだよ☆」と大興奮。
 俺は終始、温度差を感じながら、彼女の買い物に付き合っていた。

 時が流れるのは早く、スマホを見れば『17:22』

 一応、女の子の設定なので、そろそろ帰さねばな。
 そういえば、年齢はいくつなんだ?

「ところでアンナ、お前は今年いくつなんだ?」
 ネッキーの特大ぬいぐるみを抱えているアンナ。
「アンナ? 今年で16歳だよ? まだ15歳☆」
 そこは設定変換せんのかい!

「なるほどな……ならば、そろそろ帰らないか? 親御さんも心配されているだろうし」
「アンナ、親いないよ? ミーシャちゃんと同じで死んじゃった……」
 そこも設定は一緒かよ! 2回も気をつかわせるんじゃないよ、ったく。
「それは済まないことを聞いてしまったな……」
 これも二度目だけどな。
「ううん、私にはミーシャちゃんがいるから」
 それって自分がお友達ってことだよ? 悲しくない?

「だが、もう夕方だ。博多駅まで送るよ」
「イヤァッ!」
 彼女の叫び声が行き交う人々の足を止める。

「アンナ? またいつか会おう。それじゃダメか?」
「イヤイヤ、絶っ対にイヤ!」
 ダダこねているよ、中身15歳のあんちゃんだろ?
 めんどくせっ。

「じゃあ、最後にアンナの願いを一つだけ聞く。それでどうだ?」
「ホント!? なら……最後にあの川を見たい!」
 アンナが指差したのはカナルシティの目の前にある大きな川。
 『博多川』である。
 
「博多川か……別に構わんが?」
「やった☆」
 そんなにでかい川が珍しいか?


 カナルシティの裏口を出るとすぐに横断歩道があり、2分ほどで川辺につく。

 長い川に沿って、ベンチが複数、横並びしている。
 俺とアンナと、ネッキーは『二人と一匹』で座った。

「ねぇ、タクトくんってカノジョとかいないの?」
 知っているくせに! 
「俺は生まれてこの方、女と付き合ったことなんぞない」
 事実上の童貞発言である。

「そっかぁ……あのね、ミーシャちゃんから聞いたんだけど、タクトくんって小説家なの?」
 ソースはお前な!
「ま、まあ、そうだ。売れないライトノベル作家だ」
「ふぅん。今はどんな作品を書いているの?」
 う! それ聞いちゃう?

「今は……はじめてのジャンルに手を出している」
「なぁに?」
 とぼけた顔で食い気味に、身体を寄せるアンナ。
 や、やめて! 博多川の対岸ってラブホ街なのよ!
 このまま、お持ち帰りしたくなるからさ!

「ラ、ラブコメだ! それも王道のな」
「そうなんだぁ……ミーシャちゃんとタクトくんって仲いいの?」
 自分で自分のこと聞いてどうすんの?
「まあいいな」
「そっか☆ よかったぁ☆」
 嬉しそうに笑いやがって! そのための女装じゃないだろな!

「ねぇ、タクトくんってさ。どうして、ミーシャちゃんと同じ高校に入学したの?」
「そ、それは……」

 俺のクソ編集、白金 日葵に言われたからだ。

『業務連絡です。取材してきてください!』

「取材だ……。ラブコメを書くためには、小説を書くには、『リアルな記憶が残らない』と俺は書けない作家なんだ」
「……」
 なぜか肩を落とすアンナ。
 そこ、俺がやるところだからね? 
 俺だって、なにが悲しくて年下のやつらと勉強してんだって話だよ。
 しかも王道どころから、邪道なデートしちゃってるからね。

「ねぇ、タッくん……」
「へ?」
 今、こいつ、あだ名っぽいこと言ったよな?

「アンナ……じゃ、ダメ?」
 胸元で祈るように手を合わせるアンナ。
 これは反則的だ。
 女の成せる所業である。

「なにがだ?」
「アンナで取材しちゃダメ?」
「なっ!?」
 血迷ったか。古賀 ミハイル。
 クソッ、俺が小説家だということを見こしてのプランなのだろうな。

「アンナも、まだ誰とも付き合ったことないの……」
 童貞と訳してもいいですか?

「タッくんなら……タクトくんさえ良ければ、アンナを使って!」
 使ってって……あーた。違う意味に聞こえるよ?
 しかし、その表情、真剣。ものすごくイケメン。イケメンすぐる。

「つまり、アンナの言いたいことを要約すれば、俺とお前が恋愛関係に至るということか?」
 俺がそう言うと、彼女の顔はボンッと音を立てるかのごとく、真っ赤にさせる。
「付き合うんじゃなくて……その……あくまでも取材、だよ?」
 おい、なにをモゾモゾとしている。
 自分の言っていることが、わかっているのか?

「取材費はどうすればいい? 金額は?」
「そんなのいらない!」
 恥ずかしがったと思えば、激怒。女子かよ。

「ならば、アンナに対する報酬は?」
「いらない……」
 また床じゃなかった、コンクリートが友達になっているぞ。
「ダメだ。取材対象にはしっかりと報酬を与えるべきだ」
「そんなん、いらんもん!」
 はじめて聞いたわ、お前の博多弁。

「いいか、アンナ? 俺は物事を白黒ハッキリさせないと気が済まないんだ。わかるか?」
「じゃ、じゃあ……もし取材が終わって、アンナのことを気に入ったら『ホントのカノジョ』にして」
「……」

 なにこれ? 俺ってばハメられた?
 マウントとられまくりじゃん。

「分かった」
「約束だよ☆」
 俺とアンナは、小指同士で契約を交わした。

 夕陽が彼女の瞳を鮮やかにさせる。
 その瞳は気のせいか、潤って見えた。

 これで、よかったのだろうか?
 俺は確かにミハイルをフッてしまった。
 だが、なぜアンナとはこんなにも簡単に、契約を結んでしまったのか?
 疑似恋愛とはいえ、男だとわかっているのに……。


「あ、タッくんってL●NEやってる?」
 切り替えはやっ!
「いや、やらん。既読スルーとかいう、いじめが横行しているツールの一つだろ?」
 イジメ、ダメ、ゼッタイ!

「アンナは既読スルーとか、絶対にしないよ!」
「ふむ……しかし連絡先がサーバーと同期されれば、知り合いなどにバレると聞くが?」
 そんなことになれば、変態母さんとバカ妹の繋がりが、俺にまで繋がっちまうぜ。
 
「設定で、アンナとだけ、L●NEできるようにしてあげる!」
 なにそれ? ちょっと怖い。
「まあ、構わんが……」
「これも取材のうちだよ☆」
 笑顔が可愛いけど、めっさ怖い!

 取材って、危険がいっぱい!